軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

騎士寮で『楽しい』一時を ~灰色猫と玩具の会話~

――騎士寮にて(シュアンゼ視点)

「セレスティナ姫……ついに魔導師殿の悪影響が……!」

遠い目になって呟いているのは、目の前にいるキヴェラの騎士。彼の反応があまりにも面白かったから、観察すべく場所を移動……。

……。

いやいや、心配のあまり、目の前に移動して様子を見ることにしたのだ。ラフィークも心得たもので、移動はすんなり終えている。

見た限り、彼は真面目な性格をしているのだろう。そして、そこそこミヅキとの付き合いがあるに違いない。

……が、ミヅキの場合は『付き合いが長い』ということが、必ずしも『親しい』とは限らないのであって。

彼――サイラスの反応を見る限り、それなりに痛い目に遭わされていると察することができた。

私自身も世話になっておきながら何だが、ミヅキは善人ではない。

正真正銘、(様々な意味での)『災厄』なのである。

痛い目に遭ったり、からかわれることを気にしなければ、彼女は確実に結果を出してくれる。そういった意味では、非常に頼れる人物ではあるのだが。

黒い子猫は実に腕白なのだ。色々とトラウマを植え付けられたとしても、不思議はない。

ちなみに、それらはあくまでも『ミヅキの側の人間であった場合』であり、敵になった日には、それこそ容赦なく蹴落とされる。

それを知っているからこそ、サイラスへと向ける目が自然と生温かいものになっていく。

トラウマで済んだだけ、マシじゃないか。少なくとも、望んだ結果には導いてくれたのだろうし。

敵になった者は、報復をする気力さえ削ぎ落されたんだろう?

キヴェラ内部のことゆえ、詳細は判らない。だが、ミヅキが関わったという事実がある限り、私の予想は外れてはいないだろう。

「セレスティナ姫も成長の時ということだよ、サイラス殿」

声をかけると、ジトッとした目を向けられた。

「あれは間違いなく、魔導師殿の悪影響でしょうが! こんな時に遊び心を出して、どうするんです!?」

「うーん……遊び心がないわけじゃないけれど、今回のような場合は『必要なこと』なんじゃないかな」

「え?」

意外だったのか、サイラスは呆けたような表情になった。その表情を見る限り、本当に驚いているようだ。

……。

まあ、それも当然だろう。襲撃を受けたエルシュオン殿下は未だ、臥せっており、イルフェナもハーヴィスの対応によっては相当、険悪になるだろうからね。

そんな時期に、『魔導師の友人』という設定で、身分を偽った他国の姫が来る。怒るな、という方が無理だ。

だが、あれは言葉遊びの一環のようなもの。周囲の状況を踏まえて深読みすれば、納得できてしまうのだ。

「彼女達は『ミヅキの友人』と言っている。これを事実とするには、『ミヅキ自身が認める必要がある』。ここまではいいかい?」

「え、ええ」

「次に、侍女……エマが言った『陛下の書を戴いている』という言葉。これで『コルベラはセレスティナ姫達を、このような形で向かわせることに納得している』となるんだ。つまり、彼女達に何かあっても、『コルベラの女性騎士と侍女』という立場で扱われる。『王族や高位貴族の令嬢扱いは不要』と、王自身が断言してるんだ」

「ちょ、それはいいんですか!?」

さすがに驚いたのか、サイラスが声を上げる。確かに、サイラスのような立場の者からすれば、コルベラ王のこの行動は信じられないものだろう……暗に『王女達を見捨てる選択もあり』と、イルフェナに告げるなんて!

だが、今回ばかりはそうも言っていられない。コルベラがこの件に介入するなら、その窓口となるのはミヅキの友人である二人しかいないのだから。

「普通は良くないね。だけど、今回は他に選択肢がないんだ。情報を得るという意味でも、最善の選択だと思うよ。ミヅキはここに隔離されているから、彼女達も必然的にこの騎士寮に来ることになるからね」

