軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

愚かな王は過去を嘆く

――ハーヴィス王の独白

……どうして、こんなことになってしまったのだろうか。

私の頭を占めるのは、そんな言葉ばかりだった。

『王女アグノスの指示により、イルフェナのエルシュオン殿下が襲撃された』

『エルシュオン殿下は命に別状はなくとも負傷した』

『その場に居たゼブレスト王も巻き込まれており、ゼブレストからの抗議も必至』

もたらされた報告、それを事実と裏付ける二国からの抗議。

意味が解らず、唖然となった私に向けられたのは……いつも以上に鋭い王妃の視線と言葉、そして一部の貴族達からの失望だった。

『だから、アグノスを厳しく躾けろと言ったではありませんか! 幾度も繰り返しておりますが、私は【王妃】という立場から、そう申し上げていたのです!』

『陛下の最愛たる、あの方に嫉妬することなどありえません。想い人の思い出に浸る前に、王としての立場を優先なさってください!』

王妃の言葉に、私は項垂れるしかない。こんな時ばかりは、王妃の強さが少しばかり羨ましかった。その気の強さもまた、先代に気に入られた資質なのだろう。

男が相手であっても怯まぬ厳しい指摘、改革を望む王妃の政策。なまじ渡り合えてしまうからこそ、王妃の評価は真っ二つに分かれている。

それは王妃の方針が問題だった。王妃が推す政策は、長らく続いたハーヴィスの在り方に変化をもたらすものであり、たやすく受け入れるわけにはいかなかったのだ。

そんな王妃を支持する者は少なく、私自身、意地になっていたとも言える。王として、男として、私は自分以上に、王妃が政の才覚に恵まれていることが悔しかった。

特に煩わしかったのは、『血の淀み』を持つアグノスへの対応を疑問視する声。

だが、王妃が産んだ子達は誰一人『血の淀み』を持っておらず、彼女の周囲に『血の淀み』を持つ者が居たという話を聞いたこともない。

嫉妬だと、誰かが口にした。

『愛されぬ妻だからこそ、亡き側室に嫉妬しているのだ』と。

そんな言葉に、『彼女』を側室にしようとした時の騒動を思い出す。

王妃は……王妃を支持する者達は、挙ってそれを反対していた。勿論、彼らは闇雲に反対していたわけではない。そう主張するだけの理由があったのだが。

……それでも、当時の私は。

『王位』というものが重く圧し掛かり、優秀な王妃と比較される日々に疲れていた私は。

最愛の恋人を、妃として迎え入れることを願ったのだ。……どうしても、譲りたくはなかった。

『彼女は社交すら、ろくにこなせません。いくら貴方が守り、好意的な者達で周囲を固めても、心身への負担は免れないのですよ? 王城と生まれ育った実家は違うのですから』

……判っている。

王妃の言葉は正しく、王城で暮らすことが彼女の負担になることなど。

『陛下。かのご令嬢のことを想うならば、そのままご実家に居させてやってください。あの方がいくら貴方様の癒しであろうとも、お体が弱過ぎます。あれでは、子を望めません』

『……いえ、【子を望んではいけない】でしょう。ご令嬢の虚弱体質は、血の濃さが原因と聞いております。その上で、王家の血を混ぜるなど……! 【血の淀み】を持った子が生まれたら、どうなさるおつもりか!』

