軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ハーヴィス王は現状を『正しく』理解する(ハーヴィス王視点)

「貴方がエルシュオン殿下以上に多忙なんて、この場に居る皆様も認めないでしょう。そして、私から見た貴方のアグノス様への接し方は、『可愛がるだけで飼った気になっている、自称飼い主』に近い。愛娘と称するならば、そして最愛の女性の忘れ形見ならば、何故、頻繁に会話を交わす程度のこともできないのでしょうか?」

――魔導師と名乗った女性から突き付けられた言葉に、私は返す言葉がなかった。

アグノスが特殊な事情を持っていようとも、私はあの子を愛している。いや、『愛しているつもりだった』。

王族や貴族は民間人のように、親が直接、子を育てるわけではない。

私とて、幼少の頃から傍に居たのは乳母や侍女であり、両親が選んだ側仕え達だった。

それに疑問を感じたことはない。私だけが特殊な環境なのではなく、他の者達もそれが当たり前なのだから。

だが、魔導師から見た場合、それでは足りないのだという。

『愛娘』と言うならば、アグノスと向き合うべきであったと。

「君には馴染みがない状況かもしれないが、王族や貴族は親が直接、子育てをすることはないのだよ」

なんとかそれだけを口にするも、魔導師は納得しなかったらしい。

「それでも、情報の共有や意思の疎通は必要ですよね?」

「なに?」

「貴族ならば領地のことについて、自分の家が属する派閥について、子供の勉強の進み具合……といった感じに、『親が直接、子供と会話すること』はそれなりにあるでしょう?」

「ふむ。領地や派閥は納得できるが、勉強の進み具合は報告で十分ではないかね?」

「その報告が正しいならば、ですけどね」

「は……?」

意味が判らず、問い返す。魔導師は……どこか面白そうな顔をしていた。

「だって、『意図的に報告を偽ったり、歪めることはできる』じゃないですか。最低限、自分でその報告が正しいかを確認する必要はあるでしょう?」

「だが、それなりに信頼できる者からの報告だぞ?」

「それができていれば、アグノス様の状況にも気付けているのでは?」

「なっ……!」

さらりと返された言葉に、そこに含まれる意味に、私は言葉を失った。魔導師は暗にこう言っているのだ……『無条件に信じた結果、裏切られた』と。

同時に、私の甘さについても指摘しているのだろう。『私自身がその報告が事実かを確認していれば、今回のことは起きていない』と!

言い返したいが、言葉が出て来ない。……反論できるはずもない。

お前に何が判ると思いながらも、頭のどこかでは納得できてしまっている。

アグノスと向き合っていれば、一言でも頻繁に言葉を交わし、その状況に気付けていれば……『今回のことは防げていた』。

魔導師が言いたいのはきっと、そういった意味なのだろう。だからこそ、私の至らなさを突きつけ、暗に批難しているのだ。

喉の渇きを覚えつつ、改めて魔導師に向き合う。『ハーヴィスの砦を落とした』と聞いたせいもあろうが、目の前の女性が妙に恐ろしく思えてしまった。

何故なら――

魔導師はずっと笑みを浮かべているのだ。

この場にそぐわぬ笑みを浮かべる中、目だけが笑っていない。

一度気付いてしまえば、彼女が私に向ける感情が好意的でないと判ってしまう。

事実、先ほどよりも笑みを深め、獲物を捉えたかのように私を見つめている。……私の言葉を待っている。

ただ、それだけ。それだけのはずなのに……迂闊なことを言ってはいけないと、危機感にも似た感情を抱いてしまう。

魔導師と言えど、この場では魔法など使えないはず。

何故、恐怖にも似た感情を覚えるのだろう……?

「あら、黙ってしまいましたね。『愛娘』と仰る上、『血の淀み』を持つと判っていながら適切な対処をしなかったのですから、こちらが納得できる回答を頂かねば困ります」

「困る……?」

「だって、口では『きちんとやっていた』なんて、幾らでも言えるじゃないですか。重要なのは被害者側――イルフェナとゼブレスト、そして偶然にも襲撃者達の撃退に関わってくださったカルロッサが、『納得できるか、否か』ってことでしょう?」

「ぐ……!」

そう言われてしまえば、私も彼女の物言いを咎めることができなくなってしまう。

あまりにも不敬な言い方だと、身分を盾に黙らせることもできようが……その場合、私はこの部屋に居る者達から『都合が悪いから黙らせた』と思われても不思議はない。

ちらりと視線を王妃に向けるも、王妃も顔を青褪めさせている。彼女も魔導師の思惑を感じ取ったらしく、警戒を強めているようだった。

そんな中、魔導師は変わらぬ口調で更に言葉を重ねていく。

「言葉が出て来ないのは、頭のどこかで『反論できない』と判っているからでしょうか? それとも、自覚がありながら誤魔化そうとしたんでしょうかね?」

「違う! 私は本当にっ……」

「もしくは、それを事実と認められないのでしょうか。『事実と認めてしまえば、亡き最愛の人が遺した娘に対し、無関心だった』と思われてしまうものね? ああ、それとも……」

