作品タイトル不明
後日談 其の八『誘導は密やかに』
――バラクシン王城・とある一室にて(シャルリーヌ視点)
「初めまして。カトリーナと申します」
バルリオス伯爵に連れられてやって来た令嬢――ご本人のお気も若いでしょうし、『ご令嬢』として扱おうと思います――は、確かに、実際の年齢よりも『お若く』見えました。
――ええ、本当に『可愛らしい方』だとは思いますのよ?
望んだ立場ではないとはいえ、一度はご結婚され、側室として王家に召し上げられていらした方ですもの。
お子様もお産みになられたそうですし、『本来ならば』、間違っても『可愛らしい方』などという表現はされないでしょう。
それを踏まえて、私はカトリーナ様を『可愛らしい方』と称したのです。
良く言うなら『夢見がちで純粋』、悪く言うなら『現実が見えていない』といったところでしょうか。
はっきり言ってしまえば、あまりにも存在が軽いのです。
他国の側室の方とお話しする時など、たとえ楽しくお喋りする程度であっても、ある程度の緊張感を伴います。
自分の何気ない言葉、態度、もたらす情報……そういったものがどのように受け取られるかまで、気を付けなければなりませんもの。
こう言っては何ですが、王族とは時に貴族以上に重く、厳しいものを背負わされる立場です。
彼らの些細な一言が戦の引き金となったり、国益を損なうことに繋がったりと、貴族以上に己の言動に気を付けなければならないでしょう。
それは側室という立場にいらっしゃる方とて、同じ。彼女達の多くは国に何らかの貢献をされていらっしゃいますから、ただ子を産めばいいというものではありません。
それでなくとも、王の子を産んだ場合は自分や実家が子の後ろ盾になるのですから、子を想うならば、愚かな母ではいられない。
次代の王を狙い、権力争いをすることはどんな国でも珍しくはございませんが、愚か者が淘汰されるのは世の常ですものね。
そのような背景を知っていると、やはり『側室』という立場になるにはある程度の覚悟と才覚が必要だと思えてしまうのです。
もっとも……国の情勢が不安定であれば、権力争いなどをしている余裕はございません。
これはイルフェナとて、例外ではありませんでした。我が国の『実力者を尊ぶ』という気質は、キヴェラに狙われ続けた国だからこそ、なおいっそう強まったのですから。
特に、私以上の年齢の方は苦労されたことでしょう。かの戦狂いは、自国の者に討伐されるほど強烈でしたもの。
……ただ、バラクシンは少々、特殊な状況にありました。
イルフェナとアルベルダが盾になるような形となり、キヴェラの脅威に晒されることがなかったのです。
まあ、だからこそ、呑気に内部で権力争いなどできたのでしょうけど。
正直申しまして、カトリーナ様が側室になることが叶ったのは王妃様――当時は王太子妃様でしょうか――が問題なく責務を果たされていたことが大きかったと思っております。
本来、側室とは王妃様の補佐のような立ち位置です。王妃様が担いきれない責務を代行することもございますので、優秀な側室ならば、それなりに影響力を持っているでしょう。
もしもカトリーナ様がそのような方であったならば……教会派は力を削がれることなく、今も王家派と張り合っていたやもしれません。
王子を産み、教会派貴族達が一丸となって後ろ盾となっている――これ以上ないほどに、恵まれた環境ですわね。
一歩間違えれば、本当に王家を支配する起点となっていたかもしれませんもの。教会派貴族達とて、さぞカトリーナ様に期待されたことでしょう……!
そのような未来を崩したのが、カトリーナ様ご自身。
ある意味、王家派にとっては最大の功労者と言えますわね。
秘かに視線を向けると、カトリーナ様は我が旦那様に興味津々のご様子。
旦那様は穏やかな笑みを浮かべていらっしゃいますが、その視線はどこか冷たいものとなっているようです。現に、カトリーナ様以外は旦那様を警戒していらっしゃいますもの。
それでも私に初手を譲ってくださるおつもりなのか、旦那様はあくまでも私の護衛という立場を貫いているようです。
そんな夫の気遣いと、私への理解の深さに、ついつい口元に笑みが浮かんでしまいます。
ふふ……さすがは私の旦那様。
適度にカトリーナ様の気を引いて、興味を持たせていらっしゃるようです。アル達からの情報によれば、『素敵な男性に弱い』そうですから。
私としましても、今回は難しいお話をしに来たわけではないので、カトリーナ様が本性を曝け出してくださるのは好都合ですわ。
今回のみ、『良い子』になってしまわれても、面白くございませんもの。
旦那様を意識するカトリーナ様への嫉妬?
