軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

イルフェナは本日も賑やか

――イルフェナ騎士寮・食堂にて(グレン視点)

『ハーヴィスから使者が来た』

その報を聞いた途端、一部の者達がそれはそれは凶悪な笑みを浮かべた。勿論、儂もその一人だ。

やっとか。漸く、重い腰を上げたのか。

そんな声が聞こえてきそうなほど、周囲の者達の目は呆れと蔑みに満ちていた。

だが、それも当然というもの。

そもそも、今回の一件は明らかにハーヴィス側に非があるのだ。寧ろ、イルフェナは完全に被害者と言ってもいい。

それなのに、アグノス王女の『血の淀み』という事情を盾に取り、のらりくらりと明確な返答を避けてきたのである。

おそらくだが、時間稼ぎという意味もあったのだろう。こういった事件は時が経てば経つほどに曖昧になり、誤魔化しがきくようになってしまうのだから。勿論、そこには根回しというものも含まれる。

これがハーヴィスではなく、他国と強固な繋がりを持つ国であったならば……イルフェナが強く出ることはできなかったであろう。

――ただし、『ミヅキがこの世界に来ていない場合』に限るが。

そもそも、イルフェナが強く出られない原因が『魔力が強過ぎて無自覚に威圧をしてしまうエルシュオン殿下の、【魔王】という悪評』なのだ。

言い方は悪いが、エルシュオン殿下に悪意を向ける者は多かった。その優秀さや美貌を僻んだ者、外交で敗北した者、単純に噂に踊らされた者……理由は様々だが、『数が多いこと』が大問題だった。

数の暴力は世界共通なのである。

白いものであろうとも、多くが黒と認識すれば黒となる。

極端な例ではあるが、世論を誘導するには十分なのだ。その結果が、エルシュオン殿下の『悪』と言わんばかりの位置付けだったのだから。

今回とて、そうなる可能性は非常に高かった。

アグノス王女が目立った問題を起こしていない上、彼女には周囲が固めた『優しいお姫様』というイメージがある。

それに加えて、母親譲りの美貌もあった。『生まれてすぐ母を亡くした』というエピソードも、彼女に『可哀そうな子』という彩りを添える。

要は、あまりにもエルシュオン殿下と対極の認識をされがちなのだ。実際はエルシュオン殿下の方が『悲劇の王子』と言わんばかりの人生を歩んでいるのだが、残念なことに、大半の人間はそれを知らなかった。

……そう、『知らなかった』。つまり、過去形だ。

現在では多くの国にエルシュオン殿下の真実が知れ渡り、ミヅキを交えた様々な事件のこともあって、エルシュオン殿下の評価はそこまで悪くはない。

そこに魔導師であるミヅキを加えると、あっという間に『異世界人を愛情深く教育し、魔導師となるまで導いた、面倒見の良い親猫』となる。

というか、ミヅキの面倒を見ている時点で、『悲劇の王子』という認識をされる場合すらあった。ミヅキはとてつもなく自分に正直な、トンデモ自己中娘なので。

『最強保護者』『最後の良心』『【世界の災厄】を懐かせた救世主』……ミヅキの被害(意訳)に遭った者達からすれば、エルシュオン殿下の善良さは輝いて見えたことだろう。

ミヅキは『超できる子』と自称するだけあって結果は出すが、自分もしっかりと楽しむ『お馬鹿さん』なのだから。

そんな生き物が好き勝手に暴れ……いやいや、甚振る……じゃない、ええと……そう! 依頼された仕事を完遂すべく尽力する姿!

そんな姿を見せ付けられれば、誰もが明日の我が身を想い、良い子になるのだ。愛らしい外見に反し、子猫はたいそう腕白(意訳)なので、叱られた程度では止まらない。

祟る、牙を剥く、引っ掻くと、大変に凶暴なのである。執念深さを武器に、敵を社会的に葬るまで止まらない。

そのストッパーにして唯一の例外が、保護者たる親猫からの叱責。

ミヅキはエルシュオン殿下に養われている自覚がある上、とても懐いているので、飼い主の『待て』には従うことにしているらしい。

これまで『いい加減にしろ!』と叱った輩はどれほどいただろう?

結婚もしていないのに、問題児の飼い主人生確定とは、何と気の毒な……!

そういった事情を知った人々はエルシュオン殿下に感謝し、ひっそりと哀れんだ。その時点でこれまで囁かれてきた悪意ある噂の数々も偽りと判明するため、彼への好感度は爆上げである。

……そんなわけで。

エルシュオン殿下も今や立派に、『優しく可哀そうなお姫様』なアグノスの対抗馬になっているのであった。

ぶっちゃけて言うと、心当たりがあり過ぎるエピソード(=ミヅキ関連)が多過ぎ、特に関わりのないアグノス以上に、『悲劇の親猫様』として認識されている。

美貌や才覚に恵まれながら、こんな認識をされる王子も滅多にいまい。しかも、最近では飼い主としての自覚が出てきたらしく、人前でも取り繕わなくなった。

曰く『その場で叱らないと、次にミヅキが何をしでかすか判らない』。……思考が完全に飼い主や保護者である。思わず、目頭を押さえたのは余談だ。

……。

奔放な陛下を相手にする自分と重ねてしまったことは秘密だ。判る。判りますぞ、その苦労……!

