軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 たまには秘密のお茶会を 其の四

――イルフェナ・バシュレ邸

「じゃあ、アルはここまでね。ご苦労様」

にこやかに手を振る私に、アルは何とも言えない表情で肩を竦めた。

「姉上にしてやられましたね……」

「いや、原因はあんたじゃん!」

「まあ、それも事実なのですが」

そもそも、シャル姉様がこんな集まり――『秘密のお茶会』と称した『異世界料理を食べる会』を思いついたのは、アルの自慢が原因だ。

基本的に、私がレシピを提供している異世界料理が食べられるのは、私が寝泊まりしている騎士寮のみ。

食堂は割と解放されているため、私に縁のある近衛騎士達も食事に来ることがあるけれど、その目的の半分は『異世界人の様子見』だ。

お仕事も兼ねているのですよ。ただ呑気に食事を楽しみに来ているわけではない。

魔王様達もそれを判っているため、彼らに私の手料理が振る舞われても気にしない。

いくら親しくても、立場に伴った役目は発生するのだ……『信頼してないの!?』なんてことは言いませんとも。私は理解ある『できる子』です。

と、言うか。

元の世界にも『親しき仲にも礼儀あり』という言葉が存在するので、多少、意味は違えども、納得できちゃうのよね。

こういった日々の積み重ねが、信頼に繋がっていくのです。それがお仕事に影響することもあるので、監視対象であったとしても不満はない。

……そんなわけで。

割と開放されているように思える騎士寮の食堂だけど、何の目的もなく来る人はあまりいない。

『立ち入り禁止ではないけれど、目的がなければ行くな』という、無言の圧力があるとも言う。

たまに他国の友人達が滞在やお茶をするために使った場合、そこに必ず騎士の姿があるのも当然のことなのです。

『【常に監視されている状態】だから、許されているだけ』なのよね、これ。

後ろ暗いことがなければ何の問題もないし、職務質問紛いをされても困ることはない。オープンな状況だからこそ、可能なのですよ。

食堂ですらそんな状態なので、いくらシャル姉様であったとしても、何の意味もなく騎士寮に来ることは殆どない。

弟であるアルを呼び出すとしても、アルにも仕事があるため、よっぽどの急用でない限りは、先触れを出していると聞いた。

女性貴族が単身、男所帯である騎士寮を訪ねるのは良い印象を持たれないので、こういった手順は貴族令嬢として当然のことなのだろう。

私の場合、私自身が監視対象扱いなので、騎士寮に暮らしている騎士達が監視要員を兼ねているだけである。特例なのです、と・く・れ・い。

……まあ、そんなものがなくとも、女性貴族が騎士寮で食事をすることはなかろうが。

ここは騎士寮、野郎どもの巣窟です。お嬢様方がお上品に召し上がるような食事が出るとは限らない。

今回も『ハンバーガーが食べてみたい!』ですからねー……育ちの差をひしひしと感じます。

そだな、私はたまに丸ごとの冷やしトマトをもきゅもきゅと食べているけど、生粋のお嬢様は丸齧りなんて絶対にしなかろう。

そもそも、ハンバーガーのように『大きく口を開けて、かぶりつく』という食べ方なんて、絶対にやらないらしい。

――そんなシャル姉様からすれば、アルから聞く異世界料理は未知の産物。

興味を引かれても仕方がないのに、前述した理由で、騎士寮に食べに行くわけにもいかない。きっちり躾けられたお嬢様ならではの葛藤です。

それなのに、実弟は嬉々として自慢していたというのだから、性格が悪いことこの上なし。

……。

魔王様があっさり許可をくれたのって、アルの性格を熟知していたからではあるまいな?

「まあ、今回は私も悪かったので、素直に引きましょう。ブロンデル公爵夫人も噛んでいる以上、泣かされる未来しか見えません」

「いやいや、そんなに素直に泣かないでしょ」

「ふふ、ブロンデル公爵夫人が手強いのは本当ですよ? そもそも、本日の集まりは姉上だけでなく、姉上のご友人達も同席と聞いていますから……」

「ああ、ぶっちゃけて言うと、苦手なんだ?」

「昔から知られているもので……まあ、容易く流されてはくれない皆様ですね」

なるほど、美しいアルの顔も、甘い言葉も、全く通じないから苦手なのか。そりゃ、天敵に等しいわな。

シャル姉様からして、アルを事故物件扱いしているので、ご友人の皆様も似たり寄ったりの認識なのかもしれない。特殊性癖もバレてそう。

「それでは、後ほど迎えに来ますね」

そう告げると、アルは騎士寮に戻っていった。爽やかな微笑みと共に去っていく姿を、私は生温かい目で見送る。

……。

天 敵 達 に 会 う 前 に 逃 げ や が っ た な 。

……まあ、いいか。

本日の集まりは『男子禁制・秘密の女子会~一時、マナーは忘れましょ~』なので、人の目がないに越したことはないのだし。

そもそも、提供予定の料理はほぼできた状態で運んでもらっているため、後は簡単な仕上げと盛り付けのみ。

……シャル姉様がハンバーガーをご所望なので、後は組み立てるだけとも言う。付け合わせのポテトは揚げたてが良いので、後は揚げるだけ。

元の世界では『ジャンクフード』と呼ばれる一品です。

料理人の皆様もびっくりの簡単さですよ……!

