軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後日談 其の一『保護者として』

アグノスを教会に預かってもらってから、半月ほど。聖人様からの手紙によると、アグノスは特に大きな問題も起こさず、仲良くやっているらしい。

アグノスには『王族の襲撃を画策した』という前科があるので、さすがに暫くは監視が必要と判断されていたのだ。まあ、これは仕方ない。

……で。

そんな大人達の思惑をよそに、アグノスは子供達に交じって幸せに暮らしているそうだ。

『【周囲の望んだ姿を演じていた】と聞いていたが、無意識にストレスを感じていたのではないかと思う』

と、聖人様は現在のアグノスの落ち着きぶりを解析している。

……。

確かに、その可能性はあるな。そもそも、当のアグノスは精神がお子様なんだし。

いくら素直だからと言っても、自我は存在している。ならば、周囲とのズレというか、違和感めいたものが多少はあるはずだ。

そういったものに対するストレスが発散される場がなかった結果、自分の認識とのズレを起爆剤にして、癇癪が起こったのではなかろうか。

そこで大人達がきちんと向き合ったり、説明したりして、アグノスを何らかの形で納得させていれば良かったのだろうけど……残念ながらそこまでする人はいなかった。

と、言うか。

アグノスが『王女』と言う立場だからこそ、そしてハーヴィス王の愛娘(笑)だからこそ、私のような教育方針を取れるはずはない。

私の教育は飴と鞭。容赦なく、しばきましたが、何か?

納得できなけりゃ、体で覚えろ。絶対者は私だろうが。

……そんな感じで、アグノスに教え込んだんだよねぇ。間違っても、王女様に対する接し方じゃないだろう。

ただ、逆に言えば……『それで何とかなってしまった』とも言える。

はっきり言えば、『アグノスの絶対者たる【誰か】が彼女に向き合い、教え込んでいれば、問題行動は皆無にできた』ってこと。

この『絶対者』に当たる存在こそ、ハーヴィス王その人なんだよねぇ……ハーヴィス、王権が元から強いしさ。

アグノスに『我が国は王権が強く、陛下の言葉は絶対です』と教え込む。

ハーヴィス王がアグノスと向き合う時間を作り、信頼関係を築く。

上記のことが成された後、アグノスに『王女としてやってはいけないこと』を、ハーヴィス王が教え込む。

……。

これで良かったんじゃね? いや、冗談抜きに。

ハーヴィスという国の特異性――ある意味、王が絶対者――を教え込んでいるからこそ、そして、アグノスが王女だからこそ、これで十分な気がする。

要は、アグノスが『王女』という立場にあるからこそ余計に、この場合はその身分が枷となるのだ。

『王女だからこそ皆の手本として、国の最上位である王には従わなければならない』――こんな風に受け取らせることだってできるじゃないか。

しかも、『絶対者』に該当するのが『ハーヴィスの王という立場にある人』なので、現ハーヴィス王が退位しようとも、効果は継続する。

これでアグノスが問題を起こそうとも、『絶対者であるハーヴィス王』――アグノスの父親である必要はない――が叱り、諭せば、理解や反省はできなくとも、それなりに言うことはきくだろう。

欠点としては、アグノスの父親というものに対する認識が成立するか判らないところだが……アグノスの幸せだけを願っているなら、問題はないはず。

ハーヴィス王(の立場に居る人)>(越えられない壁)>父親。

自分に向き合ってくれたら父親には懐くだろうけど、絶対者は別の人になるかもしれない。アグノスと向き合う以上、あの人に王としての責務との同時進行は厳しいだろうしね。

……まあ、『あの』ハーヴィス王がそんな状況を受け入れられるとは思えないけど。

『アグノスの父親』と言う立場に拘る割に、何もしなかったのがあの男。それだけでなく、『王』という立場にも妙な拘りというか、プライドが見え隠れしていた。

きっと、彼は安易に『王という立場』を手放そうとは思わないだろう。そんな真似ができる人だったら身分を捨て、アグノスの母との恋を選んだはず。

それなのに、アグノスの態度にショックを受けていたのだから、大笑い! あんな対応をしていた割に、自称・父親(笑)的な自負はあったのだろう。

そんな輩に、『自分以上に、娘が素直に言う事を聞く相手が居る』という状況が受け入れられるかは怪しい。

また、聖人様からの手紙にはこんなことも書かれていた。

『アグノスは子供達と共に過ごすことで、多くのことを学んでいっているように感じる』

『笑い合うばかりでなく、時に喧嘩し、後悔して、どこが悪かったかを自分で考え、互いに謝罪し合う。そんな遣り取りさえ行われているのだよ』

『アグノスが癇癪を起こしても、子供達も、周囲の大人達もまず、根気よくあの子の話を聞くのだ。そして、拙い言葉でたどたどしく語られた内容から、アグノスの気持ちを察してくれている』

『そのようなことが続けば、アグノスとて、周囲に居る者達が自分の話を聞き、その心に寄り添おうとしてくれていると判るのだろう』

『そのせいか、最近では癇癪を起こすよりも、話を聞いてもらいたがるようだ。思うに、あの子が本当に欲しかったものは、自分と向き合ってくれる存在だったのではないかと感じている』

