軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後日談 其の七『愚行の果てに』

――教会にて(とある騎士視点)

「ぐ……っ」

肩を外された挙句、あっさりと足払いを受けて、俺は地面に転がった。屈辱のあまり顔が歪む。

だが、憤るよりも、驚きが勝ってしまう。

「おや、情けないですね」

穏やかに……表情どころか、口調すら変えず、俺を地面に転がした男は困ったように肩を竦めた。

「その程度で、騎士を名乗れるのでしょうか。まあ、不審者じみた行動をしているあたり、バラクシンの騎士と偽っている可能性もありますが」

「な……無礼な! 俺は偽物などではない!」

「ですが、あまりにも弱い」

言い切ると、男は蔑みにも似た視線を向けてくる。……この男を侮ったことこそ、俺達の敗因だった。

『失礼ですが、教会に何か御用が?』

そんな言葉をかけてきたのは、このやたらと綺麗な顔をした男だった。シンプルだが、質の良さそうな生地の服……教会の人間ではないだろう。

馬鹿正直に理由など言えるはずがない。叔父からの小遣いに釣られ、仲間と共に教会にやって来たのは……所謂、脅しのためだったのだから。

教会が聖人気取りの聖職者を最高責任者とするようになって以来、信者達は非常に生意気になった。

以前は教会派貴族と懇意にしている者達が教会を牛耳っていたこともあり、こちらの要望はすんなり通っていたのだ。

それが一切、なくなった。いや、『聖職者如きが、貴族達の要求を拒否するようになった』のだ!

『寄付を得ていながら、何と恩知らずな……!』と憤る者達が一定数居るのも、当然と言えるだろう。

こちらにも『王家に対抗する』という目的があれど、奴らの生活を支えていたのは紛れもなく教会派貴族からの寄付。

それが判っているはずなのに、奴らは隣国の魔導師と手を組んだ挙句、『信仰は個人の自由であり、政に利用されるものではない』などと言い切った。

結果として、現在の教会は王家に保護されるような形となっている。教会派貴族と懇意にしていた教会上層部の者達は軒並み、聖人と彼を支持する信者達に叩き出されてしまった。

同時に、隣国の王族と魔導師からの抗議を受けた一部の教会派貴族達は処罰され、教会派貴族は大きく力を削がれることとなる。

純粋に信仰とやらに傾倒していた奴らはともかく、王家と権力争いをしていた派閥に属する貴族達にとっては大ダメージであった。

そんな中、叔父に誘われたのだ。『あの生意気な聖人に己の立場を理解させ、再び教会をこちら側に引き込まないか?』と。

『聖人と言えども、所詮は聖職者。王族や貴族のように地位があるわけではないし、人脈だって乏しかろう』

『例外があの魔導師との繋がりだが、かの魔導師は隣国に保護されている身』

『他国の者、その上、信仰による繋がりもないとくれば、迂闊に手出しするわけにもいくまい』

なるほどと、俺は納得してしまった。確かに、魔導師が居なければ、聖人だろうと恐れる必要はないじゃないか。

そもそも、先の一件は側室が産んだ王子の愚行――正確に言うなら、我が国の貴族がやらかした事への抗議から始まっており、魔導師はエルシュオン殿下の護衛のような形でバラクシンへと来ていたはず。

こちら側が余計なことをしなければ、フェリクス殿下の件だけで済んだと聞いている。『かの魔導師を怒らせたのは、エルシュオン殿下への侮辱だ』と!

