作品タイトル不明
話し合い後の雑談
――ハーヴィス勢が去った部屋にて
とりあえず終了となった状況確認後、ハーヴィスの連中が去った部屋は重苦しい空気に満ちていた。
その原因は勿論、アグノスの爆弾発言各種であ~る!
いやいやいや……素直過ぎるのも問題でしょうが。
どこが『【血の淀み】は軽度』だよ、めっちゃ問題起きてるじゃん!
最初は元凶と信じて疑っていなかったアグノスの乳母に対し、私はよく頑張ったと褒めてやりたい心境だった。
少なくとも、彼女だけはアグノスに向き合っていたじゃないか。遣り方はともかく、アグノスを守ろうと必死になったじゃないか……!
ハーヴィス王の対応を見る限り、これは間違っていないだろう。彼らは乳母を信頼して、アグノスを任せていたみたいだもの。
ハーヴィス王だけでなく、ハーヴィス王妃もこれは同じ。苦言を呈する必要性を感じていたとしても、彼女は乳母を悪く言ってはいなかった。
よって、乳母は亡き主(=アグノス母)の言葉を忠実に守ろうとしただけと推測。
アグノスの『血の淀み』を隠そうとしたのは、それが重度と認定されれば、幽閉待ったなしだからだろう。
そうなってしまえば、アグノス母こと側室が望んだ『娘に幸せな人生を云々』という、願いが叶わなくなってしまうもの。
国にとっては拙いことだろうとも、乳母はアグノスを守ることを選択した。喩え、後にそのことがバレたとしても……『そう育てたのは乳母だから』という言い分の下、アグノスを被害者にできることを前提として。
予想外だったのが、父親であるハーヴィス王の態度だろうな。まさか、報告だけでろくに向き合おうとしないとは思うまい。
少なくとも、乳母にとってハーヴィス王は『アグノスを守る共犯とするには値しない存在』だったわけだ。
正しい報告が成されなかったのも、暗躍した者のせいもあっただろうが、乳母自身、ハーヴィス王を『こいつは信用できない』と判断していたからじゃないのか?
だって、あの王様、めっちゃ口だけの人間じゃん。
アグノスに向き合い、彼女の異常に気が付くようならば、乳母とて、素直に縋っただろう。
なにせ、相手はハーヴィスにおける最高権力者。あの国において、これほど頼もしい味方はいまい。
……が、味方でなかった場合は最悪の敵となってしまう。
ハーヴィス王がアグノスを疎んだ場合、乳母が何を言っても幽閉待ったなし。ずっと見守っていた乳母が庇おうとも、アグノスの未来は王の一存で決定してしまう。
何の力もない乳母としては、そんな危険な賭けに出るわけにはいくまい。そもそも、『王としての判断』と言われれば、それまでなのだから。
「アグノスの乳母さんって、ハーヴィス王が信頼できないと判断したんだろうね」
思わず口に出せば、皆も納得の表情で深々と頷いた。
「自分と同じくらいアグノスの味方でいてくれるならば、頻繁に相談しただろうし、その過程で王も気付いたと思う。逆に言えば、『信頼できないからこそ、気付かせないようにしていた』のかもしれない」
「先ほどまでのハーヴィス王の態度を見る限り、その可能性もあるよね」
「あ、魔王様もそう思います?」
「綺麗事しか口にしていなかったからね」
「なるほど」
魔王様もその可能性を否定する気はないらしい。と言うか、半ば呆れているようだった。
ですよね、ハーヴィス王を『表に出せない秘密のお話』をする相手には選びませんよね。
「あの方は王族や貴族の教育を、自分に都合よく解釈していたからね。本人としては事実を口にしているつもりだったろうけど、部外者からすれば言い訳以外の何物でもなかった」
「辛辣なことを言う割には、貴方はろくに口を開かなかったね? ブロンデル公爵」
「ふふ、相手に好き放題に喋らせることこそ、勝利への近道ですよ、殿下」
にこやかに交わす会話ではないはずなのに、魔王様へと向ける表情は穏やかな笑みのまま。魔王様もブロンデル公爵の遣り方を知っているのか、苦笑気味。
こういったところは『この国の高位貴族』なんだよなぁ……ブロンデル公爵って。と言うか、私が親しくしてもらっている高位貴族達は皆、こんな感じ。
クラウスのことで頭痛を覚える姿や、奥方と仲睦まじく過ごす姿も偽りない事実だけど、『良き父』『良き夫』だけでは終わらない。
