作品タイトル不明
御伽噺(仮)の終わりには 其の三
――サロヴァーラ王城・某所にて
王族達の部屋がある一角、そこに作られた『とある部屋』は――
「だ・か・ら! その思い込みは捨てろって言ってるでしょ!」
「っ! ちょっと! 叩かないでよ!」
「そこまで痛くないんだから、喚くな! そんな暇があったら、一つでも知識を詰め込め!」
「~っ! また叩いた! 横暴過ぎるわ!」
「横暴上等、私はあんたの絶対者なんだから、問題なし!」
「私は王……痛っ!」
「もう王女じゃない! 『私は魔導師ミヅキの所有物です』。はい、復唱!」
「拾われたのは事実だけどっ……何様よ!」
「魔導師様だよ、文句ある? 『世界の災厄』でも『貴方の身近な恐怖』でもいいけれど、重要なのは『あんたの所有者』ってことだからね? 異議は認めないし、他の人の話も聞かなくて宜しい!」
自己中外道娘が己の所有物……もとい、元ハーヴィス王女アグノスと怒鳴り合っていた。
なお、これは虐待などではなく、躾や教育といった類のものだ。少なくとも、今現在の二人に限って言うならば、『教育』で合っている。
そもそも、アグノスはこれまで王女として生きてきたため、庶民のことなど全く知らない。
『無知』ではなく、『知る必要がなかった』。王族や貴族達も『知識として知っている』程度のものであろうが、アグノスは学ぶことすらしていないようである。
ただ、これは教える側の怠慢ではなく、アグノスの事情を考慮したゆえのものであった可能性が高い。
アグノスの場合、『血の淀み』による影響で性格に多少の難があったことから、混乱を避けるため、『意図的に教えられていない』と考えた方が自然だ。
普通ならば、どこかで問題が起きそうなものだろうが……今回のような場合、それが逆に良い結果をもたらしたのだろう。
『知らない』以上、アグノスの庶民としての常識はまっさらなまま。
覚えていない以上、それは知識の上塗りではなく、『新たな知識の習得』!
結果として、『もう王女じゃないんだから、以前の知識は不要』やら、『庶民として生きるために必要な知識の習得』といった言い分が使えてしまうのだった。
アグノスとしても、庶民として生きたことはなく、それらについて学んだこともないため、割と素直に学んでいる。
と、言うか。
彼女の所有者たる魔導師ミヅキが『私の所有物にとって必要な知識であり、従うべき常識』として教え込んでいるため、覚えるしかないのである。
それでも、『以前の生活の中で身に付いた常識』と『新たに身に付けなければならない知識』がぶつかることも少なくないわけで。
結果として、先ほどのような怒鳴り合い……もとい、教育のための修羅場が展開されることも珍しくはなかった。
まあ、それでもアグノスの面倒を見ているあたり、ミヅキもアグノスの所有者としての自覚があるのだろう。
少なくとも、人任せにはしていない。これだけでも、アグノスの父親であるハーヴィス王よりはマシと思えてしまう。
ただし、身に付くのは『魔導師の所有物的心得』。
果てしなく不安になる人間が続出しても、不思議はない。
当然、ここサロヴァーラにも二人が何をしているのか気になっている者達が居た。正確には、この一角に部屋を持つ国王一家+αである。
勿論、魔法による防音が施されているのだが、こっそりと室内を覗いていては意味がない。
通常、そういった行為はマナー違反であり、人の目もあって行えないはずなのだが……それが可能、もしくは『気になったから、様子を見に来た』と言ってしまえる立場の者はいるわけで。
本日もこっそりと、二人の様子を扉の隙間から窺う者達が居るのだった。
「お……おおおお姉様!? あの、さすがにミヅキお姉様は遣り過ぎなのでは!?」
「あらまあ……」
あまりな光景に、その一人――サロヴァーラ王女リリアンは涙目で姉を振り返る。
対するティルシアは『教育』の必要性を理解しているゆえか、リリアンほど動揺してはいなかった。
そもそも、ティルシアはミヅキの能力を高く評価しており、現在のアグノスの微妙な立場を正しく理解できている。
その前提がある以上、ミヅキが多少横暴だろうが、スパルタだろうが、必要事項と捉えているのだ。
と、言うか。
