軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

善意と愛だけでは成り立たない立場 其の一

視線を向けた先、ハーヴィス王は顔を青褪めさせていた。彼からすれば、信頼していた人物(=宰相)に裏切られたように感じているのかもしれない。

……が、その認識は間違いである。

何のことはない。王が無責任かつ無能だっただけだ。

『他国を利用しようとした』という点については、こちらも思うところがあるけれど……宰相的には自国の未来を憂いたゆえの行動である。

多分、とどめ……と言うか、決定打になったのがアグノスへの扱いだ。

ハーヴィス王にとってアグノスは、様々な無理を通して迎えた、最愛の女性との子供のはずである。

しかし、蓋を開けてみれば、その扱いはかなり無責任。

王族である以上、親が直接子育てをすること自体は稀だろう。だが、それでも頻繁に様子を見るなり、言葉を交わすなりして、絆を作り上げていくことは可能じゃないか。

現に、アグノスは乳母を慕っていたようだし、乳母も亡くなるまでアグノスに愛情を注いでいたように思う。

その証拠として挙げられるのが、『乳母の提示した【御伽噺のお姫様】という役を素直に受け入れていたこと』。

素直過ぎるほどに受け入れ、それを忠実にこなそうとした事自体は問題だけど、アグノスは馬鹿正直に従っているのである。

それに加え、少なくとも乳母が存命している間、アグノスは大きな問題を起こしていない。

もしかしたら、小さなアクシデントは時々起こっていたのかもしれないが、周囲に問題視されるようなことをやらかしていないのだ。

言い切れる理由は、イルフェナにやってきた使者の証言にある。

『情けない話ですが、私はアグノス様の状態を把握しておらず……いえ、大半の者達が私と同じ認識をしているでしょう。今回のことも驚いたはずです』

『アグノス様は本当に大きな事件など起こしていなかったのです。貴方様とて、王族ならばご存じでしょう……証拠がないならば、幽閉などできません。それまで普通に過ごしていたことによる【実績】ができてしまっているのですから』

……本当に気付かれていなかったみたいなんだよねぇ、アグノスの異常性って。

この言葉が出たのは魔王様との話し合いの場なので、今更、取り繕おうとしたとか、都合のいい嘘を述べたってわけではないだろう。

と、言うか。

魔王様はその時、ガチでお怒りだったらしい――同席していたルドルフ達の証言――ので、威圧全開の迫力の前に、嘘を吐く気力があったとは思えない。

そんな根性のある奴が使者としてイルフェナを訪れていたならば、もっと余裕を持った態度で、色々と言葉を交わしていただろう。少なくとも、気絶はすまい。

そもそも、アグノスの異常性の片鱗を感じ取っていた王妃様でさえ、『厳しく躾けろ』と口にする程度。

……『隔離しろ』とか『不幸な事故が起こる可能性を示唆した』とかじゃないのよ、『甘やかすな』というだけだ。

これ、明らかに『教育』とか『躾』で収まる範囲だと思われていたってことでしょ。少なくとも、『アグノスは危険視される存在ではなかった』!

