軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その時、各国は ~カルロッサ編~

――その日、各国の極一部に激震が走った。

『魔王様負傷中。襲撃犯はすでに拘束済みだけど、襲撃指示者やその周囲との一戦はこれから。よって、暫くはお仕事を回さないでね☆』

内容を読む前までは、彼らはそれほど警戒してはいなかった。魔導師ミヅキからの手紙と言っても、彼女は現在、親猫……もとい保護者の所に帰っているのである。

その保護者が何も言ってこない以上、あくまでも『ミヅキからの個人的なお手紙』でしかない。その内容とて、これまでを顧みれば『知っておいた方が良い情報をこっそり流す』程度のもので済んでいた。

勿論、これらの行動は保護者であるエルシュオンの許可を得ている。善良な保護者殿は基本的に平穏を望むため、ミヅキのこういった行動を見逃すことが多々あった。場合によってはエルシュオンの指示により、ミヅキが動くこともあるほどなのだ。

彼らの一連の行動は各国にとって、非常に安心できる流れであった。

魔導師がろくでなしだろうとも、その上がまともならば使い勝手の良い手段と化す。

誰もミヅキに『常識』や『正義』なんてものを期待していない。信頼すべきは善良な親猫様。

人間は学習する生き物なのである。自国が世話になろうとも、個人的に好ましく思っていようとも、そういった判断は実にシビアな皆様なのだ。個人的な感情に動かされたりはしない。

最終的に『良い方向』に決着をもっていった功労者であろうとも、ミヅキを善人呼ばわりする者は皆無であった。……好意的ではあるのだが、どうにも『善』とするのは無理がある。

まあ、ともかく。

『異世界人凶暴種』という渾名が順調に定着していく中、周囲は悟ったのである。『エルシュオン殿下がストッパーでいるうちは問題なし』と!

『魔王殿下』と恐れられたのは、今となっては過去のこと。

今や、すっかり救世主扱い。困った時は『親猫様にお願い!』。

そんな認識をしていた各国上層部の者達は、ミヅキより知らされた『悲報』――エルシュオンの一大事なので、この認識で合っている――により、軽いパニックを起こしたのであった。

ちなみに、これはミヅキだけが原因ではない。

何せ、エルシュオンは『実力者の国』と称されるイルフェナの第二王子。間違っても泣き寝入りする国ではない上、エルシュオン直属の騎士達は『最悪の剣』という名を欲しいままにした過去を持つほど凶暴だ。

彼らがすんなりミヅキに馴染んでいることからも、『エルシュオンに忠誠を誓う騎士達は、ちょっとばかりアレな奴ばかり』(意訳)と思われても仕方あるまい。事実、彼らはミヅキが何をしようとも動じない。

――『国も怖いが、魔王殿下に忠誠を誓う騎士達も恐ろしい』

主が善良であろうとも、その配下達まで善良であるとは限らない。彼らに喧嘩を売った愚か者を『抱えていた』(注:過去形)国は、正しくあの騎士達の本質を理解し、それ以上に評価しているのだった。

彼らが暮らす騎士寮で、魔導師ミヅキが共に生活することへの不満が出ないあたり、イルフェナからの評価も知れよう。何も知らないミヅキは平然と暮らしているが、彼らは自国からも恐れられる皆様なのだ。

そんな騎士が激怒するのは、主であるエルシュオンを害された時。

しかも、今回は黒い子猫こと魔導師までもが参戦確定だ。

動じるな、という方が無理な事態であろう。場合によっては、襲撃を目論んだ犯人どころか、犯人を抱える国が亡ぶ。

冗談のようだが、あの騎士達とミヅキが激怒している以上、完全否定などできないのだ。そもそも、ミヅキからして『不可能と思われた状況を覆し、自身の協力者に利をもたらしてみせた』者。

今回はその利をもたらす相手が居ない上、ただ壊せばいいだけである。元より、『血の淀み』を受けた者が生まれた場合は国に管理責任が発生するため、『国』が報復対象という言い分も間違ってはいなかった。

そして、ミヅキは魔導師――国を蹂躙するのが常のように言い伝えられている『世界の災厄』。ミヅキ達の怒りを想定し、恐れ慄いた者達の予想はあながち間違いとも言い切れないのだった。