そんな不安要素がない以上、俺達が教会に圧力を掛けようとも、魔導師が出張ってくることはない。来たとしても、内政干渉紛いであることを掲げ、退けてしまえばいいのだ。

だからこそ、叔父の話に乗った。俺とて、最近の教会は少し生意気だと思っていたから。

なのに――

「仮にも騎士であると言うならば、己の言動に気を付けることです。貴方達は確かにバラクシンの騎士の装いをしていますが、その行動は教会を窺う不審者そのものでしたからね」

「き……貴様は一体、何の権利があって俺達を咎めたのだ!」

仲間の一人がそう叫ぶと、男はふわりと微笑んだ。

「聖人殿と同行者からの『お願い』があったからですよ。争いを好まぬ信者達を守って欲しい、と」

「何だと?」

「聖人殿が一部の教会派貴族から寄付を盾に、高価な酒や食事による接待を強請られていると聞きまして。友の現状を憂えた我が同行者が、高価な酒と食事を提供しようと申し出たのです」

「チッ、そういうことか」

どうやら、聖人には俺達も知らない伝手があったらしい。この男の同行者と言うからには、裕福な商人か貴族なのだろう。こいつはその護衛か、友人といったところか。

ちらりと、余裕を失わない男の姿に視線を走らせる。

長い金髪は綺麗に手入れされ、優し気な顔立ちは嫌味なほどに整っていた。体は細身だが、しっかりと筋肉が付いており、男自身が貴族や騎士と言っても通じるだろう。

ただ、俺にはこいつが騎士とは思えなかった。理由は簡単、この国の者ではないからだ。

これほどの顔立ちをしていれば、まず間違いなく噂になる。そんな話は聞いたことがない。

だが、他国の騎士という可能性も低かった。そもそも、他国の騎士がわざわざ教会を訪ねる理由はないだろう。信仰はこの国独自のものなのだから。

聖人に興味があるなら、情報収集も兼ねて、もっと目立たない者を寄越すだろう。『他国の騎士や貴族が好奇心に駆られて訪ねて来た』と言うには少々、不自然過ぎるのだ。

……が、この男の本領発揮はここからだった。

「寧ろ、貴方達の方が騎士らしくありませんね。騎士たる者、無暗に剣を抜くなどあり得ません。まして、脅しに使うなど! 主のために振るい、民を守るために振るう。バラクシンの騎士に友人がおりますが、彼も騎士である己を誇り、騎士にあるまじき行ないなどしませんよ」

「はっ、綺麗事を!」

「綺麗事で結構じゃありませんか。そもそも、騎士とは血塗られることを厭わぬ覚悟が必要です。それを『国の守護』と取るか、『殺人』と取るかは、受け取る側次第でしょう」

「時に泥を被ることになろうとも、その根底にあるのは揺るがぬ忠誠です。王族・貴族の裏工作とて、国のため、時には必要なことですからね」

――私自身が認められる必要はないのです。主の望んだ結果となればいいだけ。

「……っ」

「貴方達が示そうとしたのは、ただの暴力です。誰かに誇ることもできず、自分自身も正しいとは思えない。……犯罪者と何が違うのでしょうね?」

「それ、は……」

「そもそも、逆上して襲い掛かってきた割に、あっさりと地面に転がされているのです。状況判断能力に乏しく、戦闘能力も低いと言わざるを得ません」

「く……貴様が煽るようなことを言ったんだろうが!」

悔しさのあまりに叫べば、男は更にこちらを煽るように笑みを深めた。事実であるからこそ反論できず、その笑みがただ憎らしい。

ああ、ああ、挑発に乗った俺達が愚かだったのだろう。それは事実だと認めよう。

だが、こいつの強さは規格外だった。あっさり避けると腕を掴み、両肩の関節を外して、地面に転がしたのだから!

