作品タイトル不明
情報を与えることは優しさか?
いそいそとグレンと宰相補佐様を椅子に座らせ、手短にこれまでの説明を。二人には大体の事情説明をしてあるけれど、情報の擦り合わせは重要だ。
最近では、『バラクシン側の事情(意訳)』――建前、裏事情双方を含む――も追加されたので、それも説明。
その結果、予想通り、二人は呆れていた。
主に、教会派貴族のしぶとさと王族のえげつなさに。
「教会派貴族がしぶといのは判るが、今回の凶事を利用しようとするとはなぁ……」
「小娘達を怒らせたいとしか思えないわね。そんなに痛い目に遭いたいのかしら?」
呆れた表情で、半目になるお二人さん。
ですよね、本当にその通り! 『魔導師のストッパーはエルシュオン殿下』『親猫を害すると、黒猫に祟られる』なんて、割と知られているはずだもの。
ただ、今回のような行動を取った理由も思い当たるんだよねぇ……。
「あ~……多分だけど、前にバラクシンに行った時は直接喧嘩を売ってきた奴しか痛い目を見てないからだと思う。長期計画でじわじわ来るようにはなっているけど、即潰れても困るんだもん」
実のところ、『教会派貴族は将来的に痛い目を見る』という流れになっているだけなのだ。だから、魔導師の報復から逃れたと勘違いしている奴らが一定数はいる。
さすがに国の二大勢力の片方、それも主だった貴族達が一気に潰れるのは国として拙い。そんな背景事情を考慮しての長期計画が行なわれているはずだ。
ただし、グレンはばっちり当事者であって。
「教会の財布としてか?」
「それ以外に役目があるとでも?」
「……」
「……」
「ないな」
「あんた達ねぇ……!」
「そうは言っても、事実ですよ? 宰相補佐様」
きちんと理解できていた。そだね、バラクシン以外の人からすれば、その一言で十分さ。
宰相補佐様は呆れた様を隠さないけれど、隣国勢――イルフェナとアルベルダ在住者――から見ても、その程度の認識なのだ。下手に首を突っ込んで、迷惑を被りたくはないのであ~る!
現在は聖人様が教会を纏めているので、私達の懸念といえば『聖人様率いる教会が、再び貴族に屈すること』だけ。
ぶっちゃけると『教会運営のための財源が確保できず、教会派貴族に借りを作る』ということのみが怖いんだよね。これ、部外者が下手に寄付とかできないんだもん。
そんなわけで、是非とも聖人様には頑張っていただきたい。私がカトリーナと再戦するためにも、聖人様の勝利は必須事項だもの。
「王家の方も大人しくはないようなので、そちらを心配する必要がないことも静観を選んだ一因ですってば。……その、どうも王家側は殺る気満々みたいな気がしますし」
さりげなく視線を逸らして付け加えると、バラクシン国王夫妻が抱く『海より深い恨み』(意訳)を思い出したのか、二人は微妙な表情になった。
「まあ、それは……仕方ないでしょ」
「襲撃を逆手に取って、『王族への襲撃に仕立て上げる』とはな。いやはや、えげつない手を使う」
「お二方、視線が泳いでますけど?」
「煩いわね! 事情を知っている者としては納得できるけど、それを口に出したくはないのよ……! どう考えても、私怨に近いもの」
宰相補佐様のお言葉、ごもっとも。寧ろ、完全に私怨だったとしても、関係者達は納得すると思います。
だって、教会派貴族達は長い間、国王夫妻――王太子時代も含む――の地雷を踏みまくってきたのだから……!
重度のブラコン夫婦の夢を木っ端微塵に砕いてますからね!
温情が与えられるなんて、考えちゃいけませんものね……!