老いた宰相の言葉は正しい。私よりも長く生きてきたからこそ、『血の淀み』を持った者とその周囲の者達の不幸を知っているのだろう。

それゆえの、苦言。

だが――

『ねぇ、私の王子様。私は長く生きられないわ。だからこそ、貴方と幸せになりたい。……貴方との子が欲しい』

『私と貴方の血を持つ子がいれば、寂しくはないでしょう?』

『王子様に憧れた私は、御伽噺のように幸せになりたいの。だから、欲が出たのね。その先の幸せすら望むだなんて』

柔らかな笑みを浮かべ、穏やかな声音で語る彼女は、誰の目から見ても儚く。

その夢を、彼女が望んだ『幸せな物語の続き』を、叶えてやりたくなってしまった。

……その結果、彼女は命を落としてしまったが。

生まれた子は女児であり、幸いにも王妃の子と王位を争うことはない。王妃や宰相は苦い顔をしながらも、それ以上、口を出すことはしなかった。

強硬な私の態度に諦めたと言うよりも、残り少なかったであろう命を懸けた彼女の『願い』だからこそ、渋々聞き入れてくれたのかもしれない。

彼女に仕えた乳母もまた、『命を賭して、お嬢様が残された姫様をお守り致します』と約束してくれた。

その後、数年は本当に穏やかに時が過ぎたのだ……アグノスの『異常』が知らされるまでは。

知らされた時は、その場に居た全員が絶句した。ただ、幸いにも軽度らしい。

乳母を始めとする者達からの報告により、とりあえずは安堵した一同だったが、そこからアグノスへの教育方針が真っ二つに割れてしまった。

王妃は『厳しく躾け、できる限り表舞台に立たせず、場合によっては幽閉』という、『血の淀み』を持つ者が現れた時に取られる一般的な対応を。

私は『問題がない限りは人々の前に姿を現し、民や貴族達に良いイメージを植え付け、味方で周囲を固めつつ穏やかに暮らさせる』という、できるだけ『彼女』の願いに沿ったものを。

甘いと言われればそれまでだが、私は亡き『彼女』の願いである『アグノスに幸せな人生を歩ませる』ということを叶えてやりたかったのだ。

側室にしたのも、子を作ったのも、私達二人の決断である。その業を背負わされたかのような娘を……アグノスを、少しでも守ってやりたかった。

『血の淀み』を持つ以上、忌避されることは避けられまい。だが、周囲から向けられる負の感情を軽くすることはできよう。

そう、思っていた。

『貴方は甘いのですよ、陛下』

王妃が深く溜息を吐きながら、呆れた目を向ける。

『お言葉と決意はご立派ですわ。ですが……ならば何故、アグノスと向き合わなかったのです? 現実を見ることを拒否されましたか? あの子を否定して、嫌われたくはなかったのですか? それとも……最愛の方の命を奪う原因となったあの子を、憎みたくはなかったとでも?』

向けられる言葉に、返す言葉はない。返せるはずは、ない。

何事も起こらなければ、王妃の言葉に怒り、反論することもできただろう。だが、今では……それも正しいのだと実感できてしまう。

中途半端な者が王となり、親となったことが、此度の一件の本当の元凶。

『変わらぬハーヴィス』を望みながらも、『自分が望む例外』だけは叶えようとしたことが原因。

叶える才覚もないくせに、夢だけを追った。それがアグノスをあそこまで歪ませた。

勿論、アグノスが無罪となることはない。此度の一件も問題だが、『次』がないとは言い切れぬため、余計に厳しい処罰が求められるに違いない。

そうしなければ、イルフェナやゼブレストは納得しないだろう。『王族による、他国の王族への襲撃』なんて、宣戦布告にも等しいのだから。

また、私が恐れているのはこの二ヵ国だけではなかった。

『国境付近の砦、陥落! 守りを固めていた兵達の七割は、報告のため、夜の森を抜ける際に死亡!』

『襲撃者はイルフェナの……異世界人の魔導師! アンデッドを使役していたとのことです!』

もたらされた報に、上層部の者達は大混乱に陥った。我々はアグノスが引き起こした一件の謝罪どころか、滅亡の危機に晒されていたのだと、気が付いてしまったのだから。

これには私や王妃どころか、主だった貴族達さえも顔色を変えていた。『世界の災厄』と呼ばれる魔導師が、ハーヴィスに牙を剥いたのだ。噂を聞く限り、ただで済むとは思えない。

『何故……かの魔導師は、元凶だけを狙うと聞いていたのに……』

茫然と呟く宰相とて、このことは予想外だったらしい。宰相の言葉を信じるならば、魔導師が狙うのはアグノスになるはず。私も魔導師の情報を思い起こす限り、できるだけ犠牲が少ない方法を選んでいるはずだった。

少なくとも、『国』が標的になるとは思うまい。キヴェラが標的となったのは、セレスティナ姫が王太子妃という立場に居たからなのだ。

そのキヴェラとて、滅亡とは程遠い状況で決着がついている。今のハーヴィスの状況を、事前に想定しろという方が無理だろう。

『……。私達の首を捧げ、誠心誠意、イルフェナとゼブレストに謝罪いたしましょう。そして、エルシュオン殿下に魔導師殿を諫めていただくのです』

諦めきった表情の王妃の言葉に、私は頷くことしかできなかった。

……。

もしも、私に人並外れた才覚があったのならば。このような道は避けられたのだろうか。