不躾な視線を送る方を不快に感じる、旦那様への独占欲?
どちらも必要ございません……いえ、『ありえません』わ!
だって、私は『旦那様に選ばれ、乞われた者』ですもの。
私が選んだわけでも、媚びたわけでもございません。旦那様『が』私を欲してくださったのです。
私とて、バシュレ公爵家の女……自分を安売りするつもりはございません。それだけの努力をし、結果を出してきたと、自負しております。
そんな私が何故、何一つ満足にできない方を恐れるというのでしょう……? 脅威どころか、障害の一つと認識する必要性さえ感じませんわね。
さあ、そろそろお話ししましょうか。
「初めまして、カトリーナ様。私はイルフェナより参りました、シャルリーヌ・バシュレと申します。こちらは我が夫、クラレンス。今回は護衛として同行しておりますわ」
「クラレンスと申します」
旦那様は微笑んで名乗られますが、『宜しく』とは言いません。……どうやら、カトリーナ様は僅かな興味すら引けなかったようですわね。
「は……初めてお目にかかります。私はカトリーナと申します。少し前まで、側室として王城に住んでおりましたが、今は実家に戻っていますの」
「あら……」
ご自分から『元側室』と口になさるカトリーナ様に、少々、呆れてしまいます。
あらあら……アルからの情報では『私は側室になどなりたくなかった』と仰っていらしたはずですのにねぇ?
折角、実家に戻ったのです。それらのことは黙して語らず、現在のご自分のことだけになさるべきでしょうに。
カトリーナ様はお気付きではないようですが、『元側室』、『実家に戻っている』という二つのことは、口になさるべきではありません。恥を晒しているようなものですもの。
要は『側室として王子を産みながらも、下賜を希望する者もおらず、出戻った』ということですからね。
「まあ、そのようにご自分を卑下なさらずとも」
「え!?」
気遣うような表情を向ける私に、カトリーナ様はきょとんとなさいました。
「側室を務められた方ならば、貴族に顔が利きますでしょう? 子をお産みになられたとはいえ、まだまだお若いのです。本来ならば、引く手数多でしょうに……『実家に戻った』など」
「あ……!」
漸く気付かれたのか、カトリーナ様が声を上げますが、それを許す私ではございません。
「『出戻った』としか、聞こえませんわよ? 引き取り手もなく、ただ離縁されただけに聞こえますわ」
「そ、そんなことはありません! 私は側室になど、なりたくなかったのです! ですから、これは私にとって最良のことなのですわ!」
あくまでも、カトリーナ様は『自分が望んだこと』と言い張りたいようですわね。
うふふ、そうでなくては面白くございません。交渉事にも言えることですが、たやすく相手に流されてしまうのは悪手ですものね。
……ですが。
ですが、お気を付けなさいませ? カトリーナ様。
足掻くことは大切ですが、単なる悪足掻きではよりお立場を悪くしますのよ。
「まあ、それでは今後の展望が何かございますのね?」
「え?」
「先ほども申しましたように、側室だった頃に培った人脈や功績、学んだことは、多くのことに活かせるだけでなく、強みとなるものです。わざわざ、ご実家に戻ることを選択されたのですから、次を見据えていらっしゃるのでしょう……?」
意地悪ではなく、これは当たり前のことなのです。『社交界の華』と呼ばれる存在であることもまた、似たようなものを期待されるのですから。
多くの人に認められ、令嬢を纏める者として君臨するならば、それなりの実力が必要なのです。
……だからこそ、『かつて社交界の華と呼ばれていた』という過去を持つ方は恐ろしい。
人はいつまでも若くはいられません。ですが、年月を重ねた分だけ多くの功績を成し、国の重鎮となっていく方もいらっしゃいます。
そういった方との繋がりを持ち、個人的な人脈を有する淑女なれば、『若さを失った女如き』などと馬鹿にはできませんのよ。
勿論、美しさを保つことも重要ですが、悪意渦巻く社交界を微笑みと共に乗り切ってきた女傑だからこそ、下手な男など勝てはしないでしょう。
そのような方達とカトリーナ様を同列に扱うなど、失礼極まりない。カトリーナ様からは『側室という立場が嫌だった』という、政略結婚に対する不満だけが感じられますもの。
「是非、お聞かせ願えませんか? 『貴女は今後、何をなさるおつもりなのか』を」
「そ、そうです、わね……ですが、私はまず、恋がしたいのです。望んで側室になったわけではありませんから、愛し合う夫婦というものに憧れているのです」
「まあ、素敵!」
笑みを漏らせば、カトリーナ様は安心したような顔をなさいました。
……。
ええ、カトリーナ様は、ですけれど。カトリーナ様? 貴女のお父上は顔面蒼白ですが……宜しいのかしら?
