軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

隣国の王女は憂い、姉(仮)を頼る

――サロヴァーラにて(リリアン視点)

「ねぇ、リリアン。あんたは幸せだったね」

「はい?」

唐突な言葉に、私は首を傾げました。対して、そのようなことを仰ったミヅキお姉様はどこか満足げな表情をしていらっしゃいます。

『幸せ』。確かに、私は幸せなのだと思います。

お父様やお姉様に守られ、私の『今』があるのですから、それは事実でした。

そもそも、この状況を作り出してくださったのは、お姉様を始めとする『私以外の方達』。

私はただ泣くばかりでした。そんな私からすれば、皆様の働きを『偶然』や『忠誠』などといった言葉で片付けることなどできません。

私は皆に守られていたのです。

貴族達の悪意に晒されながらも、私は確かに守られていたのです。

どうして……どうして、皆様を恨むことができましょうか。

私が愚かなままに過ごしている間、お姉様達は命を捨てる覚悟で動いていらっしゃったのですから。

……それは理解できているのですけれど。

ミヅキお姉様の仰る『幸せ』は、何故か違う意味を持っているように感じました。いえ、アグノス様のことを知った今だからこそ、そのように聞こえてしまうのかもしれません。

「えっと……私は『今』があることに日々、感謝を覚えておりますが……」

「ああ、違う、違う! リリアンの『今』があるのは、亡くなったお母さん達のお陰っていう意味」

「は、はぁ?」

意味が解りません。

お母様達は、私やお姉様を共に愛してくださりましたが……どうしてそれが『今』に繋がるのでしょうか。

お母様の言葉がなくとも、私はお姉様やお父様が大好きですし、お姉様と王位を争う気など欠片もないのです。

お姉様が周囲に認められるほど素晴らしい才覚を示されたことも一因ですが、ろくに学ばぬ私では、お姉様の対抗馬になれるはずもない。

私自身、そう認識していたのです。王家に忠誠を誓う貴族達とて、同じように思っていたことでしょう。

……ですが。

ですが、続いてミヅキお姉様から告げられた言葉に、私は言葉を失ったのです。

「もしも、リリアンが母親の実家を含む派閥と親しくしていたら。……リリアン自身の想いを他所に、あんたは派閥のトップに祭り上げられていただろうから。勿論、ティルシアの対抗馬としてね。そうなっていたら、いくらティルシアが望んだとしても、無罪放免は無理なの。貴族達が『リリアン様の忠実な臣下』って言いだすだろうからね」

「え……」

「無自覚のまま、派閥のトップに祭り上げられるってこと! その場合、追い落とされる貴族同様、あんたも追い落とさなきゃならない。派閥だけ処罰して、トップを無罪放免なんてこと、できないから」

ミヅキお姉様の言葉を噛み締め、じわじわと意味を理解すると……私の顔から血の気が引いていきました。

そう、そうです。私自身が望まずとも、私はお姉様の対抗馬になる可能性があった!

その場合、ミヅキお姉様による断罪劇の際……『私は処罰されなければならなかった』!

権力争いである以上、敗北した派閥を率いていたとされる者が無傷であるなど、あり得ません。

良くて幽閉、悪ければ処刑。後の憂いをなくす意味でも、私にも厳しい罰が課せられたでしょう。

お姉様の計画でも、私は一時、幽閉される予定でしたが……それは私を安全な所に隔離し、守るため。処罰とは全く事情が異なります。

あくまでも『アルジェント様のことと、侍女の罪を見抜けなかったことに対して反省を促す』という意味合いが強いですし、あの当時の私ではそれでも許されてしまったでしょう。

愚かと言われていた私に、忠誠を誓ってくれる人や家はありませんでした。言い方は悪いですが、誰の目から見ても、私には王族の血以外の価値はなかったのです。

だからこそ、お姉様は『幽閉』という提案をしても、多少の反発程度で何とかなってしまうと踏んだのでしょう。

自分に火の粉が降りかからないならば貴族達とて納得するでしょうし、お姉様に恩も売れるのですから。

お姉様がそのような計画を立てられたのは、私につく者達が居なかったから。

……それは勿論、『私の実家に近寄ってはならない』と言い残したお母様のお陰。

その言葉だけでなく、王妃様やお母様が儚くなられた元凶と認識していたゆえに、私も、お姉様も、お母様方のご実家に近寄ることはありませんでした。

寧ろ、擦り寄ってくる者達を警戒していたと言ってもいい。お母様が遺された言葉は、幼い私にさえ深く刻みついていたのですから。

その結果、自分で味方を作ることができなかった私は孤独と悪意に晒されたのですが……後悔することはありませんでした。

お姉様と争う? ……冗談ではない!

