軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大人達の内緒話

イルフェナ王城・とある一室にて

一通りの執務を終え、部屋の主――イルフェナ王は首を鳴らした。

ハーヴィスの一件により、執務は通常よりも滞りがちである。それらを疎かにするわけにはいかず、彼は本日も執務に励んでいたというわけだ。

なお、その忙しさに拍車をかけているのが、彼の息子の強制休養。数日間とはいえ、優秀な人物が抜けるのは結構な痛手になるのだ。

「そうは言っても、エルは強制にでもしない限り、即復帰してしまうからねぇ……」

自分の居場所を築くために必死だった第二王子は、仕事をし過ぎる傾向にあった。

勿論、それが悪いとは言わない。国を維持するためには、それなりに色々とこなさなければならないものがあるのだから。

だが、第二王子――エルシュオンの場合は事情が少々、異なっている。

国に貢献することが、唯一の存在価値であるかのように思っているのだ。そうさせてしまったのは周囲の、彼に対する態度。

王族としての義務でもあるため、周囲の大人達は気付くのが遅過ぎた。

気付いた時には、彼は立派なワーカホリックと化していた。

連動する形で、エルシュオン直属の騎士達も彼の同類になっていく。

その結果、『魔王』やら『最悪の剣』――これは彼らだけではない――といった、ろくでもない渾名を付けられる羽目になったのだから、大人達の後悔もひとしおだった。

彼らとて、一人の人間である。いくら必死になる必要があったとは言え、自国内でも他者から壁を作られる存在になることなんて、大人達は望んでいなかった。

「本当に……ギリギリの状態で頑張っていたのだろうな」

ミヅキが聞けば笑い飛ばしそうになる内容だが、イルフェナという国の気質に染まった者から見ても、エルシュオン達は『遣り過ぎ』だったのだ。

なお、そこでストップがかからなかったことが災いし、ミヅキへのスパルタ教育に繋がっている。

誰の目から見ても『遣り過ぎ』と言われた愛情深いスパルタ教育の裏には、こんな裏事情があるのだ。

一言で言えば、『誰もエルシュオン達を止めなかったせい』。

今でこそ笑い話のように言ってしまえるが、エルシュオン達は冗談抜きに、加減というものが判らなかったのである。

他者と最低限の関りしか持たなかったゆえの弊害であった。ミヅキへの教育の基準となったのがエルシュオン自身というのも、ある意味では仕方がないのかもしれない。

……まあ、ミヅキはそれに馴染めるような性格と能力を有していたようなので、特に問題視はされなかったが。

だが、一歩間違えれば人生を悲観する可能性もあったのだ……散々に問題視されているミヅキの性格だが、周囲の大人達にとっては救いであった。

異世界人にはそれなりに教育が必要とは言え、人生を悲観するまで追い詰めるのは悪手であろう。

愛情があれば良いというものではない。他国から批難されてしまう。エルシュオン達も更なる悪評を立てられてしまったに違いない。

……そう、それは間違いないのだ。『例外はある』というだけで。

今回のような事態に陥った場合、その教育がミヅキの評価に大きく影響を及ぼすことになるのだから。

「失礼します」

「おや、アルバートか」

「各国からいらしていた皆様全員、帰還されましたので、ご報告を」

「そう」

騎士団長からもたらされた報告に、王は安堵の息を漏らす。個人的にイルフェナを訪れた者が大半とは言え、無事に帰す義務があるのだ。気は抜けなかった。

「彼らもこれから自国に報告を行うだろう。まあ、今回はそれなりに旨みもあったから、文句は言われないだろうけど」

「建前としては、『イルフェナへの訪問は個人的なこと』ですからね」

「それは仕方がない。ただ、察しの悪い一部の者達からの嫌味は避けられないだろう」

国とて、一枚岩ではない。いきなり休暇を取った要職にある者、または王族達へと、探りを入れてくるものが一定数は居る。

そこを上手くいなし、言葉による相手の攻撃をかわすまでが、イルフェナを訪れた者達の『任務』だ。

言い方は悪いが、彼らはミヅキを言い訳にしてハーヴィスと揉めている真っ最中のイルフェナに来ているのだ。

……その期間の情報を自国にもたらした以上、周囲を出し抜いて功績を得た、と邪推する輩は必ず出るだろう。

勿論、イルフェナに来た者達はそんなことなど承知の上。

イルフェナが彼らに好意的だったのは、これらの事情が関係している。わざわざ煩わしい思いをすることが判っていながら、この国に来てくれたのだ。好意的にもなろう。

「情報と魔導師への繋がりの誇示。今回の一件の詳細を知った各国は、エルシュオンや魔導師との繋がりを、今以上に重要視するようになるだろう」

王の言葉に、騎士団長は僅かに表情を曇らせる。対して、王は僅かに口元に笑みを浮かべた。

「我々のような立場の者にとっては喜ばしき情報であり、あの子達を見守る大人からすれば、あまり良いものではないだろうけど」

「……。それでも、あの方は王子であり、ミヅキは殿下の配下を自称しています」

「そうだね、だからこそ『ミヅキが残酷な選択を取れること』は、喜ばしきことなんだよ」

これまでもミヅキは敵対する者を『玩具』と呼び、それなりに酷い目に遭わせている。

だが、彼女はどれほど有能であろうとも民間人に過ぎず、最終的な処罰を下しているのは『その権利を持つ者』であった。