――そして、恐れ慄いた者達は、国を動かす力のある者達ばかり。

事態の深刻さを、おぼろげながら感じ取った彼らは即座に我に返ると、速攻で行動を開始したのだった。

なお、現時点において『個人的な行動』に留めているのはさすがである。イルフェナから正式な事情説明もないまま、過剰な危機感を感じて行動するほど、彼らは愚かではなかった。

ゆえに……『如何にして【適切な行動】という範疇に収めるか』というお題の下、各自頭を悩ませているのだ。

『カルロッサの場合』

「……」

「……」

無言でテーブルの上に置かれた紙を睨み付けているのは宰相閣下、そしてその息子であるセリアンである。

彼らはジーク達の部隊が今回の一件に関わっているため、現時点での詳細を知る権利を与えられたのだ。

余談だが、報告書を纏めたのはキースである。お世話係は本日もお仕事中。

ジークに書かせた場合、『エルシュオン殿下が襲撃されて負傷した。ミヅキや騎士達は報復する気満々だ』程度のことしか書かない。間違ってはいないが、直球過ぎて非常に不安を煽る書き方である。

そもそも、イルフェナ側の対応が何一つ書かれないので、『国としての対応』を知りたいカルロッサとしては、不安を煽られるだけなのだ。改めて尋ねようにも、元が非公式の手紙なので、確実に返事が来るとは限らない。

勿論、キースはそういった方面にも気を遣えるため、一度の手紙で十分な情報をくれる。現時点で判明していることの全てを書き記した上で、個人的な見解とその根拠を、その場にいる者の考察として書くのだ。

それがなければ、いかに宰相親子であろうとも、大混乱に陥ったであろう。彼らは『エルシュオン負傷に伴う弊害』にたやすく思い至れる人々なので、胃痛の一つや二つを覚えても仕方がない。

現在とて、胃痛が全くないわけではないが……それでも『エルシュオン直属の騎士達と魔導師は落ち着いており、今はまだ動かない』という、キース発の情報があるからこそ、そこまで焦ってはいなかった。

彼らも何だかんだとエルシュオン達には世話になっており、ミヅキに至ってはセリアンに『小娘』と呼ばれながらも可愛がられている。

そんな彼らが悪し様に言われる――今回は被害者だが、まるで彼らに原因があるかのように言い出す輩も出るのだ――のは納得できず、できれば何らかの手を打っておきたいと考えていた。

「まったく、余計なことをしてくれますね。暫く名前を聞かないと思ったら、『血の淀み』を持つ王女を隠していたとは。しかも、この様子ではまともに管理も、教育もしていないでしょう」

忌々しげに呟く宰相の姿に、セリアンも溜息を禁じ得ない。実のところ、セリアンとて父である宰相閣下の言葉に大きく頷いて賛同してしまいたい心境なのだ。

そもそも、『血の淀み』を持つ王女に対する乳母の教育とて何かおかしい。二人が突っ込みたいのは、問題の王女――アグノスの教育方針に関わることにもあった。

隔離されていることが前提となっているならば、『御伽噺に依存させる』という方法とて取れるだろう。物語の登場人物とて、自国や賛同者達だけで賄ってしまえば、今回のようなことは起こるまい。

アグノスの教育方針を定めた者の敗因は『他国を巻き込んだこと』『中途半端に表舞台に立たせていたこと』の二点に尽きる。言い方は悪いが、内部だけで犠牲が済むならば、他国において問題になることはないのだ。

それを何故、他国の王族……王子を巻き添えにするのだろう?

お前らの不始末は、お前ら自身の手で収めんかい!

心境的には、こんな感じだ。宰相親子とて、苦しい時代を乗り切った自負がある。そんな彼らからすれば、ハーヴィスに同情などするはずがない。

ミヅキ同様、彼らは揃って馬鹿が嫌いだった。努力するならばまだしも、思考が停止しているとしか思えない拙い策に満足し、それを十数年続けた挙句に、他国に迷惑をかけるような輩に、かけてやる情けなど存在しない。

そもそも、彼らは元からエルシュオンの努力を認めていた数少ない者達なのである。自己保身を全く考えずに結果を出すミヅキの姿も知っているため、心の比重はどうしたってイルフェナの猫親子に傾くのだ。

