軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

親猫の目覚め

――イルフェナ王城・とある一室にて(エルシュオン視点)

意識がゆっくりと浮上する。目覚めるのだな、とぼんやりと思った。いつもより頭が働いていないような気がするが、未だに残る気怠さゆえか、どうでもよくなってしまう。

「お目覚めですかな、殿下」

「……ゴードン?」

「はい。殿下は二日ほど、お倒れになっておられました。私は医師として、またあの魔道具の製作に携わった者として、殿下に付いていたのです」

「……。魔道具……」

「ええ。魔道具の影響で殿下は極度に疲労し、ずっと眠ったままだったのですよ」

ゴードンの言葉に、私がこうなった経緯を反芻する。

……。

……そうだ、ルドルフと一緒に居たところを襲撃されたんだった。

襲撃者達は魔法に秀でていたらしく、私の騎士達が間に合うか判らなかった。だから、あの時の行動は『この国の第二王子』としては間違っていない。

護衛の騎士達も距離的には近くに居ただろうけど、音が全く聞こえない状態だったから、私達は隔離されていたのだろう。咄嗟の判断だったが、上手くいって何よりだ。

そこまで思い出して、一つ息を吐く。おぼろげな記憶が確かならば、私だけではなくルドルフも無事だったはず。襲撃者の刃は、私が身を挺して受け止めた。だから……ルドルフは無事、だ。

そもそも、私とて本当に疲労しているだけなのだろう。傷を負ったはずなのに、痛みは何も感じない。

あの時、クラウスが驚きながらも呆れたような顔になったから……ミヅキとゴードンの魔道具は正しく発動し、私の命を繋いでくれたのだ。

襲撃自体は怖くはなかった。悪意ある言葉も同様。

私には……いや、『私達』には、それは慣れたものだったのだから。

ルドルフは父王に疎まれ、幼い頃から何かと嫌がらせや襲撃に遭っていたはず。対して、私も国の暗部に関わる身――他国の恨みを買うなど、珍しくもない。

勿論、これらは単なる嫌がらせで済むはずはなく、正真正銘、命の危機というやつだ。それに慣れてしまったのが、ターゲットになっていたらしい私達二人というだけのこと。

というか、こういったことは王族や高位貴族達にとって珍しいものではない。それさえも制して強く在れ! というのが、一般的な在り方なのだ。

『守られるだけの者に人は付いて来ない』――『その程度の者』に、価値はない。

厳しいようだが、これが現実だ。国の未来、もっと言うなら民の未来に影響を与える立場である以上、『弱者であること』は許されまい。自分の評価が落ちるだけでは済まないのだから。

「あれから、どうなった?」

呟くように尋ねれば、ゴードンは暫し沈黙した。そんな姿に不安を覚え、先を促すように目を合わせる。

やがて、ゴードンは溜息を吐くと話し出した。

「まず、ルドルフ様のこと。勿論、ご無事ですが……その、状況が読めないこともあり、イルフェナに留まっていらっしゃいます。やはり、当事者として襲撃理由などが気になるのかと。セイルリート将軍が傍に控えていることもあり、あちらの宰相様も納得されたのでしょう」

「まあ、そうなるだろうね……」

ゼブレストに帰ってしまえば、情報が得られなくなる。ルドルフも当事者の一人である以上、ある程度の情報は得ておきたいのだろう。

というか、私自身、今回の襲撃が気になっている。ここ一年ほどはミヅキの保護者として過ごしてきたので、恨まれるとしたら『魔導師の功績が気に入らない者』の犯行の可能性が高い。

それをミヅキが知ったら。

……私の怪我の原因が、自分の功績にあると気付いたら。

「その怒りを力に変えて、壮絶極まりない復讐計画を立てるんだろうなぁ……ああ、どうしてくれよう、くだらない襲撃を企てた連中め……!」

「は?」

「ミヅキが心配なんだよ」

様々な意味で。

勿論、その心配は『泣いてないか』『原因となったことを気に病んでいないか』という方向ではない。そんなに可愛らしい反応をする子ならば、『異世界人凶暴種』なんて呼ばれない。

一般的な反応を『私は異世界人だし、魔導師だから』という言い分――絶対に、違うと思う――の下に無視し、復讐計画を立てる生き物がミヅキだ。

なにせ、『眠るのは死んでからでもできる! 今できること(=報復)に全力を注ぐべきです!』と言い切る大馬鹿者。遣られたら殺り返す(注:誤字に非ず)のが礼儀とばかりに行動してきた結果が、現状なのだ。

ぼんやりとした頭でも、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。何てことをしてくれたんだ、うちの子が暴れるだろうが……!