一度言葉を切って、魔導師は無邪気にも見える表情で笑った。

「その全てに気付いているから、指摘されたくはなかったんですかね?」

次々と繰り出される言葉という名の毒に、私は内心、悲鳴を上げる。それでも、周囲の者達が魔導師を止めることはない。まるで、彼女が彼らの代表であるかのよう。

……。

確かに、私は現実から目を逸らし続けてきた自覚がある。それは魔導師の言うとおりであるし、それだけならば認められた。

だが、私は亡き側室からアグノスのことを頼まれていたのだ。

その事実が、私を苦しめる。お前は最愛の妃の期待も、想いも、全てを踏み躙ったのだと……『その誓いを守るだけの能力などなかった』のだと、声なき声が私を責め立てる。

「ハーヴィスって、王の意思が最も尊重されるんですってね。ならば、対処はいくらでもできたはず。助言をしてくれる人が居た。苦言を呈すると共に、意見を出した人が居た。……それらを無視して自分の意志を貫いた以上、貴方は答える義務があるんですよ。『無下にした理由』があったんでしょうから」

「……っ」

にやりとした笑みを口元に浮かべる魔導師に、私は彼女から批難されていると確信した。この問いかけは、魔導師からの批難なのだろう。

魔導師はエルシュオン殿下と非常に仲が良いと聞いている。先ほど語られた『日常』からしても、それが窺えた。

ならば、彼女の怒りも当然と言える。魔導師を名乗っている……いや、『名乗ることを許されている』以上、何もしないなどあり得ない。

そうはいっても、今回の一件における正式な抗議はイルフェナが行うべきもの。砦の襲撃も兵達の傷を治していたと報告を受けているので、これはささやかな報復なのか。

……だが。

私のそんな考えは、すぐに消し飛ぶことになる。

「この部屋にいる人達は、私達の会話を聞いています。そして、この場はあくまでも状況の確認であり、正式な謝罪の場ではない。……私ね、正式な謝罪の場で貴方達が何を言うのか楽しみなんですよ」

「楽しみ……?」

「ええ! だって、私は事前に『当然の疑問』を貴方にぶつけた。今は答えられなくても、本番で沈黙が許されるはずはないでしょう? だから、『本番ではきちんと答えられるよう、事前に問いかけた』んですよ。考えを纏める時間があった以上、答えないわけにはいかないでしょう?」

事前に私が問いかけていますものね! と、楽しげに続ける魔導師。その途端、王妃が顔を強張らせた。

「まさか……私達に沈黙を許さないための布石、だったのですか……?」

「謝罪に来た以上、全てを正直に話すのは当然だと思いますけど? それでも、貴方達は一国の最高権力者。沈黙すれば、無理に口を開かせることは難しいでしょう。……ですが、私はそんなことを許すほど優しくはないのですよ」

王妃の言葉に答えつつも、魔導師は私から視線を外さない。

「誠実に謝罪するため、それ以上に国を守るためにここに来た以上、まさか答えないなんてことはないですよね? どれほど屈辱であっても、他者に呆れられようとも、真実を話すことが唯一の解決方法ですもの」

「真実、とは……」

「言葉を濁すならば、私が問いかけて差し上げます。それに『正直に』答えてくださればいい。ああ、同情を誘うのは悪手ですよ? その場合、更なる追及が待ち構えているだけですから」

逃げられるなんて、思わないでくださいね……?

獲物を狙う猫のように目を細め、魔導師は笑みを深める。その笑みに、『逃げた場合に起きる災厄』を予想し、思わず背筋を凍らせた。

「できるだけイルフェナを納得させることをお勧めします。今回はイルフェナという『国』としての対処が優先されますから、イルフェナが納得すれば、私は何もしませんよ」

「ゼブレストはいいのか?」

「ルドルフ……ゼブレスト王も私と同じ選択をしていますので」

ね、と魔導師はゼブレスト王に問いかけると、ゼブレスト王は事もなげに頷いた。その気安さから、二人の親しさが透けて見えるようだった。

同時に、私達にもはや逃げ場などないことを悟る。

これは魔導師とゼブレスト王なりの忠告なのだ。

『曖昧にすれば、ただではおかぬ』と、暗に脅しかけている。

「ルドルフ、本当にそれでいいのかい? 君は良くても、ゼブレストという『国』は黙っていないと思うけど」

「俺はイルフェナの決定に従うと伝えているし、ミヅキが報復に出るなら、どのみち俺達の出番なんてないさ」

「まあ、そうだけど」

交わされる会話はエルシュオン殿下とゼブレスト王のもの。口調も、表情も、世間話をしているかのような気安さなのに、その内容は無視できないものである。

絶句していると、不意にエルシュオン殿下が私の方へと顔を向けた。

「こんなことは言いたくないけれど、ミヅキ……魔導師は本当に凶暴だから。だけど、君達が先に仕掛けた上、『血の淀み』を理由にするならば、納得するしかない。だって、魔導師は『世界の災厄』と呼ばれているのだから。魔導師を怒らせた国の末路は、あまりにも有名だろう?」

だから、逃げ場なんてないんだよ。

そう告げられた気がした。否定したくとも、目の前の魔導師は――報告に偽りがなければ――我が国の砦をあっさりと落としている。

彼女の見た目は報告と一致している上、これまでの実績を考えると……『あり得ない』とは言えなかった。

私は……私達は、イルフェナという国を恐れていた。だが、同時に『怒らせたのが国だからこそ、穏便に済ませる道もある』と、どこか楽観視していたのだろう。

――そんな希望はたった今、砕かれた。

その状況に追い込み、私達に気付かせたのは、魔導師自身。こんな時にさえ、即座に切り返しができない私自身が心底、情けない。

私は……これまで一体、何を築き上げてきたのだろうな。