軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

灰色猫は色々と察した

――エルシュオンの部屋にて(シュアンゼ視点)

「挨拶が遅れて申し訳ない。もう大丈夫だと言っているんだが、医師が許してくれなくてね」

「お気になさらず。こちらこそ、押し掛けるような真似をしたのですから」

「いや、それが何のためかは理解しているよ」

目の前のエルシュオン殿下はつい先日、大怪我をしたばかりと聞いている。それも、他国からの襲撃によって。

見たところ、彼が未だに怪我をしているようには見えない。だが、それはあくまでも表面的なものだけだろう。

『怪我を治すために使う魔力は、魔王様自身のものなの。要は、魔王様自身が魔法を使うみたいなものだと思ってくれていい。だから、怪我自体はすぐに治るけど、体への負荷は休むしか回復方法がないんだよ』

ミヅキはそう言っていた。敵に魔道具の存在を悟らせないためには、どうしようもないのだと。

ミヅキとて、保護者に負担をかけたいわけではないだろう。そもそも、彼女はエルシュオン殿下が本来は魔法を使うことができない――体への負担が大き過ぎるそうだ――と知っているのだから。

それでも、あえてミヅキ達はその遣り方を選択した。

ならば、それが彼女達が考える中での『最善』だったということ。

事実、エルシュオン殿下を襲った者達は魔道具の効果を目の当たりにし、酷く混乱していたと聞いている。

つまり、『その道のプロが【助からない】と判断した状況を覆した』わけだ。まあ、ミヅキの規格外さを知らなければ、信じがたい光景ではあったのだろう。

死神でさえ返り討ちにしそうな魔導師殿は、この世界の住人ではない。魔法がない分、人の努力によって様々な技術が生み出された世界の知識を持つ『異世界人』なのだ。

ミヅキはその叡智を『独自の魔法』という形で使っているので、そのようなことも可能だったのだと思う。

そう思った途端、己の心境の変化に気付いて苦笑する。いつの間にか、私の中にはミヅキへの無条件の信頼ができていたと悟って。

「……? どうかしたのかい?」

「いえ、何も。ミヅキとゴードン医師の意地が貴方を生かしたのだと、改めて痛感したのですよ。……私とて、ミヅキが成した『奇跡』の恩恵を受けた者ですから」

そう言うと、エルシュオン殿下は納得したように頷いた。

「ああ……そう言えば、君は足が悪かったね」

「ええ。本来ならば、私は歩くことが不可能なのです。未だ、この世界では確立されていない術である以上、『奇跡』と呼ぶべきだと思っております。ミヅキはよく判っていないようですが……」

そう、本当に『奇跡』なのだ。それを成したミヅキだけが、今一つ理解していないだけで。

エルシュオン殿下もそれを判っているのか、苦笑しながら頷いている。その慣れた様に、私は一つの予想を立てた。

おそらくだが、これまでにも似たようなことはあったのだろう。それを隠蔽し、できる限り『己の保護下にある存在』と印象付けてきたのが、エルシュオン殿下なのだ。

それを知った者達が『過保護な親猫』と認識し、あまりの過保護っぷりに呆れ、驚いたのだろう。そこまで守られる異世界人など、私も聞いたことがない。

……いや、『守ろうとしたけれど、守れなかった』という可能性ならあるか。煩い輩を黙らせるには、それなりに力が必要なのだから。

ミヅキの場合、忠誠を誓う猟犬達を配下に持つエルシュオン殿下が後見人となったことも、大きな幸運だったのだろう。ミヅキの周囲には常に、忠実な騎士の誰かが控えていただろうから。

勿論、それはエルシュオン殿下がミヅキを守ろうとすることが前提だ。今でこそ仲間として接しているようだが、始めの頃は彼らが盾となって守っていたはず。

少なくとも、ミヅキは自分の身を守れるだけの強さと人脈を得るまで、絶対にこの優しい保護者に守られていた。それに気付いていたなら、あの懐きっぷりも納得だ。

黒猫が恩を返そうとするのは、それなりの理由があったわけだ。

決して、後見人だからと無条件に懐いたわけではない。

「まあ、それも仕方ないのだろうね。ミヅキの世界には魔法がないらしいし、あの子曰く『この世界の治癒魔法と解毒魔法が私の世界にあれば、歴史が大きく変わっていますよ!』だそうだよ」