ここで徹底的に『ミヅキの所有物』という認識を植え付けておけば、ある意味、アグノスは安泰なのである。
誰が、好き好んで鬼畜外道と評判の魔導師――もしくは、断罪の魔導師――の所有物に手を出すものか。下手をすれば、所有者が報復に来るではないか。
「大丈夫よ、リリアン」
最愛の妹を安心させるように微笑み、僅かに目を伏せる。
「アグノス様は『魔導師の所有物』にならなければいけないの。……それしか、穏やかな人生を手に入れる方法がないのよ」
「それは……アグノス様が罪人だからでしょうか?」
「そうね、それもある。だけど、どちらかと言えば……『血の淀み』と王族の血を持っていることの方が問題なのよ。言い方は悪いけれど、飼い殺そうと考える者がいても不思議じゃないわ」
アグノスがハーヴィス王家の血を持っていることは事実であり、『血の淀み』を持っていることも含め、今回の襲撃でそれは知れ渡った。
アグノスを管理することだけを考えたなら、手に入れようとは思うまい。悪い意味で、彼女は有名だ。
だが、『アグノスの血を受け継ぐ者』ならば、利点のみという可能性がある。
罪人ではなく、ハーヴィス王家の血を持つ容姿に優れた者。そんな『良い手駒』が将来的に手に入るならば、多少のリスクは覚悟の上で、囲い込もうとする者が出てもおかしくはない。
「アグノス様との間に子をもうけ、その子を己の手駒として育てる。……こんな発想を持つ輩とて、いるでしょうね。その最大の抑止力が魔導師なのよ。あの子、相手が貴族どころか国であっても、平気で怒鳴り込んで蹂躙するから」
溜息交じりにそう言うと、ティルシアは室内へと視線を向けた。どうやら、怒鳴り合って気が済んだらしく、今は静かに勉強しているらしい。
そんな光景を見て、ティルシアは苦笑を浮かべる。――親猫同様、面倒見が良いことだ、と。
本来ならば、アグノスは処刑一択だったろう。今回の一件のこともあり、内部で事件を起こされても困るため、引き取るよりは……という感じなのだ。
酷いと言われようとも、それが確実な方法なのである。アグノスに同情する面があろうとも、選ぶのは自国なのだ。災いの芽は詰み取っておくに限る。
それでも、愚かな夢に酔いしれ、勝手なことをする輩が出るのは世の常であって。
各国の上層部はそれを判っているからこそ、ミヅキという魔導師にアグノスの管理をぶん投げたのである。『助けたければ、きちんと見張れ』と。
結果として、『魔導師が所有する』という道こそ、アグノスにとって唯一、幸せになる可能性が生まれるのだ。最強にして最凶なアグノスの所有者は、己の邪魔をする者を決して許しはしないのだから。
「だから、ミヅキが責任を持って管理するのよ。あの様子では、常に見張るというわけではないようだけど……それでも、アグノス様ご自身がミヅキの所有物としての自覚があるならば、おかしなことにはならないでしょう。何らかの誘いがあっても、必ずミヅキに伺いを立てるでしょうし」
ミヅキも元々、アグノスには思うところがあったようだが、このような未来を勝ち取ってみせた切っ掛けはリリアンである。
アグノスに人生をやり直す機会を望んだ妹分の期待に応え、ミヅキはアグノスの所有者として、様々な苦労を背負うことに決めたのだろう。
『生き物を飼う』とは、その一生に責任を持つことなのだ。アグノスの場合、犬や猫のように世話をする必要がない代わり、権力者を納得させ、今後を見張る苦労がある。
リリアンの願いを聞いていたティルシア達が顔を曇らせたのは、その苦労を察したからであった。
しかも、それはアグノスが生きている限り続くものであり、どう考えても、簡単に請け合うようなものではない。
……が。
そこは身内限定で情に厚いと評判のミヅキ。あっさりとリリアンのお願いを了承した挙句、見事にアグノスを己が所有物として勝ち取ってきたのであった。
その上で、あのようにアグノスを躾けている。『血の淀み』の影響か、アグノスは素直過ぎる面があるため、この教育が成功すれば、たやすく他者に利用されなくなるのだろう。
「わ……私、ミヅキお姉様にとんでもない我侭を言っていたのですね……!」
