軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

決断と多くの優しさ

「……という訳だったんだよ」

アリサが寮まで襲撃してきた翌日、二人は国へ戻って行った。

魔王様にがっつり怒られたのかと思ったけど、今回の事情説明をしただけだったらしい。

私も一切事情を聞かされていなかったので、本日魔王様の執務室までお呼び出しです。

……お茶菓子か何か持って来いって言われたけど。今回はこれが誤魔化そうとした事に対する罰だそうな。

以前、守護役と私で試作のシフォンケーキ食べたのバレてましたか。意外と甘い物がお好きなようで。

この世界に来てからスイーツを自主制作していた所為で身内系の集まりのお茶菓子担当と化してますな、私。

「じゃあ、今回はあの二人を諌める為の訪問だったんですか」

「うん。自国では徹底的に判らせることなんてできないだろうからね。我が国が抗議という形をとれば庇うことなんてできないし」

「……随分と手際がいいですね?」

「あの取り決めだと異世界人が好き勝手しても処罰は難しいだろう? 国の者じゃないんだし。だから過去の出来事を踏まえて対策がちゃんとあるんだよ」

それを異世界人本人には知らせないわけですね。最終警告まで猶予があるだろうし。

まあ、実際それくらいしないとマズイわな。利用価値のある異世界人だと擦り寄る貴族が庇いそうだもの、『他国から抗議が来た』っていう事実は処罰の大義名分になるだろう。

「エドワードの方は理解できたみたいだね。庇うだけが全てではないと」

「一応叱ってはいたんでしょう?」

「理解させるには至らなかったみたいだけどね。君が言っていたように教育にも問題はあったと思うよ」

昨日のあの騒動のすぐ後。

魔王様に一応異世界人の見解として報告しておいたのだ。

『自分の行動が周囲にどういう影響を及ぼしどんな結果を招くか』を教えるべきだったんじゃね?

『奔放な民間人』に教えるのって『生まれながらの貴族』に教えるのと同じやり方じゃ理解出来んぞ?

そもそも重要性を理解させるような事をしてました?

アリサが元の世界で貴族の様に制約の無い裕福な家に暮らしていたならば『ちょっと考えが浅いけど素直で反省もできる優しい御嬢様』だったんじゃなかろうか。

嫌味の無い、誰からも愛されるような感じ。突飛な行動も理由を聞けば誰もが本気で怒れなくなるような。

私の世界の平民だったらかなり善良な部類だろう。

「立場の認識のズレから互いに理解すべきだったんじゃないですかね?」

「うん、だから君の意見も向こうに伝えてある。どんな判断になるかは判らないが」

向こうの状況を知らないものね、私達。

「一度問答無用に貴族社会で生活させればいいんだよ。無作法者と苛められれば必死で身に付けるだろうし」

……向こうもこちらの教育方針を知らないしね。

サポートがあったとはいえ、あの状況を勝ち残った私と比べるのは気の毒と言うか。

ところで、魔王様? 貴方の教育方針はイルフェナのヴォリン伯爵さえ吃驚なものだったみたいですが。

もしや、変人(=実力者)基準の教育でしたか、あれは。

※※※※※※※

――バラクシン王城・ライナスの執務室 (ライナス視点)

「……やはりか。だが、これは」

「我々にも責がありますね。何せ異世界人からの言葉です」

私は深々と溜息を吐く。手にしたイルフェナからの報告書を見れば当然か。

今回の事は兄である王より任され私の管轄となっている。正直な話、王は二人に期待していなかったに違いない。だからこそ、見世物の様な謁見の間での報告が必要ない私に任されたのだ。

「エドワード、アリサ。今回の事は今までの様に不問とするわけにはいかない。度重なる叱責にも態度を改めなかったことで他国からさえ抗議が来たではないか。我が国としても咎めぬわけにはいかん」

「……はい。どのような処罰もお受けいたします」

エドワードの言葉にはアリサを庇う気配は無い。今まで必死に守ってきた彼が一体どういう心境の変化だろう。

思わず近くに控えていたリカードに目を向けると彼も同じようにこちらを見てきた。

これは……かなりキツく説教でもされたか。

イルフェナの責任者は確かエルシュオン殿下だった筈。彼の通称は確か……。

そこまで考えて私は二人に初めて哀れみの目を向けた。

……この二人には荷が重過ぎるどころではなかったろう。『魔王』とまで噂される人物が生温い追求で留めてくれる筈は無い。彼は手加減という言葉を知らないのかと思うほど他国に厳しいのだ。

「ライナス様、発言をお許しいただけますでしょうか?」

「うん? ああ、構わんぞ」

「ありがとうございます。我々は婚姻関係を解消したく思います。私は宰相補佐の立場を降り、アリサは我がカンナス家が所有する家にて民間人として暮らさせたい。勿論、使用人や護衛はそちらの信用の置けるものを付けていただきたく思います」

エドワードの言葉を事前に知らされていたのだろう。涙を耐えている風ではあるがアリサに動揺は見られない。

だが、内容はこちらが想定していた以上に厳しいものだ。それを自分から言い出すとは。

室内にはエドワードやアリサの他に当初からアリサの面倒を見ていた年配の侍女、そして元守護役であったトリスタンも控えている。彼らも私と同じく言葉も無いようだった。

「エドワード。あれほどアリサを庇っていたお前が一体どういう心境の変化だ? できれば理由を聞かせてもらいたい」

「はい。我々は言葉を表面的なものでしか捉えていなかったことに気付いたからです。……厳しい言葉の中に隠された思いやりを無下にしてきた、それだけではなく言葉をかけてくれた者達を冷たい人だと思ってきました。それで十分な理由にはなりませんか」

