軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

『彼女』との違い

――ゼブレスト・王城(ルドルフ視点)

イルフェナから帰国した俺は現在、溜めた仕事に追われている。

だが、これは俺自身が納得したことだし、イルフェナでの楽しい時間――俺的には『楽しい時間』で合っている――に後悔もない。

当初こそ、エルシュオンと俺への襲撃には『報復』という選択しかなかった。勿論、これはミヅキや騎士寮に暮らす騎士達も同様。

……が。

事態は想定外の方向へと進み、襲撃の主犯とも言うべきハーヴィスの第三王女アグノスを責める声は薄れていった。

……。

周囲の大人達のせいで、情緒が全く育っていないのだ。

『精神年齢幼女』とはミヅキの言い分だが、俺もそれが正しいと思う。

善悪の区別ができていないことは勿論だが、周囲の大人達の思惑通りに育つ――所謂、『御伽噺に出て来るお姫様』――ようにするため、意図的に歪められている。

これでは、誰もアグノス殿を責められまい。事実、多くの者達がアグノス殿の育ってきた環境に疑惑の目を向けた。

『教えられていないことはできない』ということもあるが、『自分達が望む姿』に疑問を持たないよう、教育が制限されているのだ。アグノス殿も被害者であろう。

言い換えれば、『まともな教育が施されていたならば、襲撃に至ることはなかった』ということ。

これで処罰されるなんて、あんまりじゃないか。育て方を間違ったのは親なのに、『行動した子が悪い!』なんて責められるものか。

さすがに、イルフェナも処罰には戸惑ったらしく、結局、『報復を諦めさせるため、魔導師に処罰を委ねる』という方向になった。

ミヅキを拾って教育しているエルシュオンも保護者として思うことがあるのか、穏便に済ませたがっていたしな。

ミヅキが勝手にアグノス殿を引き取ってきたことには驚いたが、数日前のアグノス殿との違いにその成長を感じ、誰も文句は言わなかったらしい。

そこまでを見届けて、俺達は帰路についた。何か面白いことがあったら、ミヅキが報告してくれるだろう。

――そんなことを、仕事の合間にアーヴィ達に話してみた。

「……という感じで終わった。まあ、後は黒騎士達がアグノスの近況報告の映像を送ってやるらしいが」

「それはどのような意味で?」

「部外者から見れば、愛娘を失ったハーヴィス王への温情。ミヅキ達からすれば、『アグノスの人生にお前は不要!』と突き付ける報復だな」

「あらあら……それはお気の毒ですこと」

そう言いつつ、エリザはいい笑顔で笑った。絶対に、言葉と胸の内に抱える感情は真逆のものだろう。

と言うか、セイルが非常にすっきりとした表情で帰ってきたため、『セイルが納得できるだけのことがあった』と、アーヴィ達は確信しているに違いない。

なにせ、『セイルが復讐鬼と化していたら、どこぞで憂さ晴らしをさせようかと思っておりました』だからな。

ミヅキに多大なる影響を受けているエリザが口にしたのならば、大して驚かなかったかもしれないが、口にしたのはアーヴィである。

この一件について、エリザが激怒しているとは思っていたが……日頃から冷静な宰相様も存外、お怒りだった模様。

「しかし、呆れてしまいますね。善良さが知られてきたエルシュオン殿下、そして魔導師が特に親しくしている者として知られているルドルフ様だからこそ、狙われたと思っていましたが」

「まあなー、俺達も最初はそっちを疑ったし。ミヅキが居るのに、行動に出たんだ。ミヅキの実力を推し量る意味もあったかと、そう思われていたよ」

「アーヴィではありませんが、話を聞く限り、そのように考えるのが自然ですしね」

私も同じような考えに至りましたよ、と、セイルがアーヴィに同意する。当事者からの言葉は説得力があるのか、誰もが納得の表情だ。

ただ、エリザはそのような輩に対して思うところがあるのか、少々、不満そうだ。

「ミヅキ様は基本的に、ご自分の居場所から離れませんしね。事を起こす、という発想に至っても、仕方がないのかもしれませんけど」

「ミヅキの実力を知っている奴らって、基本的にミヅキの『仕事』や『報復』に立ち会った奴だけだからな。俺達みたいに、知っている方が稀だぞ?」

ミヅキはエルシュオンからの『お願い』以外は、売られた喧嘩を買っているだけである。

そのため、ミヅキの所業がトップシークレット扱いとなり、一般的な記録には残っていない場合があるとのこと。

……。

だって、恥ずかし過ぎるから。国の恥だ、恥!