己の願いの重さに、リリアンは顔を青褪めさせる。単純に『助けてやって欲しい』的な願いであっても、アグノスの状況を考えれば、それはとてつもない責任をミヅキに背負わせるものだったと気付いて。
「そうね、我侭ね。……だけど、ミヅキ自身も望んでいたことだったと思うわ」
「え?」
「だって、あの子……嫌なものは『嫌』とはっきり言うじゃない。それにね、リリアンが願ってくれて良かったと思っているかもしれない。第三者が声を上げてくれたという『事実』があるから、ミヅキの独断ではなくなったのよ」
「……」
ミヅキに甘い親猫、もといエルシュオンやルドルフならば賛同してくれるだろうが、彼らは今回、当事者である。襲撃事件に関してならば口を挟めても、それが限度だろう。
そもそも、今回は国単位で馬鹿にされたと受け取られているため、二人の国ではアグノスを飼い殺そうと考えるアホは居まい。
アグノスに対し、最も警戒しているのはイルフェナやゼブレストといった当事国以外なので、彼らはミヅキの提案に賛同できないのだ。正しく言うなら、『説得力がない』。
『そちらは襲撃されただろう!』と言われてしまえばそれまでなので、精々が、ハーヴィスでの処罰に温情を願う程度だろう。
そうなると、魔導師ミヅキの独断でアグノスの庇護……となってしまう。さすがに、周囲は納得してくれまい。
だが、リリアンが声を上げた。サロヴァーラの未来の女王が!
そこからはミヅキと親しい者達が後に続き、結果として、『魔導師が管理し、責任を負うなら許す』となったのだ。
アグノスの素直さ(意訳)を直接目にした者達からの言葉は重く、魔導師に恩を売れるということもあり、各国はこの決着に納得したのである。
なにせ、下手をすれば、魔導師はアグノスを連れて表舞台から消えてしまう。表向きの理由があるならば、それに乗ってしまった方が良い。
(世間向け・優しさを前面に出した建前)
『王女アグノスの生い立ちに同情し、引き取りを申し出た魔導師に委ねる』
(各国の本音)
『破天荒外道娘に丸投げ。我侭を聞いてあげたんだから、感謝してよねっ』
これくらいの温度差がある案件なのである。ある意味、ミヅキ自身に価値を持たせた親猫の勝利であった。
功績や地位を望まないからこそ、ミヅキはいつでも引き籠もれてしまうのだ。そもそも、イルフェナでの生活に満足しているあたり、ミヅキに野心はない。
そんな生き物が厄介者を引き取り、管理してくれるのだ……各国としても、アグノスの処刑や幽閉が望めない(=ハーヴィスに信頼がない)ならば、任せてしまった方が安心できる。
「ハーヴィスに信頼がない以上、信頼できる者に預けるのも手なのよ。各国としても、これで民に良いイメージを持ってもらえるならば、文句はない。互いに妥協し、利用し合って、望んだ結果を得る……これが政であり、交渉というものよ」
暗に、『今のハーヴィスには無理だ』と匂わせたティルシアに、リリアンは複雑そうな表情を浮かべた。
未熟だという自覚のあるリリアンの目から見ても、ハーヴィスにアグノスを置いておいてはいけない気がするのだ。
罪を償って死ぬならばまだしも、再び利用される未来しか思い浮かばない。漠然とだが、リリアンはそう感じていた。
「だから、私はこの決着に満足しているわ。あんな風に騒々しくしながらも面倒を見てくれる所有者がいるならば、アグノス様だけでなく、各国の皆様方も安心でしょう」
「そうですね……。でも、きっと……アグノス様にとってはそれだけではなく……」
先ほど、ちらりと見えた光景。それは『ミヅキに褒められたアグノスが一瞬、子供のように嬉しそうな笑みを浮かべた』というものだった。
ミヅキの遣り方は少々、過激だ。だが、『叱る時は叱り、褒める時は褒める。重要なのは飴と鞭』という方針なので、学ぶ気がある者にとっては割と良い環境なのである。
現に、アグノスはミヅキを嫌う素振りを見せていない。時に怒鳴り合うことはあれど、何だかんだと懐く様を見せているので、周囲の者達は特に口を挟まないのだ。
「良き所有者……保護者を得られたかもしれませんね? アグノス様」
どうか、今度こそ『幸せな人生』を。
私が遣り直せたように、貴女も自分のために生きられますように。
ティルシアに促されて立ち去りながら、リリアンは安堵した表情を浮かべた。