「この世界では珍しくはない、魔術師でなくとも使える初歩的な魔法なんですけどね」

「うん。だからこそ、覚えたかったみたいなんだけど……詠唱が正しく聞き取れない以上、どうしようもなかったんだろう」

「なるほど、ミヅキにも不可能なことはあったと」

この世界の魔法には詠唱が必須。異世界人には『言語の自動翻訳』という恩恵が与えられるため、会話に不自由はしないだろうが、思わぬ弊害があったらしい。

元から魔法が使える異世界人はともかく、この世界に来て魔術師になった異世界人の話なんて聞いたことがない。その裏には、こんな事情があったのか。

「それでも魔法が使いたかったらしくてね、結局は自力でどうにかしたのがミヅキだ。だから、キース殿達も努力できるんだろう。『不可能を可能にした実例』が存在する上、彼らの望みの方が難易度が低いからね」

「……確かに。それで彼らがあの場に居たわけですか」

「私ができるのは、切っ掛けを与えることだけだよ。後は彼らの努力次第だろう」

当初、何故カルロッサの騎士達が騎士寮に居るのか不思議だった。いくら友人同士と言っても、場所が場所なのだ。他国の者が許可なく訪れられるはずはない。

そんな私の問いに、彼らは顔を見合わせると、予想外のことを口にしたのだ。

『俺達がここに来て、彼らと鍛錬をする許可をくれたのは、エルシュオン殿下ですよ』

特出した才を持つ友を孤独にしたくはないと……共に戦場に立ちたいのだと彼らは言った。その想いを酌んでくれたのがエルシュオン殿下であり、この騎士寮に暮らす者達なのだと。

おそらく、そこにはミヅキも含まれているのだろう。『遊んでもらう』という口実で、彼らを鍛える側に回っている気がする。

そこまで考えて、私は考えを改めた。これまでも彼を善良な性格だと思っていたが、実際にはそれ以上だったのだと思い知る。

目の前に居るのは、かつて『魔王』とまで言われ、恐れられていた存在。だが、それは大きな間違いであったのだ。

今回、イルフェナの味方になろうとしている者達は確かに、ミヅキと懇意ではあるのだろう。魔導師に恩を売りたいと考えているのも、事実だと思う。

しかし、それ以上にエルシュオン殿下に助けられたことがあったのではなかろうか?

ミヅキは基本的に極度の自己中であり、博愛主義者ではないと明言しているので、彼女の成した功績の幾つかは『善良な親猫からのお願い』があったに違いない。

そうでなければ、平和な決着などあるはずがないだろう。異世界人凶暴種とまで言われる生き物が、他国の未来まで案じてやる必要はないじゃないか。

謎がまた一つ解けた瞬間だった。あの子はやっぱり、ろくでなし(※本人の自己申告)だった!

ミヅキの賢さは、親猫の希望を叶えるために発揮されるのであり、間違っても『その他の人々』のためではないのだ……!

特定の人間に対する情はあるだろう。だが、それ以外のことは全く考えていないに違いあるまい。

だからこそ、外道やら、鬼畜と称される手段を躊躇わずに使うのだ……良心の呵責なんてものは『欠片も』存在していないだろう。

ミヅキの評価が両極端なのは、こういったことに原因があったようだ。ぶっちゃけ、懐いている保護者の言うことを聞いている時のみ、『良い子』(意訳)になるだけである。

「ミヅキの幸運は、貴方のような保護者が居たことでしょうね」

様々な意味で。

心底、そう思う。その恩恵に肖った一人として、私もエルシュオン殿下への感謝を忘れまい。

「そうだと嬉しいね。異世界人の辿る末路が語られないのは、あまり表に出せないことが起きたせいだと思っているから」

「いえ、もっと単純かつ大きな意味での幸運かと」

「え?」

「ミヅキが野放しになっていたら、この世界のあらゆるものを敵認定するでしょう。冗談抜きに、『世界の災厄』と化したと思いますよ?」

勿論、それは自衛の果てのことだ。『異世界人の魔導師』という稀有な存在を手に入れようと動く輩は当然いるので、その報復をするうちに、世界そのものを嫌悪しかねないじゃないか。