王族・貴族が、自分から魔導師に仕掛けた挙句、周囲を巻き込んで破滅ルートまっしぐら! これだけ聞くと、ただの馬鹿にしか思えまい。

『魔導師は世界の災厄』やら『異世界人凶暴種』といった噂が先行し、誤解されていることが大半だが……実のところ、ミヅキは仕掛けなければ無害である。

それも『ミヅキ自身、もしくはミヅキが友好的な関係を築いている人』程度の範囲な上、該当者が国の要職に就いている者だったりすると、功績の足しにしろとばかりに、本人達に報復を譲ってしまう。

単に、『一発でミヅキを怒らせる例外が、エルシュオンと俺』というだけなのだ。ハーヴィスは偶然とはいえ、その貴重な当たりを引き当ててしまっただけ。

なお、そのお陰で『ハーヴィスは何かに祟られているのでは?』と口にする奴が続出した。

ミヅキと何の接点もなく、過去の所業もろくに知らないのに、悉くミヅキを怒らせる選択を繰り返すなんて、凡人にはできまい。

ハーヴィス王が非常に情けない人だということは知っているが、運も相当悪いのではなかろうか。

「だけどさ、気付いたこともあったんだ」

唐突な俺の言葉に、三人の視線が集中した。

「アグノス殿のことがなかったら、俺は自分の幸運に気付けなかったかもしれない」

「幸運、ですか?」

「ああ。……俺の周囲に敵は多かったが、アグノス殿のように、意図的に歪めようとした者はいなかったからな」

「それはルドルフ様が聡かったからですよ。懐柔しようとする輩など、相手にしなかったでしょう」

アーヴィの言葉も事実ではあると思う。だが、俺が言いたいのはそういう意味ではない。

「違う、違う! いいか、確かに、アグノス殿を都合よく利用しようとした者は居ただろう。だが、彼女を本当に歪めてしまったのは、『本心から、アグノス殿のためと思っている味方』じゃないかと、俺は思っている」

誰だって、自分への悪意には敏感だ。特に、アグノス殿はそういったことに鋭いような気がする。

だから、ミヅキに懐いたんじゃないのか? ミヅキは本当に、アグノス殿を個人として生かすために教育を施していただろうから。

「襲撃を行なったアグノス殿を作り上げたのは、乳母とアグノス殿の信奉者達。……アーヴィ達が彼らと似たような行動を取っていたならば……俺はお前達を『身内のような存在』として認識することはなかったと思う」

「「「!」」」

信頼できる部下という認識はするだろう。だが、己の理想を押し付け、俺の在り方を歪めるような輩ならば……俺は警戒心を解くことはないに違いない。

「かつての状況を考えれば、贅沢なことなんだけどな。『俺の期待に応える配下』は持てても、そこで終わっていたと思う。仕事に関する信頼だけ、みたいな感じかな」

自分を主に選んでくれただけでも喜ぶべきなのに、『今』を知る俺からすれば、そこで終わる関係を寂しく思う。

当時の自分ならば、そんな彼らと自分の間にある壁を壊す危険は冒すまい。最後の警戒心はずっと残ったまま、一人孤独に生きていく。

「エルシュオンも大概だけど、俺も人のことは言えないよな。アグノス殿には同情してるし、そのことに気付く切っ掛けになった。だから、それも含めて『ミヅキに一任する』という選択をしたんだ」

王を害された以上、ゼブレストとしては処罰を望むべきなのだろう。だが、それ以上に得たものの方が多い。

「今回のことで得た人脈もあるし、セイルも十分楽しんだだろ? だから、アーヴィ達も今回の決着に納得してくれ」

何とも言えないような表情で俺の言葉を聞いていた三人は、そのまま顔を見合わせ。

「……そこまで言われてしまうと、納得するしかありませんね。仕方がありません」

「私個人としては、ミヅキ達と楽しい時間を過ごせましたので、問題ありません」

「随分と楽しまれたようで、ようございました」

アーヴィ、セイル、エリザの順に、言葉は違えども頷いてくれた。

……きっと、俺自身が気付けなかった『幸運』は他にもあるのだろう。いつかそれを見付けることができたならば、かつて過ごした苦難の時代にも納得できる気がするんだ。

だからこそ、心から願うことができる。

「アグノス殿は漸く、自分らしく生きられる。……笑って、泣いて、これから成長していけばいいさ。それに、記憶が消去されたわけじゃない。後から気付くことだって、あるかもしれないじゃないか」

乳母だけでなく、ハーヴィス王妃や宰相を、貴女は慕っていたのだろう?

そう思うだけの『何か』があったのだろう……?

「アグノス殿にも、ルドルフ様のように気付くことがあると?」

「少なくとも、自分に向けられた愛情くらいは理解しているだろうさ」

『御伽噺のお姫様』ではなくなった元王女よ、己の持つ血に翻弄された純粋な子よ。

過ぎ去った時間に存在しただろう『小さな幸せ』に、貴女もいつか気付くことができればいい。