聖人様の視点、その立ち位置は『教会の代表』であり、『教会に属する子供達の保護者筆頭』。

そんな立場の人が客観的に見た結果、こんなことを言っているのだ。やはり、彼から見てもアグノスは『情緒が育っていない子供』にしか見えないのだろう。

それは周囲の人達も同様。ただただ、健やかな成長を願ってくれる人々の好意に包まれ、アグノスは漸く、『一人の個人』として生きているのだろう。

「……まあ、これが『王女』という立場から見た場合は、問題が生じるのかもしれないけど」

手紙に目を通しながら、そんなことを思う、今日この頃。アグノスはきっと、生まれる場所を間違えたことが悲劇の始まりだったのだろう。

それに加え、アグノスのことを最優先に考える人々が皆無だったことが拍車をかけた。

誰もがアグノスに『王の最愛の人の娘』という前提を持ち、彼女の心に寄り添う以前に、『王女としてこうあるべき』という理想を押し付けたのだ。

……ただし、それは『乳母を始めとする、真っ当な人々』であって。

他にも『アグノスをわざと歪め、王家の失墜を狙う者』やら、『無条件にアグノスを肯定する信奉者』といった連中が周囲に居た結果が、魔王様襲撃を画策したアグノスなのだと推測。

つまり、内面がぐちゃぐちゃなのですよ。リセットされたことで漸く、人格形成の再スタートとなったわけだ。

どう考えても、『周囲によって作られた狂気』でしょ、これ。

もしもアグノス自身に問題があるなら、今も変わらないはずだもの。

根が超絶素直なアグノスからすれば、最悪の状況ですな。そりゃ、魔王様も同情するわ。

アグノスの現状とハーヴィスの状況から推察した結果、魔王様と騎士寮面子は一気にアグノスに同情的になった。

と、言うか。

アグノスのような状況、もしくはそれに類似したものを知っているため、ハーヴィス側へと怒りが流れたのだ。

魔王様曰く、『何も知らない無垢な子供を、暗殺者などに育てる方法と似ているからね』とのこと。

要は、大人達の都合の良いように育て、人格や言動の土台となる常識を歪めるってこと。

アグノスは周囲の願いに合わせていただけだけど、その反面、本人の人格の基礎になるようなものが全く育っていない。

その結果が魔王様の襲撃なのだから、常識を歪める恐ろしさが判ると思う。そこに王族のような特権階級の教育が混ざって、『排除する』という選択になったのだろう。

アグノスは罪悪感を抱いていないとハーヴィス王妃は慄いていたが、善悪どころか、根底にある常識さえ曖昧ならば、そんなものを抱くはずがない。

……『邪魔者を排除する』なんて、王族・貴族では良くあることなのだから。

勿論、普通は裏工作とか証拠隠滅も同時に行われるけど、アグノスにそれを教えた人が居なければ、実行するのは襲撃オンリーである。

「さて、聖人様からの手紙はいいとして。……こちらは気になることが書いてあるんだよねぇ」

言いながら、もう一枚の手紙を取り出す。最初に目を通したそれは、アグノスからの近況報告……という名のチクリだ。

勿論、基本的には自分のことを中心とした日記のような内容だ。しかし、素直な幼女アグノスちゃんは私の教えに従い、教会で起きたことも書いてくれたりする。

『偉そうな貴族の男の人が教会に来たの。その人の姿を見たシスター達は、顔を曇らせていたわ』

『私達は部屋から出ないように言われていたけど、皆は【教会や聖人様を困らせている嫌な奴だ!】って言ってたの』

お子様達は外部に助けを求めたわけでも、『客』を陥れようとしているわけでもない。馬鹿正直に、アグノスに教えてくれただけ。注意を促す意味もあっただろう。

だから、アグノスは私に伝えてきたのだ……『こんなことがあった』と!

「うふふ……やっぱり、一度脅したくらいじゃ効果が薄いか。これは近々、聖人様の所に遊びに行かなきゃねぇ……?」

聖人様も安易に人に頼る性格ではない――見返りを要求される怖さを知っているからだ――から、本格的な被害が出るまで助けを求めることはないだろう。

……が。

私はアグノスの保護者であり、所有者でもあるわけで。

己の所有物が報告してきた以上、動かないわけにはいきませんよね! 私は超できる子なので、無責任な大人にはなりませんよ……!

その過程で当然、魔王様達にもバレるが、仕方のないことである。

お休みの申請が必要だし、私は監視対象の異世界人ですからね!

「さあ、一体、どんな用事で来たのかしら♪ まだ教会を手中に収めることを狙っているのかな♪ それとも、狙いはフェリクス達かな♪ ああ、聖人様の暗殺とかも仄めかしてそう」

上機嫌で手紙を折りたたみ、善は急げとばかりに魔王様の下へと向かう。その足取りは軽い。

あまりにも機嫌の良さそうな私に話しかけてくる騎士達には、アグノスからの手紙を見せた上で、「お出かけしてきます♪」と自己申告。

――事情を察した人々からの『お土産』を手に、私が教会を訪れるのは、その数日後のことである。