「ミヅキは元から精神的に強い子だ。そして、賢くもある。だから……判らなかった。あの子が有事の際、『人を殺せるのか』が」

能力的に可能か、不可能か、という問題ではない。『そういった事態になった場合、躊躇わずに行えるか』ということだ。

騎士であれ、魔術師であれ、国に仕える以上、『人を殺す』という選択をしなければならない時がある。

王族も然り。直接手を下さずとも、命を終わらせる――それも一族郎党といった感じに、複数の死を命じる場合があるのだ。

だが、いくらイルフェナに保護されていようとも、ミヅキは民間人でしかない。そんな義務など当然ないし、『そんな状況になる必要はない』だろう。

……。

普通に考えれば。

「ガニアの王弟夫妻に関しては、当初にエルが『シュアンゼ殿下を守れ』と命じているからね。『必要なこと』と割り切ってしまえるだろう」

「それだけでは不十分であったと?」

「ああ、足りない。私が……いや、私のような立場にある者達が魔導師たるミヅキに求めるのは、『命令がなくとも、殺せるか』ということなのだから」

本来は必要ない。だが、『有能な駒』という姿を見せた後では、それ以上を求めるのが人の常。

ミヅキに対する危機意識は高まるだろうが、そういったものが求められた場合、『やりたくない』では済まないだろう。

エルシュオンが過保護呼ばわりされる最大の理由がこれである。過保護な親猫様は教育を施す一方で、直属の騎士達と同じ働きを求めてはいなかった。

ゆえに、『ミヅキには甘い』と言われるのだ。使える駒に仕立て上げながらも、汚れ仕事はさせないのだから。

……だが。

「いやはや……あの子は楽しいね! 我々の悩みなんて、全くの杞憂だったじゃないか」

「それは……あのハーヴィスの砦陥落のことですね?」

「ああ。確かに、積極的に命を奪ってはいない。だけど、死への道筋は整えているんだ。しかも、それさえも利用するなんて……!」

王の声音に交じるのは、紛れもなく歓喜。騎士団長とて、どこか誇らしげである。

いや、事実、この二人は喜んでいるのだ……『あの子も我らの側の人間だった』と!

「傷を癒し、誰も殺さなかったのは『エルや同行者達を批難させないため』。ここまでならば、脅しただけと言い切ってしまえるからね」

「ですが、その本質は『報復』でしょう。身内とも言うべき騎士達の、『騎士としての矜持を踏み躙った』ということに対してですが」

「だろうね。だからこそ、砦を守っていた者達に選択させたんだろう。『命の危険を冒し、夜の森へと向かうか、否か』と」

国を守ることに誇りを持つならば、命の危険を冒してでも夜の森を駆けて行くだろう。

それは『ハーヴィスの兵達自身の選択』であり、職務に対する誠実さの証明でもある。

ハーヴィスは自国の評価が下がることを恐れ、兵達の選択を褒めるしかない。

そんな状況に追い込んだのが魔導師だろうとも、責めることなどできまい。

「あの子には兵達がどのような運命を辿るかなんて、判っていた。ハーヴィスがどのような判断を下すかも含めてね。……命じられずとも、殺せるんだよ。『最良の結果』のためなら」

ミヅキは元々、鬼畜や外道などと言われていたが、それとはわけが違う。

今回のことで、『望んだ結果のためならば、悪戯程度では済まない行動に出る』ということが明確になったのだ。

だからこそ、この大人達は喜んでいる。エルシュオンの傍に居るならば、その程度の残酷さは必須なのだから。

「セレスティナ姫はこれからこういったことを学ぶだろう。リリアン王女も然り。だけど、彼女達……少なくとも、今現在、ミヅキが親しくしている者達との付き合いを望むならば、必須」

「そういった意味では、ティルシア姫は男児でないことが惜しまれますね。才覚、覚悟、忠誠……それらを持ちながら王女であるゆえに、貴族達を押さえることができなかった」

「逆に考えたらどうかな。王女だからこそ生き存え、ミヅキと仲良くなれたと」

「確かに、そういった見方もありますね」

命を慈しむ優しさを持つことは重要だろう。だが、国を存えさせるためには、時として命を刈り取る側になることもある。

綺麗ごとばかりではやっていられない立場なのだ。その覚悟が必要な時に『命の大切さ』なんてものを振り翳されても困るのである。

だが、ミヅキは物事の優先順位が付けられる……時には残酷さも必要なのだと、理解できる子だったのだろう。

それは彼女がこれからも敬愛する親猫の傍に居ることを選択するならば、絶対に持たなければならない残酷さ。

「さて、アルバート。仕事も終わったし、久しぶりに酒に付き合ってくれないかい? この喜ばしき日を祝いたい心境なんだ」

「残念ですが、たった今、私が持ち込んだ書類に目を通していただきたいのですが」

「……」

「それを片している間に、ミヅキに何かつまみを作ってくれるように頼んでおきます」

「いいね!」

それを聞いた途端、王は目の前に積まれた書類に取り掛かった。あまりの変わり身の早さに、騎士団長は唖然とするも……久々に友と交わす酒も悪くないと思い直す。

そして、ミヅキに酒のつまみを頼むべく、その場を後にした。

大人達は子供達を見守っている。それは成長を望むと同時に、彼らに自らの意思でこちら側を選んで欲しいからである。

大人達の喜びに親猫は頭を抱えるだろうが、それもいつかは些細なことと思えるようになるだろう。

黒い子猫は金色の猫の傍に居ることを望む。それは金色の親猫だけでなく、猟犬達の願いでもあるのだから。