まさか、他国の高位貴族の前で『側室になりたくなかった』などと言うとは思わなかったのでしょうが、事前に忠告なさらなかったのかしら?
仕方ありませんわね、ここは私が教えて差し上げましょうか。
「ですが、カトリーナ様? 『側室になりたくなかった』などと口にされてはいけませんわ。バラクシン王陛下への不満、王家への不敬……そういった意味に受け取られてしまいますわよ?」
「え、あ、ああ、そうですね……」
賛同を得たと思ったのに、小言に変わったことが予想外なのか、カトリーナ様は困惑を露にいたします。
「お気をつけくださいませ。それらを聞いた者によっては、貴女を『教会派貴族に送り込まれ、役目を果たせずに戻って来た愚物』と思う方もいらっしゃいましてよ」
「な!?」
「何を驚いているのです。『望まない婚姻』『欲しくなかった側室という立場』は、『政略結婚』であることを意味します。まして、貴女様ご自身が『愛し合う夫婦に憧れる』と口にしてらっしゃるでしょう? ご実家のことも含めますと、『教会派貴族の駒』と公言していらっしゃるようなものですわね」
「そんなことで!? それに、政略結婚だったなんて、今更でしょう!」
どうやら、カトリーナ様は今一つ理解されていない模様です。
私は一つ溜息を吐くと、可哀想なものを見る目をカトリーナ様に向けました。
「政略結婚は多々あれど、わざわざ王陛下への不満を口にする方など居りません。不敬罪に問われてしまいますからね。それだけでなく、カトリーナ様自身やその周辺のことも調べられるでしょう。宜しいですか、『突かれて困るようなことに興味を持たせない』ということが大事なのです」
「それは……そうですが……」
「王家に何らかの不都合が生じた場合、その切っ掛けを与えた元凶として処罰される場合もございますわ。貴族とて、実家の醜聞など外に漏らさないでしょうに」
言い換えれば、『王家の汚点として始末される可能性がある』ということです。
それ以外にも、教会派貴族達の力を削ぎたい場合の理由にされると言いますか。
どちらにせよ、ご実家が教会派貴族である以上、仲間内からも批難が飛びそうな状況ですわね。
まあ……わざわざそれに気付かせる私とて、性格が良いとは言えませんが。
「カトリーナ様は新たな恋を望まれているご様子。気を付けなければいけませんわ」
「は、はい」
「ですが……安心いたしました」
「え?」
要突な言葉に、カトリーナ様は首を傾げています。
「私が色々と口にしたのは、全て報告にあったことだからですの。『教会派貴族の駒としてろくなこともこなせず、出戻った』なんて、醜聞ですもの。ですが、カトリーナ様は恋を探すために自由を求められただけなのですね」
――ですから先ほど、『素敵』と声を上げてしまいましたの。
そう続けると、カトリーナ様は目を輝かせて強く頷きました。
「はい! ええ、そうなのです! 私は恋がしたいのですわ!」
「私とて、女ですもの。そのお気持ち、判りますわ。ですから、側室という立場も、教会派貴族の駒という立場も捨てて、一人の女性に戻りたかったのですよね」
「はい……! シャルリーヌ様が判ってくださって、嬉しいです!」
「あら、カトリーナ様と直接お話しできたからですわ。ご本人にも肯定していただきましたので、私もくだらない噂を否定致しましょう。『カトリーナ様は醜聞となろうとも恋を選ぶため、全てを捨てた』と。イルフェナにもそう伝えておきますので、邪推する方達も口を噤むでしょう」
「お願いします!」
「ええ、勿論ですわ……だって、『今後は元第四王子フェリクス様の母』という立場を、振り翳すことをしないということですもの」