しかも、その判断を下していたのは、アグノスの現状を問題視していたハーヴィス王妃と一部の人々。

もしも、当時からアグノスのヤバさが知られていれば、王に現実を突きつけ、幽閉くらいはしていたはず。

結論……アグノスは周囲の奮闘はあれど、本当に問題児として認識されていなかった。

『血の淀み』があることは知られていても、それを誰もが『生活に問題のない程度』としか認識していなかった。

勿論、今となっては、その認識が大いに間違いであったことは言うまでもない。

だが、だからこそ、こう考える。『ほぼ問題視されない状況になっていたのは、どういうことだ?』と。

どう考えても、『アグノス自身が素直に言うことを聞く人物がいた』という答え一択だ。

事実、乳母が亡くなった後に、魔王様への襲撃というトンデモ事件が起きているわけだしね。

「……で。これまでの会話を聞かれていて、ご自分から何か言おうとは思いませんか?」

私の言葉に、皆の視線がハーヴィス王へと集中した。言い方は悪いが、最低限、彼は言い訳をしなければならない……その必要があるのだから。

私と宰相さんの遣り取りを否定するなり、そうするに至った理由――それなりに皆が納得できるもの――を口にしなければ、それが事実と認めたことになってしまう。

逆に、皆を納得させることができれば、お咎めなしということも可能だったりする。『血の淀み』は各国共通の『災い』(意訳)なので、理解が得られると言うか。

勿論、イルフェナとゼブレストへの謝罪は必要だけど、『一国の王が頭を下げる』という行為は滅多に行われないもの。温情は狙えるだろう。

公の場って、良くも、悪くも、今後に響く『事実』を生み出すからね。ガニアでの断罪で私が利用したのは、こういった特性を利用したかったからだもの。

『あの場で、反論しなかった』『誰も異議を唱えなかった』――当事者どころか、参加者全員が行動しない・できないだけで、『魔導師の言い分に納得した』ということにされてしまったのだ。

だから、ガニアの貴族達は私の提示した処罰に文句を言えない。あの時、状況を覆せるだけの反論が用意できなかった以上、今更、何を言っても無駄なのだ。

……で。

今、その反論がハーヴィス王には必要なはずなのですが。

「……。私が至らなかったことは事実だ。それは認めよう」

「「……」」

だ か ら 、 そ う じ ゃ ね ー ん だ よ !

「……っ、側室のことも含め、様々な問題を軽視していたことは認める! アグノスのことも、私が周囲の者達に任せてしまったことに原因があるだろう」

誰 が 、 反 省 を 口 に し ろ と 言 っ た … … ?

慌てて付け加えたのは、私が目を眇めたからだろう。

だが、違う。その解釈はハズレだ。いや、不快に思っていることは事実だけど!

「……ルドルフ」

「あ~……まあ、仕方ないな。俺は止めない」

さすがにルドルフも呆れたらしく、私を止める気はないらしい。ちらりと視線を向けた先に居たアルは、非常にいい笑顔で頷いていた。

はは、ですよねー! これはもう、『やっちまえ!』ってことですよねー!

「……貴方の言い訳はどうでもいいのですよ。いえ、一応、反省する気はあったんだと知れたことは喜ばしいですが」

「は?」

「私は『貴方がそれらの我侭、及び無責任な行動に対し、どのような対処を考えていたのか』を聞きたいのです。反省の言葉を口にするのは、誰でもできますからね」

即座に言葉の意味を理解できなかったのか、ハーヴィス王は首を傾げている。だが、王妃様の方は気付いたらしく、冷めた目をハーヴィス王へと向けていた。

「貴方は己が過失を認め、誠実に謝罪すればいいと思っているのでしょう。ですが、それだけで済むはずはありません。すでに事件が起きて、被害が出てしまっている。その原因が貴方にあるというのは今更じゃないですか」

「む……」

「ですからね、貴方に『事を軽く考え過ぎていた』なんて一言で纏められても意味がないわけです。判り易く言いましょうか? まず、『虚弱体質の側室を迎えることも含め、どのような対処を考えていたのか』をお聞かせください」

「ハーヴィス王。我々が聞きたいのは貴方の反省ではなく、貴方自身の行動だ。側室を迎える時にしろ、アグノス殿の教育への口出しにしろ、貴方を咎めた者達を退ける『理由』があったのだろう?」

そこまで言われれば理解できたのか、ハーヴィス王は押し黙った。

あれですよ、『【ごめんなさい】は誰でも言える。だけど、どうして叱られるようなことをしたの?』と問われていると言えば、理解してもらえるだろうか?

と、言うか。

そもそも、ハーヴィス王は盛大に勘違いをしているのだろう。

私達ね、魔王様の意向に沿った終わりにしたいの。最大の目的はそれ。

貴方には多少なりとも、建前を考えてもらわなきゃ困るのよ!