「父上、私がイルフェナに参ります。キース達はこのまま滞在するでしょうが、あの子達では武力方面の助けにしかなりません。イルフェナとハーヴィスが揉めた場合、第三者として口を挟む者が必要です」

「貴方が行くのですか? セリアン。ジーク達が当事者になっているとはいえ、下手に口を挟めば睨まれますよ?」

「判っております。ですが、このまま二か国間で話し合いが為された場合、あちら側が『イルフェナにも原因がある』と言い出しかねませんもの。他国には、その真偽を確かめる術がありません。事情が事情です。打てる手は全て打って来ると見るべきですわ」

「……」

セリアンが警戒しているのは、かつてのエルシュオンの噂に絡め、ハーヴィスが被害者面をすることだった。勿論、全面的にエルシュオンが悪いなどとは言わないだろう。だが、『魔王殿下』という渾名に絡めて、周囲を味方に付けようとするかもしれないのだ。

「エルシュオン殿下を疎み、羨む者にとっては、絶好の機会なのです。ハーヴィスの言い分に便乗し、騒ぐかも知れませんわ。ですから、偶然とはいえ、当事者になったカルロッサが口を挟むのです。……あの善良で努力家の王子様は、そろそろ報われるべきなのです」

セリアンの表情は憂いに満ちている。その表情を見た宰相閣下は、痛ましげに目を伏せた。

彼とて、政に携わる一人……生まれ持った負の要素に腐ることなく、国に貢献してきた姿を知るからこそ、エルシュオンを好敵手のように評価している面があった。彼自身が噂に惑わされなかったからこそ、さも事実のようにエルシュオンへの悪意を語る小者達――外交能力や身分的に、直接会ったこともない連中――が気に食わなかったのだ。

黙らせることをしなかったのは、エルシュオン自身がそれを望まなかったからに他ならない。あの王子は自分の実力をもって他者を黙らせることを信念にしており、下手な介入どころか、同情を向けることさえ許さなかったのだから。

「貴方はクラレンス殿と親しいですからね。私が知らぬこと……かの王子の苦悩や努力の片鱗を耳にする機会もあったでしょう」

「ええ。ですから、私も此度のことに憤っておりますの。それに、あの小娘のことも気になっております。もしも私の予想が当たり、再びエルシュオン殿下への悪意を声高に口にしようものなら……黒猫は牙を剥きますわ。『あれ』は血塗られることも、泥を被ることも、恐れない。ただただ、敬愛する親猫への悪意を滅ぼそうとするでしょう」

呆れたように肩を竦めるセリアンだが、その口元には笑みが浮かんでいた。それを見た宰相閣下も、苦笑を浮かべて頷く。

「やるでしょうね。そしてきっと、こう言うんです。『実力で黙らせることが可能なのに、小細工をする必要があるのか?』と。各国にその悪意を正当化する証拠を求めた上で、事実のように口にする者達の方こそを糾弾する。調べられても、エルシュオン殿下の方は何も困ることがありませんから、意図して貶めようとした輩の非が追及されるでしょう。王族への侮辱という点もありますから、処罰からは逃れられないでしょうね」

「ありえそうですわね。本当に、情けない……外交でやり込められたならば、同じく外交で返り討ちにすればいいのです。それができない時点で努力が足りないと、何故判らないのか」

「仕方がありませんよ、セリアン。ああいった者達は、自分が敗北した理由が欲しいのです。王族が相手だった、魔力による威圧の影響で気が散った、裏工作を行なわれた……実に馬鹿馬鹿しい! そんなことがまかり通るなら、私は陛下に苦言の一つも言えないでしょうに」

そもそも、宰相閣下は伯爵家の出身だ。いくら英雄の血筋とはいえ、生まれつき公爵家の人間だったわけではない。

昔はそこを突かれ、嫌味を言って来る輩がそれなりに居たのである。公爵家と婚姻を結ぶことを狙っていた者達からすれば、自分達より格下の家の人間に掻っ攫われたように思えたのかもしれない。

……が、そういった輩を悉く返り討ちにし、時には黙らせたのが、この宰相閣下なのである。

彼からすれば、エルシュオンはかつての自分を見ているような心境なのだ。他国の王族とはいえ、自分以上の苦難を背負いながらも足場を築いたエルシュオンを認めるのは、当然のことであろう。