綺麗事に理解はあれど、それを別にして結果に繋げてみせる姿勢。それができるからこそ、彼は『ブロンデル公爵』という地位に居る。
対峙した者へと同情する気持ちもあるし、労わる気持ちだってあるだろう。個人としてなら、かなり穏やかで優しいし。だけど、国が最優先である以上、それに流されることはない。
対して、ハーヴィス王は綺麗事だけで完結してしまっているように思えてしまう。
先ほどの態度を見る限り、亡くなった側室を未だに愛しているのは本当っぽいし、アグノスのことも大事には思っているのだろう。
……が、彼の場合は『そこで終わっている』。
自分の遣りたいことだけをやっていると言うか、偽善に生きていると言うか。
まあ、とにかく。『最良の結果を望む割に、泥を被る気がない』のよね。言っていることは立派でも、『そのために、どうすべきか』と問われれば黙ってしまう。
アグノスのことだけでなく、今回の襲撃に関しての対応の遅さもこれが原因ではないかと思っていたり。
発想の方向性は善良だが、全てが思い通りに進むはずはない。そこで誰かが裏工作を言い出しても、王が難色を示せば、実行できないし。
もしも、今までこんなことを繰り返していたならば……追い落とされても不思議はないぞ? あんまりにも現実が見えていないと言うか、立場を理解していないもの。
「なんか、『意図的に、御伽噺のお姫様であることを選んでいる』アグノスよりも、ハーヴィス王の方が『素の状態で、御伽噺の王様』って感じだったよね」
「ん? ミヅキ、それってどういうことだ?」
「いや、ほら、御伽噺に出て来る王様って、現実味がないと言うか……愛と善意でできてるじゃない? ヒーローの王子が好き勝手なことをしているのに、何の手も打たないし」
ルドルフの疑問に、肩を竦めて答える。現実とはあまりにも差があろう、と。
事実、『御伽噺の王様』って、主役級の立場にないと存在感は限りなくゼロだ。王子が単独で敵に挑もうと、出奔紛いのことをしていようと、なーんにもやってない!
これ、現実ならばあり得ないと言い切れる。王子は王族としての資質を疑われるだろうし、廃嫡だってあり得る事態じゃん。
「ああ……そういう意味では、ハーヴィス王の方が素で御伽噺の登場人物じみていたな」
「そう思うよね? あの人、有事の際の判断なんて、できるのかな?」
「怪しいよな」
頷き合う私達。やはり、『英雄譚に夢を見るのは五歳まで』と言い切るルドルフから見ても、ハーヴィス王はそう思える模様。
「ハーヴィスは他国と極力関りがない状態だったから、それでも何とかなっていたんだろうね」
魔王様も直接の表現こそ避けてはいるものの、私達と同じ判断を下している。やっぱり、気のせいじゃないですよね?
言葉にこそしていないが、シュアンゼ殿下も先ほどから深く頷いているので、反論する気はないらしい。
「ですが、そうなると……ハーヴィスに抗議したところで、こちらの意図した処罰は望めませんわ」
「そうでしょうね。正直なところ、あの態度も我々の前だから、と言ったところでしょう。王妃様はこちらの意図を酌んでくださるでしょうが、王が却下してしまえば、それまでという気がします」
「不安を煽るようなことを言わないでよ、宰相補佐様にセイル」
「あれを見て、他にどう言えと言うのよ」
「そうは言いましても。無駄な期待をする性質ではありませんので」
常識人枠の宰相補佐様、そして本心は殺気に満ちているはずのセイルも揃って『否』を突き付ける。……優しい言い方をしているけど、本心は『あの盆暗にはそんな判断できんだろ』だな、多分。
……。
満場一致で『ハーヴィスに自浄を求めるのは止めとけ』という判断が出てしまったようだ。
ある意味、凄ぇ! 相手は一国の王だというのに。
「……で。お前は『どんな処罰』を考え付いたんだ?」
「ルドルフ……その確信に満ちた表情は何さ?」
「お前はこういったことが逆に得意だろ。と言うか、ほぼ悩まないじゃないか」
「……」
「……」
暫しの間の後。
「当然じゃん。『こちらに火の粉が降りかからない』という大前提がある以上、『そうなるように誘導すればいい』だけでしょ」
同時に、にやり……とよく似た笑みを浮かべる私とルドルフ。端から見れば、悪巧みをしているようにしか見えまい。
「ほお……具体的には?」