怒れる黒猫は絶対に止まらない。脇目もふらず、報復・反撃一直線。

しかも、今回はアル達さえもミヅキを止めないだろう。

……そう、私の騎士であるアル達さえも。

そこまで考えて、彼らの状況が気になった。私が負傷した以上、護衛を担っていた者達にはそれなりの処罰があるはずだ。

「ゴードン、私の護衛を担当していた者達はどうしている?」

さすがに『処罰はどのようなものを?』とは聞けなかった。……いや、少しだけ聞くのが怖かった。今回の襲撃において私は負傷し、隣国の王であるルドルフを危険に晒したことは事実なのだから。

彼らにも騎士としての矜持があるので、基本的に私が口出しすることはない。ないのだが……それでも私個人に仕え、ずっと傍にいてくれた『友』の今後を憂えるのは当然であって。

できるならば、再び私に仕えられるような……その程度の処罰で済んでくれたらいいと思っている。

ゴードンにはそんな思いが伝わったらしく、軽く驚いたような表情になった後、嬉しそうに笑った。

「ご安心を。ルドルフ様が『新しい魔道具の効果を試したいから、手を出すなと言っていた』と証言してくださった上、一切の言い訳をしなかった騎士達の態度が評価され、騎士寮に謹慎となっているだけです」

「そう、か。……良かった、私達はまだ共に在れるのか」

「殿下が憂うような事態にはなっておりませんよ。寧ろ、殿下がそのようなことを素直に口にされたことに驚きました。……彼らが大事だと、隠さなくなったのですね」

ゴードンの言葉が少々気になるが、伝えられた事実に安堵の息を吐く。――まだ皆と共に歩んでいけると判って。

だが、それだけで終わらないのがゴードンだった。

「殿下は以前、魔法を使うことを望んでいましたからな。それを含めて、『かつての憧れを思い出し、はしゃぎ過ぎたのでしょう』と付け加えておきました」

「う……!」

「事実ですからなぁ。魔導師が傍にいることもそんな想いを増長させる一因になったと、理解していただけましたよ……皆様、苦笑いされてましたが」

「余計なことまで言わないでくれるかな!?」

ジトッとした目を向けるも、ゴードンは笑っている。ついつい、そっぽを向いてしまっても仕方ないことだろう。……顔が赤くなっている気がするが、気のせいだ。気のせいに違いない。

だが、ゴードンの言っていることは事実だった。幼い頃、『体を鍛えれば、魔法が使えるのでは?』などと安易に考え、体調不良で倒れたのは私の黒歴史である。

魔法がよく判っていなかったからこその、子供らしい発想だったのだ。きちんと学んでいないからこそ、その危険性が理解できていなかった。

まあ、この状態を経験した今となっては、実際に魔法を使うところまでいかなくて良かったと思うしかない。私の魔力の高さでは体調不良どころか、下手をすれば死んでいるだろう。

「……ミヅキが言ってたんだ。『この世界の魔法は安全面が優れている』って。術者の総魔力量の何割という感じに、詠唱や術式に定められているらしい。私自身に当て嵌めると、納得だね。暴走しない程度の魔力しか使っていないはずなのに、体に負荷に耐えられるだけの強度がない――先に体に限界が来るんだ、魔力の暴走以前の問題だよ」

「今でも悔しいですかな?」

「……いいや、私はこれで良かったと思う。私に魔法の才はない。ただ魔力を持っているだけだ。クラウス達のように術式を組み上げたり、ミヅキのように独自の使い方をしようとは思わなかったのだから」