「それにしても、エルシュオン殿下も随分と変わられましたね。魔王どころか、親猫とは……」

「ふふっ、初めは何の冗談かと思いましたが、今ではしっくりくるのですよ。愛情深い親猫様は腕白な子猫の面倒を見る過程で、随分と変わりましたもの。あんな表情もできるのかと、クラレンスでさえ驚いていましたわ」

「そうでしょうね。ですが……これまではその余裕がなかっただけなのでしょう。忠誠を誓う猟犬達はともかく、子猫は親猫への謂われなき悪意など許さないでしょうから。あの子が悪意を蹴散らしたこと、そしてそれをエルシュオン殿下自身が宥めたことにより、漸く、皆にかの王子の真実が知れ渡ったのでしょう」

「確かに!」

宰相親子は揃って苦笑を交わす。思い出しているのは、猫親子と称される二人。二人揃って物騒な渾名を持ち、多くの功績を挙げた『魔王殿下』と『世界の災厄』なのに、醸し出す雰囲気は陽だまりでじゃれ合う猫親子。

蹴落とし合いが常の階級に生きる者達からすれば、彼らの関係は実に不思議であった。ミヅキは『魔王殿下の配下』と自称しているが、実際に主従関係にあるわけではない。

また、エルシュオンがミヅキの保護者としての姿を隠さないので、友人同士や兄弟、管理する側・される側といった雰囲気もなかった。

結果として、一番しっくりくるのが『猫親子』なのである。教育熱心で愛情深い親猫と、腕白ながら親猫が大好きな子猫。それが一番近いと、誰もが感じてしまうのだ。

と、その時。

「邪魔するぞ!」

――和んだ空気の中、突然、乱入者がやって来たのであった。

乱入者の名はフェアクロフ伯爵。ジークフリートの父であり、元王弟殿下であった人物だ。

当たり前だが、宰相親子に彼を招いた記憶はない。宰相閣下は額に青筋を浮かべて、この無作法者――普通は、先触れを出してから訪ねる――へと冷たい視線を向けた。当然、セリアンも呆れている。

「おや、礼儀を忘れるほどの急用なのですか? 先ぶれも出さずに訪ねるなど、元とはいえ、王族として受けた教育は無駄でしたか」

「固いことを言うな! ……まあ、急ぎというのも本当だ。兄上の使い、と言えばいいか?」

「陛下の?」

「ああ。お前達にも、キースから手紙が届いているだろう? おそらく同じものだが、私の所にも届けられてな。今迄、兄上と今後のことを話し合っていたのだ」

どこか得意げに言い切って、フェアクロフ伯爵はにやりと笑う。その笑みに、宰相親子は揃って嫌な予感を覚えた。

……が、伯爵がここに来ている以上、すでに話し合いは終わったということ。まずはそれを聞かなければと、宰相閣下は話を進めた。

「イルフェナの一件……いえ、エルシュオン殿下が襲撃され、負傷したことについてですよね?」

「うむ。私も、兄上も、心底驚いた。まあ、ジーク達がその場に居たどころか、当事者として関わっていることの方が、驚きは大きかったがな! お蔭で、妻は倒れた」

「「ああ……」」

少々、問題のある言動が目立つ伯爵夫人だが、基本的には善良なのだ。ただし、彼女は精神的にそこまで強くはないので、『自分の息子(=問題児)が、他国の王族襲撃の場に居合わせ、関わった』という出来事が衝撃的過ぎたのだろう。

そもそも、彼女はミヅキに好かれていない。それに加え、イルフェナからミヅキを掻っ攫おうとした前科があるので、基本的にエルシュオンの周囲からは良く思われていなかった。

そういった背景もあり、余計に精神へのダメージが大きかったのだろう。『我が子は今度は何をやった!?』という疑問と共に。

ジークフリートは昔から純白思考の脳筋なので、家族の苦労は数知れず。信頼なんて、欠片もないのであった。

「まあ、妻のことは良いのだ。いや、良くはないが、屋敷で気絶しているだけだからな。悪いが、優先すべきはこちらだ。とりあえず、今後の方針を伝えるぞ」

微妙に気まずくなりながら――伯爵夫人は宰相閣下の妹である――も、伯爵は表情を改めた。自然と、宰相親子も表情を改め、姿勢を正す。

そんな二人の切り替え具合に感心しながらも、伯爵は王の決定を伝えた。

「ジーク達はイルフェナに留まってもらう。勿論、休暇の延長という形でな。そして、ジークには新たな命が下された。『守護役として、魔導師殿に付き従え』だ。こんな状況になっている以上、イルフェナとゼブレストの守護役達は動けないだろう? それゆえに、ジークに任せるとのお言葉だ」