「あ……そうか、あまり隔離されている印象はありませんが、魔導師殿は基本的に行動範囲が狭いと聞きました」

「異世界人の魔導師である以上、仕方ないんだろうね。単独行動もろくにできないはずだよ」

「……」

複雑そうな表情に、サイラスがミヅキを案じているのだと判る。そんな姿に、サイラスという騎士の善良さが透けて見え、微笑ましく思ってしまう。

口では何だかんだと言いながらも、結局はミヅキを案じているのだ。彼は貴族階級のようだし、これまでの異世界人達の扱いを知っているせいかもしれなかった。

まあ、ミヅキは例外中の例外だから、悲壮感は全くないんだけど。

なにせ、ミヅキ曰く『三食保護者付き・衣食住と職も与えられる快適生活』。絶対に、これまでの異世界人とは違うだろう。隔離生活を満喫している。

それを可能にしたのが親猫、もといエルシュオン殿下。彼の過保護っぷりは有名なので、それはそれは大事に、毛皮に包むようにして守ってきたのだろう。

その結果が、黒猫の恩返し。賢い子猫は守ってくれている金色の猫に懐き、親の如く慕っているのだ。

なお、『恩返しよりも、大人しくしていた方が良かったんじゃ?』などと言ってはいけない。

そうなっていたら、ミヅキが各国で行なった『あれこれ』(意訳)がなくなってしまうじゃないか。

親猫の苦労は労われども、周囲は黒い子猫が大人しくすることを望んでいない。適度に悪戯し、遊んでくれた方がありがたいのだ。

沈黙したままのサイラスとて、それは判っているのだろう。ただ、彼の性格上、ついついセレスティナ姫達のことを突っ込んでしまっただけだ。

「話を続けるね。そうして『彼女達は正規の手続きを終え、騎士寮に来た』。これは『イルフェナがコルベラの話に乗った』ということだよ。だから、騎士寮の騎士達は彼女を『セシルという騎士』として扱っていただろう? ここに居る騎士達は何も言われずとも、それらを察したんだ」

「うぇ……何ですか、その理解力。解釈が間違っていた場合、大惨事でしょうに」

「そうだね。だけど……ここは『翼の名を持つ騎士達の巣窟』だよ? ミヅキも含め、『その程度、できなければならない』んじゃないかな」

「っ!」

サイラスは驚愕しているが、これは確信があった。彼らは……彼らの間には、あまりにも言葉が少ないじゃないか。

だけど、それで十分なのだろう。これはガニアでの一件の際、驚いたことでもある。

ミヅキは私とほぼ一緒に居たため、彼らの遣り取りを全て知っていると言ってもいい。その中に、あの決着を匂わせるようなものは含まれていなかった。

おそらくだが、テゼルト達の介入を警戒したのだ。私にも処罰を望む以上、テゼルト達はきっと動くだろうから。

対して、イルフェナの騎士達はミヅキの意図を察し、エルシュオン殿下への情報伝達を故意に遅らせている。

ミヅキは現状を知られることで、連れ戻される可能性が高いことを察していた。それゆえに、騎士達に前もって依頼していたのだろう。

普通ならば、彼らは主たるエルシュオン殿下の味方だ。だが、ガニアの一件は様々な意味で彼らを怒らせ、ミヅキの同類と化していたのだろう。

『頼もしき仲間』がガニアに居るならば、イルフェナに残った者達の役目は決まっている。彼らはそれを忠実に遣り遂げたのだ。

「其々ができることこそ違うけれど、彼らはミヅキの同類だよ。望む結果は同じ……『結果を出せれば、誰が遣り遂げてもいい』んだろうね。良く言えば『地位や名声を望まない』と解釈できるけれど、他から見たら脅威でしかないよ。ミヅキが特出しているように見えるけれど、彼女が中核になるとは限らない」

だから……怖い。この騎士寮に暮らす者達は正真正銘、『最悪の剣』の名を冠する者達なのだ。

「じゃあ、魔導師殿が騒々しいのって……」

「元々の性格もあるだろうけど、人の目を引く意味もあるだろうね」

結果を出すことに拘る黒猫は、必要があるなら、進んで道化にもなって見せるだろう。そうして期待通りの行動を取る周囲を見て、ひっそりと笑うのだ。

「セレスティナ姫は保護が目的と言えど、守護役の一人になっている。まして、あの様子では本当にミヅキと仲が良いんだろう。……守られ続けることが不服なら、彼らに追いつくしかない。彼女はそれを理解したからこそ、今回は行動に出たんだと思う」

「……」

小国コルベラに生まれた王女は、キヴェラに逆らえなかったことで、己の無力さを痛感したのだ。そんな時に現れたのが、一人の魔導師。

異世界人ということもあり、当初はそこまで信頼などしていなかっただろう。そもそも、自分達の状況を覆せるとは思わなかったに違いない。

――だが、その予想は良い意味で裏切られた。

魔法による圧倒的な強さを見せつけずとも、ミヅキは彼女達の望む決着へと導いた。いや、望んだ以上の結果だったはず。

そんな姿を間近で見続ければ……自分が情けなくなるのではないか。

それ以上に、自分を見つめ直したことだろう。身分も、この世界における人脈も、武器を扱う術さえ劣るはずのミヅキに、守られてばかりだったのだ。何も思わぬはずはない。

「子供でいられる時間はいつか終わる。再び守られるだけの生活に戻るか、自分が変わるか……セレスティナ姫は後者を選んだ。『一人の王女』ではなく、『一人の王族』という立場を望んだ」