まあ、ともかく。

ミヅキが友人達に根回ししたこともあり、今となっては、ハーヴィス側の切り札とも言える『同情を引く』『イルフェナ側に非があるように見せかける』といった手段が使えなくなっているのだ。

イルフェナ側が比較的寛容な態度を見せているのも、こういったことが原因だろう。すでに打てる手は打ち尽くしたため、ハーヴィスの悪足掻きを待っているだけとも言うが。

それでも、今回のハーヴィス側の対処の遅さには顔を顰めてしまう。皆が覚えるのが緊張ではなく、呆れになってしまうのも、仕方がないことであろう。儂とて、その一人なのだから。

「……それで、どなたが迎え撃つのですかな?」

「グレン殿……」

「失礼、口が滑りました」

咎めるような口調ではなく笑いを含んだ声音に、しれっと返す。『殲滅』などと言わなかっただけマシだろうに。

だが、会話の相手は儂より更に遠慮がなかった。

「襲撃の言い分も勿論だけど、時間稼ぎの言い訳をじっくり聞いて、そこをさらに突くのは当然だろう? そもそも、相手にならないと思うよ? 『迎え撃つ』なんて表現を使うほど、頑張ってくれるかどうか」

……。

この発言、ガニアのシュアンゼ殿下である。見た目こそ華奢で優し気な顔立ちをしているが、この王子様はミヅキととても仲が良いらしい。

つまり、同類。しかも、北の大国ガニアの王族。

ミヅキも安心して、報復の旅に出ようというもの。身分的にも文句のつけようがない自分の類似品が嬉々として控えているなら、『遠足』に行ってしまっても問題ないと悟ったのだろう。

「私達は魔道具を通じ、話を聞かせてもらおうと思う。勿論、隣室には控えているぞ? 王族としての援軍が必要ならば、いつでも呼んでくれ。まあ、面白い展開になったら、自発的にそちらに向かうかもしれないが」

「陛下には全て報告済みの上、許可を頂いて参りました。コルベラはイルフェナの味方を致します」

にこやかに言い切ったのは、コルベラのセレスティナ姫と侍女のエマ殿。初めから在室せず、後から援軍という名の追い打ちをかける気満々なその表情に、『ミヅキの悪影響だな』と思わず呟いた。

……あの、サイラス殿? 勢いよく頷いて同意されていますが、貴方は一体、ミヅキに何をされたのです?

「まったく! 小娘の友人だけあって、血の気の多い子達が集まっているわね」

「まあ、このような事態の最中に、イルフェナへと押し掛ける方達ですからな」

常識人枠と言えるだろう、カルロッサのセリアン殿が愚痴を言いつつも溜息を吐いた。その気持ちも判るが、彼らの気持ちが嬉しいことも事実。ついつい、宥めるようなことを口にしてしまう。

「それでもよ! ……セレスティナ姫、盗聴は許しますが、乱入はいけませんわ。コルベラ王族の品位が疑われます。そのような真似ができるのは、柵のないミヅキだからこそですわ」

「む、そうか……」

待 て 。 盗 聴 も 本 来 は 駄 目 だ ろ ! ?

コルベラは今回、本当に無関係なので、本来ならばこの場に居ることすらおかしい。そこを『友人の所に遊びに来た』という理由で無理やり加わった形なので、イルフェナとハーヴィスの話し合いを聞く権利はない。

だが、常識人の皮を被った非常識人はまだ存在した。

「それでは、ハーヴィスの使者殿へと目につくようにしてみてはいかがでしょう?」

「あら? どういうことかしら?」

「使者殿とて、指定された部屋までは歩くのです。『襲撃の現場を見てもらう』という建前で、庭園へと足を運んでいただければいい。我々はそこでお茶でもしていましょう。ああ、騎士寮に住む騎士達と交流し、仲が良い様を見せ付けてもいいかもしれません」

サロヴァーラのヴァイス殿の提案に、話し合いに参加できない者達の目が輝いた。

「なるほどね……襲撃現場が外である以上、貴方達の姿が見えても不思議はないと」

「はい。そもそも、訪ねてきた理由は様々ですが、『襲撃の報を受けて駆け付けた』という方は一人もいらっしゃいません。魔導師殿と友好的な関係を築けているのは事実ですから、これを機に、我らが属する国が此度の襲撃を知っていると匂わせるのも手かと」

……悪魔である。『できることをやる』どころか、最初からハーヴィスの使者の心を抉りに来ていやがる……!

善良そうに見え、実際に善良な性格をしていると思っていた好青年の発言に、儂は思わず遠い目になりかけ……青年の身分を思い出した。

そういや、この人、公爵家の人間だった。

つーか、『あの』サロヴァーラで王家側についていた猛者だったわ。

サロヴァーラ王家が貴族達に軽んじられていたのは有名な話である。それはもう、他国に同情されるほどに。

今はミヅキに〆られ、心を抉られた挙句、女狐ことティルシア姫に日々、甚振られる楽しい扱いになっていようとも、少し前までは貴族達が遣りたい放題していた国なのだ。

そんな国において、王家側についた公爵家、しかも騎士。その苦労はいかばかりであったろうか? 性格が歪んでも仕方あるまい。

そもそも、彼は純粋にミヅキを尊敬しているようであった。この時点で、黒猫に染まること待ったなしであろう。

そして、彼の意見は好意的に受け入れられたようであった。

「いいわね、それでいきましょう」

「では、我々も護衛と交流要員の選別をしておきますね。私かクラウスが居れば、おかしな真似はできないかと」

「ふふ! 公爵家の人間、それも『最悪の剣』と呼ばれる騎士様ですものねぇ」

にこやかに言葉を交わすアルジェント殿とセリアン殿の声を聞きながら、儂は秘かにミヅキを想った。

こちらは何も心配ないようだ。後で一緒に叱られてやるから、お前も徹底的に遣ってこい!