「ミヅキはその、かなり大雑把な考え方をする時がありますから……。『接触してくる貴族が嫌い』『国がウザイ』という感情から、『この世界に属する全てが嫌い』になる可能性は高いかと」

実際には、『可能性が高い』どころか、一年もてばいい方だと思う。

ミヅキの執念深さは相当なものなので、きっちりと反撃した挙句、二度と手を出せないように甚振るだろう。どう考えても、危険人物認定待ったなしだ。

「う……ま、まあね。だけど、手を出さなければ無害だよ? ……『相手をするのが面倒』っていう理由だけど」

「少なくとも、ガニアは滅亡しかけますね。お恥ずかしながら、イルフェナからの客人であったはずのミヅキに、色々とやらかしましたから」

「そ、そう」

フォロー(?)していたエルシュオン殿下もガニアの一件を思い出したのか、顔を引き攣らせて沈黙した。

……うん、あれはどう言い繕っても駄目だろう。自称どころか、冗談抜きに被害者であったはずのミヅキは、遠慮は要らぬとばかりに暴れまくったのだから。

「まったく、あの馬鹿猫は……」

報告だけで、ある程度を察しているエルシュオン殿下には同情する。さすが、保護者。己が庇護下にある生き物の性格を熟知している。無駄な希望は持たないらしい。

室内に微妙な空気が満ちた。私とて、どう話を続けていいか判らない。お互い『ミヅキは凶暴』と知っているので、下手な誤魔化しができないのだ。

だが、そんな沈黙を破ったのは安堵するような小さな笑い声。声の主は勿論、いつの間にか穏やかに微笑んで私を見ていたエルシュオン殿下。

「こんな時にどうかとは思うけど、君が思ったよりも元気そうで安心した。何より、ミヅキとは随分と仲が良さそうだ。君の事情は知っているけど、ご両親を追い落としたのはミヅキだからね」

これでも心配していたんだよ、と続いた言葉に、今度は私が言葉を失う。

「……気にしないでください。そもそも、あれは本来、私の役目でした。こちらこそ、彼女にくだらない『汚名』を背負わせたことを詫びなければと思っていますから。勿論、貴方にも」

それだけは忘れてはならない。『ガニア王弟夫妻の処刑』は、今後も色々と突かれるだろうから。

いくらミヅキが正しいと判っていようとも、『異世界人が望んだ』という事実は消えないのだ。あんな連中のために、この二人が泥を被るなどあってはならなかったはず。

「それこそ、今更だよ。私は『魔王』で、ミヅキは『異世界人凶暴種』と言われているからね。一つくらい咎が増えたところで、私も、ミヅキも、気にしないから」

「しかし!」

「王族である以上、多かれ、少なかれ、泥を被ることになる。魔導師であるミヅキも同様だ。……ああ、それでも気にするなら、今後もミヅキの良き友人であってくれないかい? 私がいつでも動けるとは限らないからね」

穏やかに話すエルシュオン殿下に憂いは見られない。寧ろ、どこまでもミヅキと私を案じる気持ちがあるだけだ。

そんな彼の姿は、自己責任と言い切って、ひたすらに望んだ結果を目指すミヅキを思い起こさせた。ガニアの一件の際、他者からの悪意や雑音ごときに折れぬ頼もしい背中に、私はずっと守られていたのだから。

ああ……この人は本当に優しいのだな。そして、どこまでも自分が守る側なのだろう。

ミヅキはそんな保護者に守られたからこそ、似たような守り方をするのかもしれない。

「だけど、一つだけいいかな?」

「は!? は、はい、何でしょう?」

何故か、優しげな微笑みが妙な迫力を帯びた気がした。思わず、背筋が伸びる。

「君がミヅキの良き友人であることは非常に喜ばしい。……ただね、あの子をあまり甘やかさないでくれないかい?」

「は?」

「だからね? ミヅキは止めなければ、どこまでも暴走する馬鹿猫なんだ。時には叩いて躾けることも必要なほどに」

「……」

待 て 。 何 故 、 今 、 そ れ を 口 に し た ?