「どちらも王族ではあると思いますけど」

それも事実なので頷いておく。だが、立ち位置は微妙に違うのだ。

「誰だって『王女』を危険な目に遭わせようとはしない。一般的には守られるのが当然の、非力な存在だからね。対して、『王族』ならばその身分を活かし、外交や交渉の場に挑めるだろう。責任も、重圧も伴うけれど、個人として評価される立場になるんだよ」

勿論、危険も伴うけどね。

そう続けると、彼にも思い当たる人物がいたのだろう。どこか悔しげに俯き、拳を握っている。想いを馳せているのは、『悲劇の』第一王子ルーカスか。

「ルーカス殿はこれからの人だと思うよ」

慰めるわけではなく、本当にそう思う。

「これまでは『キヴェラの王太子』という以上に、『【あの】キヴェラ王の息子』と認識されていたからね。だけど、これからは『魔導師と縁を繋いだキヴェラの王子』と呼ばれるだろう。枷が外れたというのは言い過ぎかもしれないが、彼は漸く、自分らしく在れるんだよ」

「ですが……! ですが、それまでがあまりにも長過ぎました。失ったものも多い。……俺にこんなことを言う権利なんてないでしょうが、悔しいんですよ!」

今更、ですけどね。

そう小さく続けた彼は、本当に後悔しているように見える。変わる切っ掛けがあったとはいえ、彼もまた、ルーカスを『偉大な王の息子』としか認識していなかったのだろう。

……だが。

「それは暗に、私を馬鹿にしているのかい?」

「へ?」

「私はこれまで、歩くことすらできなかった。今だって、ろくに歩けないんだよ。それでも、これからは王家の一員として動くことができる。……私は『ルーカス殿以上に、何もない』んだよ? そんな私でさえ、やるべきことが見えているというのに、ルーカス殿は何もしないつもりかな」

「そのようなことはありません! ……あ」

反射的に否定した途端、サイラスは顔を赤らめた。そうだよ、それでいい。君だって、ちゃんと判っているじゃないか。

「判るかい? 遅過ぎることなんてないんだ。後悔も、過去への恨み言も要らない。逆に、ルーカス殿へと向けられた理不尽を逆手に取って、利用してやればいいじゃないか。少なくとも、ミヅキは自分へと向けられた蔑みを報復の一手にしたよ」

ガニアの敗北は『ミヅキを軽んじたこと』が原因だ。適切な対処をしていたら、ミヅキが付け入る隙などなかったはず。

『化け物って言ってるのに、野放しにするんだもの。しかも、この国の王族であるシュアンゼ殿下と【楽しいお話】し放題。馬鹿じゃねーの、チョロ過ぎる……!』

などと言って、高笑いしていたミヅキが思い浮かぶ。あれを見ていたら、蔑みの視線や当て擦りなんて、苦になるものか。チャンス到来とばかりに煽り、利用してやろうとしか思わない。

なにせ、魔導師直伝の『玩具の遊び方』だ。その教えを忠実に守り、『楽しく』遊ぼうじゃないか。

「はぁ……駄目ですね。ルーカス様は先を見据えて行動しているのに、俺はふと気づくと『あの時に認められていれば』と思ってしまうんです」

「仕方ないよ。それは今のルーカス殿を、君が認めているせいでもあるんだから」

そう思うほどに、ルーカスへの評価が変わったということだろう。これは今後が楽しみかもしれないと、ついつい思ってしまう。

ここで少しの接点を作っておいてもいいかもしれない。まだまだ周囲が煩いのはお互い様だけど、愚痴を言い合うことはできそうだ。

テゼルトを交えて、ルーカスの弟王子達が成人したら彼らも誘って。次代を担う王族同士の交流でもしようじゃないか。

「『今回の件が片付いたら、ルーカス殿に会いたい』と伝えておいてくれるかな?」

「それはっ!」

はっとするサイラスを、視線だけで制する。ここはイルフェナ、そのようなことを大っぴらに口に出しては、折角、見て見ぬ振りをしてくれている騎士達の好意が無駄になってしまう。

「それがどう傾くかは判らない。だけど……ルーカス殿の持つカードに『ガニアの第二王子の友人』というものが加わっても、面白いと思ってね」

唖然とするサイラスには悪いが、私にとっては決定事項だ。時にはミヅキを交えて、キヴェラの貴族達を脅……いや、黙らせるのも一興じゃないか。

そんなことを考えつつも、金色の親猫を想い、苦笑する。あの過保護な親猫様はきっと、黒い子猫に盛大な雷を落とすだろう。

さあ、エルシュオン殿下? 貴方が休んでいる間に、続々と『楽しいこと』が始まっていますよ。

貴方も一緒に遊べたらと思っているので、目覚めたらこう言わせてください――『私の友になって欲しい』と。