私が愚かなままであった時から、お姉様は私を慈しんでくださいました。

そこにあったのは、ただただ姉妹として、そして家族として、妹を案じる愛情です。お父様とて、同様。

どうして、私がお二人の言葉を……示してくれた愛情を疑うのでしょうか。お母様の遺された言葉は貴族達との距離を作り出すことになりはしましたが、私自身の意思でもあるのです。

それが結果として、私の孤立を裏付けるものとなり。

私は……王家に仇成す者達の派閥に属さぬ者という認識をされたのです。

「あんたとティルシアのお母さん達は自分が苦労したからこそ、姉妹で争う可能性を潰してくれた。……権力争いの果てに、どちらかが追い落とされる未来を回避してくれた! ……幸せなことじゃない。家族に守られ、望んだ未来を手に入れられるなんて」

「あ……」

私は唐突に理解しました。

私の現状がサロヴァーラ……いえ、どのような国にあっても、非常に稀有なことであると。

王族同士で争うこと事体は珍しくはありません。ですが、その頂点であった王族が、本当に敵対する親族を疎んでいたかと言われれば……間違いなく『否』でしょう。

それでも罰せられ、表舞台から姿を消してきたのです。自分が指示したわけでもない、派閥の貴族達が成した罪によって。

「ティルシアは『選択肢を減らす』という方法を取って、あんたを唯一の王位継承者にしようとした。それしかリリアンが女王になる方法がなかったから。だけど、本心は違う。だから、私は提案した……『望んだ未来を得ること』を」

ミヅキお姉様が、お姉様に提案したことは三つ。

『サロヴァーラの立て直しのために他国が手助けする』、『愚か者達の処罰と後始末を魔導師が引き受ける』『貴女の今後を約束する』と。

お姉様はろくに知らない人を頼るほど、警戒心が薄いわけではない。寧ろ、逆。

ならば、ミヅキお姉様の提案は……『思わず縋ってしまいたくなるほど、魅力的なものだった』ということ。

それを望みつつも、当時のお姉様には不可能なものだった。だからこそ、お姉様は自ら悪役となり、国に仇成す者達を一掃しようと画策されたのですから……!

「……ええ、ええ! 私は幸せな王女でした」

滲む涙をそのままに、ミヅキお姉様へと笑みを向ける。

「私ほど守られ、家族に愛された王女なんて、滅多にいないでしょう」

「そうだね。お母さん達はリリアン個人としても、『王女リリアン』としても、最善の道を歩めるよう、精一杯の助言をしてくれたんだから」

お母様達の言葉がなければ、私は己が置かれた状況を嘆くあまり、お母様の実家に擦り寄っていたかもしれません。悪意を恐れ、表面上だけ優しい顔をしてくる者達に。

そうなってしまえば、私は彼らに属する者となってしまう。

……向けられる悪意からは免れても、お姉様やお父様と笑い合って過ごす未来など、絶対に望めなかった。彼らが断罪される時、共に処罰されていたはず。

「私は『幸せな王女』なのですわ」

そこにはきっと、辛いこと、苦しいことも含まれます。

けれど、これほどに望んだ幸せを手にできた王族など、きっと数えるほどしかいないでしょう。できる、できないではなく、周囲の者達と情勢がそれを許さなかった。立場や身分とはそういうもの。

……だけど、私達にはミヅキお姉様が味方をしてくださいました。

正確には、お姉様との取引です。けれど、その後も何くれとなく気にかけてくださっていることも知っています。だからこそ、私は『ミヅキお姉様』と呼ぶことに違和感を感じない。

「『個人』としてだけではなく、『王女』としても幸せな人生を。お母様達がそう望んでくださったからこそ、私の『今』があるのですね」

そう確信する度、アグノス様の置かれた状況をお労しく思います。『血の淀み』こそあれど、アグノス様の現状はきっと――

「……ミヅキお姉様。妹分と言ってくださっているからこそ、私はミヅキお姉様に我侭を言ってしまいますの」

「うん、何かな?」

ミヅキお姉様は面白そうな顔で私を眺めている。きっと、この後に私が言い出すことくらい、お見通しなのでしょう。

「もしも、アグノス様が違う幸せを……いえ、『アグノス様自身の幸せ』を望むならば、叶えて差し上げてほしいのです」

「それは『王女』として?」

「いいえ。……いいえ、違います。お話を聞いた上での予想なのですが……アグノス様の幸せはきっと、王女という身分を持ったままでは叶わないと思うのです」

エルシュオン殿下への襲撃は、許しがたいことでしょう。ミヅキお姉様だけでなく、憤っている皆様はそれを許しはしない。

ですが、その切っ掛けになったのが、アグノス様に『御伽噺のお姫様であること』を強いた者達の存在ならば……あまりにも哀れではありませんか。

「私には、私のことを慈しんでくれるお姉様やお父様が居てくださいました。お二人から、在るべき姿を強要されたこともございません。ですが、アグノス様には……そのような方がいらっしゃらなかったように思うのです」

『御伽噺のお姫様』を強要したのが乳母ならば、何故、誰も否を唱えなかったのでしょうか。

アグノス様は聡明な方……いくら『血の淀み』を持つ者が特殊であろうとも、きちんと向き合い、アグノス様の幸せを考えてくれる者が居たならば、これほどの事態にはなっていないような気がするのです。