誠実な謝罪は必要ですよ、勿論。だけど、それだけで納得してくれるほど、アグノスの起こした事件は軽くない。

それでも魔王様は穏便な決着を望むから、私達は行動し、この場に居る。

……が、私達が画策するだけでは限界があるのも事実。問題が大きい以上、多少なりとも、双方が努力しなければなるまい。

その問題点の一つである『ハーヴィス自浄の責任者』という問題を解消してくれたのが、宰相さん。

これでイルフェナやゼブレストから人を派遣することはないし、ハーヴィスから見当違いの反発を食らうこともない。内政干渉と言われると、否定できないし。

ただし、これは『今後のハーヴィスに対する処置』であって。

『アグノスの起こした問題を、どうやって皆に納得させるか』は、全くの別問題なのであ~る!

『中身のない謝罪はいいから、ハーヴィスが同情してもらえるような理由を考えろや。国のためなら、王妃も宰相も口を噤んでくれるだろ。嘘でもいいから、テメェの行動に正当性を持たせろや、ゴラァッ!』

私とルドルフの言葉を意訳するなら、これに尽きる。寧ろ、本音だ。怒鳴りつけたい。

ハーヴィス王は非常にお馬鹿……いやいや、察しが悪い方のようなので、心優しいルドルフ君が嚙み砕いてご説明あそばされたわけだ。

なにせ、ルドルフは一国の王。無言を貫くのは失礼なので、答えなければいけないのだ……結果として、『ハーヴィス王は魔導師の問いかけに答えた』となるってことですな。

なに、王妃様も、宰相さんも、ハーヴィスを守りたい気持ちが第一だ。多少の粗があったとしても、今回だけはフォローしてくれるだろう。

……それなのに、相変わらず『物語の王子様』をやらかしている奴が一匹。

愛や誠実さ、正義感で良い方向に行くのは、物語の中だけである。熱意だけで政はやっていけない。

少なくとも、現実は『そういった流れに持っていくための裏工作』が必須であり、表に出ないだけ。

側室の件にしても、賛同した貴族達は『陛下の深い愛に感動云々』とか口にしつつ、内心では王に恩を売れたとほくそ笑んでいたことだろう。

どう考えても、反対をした人の方が国のことを考えている。それでも妥協したのは、側室に時間がなかった&子供を授かる可能性が低かったせいだろうな。

ハーヴィス王や当の側室がそういった裏事情を理解できていれば、子供は作らず、『儚い恋の物語』として、美談になっただろう。

……そう、『美談で終わるはずだった』。

その予想を覆したのが、子供を欲しがった側室と、その我侭を受け入れてしまったハーヴィス王。

周囲もまさかの展開だったろう……『王は側室の命を縮めるような真似はすまい』と、絶対に思っていただろうし。

このことからも、問題はアグノスが生まれる前にあると察することができる。

アグノスの親だからとか、一国の王としての責任云々より、当時の周囲の思惑を全く理解できていなかったハーヴィス王――当時は王子かな?――こそが、正真正銘、元凶なのだ。

「私達は貴方ではないので、そういった行動を取った理由が判りません。どうぞ、ご説明を」

(意訳)『少しは自分の頭で考えて、この場を取り繕いやがれ!』

こればかりは、王妃様も助けることはできない。ただ、逆に言えば、この場を乗り切れば、ハーヴィスの危機が乗り切れたということでもある。

こういった場を全く経験していなかろうと、やってもらわねばならない。そもそも、ハーヴィス王が勝手なことをしなければ、こんなことにはなっていない。

大人として、責任を取ってもらおうじゃないか。これができなきゃ、私にボコられる未来しかねぇぞ?

……ああ、そうだ。折角だから少し危機感を持ってもらおうか。

「これが答えられなければ、貴方はこう言われても仕方ないでしょうね……甲斐性なし! と」

『え゛』

周囲から声が聞こえたような気がするけど、気にしない♪