一応、できるだけ挟む具材を薄くはしておいた。ただ、パンはそれなりに厚みが欲しいし、何だかんだ言っても数種類の具を挟むので、それなりに大きく口を開けなければならないだろう。

ただ、傍で見ていた騎士sは、『食べ応えがなさそうだな?』という感想を漏らしていた。やはり、日頃から食べている彼らから見ると、『薄っぺらい』という印象は免れないらしい。

つーか、騎士寮面子がかなり食べるため、ついつい『口いっぱいに頬張って食え!』的な代物になっちゃっただけなのよね。

当初は驚いていた彼らも楽しそうに食べているので、男性、特に騎士のような立場の人達ならば、それでも問題ないみたいだが。

「さて、皆さんが来るまでに仕上げますかね」

そう呟くと、私はバシュレ邸へと足を進めた。

※※※※※※※※

――バシュレ邸・とある一室にて

そこには全部で十名くらいの女性貴族達が着席していた。その中には勿論、今回の主催であるシャル姉様、そして解毒魔法を担当してくれるブロンデル公爵夫人の姿もある。

「うふふ! ミヅキ様がお願いを聞いてくれて嬉しいわ」

シャル姉様は上機嫌だ。他のお姉様方も今回の集まりの趣旨を知っているためか、どこかそわそわとしているように見える。

そんな彼女達を目にし、私は内心、物凄く申し訳ない気持ちになっていたり。

……。

あの、今回ってハンバーガーを食べるだけなんですが。

何でしょう、皆様の『遠足に行く子供達』的なワクワク感は!

「仕方ないわよ、ミヅキ様。だって、聞いた限り、そのようにして食べる機会なんてないもの」

「ああ、育ちの差ってやつですね」

「女性は男性以上に、マナーを見られる傾向にあるわ。お年を召した方ほど厳しい目を向けてくるし、家の教育の質も問われてしまうもの」

なるほど、女性の方が厳しい目で見られがちなのか。それならば、この反応も仕方がないのかもしれない。

「ええと、一応、説明しますね。ただ、大きさや厚みは普段騎士寮で提供している物よりも小さく、薄くなっています」

「あら……これでも薄いの?」

「基本的に、成人男性の食事量に合わせているので。大きさと厚みは皿に乗っている物の倍くらいはありますね」

そう言うと、お姉様方は一斉に驚いた顔になった。彼女達とて、家族と食事をする。当然、男性も同じ物を食べているはず。

……馴染みがないだろうね、当然。テーブルマナーなんかは男性も同じだろうし。

「厚みの違いは、中に挟んである物の差ですから、中身自体が違うということはありません」

そうは言っても、『手で持って、かぶりつく』という食べ方自体が初体験。お姉様方は興味津々ではあるけれど、少しだけ抵抗があるように見えた。

ですよねー! うん、それが当たり前だと思います!

私もそこが最難関ではないかと思っていた。ゆえに、できる限りの用意はさせていただいたのだ。

「皿に乗っている右から『ハンバーガー』、『フィッシュバーガー』、『チキンバーガー』になります」

「まあ、三種類も?」

「折角の機会なので」

嘘でーす。口に合わなかった場合と、食べやすい大きさを考慮した上での苦肉の策でーす。

……まあ、そんなことは言わないけれど。

あ、『折角の機会だから』ってのも、全くの嘘じゃありませんからね!?

「『ハンバーガー』は薄く焼いたハンバーグの他に、トマト、玉ねぎ、レタスなどが挟まっています。赤いソースはトマトケチャップ……トマトを使ったソースになります」

「これがアルが言っていたものかしら?」

「おそらく。まあ、中身がこれよりも分厚い上に大きいので、印象は違うかもしれませんけど」

「ふふ、そこは私達への気遣いだと判っているから、大丈夫よ」

シャル姉様はとても楽しげだ。コレットさんも興味深げに、皿に乗った料理を眺めている。

「次に『フィッシュバーガー』ですが、これは白身魚のフライを挟んだものになります。白いソースはタルタルソースと言って、マヨネーズに玉ねぎのみじん切りやパセリを入れ、酢と塩胡椒で味を調えたものです」