「……。筋は通っています。ですが……『守れ』ではない理由は何でしょう? わざわざ『付き従え』とする意味は何ですか?」

訝しげにしながらも、伯爵へと向けた宰相閣下の視線は鋭い。その視線を平然と受け止め、伯爵は暗く笑った。それは彼が王族の頃、報復などをする時に見せていたものに酷似していて。

――宰相親子は揃って、警戒心を強めた。

「今後の魔導師殿の行動が読めない以上、『付き従う』が正しいだろう? あの娘は弱者ではないし、馬鹿でもない。そして……腑抜けでもない。国が動けぬならば、自分が動く。そういう子だ」

「それには賛同しますが、ミヅキの獲物はハーヴィスになると思いますよ? それに、襲撃指示者を相手にするだけでも十分、身分の問題がある。それを承知の上で、味方をするのですか?」

「無論だ」

暗に『カルロッサは魔導師の味方と認識されます』と告げてくる宰相閣下の言葉に頷くと、伯爵はさらに続けた。

「誤解するなよ? 陛下は『ハーヴィスと剣を交えろ』とは言っていない。ただ『魔導師殿が敵に襲われた』ならば、『守護役として守るのは当然』だ。そのためには『魔導師殿に付き従っていなければならない』だろう?」

「あの、結果として、ミヅキを止めなければ、ハーヴィスと打ち合うことになると思うのですが……」

「その場合は仕方ないな! なに、我が国はすでに巻き込まれている。エルシュオン殿下の一件があった以上、魔導師殿を案じるのは当然のこと。ジークには『ハーヴィスと打ち合え』などと言わんよ。あいつが剣を交えるのは『何らかの理由で、魔導師殿の命を狙った者のみ』だ」

伯爵の得意げな表情を見た宰相閣下が、その意味を理解したと言わんばかりにはっとなる。

「なるほど。そこから、我々があちらを突くのですね? 『何故、魔導師がハーヴィスと争うに至ったか、事情説明を』――こんな風に言われれば、ハーヴィスとて隠しだてはできないでしょう。そもそも、カルロッサはジークを魔導師に付けるに至った原因となった事件の当事者ですしね」

「くく、まあそんなところだ。……魔導師殿が動いた場合、ハーヴィスは『イルフェナ・もしくは魔導師が行動したこと』を前面に押し出してくるだろう。だがな、それはこちらも同じこと。魔導師殿に付き従ったジークがハーヴィスと剣を交えていた場合、その事情を訊くのは当然だろう? ジーク『は』初めからハーヴィスを狙ったわけじゃない。だからこそ、ジーク目線では仕掛けてきたのはあちらということになるな」

「先手を打ったのはどちらの国か……それがはっきりするだけでも、周囲の印象は大きくイルフェナに傾きますね。魔導師殿の報復とて、正当性が主張できるでしょう。元より、エルシュオン殿下は一国の王子ですが、唯一、魔導師の飼い主に収まった方でもある。二人はそれを隠していませんから、他国の方達も『報復は当然』と思ってくださるでしょう」

はっきり言って、言い掛かりに等しい言い分である。だが、ジークフリートに視点を限定した場合、『魔導師に仕掛けてきたのは、ハーヴィスの方』という言い分が成り立つ。彼はミヅキに付いていただけなのだから。

そもそも、そうなるに至った原因はエルシュオンへの襲撃である。こうなると『ハーヴィスは魔導師に非を持たせるため、エルシュオンを狙った』と言われても仕方なかろう。ミヅキがエルシュオンに懐いていることは有名なのだから。

