軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小話集32

小話其の一『彼女の遺した【呪い】』(ハーヴィス王視点)

イルフェナからもたらされた映像を見た私は――言葉もなく、固まっていた。

『ハーヴィスで思い出す人? うーん……はっきり言うと、あまりいないわ。乳母はもう亡くなっちゃったし、お母様は記憶にないし、他の兄弟達とはろくに会ったことがないもの』

『でもね、王妃様と宰相のおじいちゃんのことは好き』

『だって、あの人達は一度も、私に【お母様の望んだ姿】を求めなかったもの』

『それって、【私を見てくれてた】ってことでしょう?』

『え、お父様?』

『お父様が大事なのはお母様と、【お母様のお願い】であって、私じゃないもの』

王妃や宰相は映像を微笑ましげに眺め、アグノスの言葉に嬉しそうな笑みを浮かべていたが、私はそれどころではない。

亡くなった乳母ほど側には居られなかったとはいえ、私はアグノスを大事にしてきたと思っていた。

すでに亡くなった母親や疎遠な母の実家の分も愛し、守ってきたと、そう思っていたのだ……!

だが、今になってその自負が間違った認識だと気付かされる。

私は……本当にアグノスを大事にしてきたのだろうか? アグノスの言葉の通り、亡くなった側室との思い出を唯一の拠り所のように大事にし、彼女との約束を守ろうとしていただけではなかったか?

そんな風に思える要因の一つに、イルフェナで王妃が語ったものがある。

『彼女とて、一人の恋する女……そして、貴方の妻なのですから、当たり前ではありませんの』

『御伽噺のような恋に盛り上がった後、望むのは幸せな結婚生活。ですが、陛下にはすでに私という正妻がおり、子も成しておりましたでしょう? どうして、対抗意識を持たないと思いますの』

『陛下が知る姿も事実ならば、嫉妬に身を焦がす姿も本物ですわ。子が残れば、自分が儚くなった後も忘れられることはない……多少なりとも、そういった想いがあったと思います』

王妃の口から語られた、私の知らない彼女の一面。

私はただ、彼女が私との子を願い、その子であるアグノスの幸せを願っていたのだと思っていた。

だが、王妃の言葉を信じるならば……『彼女は我が子であるアグノスを利用し、自分を忘れないように仕向けた』ということになる。

アグノスの幸せを願っていた気持ちは本物だろう。だが、純粋にそれだけを願っていたかと聞かれれば……私は答えに詰まってしまう。

人は御伽噺の登場人物のように、純粋な面ばかりではない。

何故なら……御伽噺の登場人物は『物語を作り上げるための役割』が決定されており、『それ以外の要素はない』のだから。

子供向けの御伽噺あたりは判り易いだろう。暈されていると言うか、かなり大雑把に纏められており、詳しい描写はないじゃないか。

国同士の争いになろうとも詳しい描写は存在せず、『戦いに勝利した』という一文に収められ。

『苦難に晒される姫君』という言葉には、その嘆きや命の危機といったものが込められている。

深読みしなければ……そういった状況における現実を知らなければ、それらがどれほどのものかなんて判るまい。

だからこそ、御伽噺は子供でも安心して読めるのだろう。幼い子供に、そのような裏事情など判るはずもないのだから。

そう思い至れるはずなのに、私は彼女を綺麗なだけの存在だと思い込んでいた。病弱ゆえに世間を知らず、箱庭の中で家族に愛される『御伽噺の姫君のような存在』だと。

……。

今にして思えば、私はそんな彼女だからこそ手放したくなかったのだと思う。愚かな私にさえ縋り、称賛の言葉をくれる稀有な存在だったのだから。

『守ってやらなければ』と思う一方で、私こそが彼女に依存していたに違いない。

そして……彼女はきっと、そんな私の狡い一面を見抜いていた。だからこそ、自分の『呪い』が成功すると思えたのだろう。

その目論見は成功し、私はずっと彼女を忘れなかった。

亡くなった後も私の最愛であろうとした彼女の願いは見事、叶ったのだ!

……その結果、私はアグノスの父という立場を失くしたが。

思い出すのは、映像の中にあったアグノスの言葉。映像の中のアグノスはただ、聞かれたことを素直に口にしているようだった。

アグノスに嘘はない。……いや、嘘を吐く必要がないと言うべきか。

反論しようにも、その根拠たる親子の思い出らしきものがない。『王としての責務を優先した』と言えば聞こえはいいのかもしれないが、現在のハーヴィスの惨状に、誰もその言い分には納得しないだろう。

『どうか、私が亡くなった後も覚えていて』

彼女の声が思い出の中に響く。

『御伽噺のような恋をした、私の王子様』

純粋だからこそ、一途に私を想ってくれた。だが、彼女の口にした『王子様』という言葉は、本当に現実の私を指していたのだろうか?