「イルフェナを含めた他国に助力を求められないようにする。各国にはハーヴィスの要請を拒否できるだけの『お土産』を持って帰ってもらえばいい」
「王妃や、周りに諭されれば、さすがにあの王であろうとも動かないか?」
「だから、無駄に高そうなプライドが傷つくようなことを言ってやればいいんじゃない! いやぁ、謝罪の場が楽しみねっ!」
そもそも、各国の王達は簡単に助けてくれるほど甘くはない。ほぼ関係のない国ならば、なおのこと。
今回の対応の遅さから見ても、ハーヴィス王は間違いなく外交に不慣れ……と言うか、苦手だと推測。
ならば、ハーヴィス王が他国に頼るような事態に発展した場合を見越し、一度限りになるであろう話し合いの場を用意してあげようじゃないか。
勘違いしてはいけない、これは私なりの優しさである。
玩具が来たとばかりに、各国は一度は相手をしてくれそうじゃないか。
「私は貴族じゃないもん。ちょっと言葉が悪かろうとも、素直なことを言ってしまおうとも、仕方ないことじゃない。文句があるなら、反論すればいい」
「なるほど、お前はハーヴィス王をコケにする気、満々だと」
「やだなぁ、そういった場に不慣れな民間人がちょっと口を滑らせるだけだよ」
お貴族様や王族様のように、遠回しな表現なんてしないだけさ。なに、魔導師の抗議(物理)を国単位で食らうよりは優しいでしょ。
「私、あんたと魔王様にとっての真の加害者は、ハーヴィス王だと思ってるもの。即『ごめんなさい』ができなかった上、ハーヴィス王があの状態なのよ? 報復単位は国だ」
「ミヅキ、君には報復する資格がないと思うけど」
「何を言ってるんですか、魔王様! 保護者な親猫、もしくは飼い主を命の危機に遭わされた以上、報復必須ですよ? 私自身の生活に関わってくるもの」
ぐっと拳を握って力説すれば、室内に微妙な空気が満ちた。だが、これは事実であ~る!
私の日々の生活は、魔王様の庇護があってこそ。三食保護者付きの快適生活ですよ。抗議する権利は十分にある!
「……。せめて、後見人と」
「親猫か飼い主じゃなきゃ、ヤダ」
「……」
顔を引き攣らせないでくださいよ、魔王様。皆、納得の表情で頷いてるじゃないですか。
「そうか、ミヅキ自身の生活に影響するならば……確かに、報復や抗議をする資格はあるかもね」
「そうですー、私自身のためですー」
「ならば、仕方ないね。今の君があるのはエルシュオン殿下のお陰というのは事実なのだから、存分にやればいいよ」
「ありがとー!」
ほら、シュアンゼ殿下も賛成してくれているじゃないですか! 悪意のない笑みの中に、微妙な黒さが滲んでいるのなんて、些細なことですよ。
「話を戻しますね。でね、その謝罪の場を記録したものを各国に持って帰ってもらえばいいと思うの。そこで笑いものにするもよし、ハーヴィスが信頼できない証拠にするもよし。『関わりたくない理由』には十分でしょう?」
「そうだな。お前がハーヴィスに良い感情を持っていないことが判るし、介入を拒否する理由としても十分だ。下手に関われば、悪者にされかねないもんな」
「その魔道具は『魔導師が皆へとお土産に渡した』って言えば、所持している理由としては十分だものね。馬鹿には関わらないことが一番だよ。内乱、下剋上、勝手にやってくれ」
皆も反論はないのか、納得の表情だ。事実、今回ばかりは『ハーヴィスに関わらない』ということが最良の手であるため、それを可能にする証拠とも言うべきものが手元にあるのは心強かろう。
これが御伽噺の世界ならば、善意溢れる国の一つや二つあるのだろうが、現実は甘くない。どんな国だって、最優先は自国なのだ。
「はぁ……まあ、また砦を落としたりするよりはマシなのか。ところで、アグノス王女はどうする気だい?」
「それも考えてありますよ。ただ、ちょっと許可を得なければならない人達が居るので、今は保留で」
魔王様は納得していないようだが、こればかりは仕方ない。と言うか、魔王様としては『精神年齢幼女なアグノス』が心配なのだろう。彼女とて、ある意味では被害者なのだから。
「さあ、謝罪の場が楽しみね」
「遣り過ぎないようにね」
大丈夫ですよ、魔王様。だって、さっきから団長さん達は一言も止めてないじゃないですか。イルフェナの総意です、そ・う・い!