「私個人の偽善、そう思ってくださっても構いません。ですが、どうしても私と比べてしまうのです。同時に、ハーヴィスは他国を侮っているように思えてなりません」

「リリアン……」

お姉様は驚かれていらっしゃいますが、それが私の素直な気持ちでした。

ハーヴィス王が責任を取るのは当然としても、明確な罪があるのはアグノス様だけなのです。

このままではアグノス様一人に全てを押し付け、『そうなるように仕立て上げた元凶』は、逃げ延びてしまう気さえ致します。

私にそう思わせたのは、ハーヴィスの対応でした。私如き若輩がこのようなことを言うのもどうかと思うのですが、どうにも他国の王たる皆様に比べ、信頼がないように思えてしまうのです。

王が無能であれば民が苦しみ、他国にさえ迷惑をかける。私はかつてのサロヴァーラを知っているからこそ、これを痛感しておりました。

……ご自分に王としての才覚がないと自覚しながらも、次代へと血を繋げることだけは遣り遂げたお爺様。そのお覚悟はご立派ですが、結果として、貴族達は王族を侮るようになってしまいました。

お爺様の真実を知ったお父様は嘆き、お爺様の真意に気付けなかった過去を悔いていらっしゃいます。けれど、今ではそれを力とし、今度は自分が意地を見せる番だと、精力的に動いていらっしゃるのです。それが王としての責任の取り方だと。

ならば、ハーヴィスの場合は一体、誰が責任を取るというのでしょうか。正直なところ、ハーヴィス王には期待できないように思えてしまいます。アグノス様に対し、あまりにも無責任ですもの。

どの国からも助力が得られぬ状態のまま、ハーヴィスに『災い』となる可能性を持つ者が居る。抑止力が期待できない以上、各国としてもそのままにはできません。

「サロヴァーラも、他国も……『魔導師』にお世話になったことは事実ですが、尽力された方がいらしたことも事実。ですが、それを知らぬ者も多い。中途半端な情報しか知らないからこそ、ハーヴィスは他国と自分達を同じように考えている気がしてならないのです」

「その可能性は高いわね。そうなると、エルシュオン殿下への襲撃を見逃したことも納得よ。ミヅキが飼い主の報復に出れば、自動的にハーヴィスの憂いは解消されるもの」

今回のことが穏便に済まされたとしても、次がないとは言い切れないのです。アグノス様に行動させることを望む者が居た場合、意図的にそんな状況を作り出しかねません。

その皺寄せと期待は間違いなくミヅキお姉様へと向かい、結果として、ミヅキお姉様が動かざるを得ない事態へと発展するでしょう。

寧ろ、ハーヴィス側はそれを期待しているのでは? などと思えてしまいます。最小限の犠牲で結果を出される方だからという意味もありますが、誰の手も汚さずに済みますものね。

その際、『最小限の犠牲』の筆頭となられるのはアグノス様でしょう。そして、そのような未来を選ばせた者達は他人事のようにアグノス様の喪失を嘆き、同時に安堵する――

此度のことを顧みても、ハーヴィスはそういった『悲劇』を作り出すような気がしてなりません。

そもそも、ミヅキお姉様は『都合の良い駒』などではないのですから!

「私、ハーヴィスという『国』には同情しませんの。ですが、アグノス様はお気の毒だと思います」

無茶なことを言っていると、自分でも判っているのです。ですが、ミヅキお姉様ならば。……サロヴァーラの状況を覆したミヅキお姉様ならばと、期待をしてしまうのです。

私の拙い言葉と、子供じみた我侭を聞いていたミヅキお姉様は、じっと私を見つめると。

「いいよ、それがリリアンの『お願い』ならば、叶えてあげる」

――その程度できなければ、『お姉様』と呼ばれる資格はないものねぇ。

あっさりと……本当にあっさりと、私の我侭に頷いてくださったミヅキお姉様は、大丈夫だと言わんばかりに微笑みました。

話を聞いていたお父様やお姉様が心配そうな視線をミヅキお姉様に向けますが、ミヅキお姉様の意思は変わりません。

「私もアグノスに思うことがあったしね。まあ、未来のサロヴァーラ女王の意向もあるなら、大丈夫じゃないかな」

「ミヅキ、大丈夫なの? 貴女は良くても、イルフェナは納得しないような気がするわ」

「多分、大丈夫。魔王様やルドルフも穏便な解決を望むだろうし、元々、ハーヴィス内部の画策を疑っていたから。私もどちらかと言えば、ハーヴィスという『国』の方が問題だと思うもの。アグノス一人に全てを押し付けて解決……なんて展開になった方が、後々、厄介だと思う」

「サロヴァーラとしても、此度の一件には思うことがあるが……そう簡単にイルフェナやゼブレストが納得するものかね?」

「私が動いた方が酷いことになると、もっぱらの評判です☆ すでにやらかしてます」

「そ、そうか」

「……。そう言えば貴女、一度も『許す』とは言ってないわね」

「うん、アグノスも無罪放免はしない。だけど、『他人の目から見て【不幸な末路】』が『本人にとっての不幸』とは限らないしね」

――ああ、やっぱり。ミヅキお姉様はとても頼りがいのある、素晴らしい魔導師様なのです。

そのような方を『お姉様』と呼ぶ資格を得られたことも、私の幸運なのでしょう。