『ハーヴィスが魔導師の行動を糾弾することを逆手に取り、真の発端は何かを知らしめる』。これこそ、カルロッサ王が下した決断なのである。

ハーヴィスが騒ぐことを期待しての、ジークの扱い……要は、カルロッサ側は誰一人として、ミヅキが大人しくしているとは思っていない。

というか、カルロッサ王は報復に向かうだろうミヅキに、ジークフリートという戦力を授けてやりたいのだろう。

勿論、カルロッサが介入できる要素を増やすためでもある。だが、ミヅキの場合、単身で報復に繰り出す可能性がゼロではない。

イルフェナとゼブレストの守護役達が動けない以上、報復に赴く場合、ミヅキには味方が居ないのだ。そこで『魔導師に付き従い、守護役として行動しろ』となったわけだ。

ジークフリートは頭が空っぽに近いため、間違ってもミヅキの行動を邪魔することはない。彼が口を挟むのは、本能による警告じみたものがあった場合だけだろう。

そんなわけで、『ミヅキに従う戦力』という意味では、ジークは最高の相手なのだった。ミヅキとて、彼の使い方を理解していることだろう。

「魔導師殿が仕掛けた場合、ハーヴィスは盛大に騒ぐだろうな! だがなぁ、それこそカルロッサの狙いだ。守護役としての任を全うしたジークを擁護しつつ、そうなるに至った経緯、あちらの対応といった全てを各国に伝えてやろうではないか!」

「叔父様、性格が悪くなりましたね」

「煩いことを言うな、セリアン。『重要なのは、最終的な結果』なのだろう? ハーヴィスが此度のことを認め、素直に謝罪すれば良し。それさえない場合は、被害が拡大するだけだ。イルフェナ以外の第三者の介入は、エルシュオン殿下が気にしてしまうだろうからな。関わる権利を持つ国として、有効な一手を見せたいではないか」

伯爵は高笑いせんばかりに楽しげであった。ジークの守護役就任においてできた借りを、返す機会がやって来たのだ。楽しくないはずがない。

しかも、ジークの評価を上げられる貴重な機会なのである。ここを逃がしたら次はないとばかりに、王族兄弟は覚悟を決めたのだ。

はっきり言って、ハーヴィスのことなど欠片も考えてはいない。

ろくに付き合いのない元凶国よりも、今後も付き合っていきたいイルフェナなのである。

「ジークは我が国の英雄の血筋……事実、英雄の再来のように思われている節がある。あいつの頭が空っぽなどということを、多くの者は知らんのだ。さて、『カルロッサの英雄』という『善』を突き崩せるだけの『正義』が、ハーヴィスにあるかな?」

「ああ、民への印象操作も狙っていると。まったく、随分と腹黒くなりましたね」

「当たり前だ! まあ、恩返しという意味もある。……こんなことで潰れて欲しくないと思う程度には、あの猫親子が好ましいのだよ」

フェアクロフ伯爵とて、元は王族。そんな階級に生まれた以上、当然、人のドロドロとした内面を見て育つ。

そんな経験をしていた伯爵にとって、エルシュオンは珍しいほどに善良な人物として映っていた。息子であるジークのことだけでなく、カルロッサの厄介事を解決してもらったことも含め、エルシュオンとその周囲の者達をかなり好意的に見ていたりする。

そこにきて、この襲撃事件。何のことはない、この伯爵様は自分のお気に入り達が泥を被りそうなことが気に食わないのだ。彼とて、王族……それなりに我儘なのである。

「いくらキヴェラに抑え込まれていたとはいえ、何もせず、他者との関わりを絶つことで自国を守るような国に負ける気はないぞ。カルロッサは『戦狂いに抗って、生き残った国』だと、思い知らせてやろう!」

「はいはい、少しは落ち着いてくださいね」

本当に高笑いを始めそうな伯爵を前に、宰相閣下は胸の内が温かくなるのを感じていた。

呆れた態度を見せていようとも、彼は自国の王と元王弟が嫌いではない。多少の騒々しさはあれど、彼らは手を差し伸べるべき時を誤らなかった。

基本的に、情に厚い兄弟なのだ。愚かと言われようとも、そういった姿が多くの支持者を作ってきたことは言うまでもない。

冷徹な判断は宰相たる自分が下せばいい。そう決意して、彼がこの地位に就いたことを二人は知るまい。今後も伝える予定などないが、こんな時には味方をしてやりたいと思う。

「さて、まずはジークへの通達ですね。後は……ハーヴィスの出方次第でしょうか」

言いながら、宰相はイルフェナに居る若者達に想いを馳せる。ジークの傍に味方が集ったのは、彼が父親から受け継いだ一面が大きく影響しているようだと、ひっそりと微笑みながら。