比較的穏やかというか、温厚な印象のバラクシン王だが、そういった人間ほど怒らせると怖いのである。
正直なところ、先走った行動をしたライナス殿下にも非があるとは思うけれど……幼いライナス殿下にそんな行動を取らせたのは間違いなく教会派貴族達。
弟と仲良く過ごしたかったお兄ちゃんとしては、幸せな時間を奪われたことが許せないのだろう。さぞ、どろどろとした恨みを溜め込んでいたに違いない。
そして、彼の妻は『幼い弟か妹が欲しい!』と熱望していた同類。『復讐の時は来た!』とばかりに、色々と画策していることだろう。
その第一歩だか、何歩目だかが、『王族の乗る馬車への襲撃』。当たり前だが、『教会関係者が乗る馬車への襲撃』とは罪の重さが全然違う。
いくら温厚でも王族、そして恨みを持つ個人。罪の底上げ待ったなし!
都合の悪い訴えなんざ、握り潰せばいいじゃない!
だって、彼らは最高権力者。建前は『我が国の膿を出す』でOK!
……。
いいんだよ、そんなノリで。どう取り繕っても、知っている奴は知っている。それ以前に、他国は火の粉が降りかかってこなけりゃ、どれほど炎上案件だろうとも『綺麗なキャンプファイヤーね♪』程度の認識さ。
「……で、バラクシンの事情は判ったけど。あんた達がさっき、おかしな雰囲気だったのはそれが原因じゃないんでしょう?」
「勿論! 今更、そんなことで驚きませんって! 私達、バラクシンでの『教会派貴族の災厄』では当事者だったもん。グレンは私が巻き込んだけど」
「お前は寧ろ、黒幕に近かったろうが!」
煩いぞ、グレン。マジで赤猫時代の黒歴史をばらしますよ!?
ジト目になって睨み合う私達に、宰相補佐様は溜息を一つ。そして、徐に私の顔を自分の方へと向かせた。
「ちょ、痛いって!」
「はいはい、そのあたりのことはどうでもいいわ。いいから、私が聞いたことを話しなさい」
「はーい。……オネェ、最近、私の扱いが粗雑過ぎでは?」
「お黙り。野良一歩手前の凶暴猫相手に、優しく諭したって無駄でしょ。それで何とかなるなら、親猫様は苦労なんてしてないわ」
確かにな。
まあ、アホなことを言っていないで本題に入りましょうか。
ちらりと視線を向けると、アルは微笑んだまま一つ頷いた。……許可が出たようだ。要は『私が世間話として話すなら可』といった感じなのか。
「えっとですね、イルフェナはずっとハーヴィスからのお返事を待っていたわけですよ。まあ、私としてもお手紙を出した友人達が参戦理由を片手に押し掛け……じゃない、遊びに来る予定になっていたので、ある程度の時間稼ぎは必要でした」
前提をざっくり告げると、宰相補佐様は呆れを露わにした。
「それ、聞いたわ。サロヴァーラ以外が動いたってところが、あんたらしいわね……どうしてそうなるのよ」
「さあ? 『人脈』とか『人望』って言ったら、速攻で否定されたので、『偶然、時期が重なっただけ』でしょう」
そうとしか言いようがない。突っ込まれても、更なる言い訳は其々の国が考えてくれるさ。交友関係にあるのは本当だもの。
「で、ついさっき、届いたばかりらしい『ハーヴィス王妃からの個人的なお手紙』の内容を聞いたんですよ。その内容ってのが『アグノスの周囲にも多大なる問題があったみたい。国王夫妻とアグノスは勿論、その周囲や利用しようと画策した奴らへの断罪もお願いね』ってものらしくてですね……」
「「はぁ!?」」
「いや、その気持ちは物凄く判ります。皆が怒るのも当然ですね! で、私が『事情を知らない国からすれば、そこまで断罪したイルフェナの方が警戒されるじゃん! 苛烈さを露わにして、過剰な報復をしたようにしか見えんわ!』(意訳)って、声を上げました。だから、来てくれた皆にマジ感謝。冗談抜きに救世主! 大好き……!」
そこまで言うと、二人は益々唖然とした。ですよねー、どう考えても、イルフェナが悪者になる流れを作っているようにしか見えませんよねー。