「ルドルフは基本的にミヅキと一緒に遊んでしまうし……ティルシア姫はああいう方だろう? セレスティナ姫に至っては、止める気配すらないんだ。これ以上、同類は要らない」

いきなり保護者としての話になったようだ。これが噂の、親猫としての姿だろうか。

というか、会話に一番力が入っていないかな!? 重要視するのはそこですか!

エルシュオン殿下は何を思い出したのか、僅かに怒りを滲ませた笑顔で話している。

その内容……いや、話に出てくる『ミヅキの困った友人達』の名は、どこの国でも一度は聞いたことがある人達ばかり。

特に、隣国の王は問題ではなかろうか……? 『ミヅキと一緒に遊んでしまう』と言っているけど、彼が王である以上、自国からはほぼ動けまい。

ならば、その『玩具』に選ばれているのは間違いなく、ゼブレスト貴族の誰かのはず。

「まったく、困った子達だよね。まあ、虐められて、潰されるよりはいいんだけど。やるなら一度、私に報告しろと、あれほど言っているのに」

「え゛」

「うちの子が騒々しいのは事実だけど、それ以下の能力しか持たない雑魚に攻撃される謂れはないよ。だから、遣り過ぎたら叱るけど、基本的に自分で遣り返すことを推奨している。それくらいできなくてはね」

親猫様、怖っ!

私の気持ちはこれに尽きた。ただ、保護者の心境になっているのか、エルシュオン殿下は溜息を吐きながらもどこか楽しげだ。しかも、何やら黒い発言が飛び出しているような。

だが、それらを聞かされる方はたまったものではない。

聞いてはいけない話題であることは確実だ。何故、それを私に暴露した!?

まさか、常識人の救世主と名高い――勿論、ミヅキが原因だ――エルシュオン殿下の口から、このような話題が飛び出すとは……!

平静を装いつつも、私は内心、盛大に混乱していた。そんな私の心境に気付いていないのか、エルシュオン殿下はにこやかに告げる。全てを見透かすような深い蒼の瞳が私を捉え、緩く口角が上がった。

「君はあまり甘やかさないでね?」

「……はい」

それ以外に、何を言えと。

ただ、エルシュオン殿下は私の返事に安堵したのか、雰囲気を和らげている。

「ガニアは北の大国だ。そして、君は今後、行動するようになるだろう。私とて、君とは友好的でありたいんだ。それなのに、ミヅキに釣られて問題児と化すようでは困るだろう?」

「そ、そうですね。というか、なりたいと思っても、ミヅキのようになるのは無理だと思いますが」

「だろうね! あの子みたいなのが簡単に量産できるなら、この世は騒動だらけだろう」

「……」

エルシュオン殿下は楽しそうだが、その笑みが微妙に怒りを帯びているのは気のせいではないだろう。

どうやら、彼は自身が寝込んでいる間、ひたすらに黒い子猫を案じていたようだ。ただし、『あの子、また何かやらかしていないだろうね!?』という方向で。

そんな彼の姿を見ながら、騒々しくも頼もしい友人の姿を思い浮かべ……私は沈黙することを選択した。

ガニアの第二王子としては、エルシュオン殿下の言葉に頷くべきなのだろう。だが、ミヅキは私にとって恩人であり、友なのだ……今回ばかりは私も襲撃に思うことがあるため、ミヅキの味方をしてしまおう。

なに、『ミヅキが水面下で動いている気がするけれど、確信がないから、黙っていただけ』だ。証拠、大事。予想で人を不安にさせてはいけない。

……。

……ミヅキ。とりあえず、今回は一緒に親猫様に叱られようか。

それもまた、楽しい思い出だよね? ……多分。