確かに、血は出ないし、ぱっと見は怪我らしきものもない。ただし、肩を戻す時は非常に痛い。

わざわざ、そんな方法を取ったのだ……こいつの性格が良いとは言えないだろう。

涼しい顔で『教会で殺傷沙汰を起こすわけにはいきません』などと言っていたが、絶対に俺達に屈辱を味わわせるためだと思う。

現に、仲間達は皆、痛みに呻いている。俺は男に話しかけられた上、沈黙は許さないとばかりの雰囲気に呑まれた結果、こうして会話を続けているのだ。

「貴様達は何をしているのだ!」

そんなことを考えていた時、予想外の声が響いた。

ただし……それは俺達にとって救いの手ではなく、より最悪な未来を連想させるもので。

「遅れて申し訳ない! ご無事ですか、アルジェント殿!」

俺達に向けていた厳しい表情や声音とは打って変わり、申し訳なさそうな顔で男に駆け寄っていくのは、この国の第三王子――レヴィンズ殿下。

俺は勿論、仲間達もこれには混乱したことだろう。彼は騎士として過ごしてはいるが当然、王家の人間なのだ。わざわざ、彼自身が教会に来るような任務はないはず。

何故、彼がここに。それ以上に、どうしてこの男は我が国の王子と親し気にしているのか。

肩の痛みとは別の意味で青褪める俺達をよそに、二人は会話を交わしている。

「大丈夫ですよ。ああ、聖人殿の所にはミヅキが居りますので、心配はありません。あちらの要望に沿って、上手くやるでしょう」

「確かに、彼女ならば大丈夫だろう。だが、こいつらは一体?」

「教会の外から内部を窺っていたのです。その様はまさに不審者であり、教会の方達が不安になっていたので、こちらから声をかけたのですよ。その結果、まあ……『少々』揉めまして」

「ほぅ……? 何をしていたのか、気になるな」

「聖人殿から『【従わねば、実力行使もあり得る】と言われたこともある』などと聞いておりましたので、こちらも警戒してしまいまして。この国の騎士であることは事実なようですし、私の早とちりでしたら、謝罪いたします」

丁寧な物言いながら、男……アルジェントの言葉は悪意に満ちている。

状況を丁寧に説明しつつも、教会の者達のために行動したように言っているのだ……しかも、謝罪する意思さえ見せている。

これでは完全に、こちらが悪者扱いだろう。怪我をさせられていようとも、抗議することは難しいかもしれない。

現に、レヴィンズ殿下と彼が連れて来た騎士達の表情は厳しく、間違っても、俺達を擁護する気配はない。

「レ……レヴィンズ殿下! こいつは一体、どういう立場の者なのですか!?」

痛みを堪えながら尋ねると、レヴィンズ殿下は呆れたような顔になり。

「イルフェナのアルジェント・バシュレ殿だが? 名前からも判るように、バシュレ公爵家の人間だ」

「な……」

「ふふ、自己紹介をする必要性を感じませんでしたので、省かせてもらいました。ですが、私は先ほど『バラクシンの騎士に友人がいる』と言いましたよ? もうお判りだとは思いますが、レヴィンズ殿下のことです」

「友人と言ってもらえるのは嬉しいな!」

レヴィンズ殿下は嬉しそうにしているが、俺はそれどころではない。

ちょっと、待て。では、アルジェントの『同行者』というのは一体……?

「ああ、貴方も疑問に思っていらっしゃるでしょうから、教えておきますね。私の同行者はミヅキ……先の一件で活躍した魔導師ですよ」

「え゛」

「『聖人殿が頼りにする友人』という時点で、かなり限られてくるとは思いますけどね」

アルジェントの言葉に、俺は今度こそ言葉を失う。

では、叔父はあの魔導師を相手にしているというのか。魔導師の用意した酒と料理を前に、一体、どのような状況に置かれているというのか……!

「お前達は王城に連れて行く。まったく、馬鹿なことをしたな。イルフェナに恥を晒した分、厳しい処罰になると思え」

「……」

レヴィンズ殿下の言葉に自分の甘さを理解し、項垂れる。俺達以上に、叔父にも明るい未来はないだろう。

教会にしていたことを陛下に知られる上、魔導師やイルフェナの公爵家の人間にもそれを知られているのだ……王家が嘗められていると思われないためにも、厳しい罰が下されるに違いない。

そうでなければ、あの魔導師が何らかの報復に出て来るだろう。その切っ掛けを、俺達は与えてしまったのだから!

「あ、兄上! 来てくださったんですね!」

「おお、フェリクス! アルジェント殿が不審者を押さえてくれたから、もう大丈夫だぞ。皆にも伝えてやれ」

「はい!」

微笑ましい兄弟の遣り取りも、俺の耳には届かない。虚ろな目のまま顔を上げた先には、アルジェントが優しげな微笑みを浮かべていた。