「ハーヴィス王に期待はできないとしても、王妃の方も、ねぇ……」
「ま、まあ、いきなり色々なことが起きて、混乱しとるのかもしれませんぞ」
「なんかね、ハーヴィス王妃は自国の鎖国状態をどうにかしたい改革派らしくてさ。味方が物凄く少ないらしいんだわ。で、調査にも時間がかかったみたい。なお、王は現実逃避をしている模様」
グレンのフォローを潰して悪いが、それが現実だ。ハーヴィス王妃は気の毒だと思うけれど、それで素直にイルフェナが悪役になってくれるかといえば……『否』。
魔王様が襲撃されたことだけでもブチ切れ案件なので、更なる苦境を背負い込む必要性など感じない。
「それでは同情のしようもないな。王がそのような状態でいるなど、許されるはずはない。謝罪に赴くなり、己の首を差し出し、イルフェナに怒りを収めてもらうといったことをしていれば、周囲の見る目も変わるだろうが……」
「私達が怒る理由が判るでしょー? グレン。それでさっきの微妙な空気です」
「困ったものね、ハーヴィスにも」
もはや呆れていいのか、達観すればいいのか判らない、この状況。
同情だけはしねぇぞ。そんな優しさなんざ、元からない。
「で? 私達が……カルロッサとアルベルダが話し合いの場に割り込むことができたとして。あんたの『お願い』って、何よ?」
「あれ、叶えてくれるんだ?」
「この状況じゃあねぇ。どうせ、これに関わることなんでしょ」
宰相補佐様の目が楽しげに細められる。グレンとて似たような表情だ。
「ふふ、じゃあお願いしちゃおうかな! 『魔導師は危険な存在だ』って、ハーヴィスに教えてあげてほしいんですよ。できれば自国の出来事を踏まえて」
「ほう? なぜ、と聞いてもいいか?」
「やだな、グレン。イルフェナがそれを口にしたら、脅迫になっちゃうじゃない! だから、ほとんどの国が知っている情報として、私の危険性や、その唯一のストッパーが魔王様ってことを教えてあげてほしい。それならさぁ……」
グレンの問いかけに応えつつ、にやりと口元を歪めて私は笑う。
「諦めもつくんじゃない? その『唯一のストッパーを寝込ませたのはハーヴィス』だし、意図的ではないにせよ、『イルフェナを悪者にしようとしたのもハーヴィス』だもの。……魔王様が寝込んでさえいなければ、なんとかなったのかもしれないけどね」
「仲裁してくれるような国もないだろうしな。まあ、それがハーヴィスの選んだ道だ。仕方なかろう」
「仕方ないよね」
一言で言えば、『自業自得』。
魔王様を襲撃したから魔導師が敵になり、唯一のストッパーを寝込ませたから魔導師を止める人がいない。どこかの国に間に入ってもらおうにも、その繋がりさえ……ない。
とことん、自業自得な状況であると突き付けてやろうじゃないか。政に携わる以上、『状況を理解できないほど無能ではない』はずよね?
「その上で、イルフェナに何を言うのか見物よね」
「あらあら……それで、小娘は何をするつもりなの?」
クスクスと笑いながら尋ねてきた宰相補佐様に対し、私は無邪気に笑ってみせた。
「ハーヴィスへお出かけ! だって、そこまで情報を伝えたとしても、『事実がなければ信じない』かもしれないもの。事実と思わせるだけの実績って、必要ですよね」
「そうねぇ、必要ね」
襲撃? 報復? 好きなように呼べばいい。
『魔導師は世界の災厄』。私はそう呼ばれる存在だと……『名乗ることを許されている』のだと、突き付けてやろうじゃないの。
どうして魔王様の評価が劇的に変わり、悪意ある噂よりも真実に気付く人が出たのか。多くの人々から理解されるに至ったのか。
気付く機会はハーヴィスにも必要じゃない。だから、一度の『ご挨拶』で国が滅ぶようなことだけはない。
……。
魔王様の本性がばれたのって、『魔導師を抑え込んだ人物として注目されたから』ってだけなんだけどね。
まあ、私がハーヴィスでやらかそうにも魔王様は何もできないから、気付くことはないかもしれないけどさ。