そう告げた途端、カトリーナ様の笑顔が凍り付きました。
「個人としての恋を選ばれるのです……フェリクス様にはすでに奥方がいらっしゃいますし、新しい道を歩み始めていると聞いています。カトリーナ様がご子息を育て上げ、新たな門出を見送った後、王家との繋がりを捨てて、個人として恋を始められること、立派だと思いますわよ」
「それは……っ、ですが、私はあの子の母親で……っ」
「フェリクス様はすでに別の家庭を持っていらっしゃるではありませんか。子の独立と共に、新たな道を歩もうとなさったのではございませんの?」
カトリーナ様は未だ、フェリクス様を切り捨てられないようでした。そんな姿に、内心、呆れてしまいます。
私はわざと憂い顔を作り、多少の批難を込めてカトリーナ様を見つめました。
「それとも……あれほど熱心に『恋をしたい』と口にしていらしたのに、側室として得たものは利用するということでしょうか」
「あの子は私の息子です!」
「それ以上に、バラクシン王陛下の血を持った方ですわ。少なくとも、世間はそう認識します。ですから、私はカトリーナ様を称賛しましたのよ……『貴族として有益な【元王子の母】という立場を手放してまで、ご自分の人生を歩むと決められた』のですから」
実際には、そこまでの覚悟がなかったことは判っております。ですが……すでに遅い。
「旦那様もお聞きになられていらっしゃいましたよね?」
「ええ、勿論ですよ、シャルリーヌ。貴族としては異質でしょうが、私も貴女に恋をし、足掻いた者……応援させていただきます」
イルフェナの正式な使者である私達夫婦は、カトリーナ様から言質を取っているのですから。
そこに気付かない旦那様ではございません。深く頷くと、カトリーナ様を応援すると口にされ、私同様に誘導を担ってくださいました。
「そうですわね。旦那様はとても頑張ってくださいましたわ」
「皆の助力があってこその今と自覚はしていますけど、私も貴女に釣り合うよう必死になりました。その努力があるからこそ、皆に祝福してもらえたのだと思います」
カトリーナ様は最初こそ、『息子と決別する』ということに顔色を変えていらっしゃいました。
ですが、私と旦那様の話を聞くうちに、ご自分を投影されたのでしょうか……徐々にこちらの話に引き込まれていらっしゃる様子が窺えました。
私と旦那様という成功例を目の前にし、『応援する』という言葉も聞かされたのです。
御伽噺のような恋に憧れるカトリーナ様ならば、『素敵な男性が自分のために努力し、求愛する』という出来事に目が眩むでしょう。
「カトリーナ様、一つ助言をして差し上げます。ご自分を磨きなさいませ。素敵な女性は居るだけで注目を集めるもの……愛を乞われる側となれますわ」
「はい……はい、そうですわね、シャルリーヌ様。私、頑張りますわ!」
「ええ、素敵な恋をなさってね」
バルリオス伯爵は娘の口を噤ませたいとでも思っているのでしょうが、私はイルフェナからの正式な使者……迂闊なことは言えないのでしょう。
そんな伯爵の様子に、私はひっそりと笑みを深めました。
あらあら……たやすく誘導されるような娘のままにしたのは、貴方でしょうに。
私はきちんと『言動に気を付けるように』と申し上げておりますわ。
それを聞きながらも、こちらの誘導通りに動いたのはカトリーナ様……咎められる謂れはございません。
先の一件、そしてミヅキ様との一戦から、教会派貴族は言葉による誘導、その恐ろしさを学んだはずでしょう……?
私と旦那様はひっそりと視線を交わし合い、笑みを深めました。
私の旦那様は素敵な方でしょう? カトリーナ様もご自分に合った伴侶を見付けてくださいませね。