『御伽噺の登場人物』のように、無意識に『自分だけを愛してくれる、特別な存在』という意味を込めていたのなら……。

……。

彼女が必要としたのは……本当に『私という個人』だったのか?

『御伽噺のような恋を望む』という願いを叶えるための、『理想の王子様』を欲しただけじゃなかったのか?

判らない……今となっては、彼女に問い質すこともできはしない。

だが、それでも。

今の私は『彼女には私が必要だった』という、思い込みに縋るほかはないだろう……。

※※※※※※※※

小話其の二『その頃のイルフェナ』(エルシュオン殿下視点)

「父上がミヅキを気に入ってしまった……」

騎士寮――現在、ミヅキと一部の騎士達はバラクシンに行っている――の食堂で、ついつい愚痴を零す。

勿論、その『気に入った』は悪戯好きな猫を愛でるようなもの。ただし、その『悪戯』は普通の猫のように可愛らしいものではないが。

だが、父上からすれば『見ていて面白く、有能な子』程度の認識。我が国の最高権力者は、それはそれは懐が広い人物だったらしい。

「何を今更」

呆れた視線を寄越すのは、私に付き合ってこの場に居るクラウスだ。どうやら、やらなければならない仕事が残っていたらしく、今回の同行は見送った模様。

まあ、クラウスを始めとする黒騎士達は襲撃から私を守れなかった罰を受け、謹慎していたからそれも仕方がないのかもしれない。

と言うか、謹慎中もしっかりミヅキに協力していたので、彼らの場合は自業自得とも言う。

「元々、ミヅキが作った菓子やら料理やらをお裾分けしていただろうが。興味を持つな、と言う方が無理だぞ」

「う……! そ、それは、少しでもミヅキに価値を持たせようとしたためであって……っ」

「他にも、ミヅキの報告その他が原因だな。気付いていないのかもしれないが、誰が聞いても『うちの子自慢』だったぞ? エル」

「ぐ……」

クラウスの言葉に、私は反論できなかった。と言うか、嫌味も含めて『有能な子飼いができたようですな』とか言われていたのは事実である。

そういった連中にはしっかりとミヅキの功績と私への懐きっぷりを暴露し、危険がないことを示していたのだけど。どうやら、それが自慢に聞こえてしまったらしい。

た……確かに、そう聞こえる態度を取ったことは否定しないけど! いいじゃないか、私の配下を自称する子が有能だと、煩い奴らに自慢したって……!

「ここは『実力者の国』と呼ばれているほど、実力重視なお国柄だ。そして、上層部に行くほど、その傾向が強い」

「まあ……そうなるだろうね」

「そんな奴らに、『異世界人の魔導師が、飼い猫の如く懐いています。うちの子、優秀だろう。うちの子は可愛いだろう。さぞ、羨ましかろう!』なんて言えば、興味を持たれないはずはなかろうが」

「いや、そこまで言ってないよ!?」

突っ込むも、クラウスは……いや、この場に居た騎士達は揃って、生温かい目を向けて来た。

「いつぞや、双子が上手いことを言ったんだ。『殿下って、ミヅキを馬鹿猫扱いする割に、自慢するよな。子猫を褒められてドヤ顔する、親猫そっくり』と」

「な!?」

「俺達はとても納得した。そして思った、『確かに、そのままだ』と」

「いや、仮にも私は君達の主なんだけど。納得しないで欲しかったな」

脱力しながら、遠慮のない幼馴染に告げると、クラウスは「仕方ないな」と言わんばかりに肩を竦めた。

「無理だな。いいか、エル。貴族は、犬や猫を飼っていることが多い。それも、猫は愛玩動物一択だ」

「まあ、犬は番犬として飼われる場合が多いだろうしね」

「だからこそ、猫に親しむ者達は多い。……お前達の遣り取りな、色々と猫に似てるんだよ。だからこそ、ここ一年でエルの評価は激的に変わったわけだ」

「……。魔王の次は親猫かい」

「平和的でいいじゃないか。子猫は放っておくと、下手な物語に出て来る魔王よりも凶暴だがな」

『魔王』という渾名もどうかと思うが、『親猫』もどうなんだろう……。

「せめて、保護者と」

「諦めろ。それに……あいつ、いつだったか、猫耳を着けていただろう? その時、俺達はよく聞かれたんだ……『やっぱり、人型猫か何かだったんですね』と」

「そこは否定してあげようね、クラウス。ミヅキ一応、人間だから」

「化け猫扱いでいいと思う、と答えておいた。耳が生えても、違和感なかったしな」

「否定してあげなさいっ!」

どうやら、ミヅキの猫扱いには騎士達の暗躍もあったようだ。まあ、異世界人として化け物扱いされるよりはマシ、という意味だろうが。

……。

父上、本当にミヅキを化け猫と思っていないだろうね? 面白半分で、猫じゃらしとかを振りそうで怖いんだけど。