本心からそう思う。私が目指したのは『仕えてくれる者達にとって誇れる主』であり、魔術師ではない。

そもそも、常に暴走の危険性を持つ魔術師など、厄介者以外にないじゃないか。いいとこ、戦場に単身で送られるだけだ。

私が魔法を学ぶことを皆が止めたのは、そういった可能性を考慮したこともあったと思う。当時はまだまだ情勢が不安定であり、いつ戦が起こってもおかしくはなかったのだから。

「でも、良かった。皆が大した処罰を受けなくて」

改めて、安堵の息を吐く。あの賑やかで楽しい時間が失われなかったことを、心底、嬉しく思う。

……が、ゴードンは生温かい笑みを浮かべたまま、どこか遠い目になった。

「その分、ミヅキがやらかしましたが」

「え゛」

ピシッと空気が凍った気がした。そんな私に構わず、ゴードンは更に続ける。

「正しくは『襲撃理由の可能性とその根拠となる証拠を持って、バラクシンの聖人殿を伴ったまま帰国した』ですがね。いやぁ、殿下は強運と人脈に恵まれた猫を飼ってらっしゃるようで」

「待って、ちょっと意味が判らないんだけど!?」

「そのままの意味です。現在、イルフェナも混乱しておるようですな。まあ、その隙に聖人殿と襲撃犯に会いに行った挙句、心を抉って来たようですが」

「いや、止めようよ!? 君も一応、ミヅキの保護者枠だろう!?」

混乱しつつも、突っ込む。いやいや、絶対におかしいだろう!?

ゴードンの言い分では『襲撃理由がすでに判明し、抗議できるだけの証拠もある』ということになる。しかも、何故か、バラクシンの聖人殿までもがミヅキの味方になっているような。

「ええと、その……ミヅキをここに呼ぶことは……」

「今は許可できません。殿下、貴方は襲撃において負傷した『王族』。ミヅキの身分では本来、そう簡単に会うことさえできないものなのです。いくら何でも、批難を受けます」

「……」

確かに、ゴードンの言っていることは事実だろう。いくら私達の普段の距離が近いからと言っても、こんな状況では許されまい。

それはルドルフも同じはず。あの王様はきっと落ち込んでいるだろうに、そんな空気を吹き飛ばすミヅキには会えないだろう。

だが、それは要らぬ心配だったらしい。

「ルドルフ様のことならば、ご安心を。許可を得た上で、アルジェントの同行の下、ミヅキが食事をご一緒していましたよ」

「そうかい……」

それだけでも十分だろう。必要なことだったとはいえ、私はルドルフの辛い記憶を思い出させてしまっただろうから。

しかし、そうなると先ほどの不安――ミヅキのことだ、勿論――が再び湧き上がってくる。

「後見人として、ミヅキに説教を」

「却下です」

「保護者として、無事な姿を一目見せておきたい」

「殿下のご様子は伝えておきますので、ご心配なく」

「馬鹿猫の所業を本人の口から聞きたい」

「諦めてください、今更です。『手遅れ』という言葉をご存知ですかな?」

「……っ……君、何が何でもミヅキと会わせないようにしてないかい!? 何か拙いことでも……。……。……ゴードン? 君、もしやわざと……」

「おやおや、何のことですかな? 私は医師としての判断をしたまでですよ」

疑惑の目を向けると、ゴードンはわざとらしく肩を竦め、体を起こしかけた私を落ち着かせるように、再びベッドに戻す。

――そして。

「ちょ……っ……何でベッドに押し込む……っ」

「ゆっくりお休みください。まだ、本調子ではないでしょう」

「……っ」

それは事実であり、今迄の遣り取りで僅かに戻った体力を消耗したのか、眠気が襲ってきた。だが、私はしっかりとゴードンの呟きを耳に捉えていた。

「今は好きにさせてやってください。それに……私とて、今回の襲撃に怒っている一人ですので」

……。

そんな風に言われたら、逆らう気もなくなってしまう。私はきっと、多くの人に心配をかけてしまっただろうから。その事実が嬉しく、同時に気恥しい。

だから今は……大人しく睡魔に身を委ねようと思う。きっと、良い夢が見れる気がするんだ。