「あら、これなら中身が判り易いわね」

「タルタルソースは割と広めましたからね」

そうは言っても、それはシャル姉様達が騎士寮面子に近い人々だからである。

マヨネーズやトマトケチャップはこの世界にないため、私がレシピを提供してから作られたものなので。

あと、この世界は揚げ物もあまりない。これは単純に、食用油の生産量がそこまでないことや、その後の処理方法が確立していなことが原因。

騎士寮でも、黒騎士達に『使用済み油を最後まで使い切りたいから、不純物を取り除いたり、品質維持ができる魔道具ない!?』とお強請りしたからね。

それをあっさり作れる黒騎士達が凄いのは判るけど、『作ってくれたら、食事で揚げ物出す』で、やる気になるのもどうなんだろう……? いや、助かるけど!

「最後の『チキンバーガー』は、フライドチキンを挟んだものになります」

「基本的に『フィッシュバーガー』と同じなのかしら」

「そうです。魚か、肉か。ただ、味や触感は違いますけどね。こちらはキャベツの千切りとオーロラソース……トマトケチャップとマヨネーズを混ぜた物が挟んでありますよ」

一応、三種類とも微妙に味を変えてあります。そこまで差がないような気がするけど、初ハンバーガーな人達が相手なので、少しでも馴染みがある味の方が安心だ。

「食べ方ですが、其々に紙が巻いてあるので、そこを持ってかぶりついてください! あ、食べ始める前に、テーブルの上にある紙で口紅を落としてくださいね。お手拭きも用意してありますし、汚れた手が気になったら、水が入ったボウルで洗えます」

できる限りのことはしてありますとも。ただし、『食べている間に気になること』しかできないけどな!

……。

いや、だって、一番の問題って『食べ方』じゃん? 私にはこれ以上、どうにもできないのよね。

コレットさんが次々に解毒魔法をかけていくけど、予想通り、食べ始める人はいない。

興味はあるけど、一番最初にあの食べ方を実践する勇気が出ないのだろう。いくら親しい人達しかいないと言っても、お行儀が悪い食べ方だろうしねぇ。

そんな中、勇気ある人が現れた。やっぱりと言うか、シャル姉様だ。

「温かいうちに頂きましょう。我侭を叶えていただいたのだから、失礼なことはできないわ」

そう言うなり、ハンバーガーを手に取って、口を開け――多分、シャル姉様的には大きく開けた状態――て、一口パクリ。

暫くは手で口元を押さえながら口を動かしていたけれど、徐々に笑顔になっていく。

「……っ、これ、凄く美味しくて楽しいわ!」

飲み込むと、笑顔で感想をくれるシャル姉様。その反応が予想外だったのか、他のお姉様方は呆気にとられた表情で、シャル姉様をガン見。

「『美味しい』は判りますけど、『楽しい』ですか?」

「ええ! ずっと旦那様達が羨ましかったこともあるけれど、その、何だか少しだけ悪戯をした時のような気持ちになってしまって」

ああ、『ちょっとだけ悪いことをした時に感じる高揚感』とかいうやつですね。

マナーガン無視で食事をしてしまったことによる少しの罪悪感と、悪戯が成功した時のような達成感。

誰の迷惑になったわけでもないため、普通なら味わうことがない感情を素直に喜んでいるのだろう。

シャル姉様の様子を目にした他の人達もついに手を伸ばし、似たような表情を浮かべている。誰もが一様に満足げと言うか、楽しそうだ。

お、おう、これが『育ちの違い』ってやつですね! あれ、ハンバーガーって、こんなに感動するようなものだったかな!?

「あら、美味しいわね」

さらりと紡がれた言葉に視線を向ければ、いつの間にか着席していたコレットさんが嬉々としてハンバーガーにかぶりついている。

他のお姉様方のようにそこまで感情を露にしてはいないけど、こちらも楽しそうだ。って言うか、コレットさんはあまり抵抗を感じていないみたい。

「私は若い頃、戦場にいたこともあるもの。だから、彼女達ほど抵抗がないのよ」

「なるほど」

その戦場では、一々、食事を味わって食べることなどできなかったに違いない。

だからこそ、コレットさんは今回の催しが別の意味で嬉しいのかもしれなかった。

――『そんな風に感じる時代になった』ってことだものね。何の不安もなく、食に興じることが可能だし。

――その後。

シャル姉様を含むお姉様方の熱心な『お願い』により、この『秘密のお茶会』は定期開催が決定された。

魔王様の許可を取っていないのが気になるけれど、シャル姉様だけでなくコレットさんも希望しているため、間違いなく開催されるのだろう。

そのうち、この『秘密のお茶会』が先行披露となる料理やお菓子が出てくると予想。

そうなったら、姉は仲の良い弟へと自慢するのだろう。……かつて弟が自分にしたように。