「……そうか。お前達なりに今までを振り返って自分で気付いたのだな」

「ええ。貴族としても許されないことでしょう。ですからせめて自ら去るのです」

二人に味方がいなかったわけではない。だが、厳しい言葉をかける者を切り捨てる一方でエドワードとアリサは互いに依存していった。まるで悲劇の主人公のようだ、と何度思ったことか。

しかし、彼らは物語を悲劇のまま終わらせる愚か者にはならなかったようだ。見守ってきた者としては嬉しい限りである。

「イルフェナに向かわせたことは正解だったようだな。何が気付く切っ掛けであったのやら」

安堵の息を洩らし思わず口をついた言葉に反応したのは意外にもアリサだった。

「エルシュオン殿下とミヅキ様……異世界の方からの言葉があったからだと思います。私、ミヅキ様に色々と教えていただいたのです。何故貴族としての立ち振る舞いが必要なのか、奔放さが人にどれほど迷惑をかけるのかを」

「ミヅキ殿は言葉こそ厳しいですが、常にアリサを気遣ってくださいました。最もそれが現れているのは『一切関わる事は無い』と言い切ることで自分とアリサが比較される可能性を消してくれたことでしょう」

それは比較対象としてアリサを踏み台にすることを否定したということだろう。

アリサも頭が悪いわけではないのだ、納得できる理由さえあれば理解し身に付けようとしたということか。

それは、つまり。

「私もお前達に謝らねばならないことがある。特にアリサ」

「は……はい」

「イルフェナからの報告と今のお前達を見て確信した。……アリサの教育は貴族相手と同じでは駄目だったのだと。今更だが謝らせてくれ、必要な教育さえ与えず役目を放棄したことを。すまなかった」

「ラ……ライナス様!?」

告げると同時に頭を下げる。そう、これは一度でもアリサを愚かな娘と思ったことへの謝罪。

彼らがこれまでの行いを自覚したというなら我々も目を逸らしてはならないのだ。

「エドワード、アリサ。ライナス様がどうして貴方達に厳しかったか判りますか?」

トリスタンが落ち着いた声で話し出す。

そうだな、今を逃したら話す機会など無いだろう。別に知らなくても良いのだが。

「この国は教会の持つ権力が大きい。政治の場においても度々口を出してくることは貴方方も御存知ですね?」

「はい」

「この国は男児のみ継承権を持ちます。先王には現在の王が生まれてより長く次の男児が生まれなかったのです。ですから、ライナス様がお生まれになった時は大きな喜びと共に不安も生まれたのですよ」

「何故です? 待望の王子でしょう?」

アリサの疑問も尤もだ。だがエドワードは察したらしい。

トリスタンの言葉を引き継ぎ私は口を開く。

「兄上と私は歳が離れている。当然、兄上の子と私は歳が近くなる。継承権は王の子の方が高いが私もそれなりに影響力がある立場だ。……継承権上位の王族が教会に付いたらどうなる?」

「あ!」

「過去、実際に王になれなかった王族が教会に付いたことで奴等は権力を手にした。私にその気は無くとも貴族達の中には利用しようとする者もいるだろう。だから私は兄上に男児が生まれるのを待って継承権を放棄した」

「ライナス様は幼い頃から御自分の身を守る為、それ以上に国を守る為に誰より立派な王族であろうとしてきました。隙を見せる訳にはいかなかった、少しの油断で自分だけではなく国も傾かせてしまう可能性があったのですよ」

貴族達の中にも教会側と繋がりのある連中は大勢居る。そんな連中にとって私は絶好の手駒に映ったろう。

何らかの形で王家と仲違いをさせ、教会側に付けようとする。それこそ奴らの狙いだった。

兄は歳の離れた私を本当に可愛がってくれたし、正妃様も実の母の様に慈しんでくださった。姉達もそれは同じだ。

だからこそ私は奴らの思惑どおりにはなるまいと誓ったのだ。継承権の放棄だけでなく生涯を王家に尽くすという誓約がある限り私は奴らの手駒にはならないのだから。

「アリサ。君にも利用される可能性があったんだ。誰かに守られるだけでは絶対に守りきれない、自分の身は自分で守らなければならない。リカードを守護役につけたのはそういった理由だ。必要以上に厳しかったのも」

「そんな……一言でも言ってくれれば良かったのに」

「君の傍には君を利用しようとする貴族が常に居ただろう? それに……問題のある君でもエドワードとの婚姻が許されたのはそういった背景からだ。そんな話を聞いて君はエドワードを信じられたかな?」

「……」

アリサは力なく首を横に振る。そうだろうな、基本的にこの娘は臆病だ。誰が聞いても政略結婚にしか見えない婚姻に不信感を抱くのは当然だろう。

「過ぎた事だと言ってしまうには傷は深いがな。もう会う機会もないだろうが……穏やかな人生を」

そう言って微笑む。リカードやトリスタンも同じく微笑んでいるのだ、これは喜ばしい結末なのだろう。

だから他の可能性など夢見ることはない。

「ありがとう、ございます」

「あ、あの! 私どうしても言っておきたいことがあったんです!」

エドワードと同じように涙ぐみながらもアリサは綺麗に笑う。

「ずっと、ずっと心を向けてくださって……ありがとうございました!」

最初で最後の感謝の言葉と微笑みは。

きっと、我々の中に鮮やかに残るのだろう。