作品タイトル不明
隣国の王は友を想う
――イルフェナ王城・とある一室にて(ルドルフ視点)
城に滞在していると言っても、第二王子が襲撃に倒れている最中。俺は自分に与えられた部屋から出ることなく、ただエルシュオンを案じていた。
勿論、襲撃直後にやるべきことはやっている。傷を負ったエルシュオンに余裕はなかったろうが、自分を彼の立場に置き換えた時に想定される『厄介事』の予想はついているのだ。
ならば、『襲撃に巻き込まれた友好国の王』――不本意だが、俺の現在の立場はこう認識されている――という立場を利用し、できる限りのことはしてやりたかった。
せめて、護衛を担当した者達が謹慎程度で済むように。
イルフェナとゼブレストの関係に皹が入らぬように。
本当ならば、ここにミヅキへの忠告が入るのだろうが……ミヅキは民間人扱いの異世界人であり、そう簡単に俺と会えるはずもない。そもそも、ミヅキはイルフェナに居ないのだ。
よって、エルシュオンの伝言というか、心配を伝えられていないのは仕方のないことだろう。
そう、仕方のないことだ。ミヅキの報復を期待してのことではない。
……。
そういうことにしてくれ。多大に個人的な感情が影響していることは自覚済みだが、俺にとってもエルシュオン襲撃は許せることではないのだから。
だが、それらを終えてしまうと、途端にやることがなくなった。帰国するにしても安全の確認が必要だし、それ以上に……今、速攻で帰ってしまえば、襲撃についての情報は事件の決着まで入って来ない可能性があった。
さすがにそれは納得できないため、俺は大人しく滞在しているというわけだ。ゼブレストに残っているアーヴィには了承してもらったので、自国のことは心配ない。
――そして本日、漸くミヅキとの面会が叶う。
ミヅキのことだ、帰国してから何もしていないとは思えない。エルシュオンと俺への襲撃を聞き、あいつが怒らないはずがない。
……これまでだって、ずっとそうだったんだ。怒って、案じて、俺達の無事を喜んでくれるだろう。
そう思うと、少しだけ気分が浮上する。以前と違い、友に去られる恐怖はない。強がりではなく、本当にそう思えた。
ミヅキも、エルシュオンも、俺を責めるようなことはしない。過去、俺のせいで傷ついた者達が俺を責めたようなことにはならないと、不思議なほど確信が持てるのだ。
これを信頼と呼ぶのだろう。共に過ごした時間そのものは短くとも、得たものはとても大きい。セイル達が比較的落ち着いているのも、俺がそこまで落ち込んでいないからか。
「ルドルフ様、大丈夫ですか?」
ミヅキが来ると知っているせいか、セイルが遠慮がちに尋ねて来る。セイルは幼い頃から俺の傍に居るため、やはり心配せずにはいられないようだった。
……。
それも当然か。過去の俺の落ち込みっぷりを知っている以上、平気だと思う方がおかしい。特に今回はエルシュオンが俺の盾になっているので、己の無力さを嘆いていると思われているのかもしれないな。
――だが、それは杞憂というものだ。
つい、口元に笑みが浮かぶ。それを見たセイルが意外そうな顔になるのに更に笑みを深めると、俺は肩を竦めた。
「お前達が案じているようなことはない。勿論、エルシュオンが負傷したことは悔しいさ。だが、あれはエルシュオン曰く『弟のように思っている友人に対する意地』なんだとさ」
「! それは……」
「勿論、『友好国の王を守る』という意味での行動でもあった。だけどな、エルシュオンの本音はそっちなんだ。ミヅキがたまにやるだろう? 本音と建前、二つの理由が存在するってやつさ」
判りやすい例を出すなら、ガニアでシュアンゼ殿下を襲撃から守った時のことだろうか? あの時、ミヅキはシュアンゼ殿下を抱えたまま逃げ回り、最終的には襲撃者達を地に沈めていた。
その際の言い分が『民間人であり、魔導師の私が、尊い身分であるシュアンゼ殿下をお守りするのが当たり前じゃないですか!』というもの。
……。
確かに、間違ったことは言っていない。
『民間人扱いの魔導師』と『王族』という組み合わせならば、正しい判断だ。
……が、それがミヅキの本心かと言えば、絶対にそれだけではない。
事実、シュアンゼ殿下を抱き上げた(!)ミヅキはとても楽しそうだった。危機感に顔を強張らせることなんてなく、盛大にはしゃいでいた。
『ほぉら、捕まえてごらんなさぁい?』なんて言いながら逃げ回る奴が、真面目に護衛しているなんて誰も思わない。寧ろ、ミヅキの『遊び』に巻き込まれた哀れな奴らに同情する。
そのまま上階の窓から華麗に脱出を決めたミヅキ曰く『童心に返って、物語のヒーローごっこに勤しんだ。面白かった!』とのことなので、反省をしてないことは確実だ。他国からの哀れみの視線が、シュアンゼ殿下と襲撃犯に向くのも当然だろう。
ま、まあ、確かに面白そうではあった。シュアンゼ殿下も最終的には笑っていたので、部分的に黒歴史はあれど、楽しんだと思われる。ぶっちゃけ、いつかは俺もやってみたい。
まあ、ともかく。
それほどに無茶苦茶な行ないだろうとも、結果的には『魔導師がシュアンゼ殿下を守った』ということなのだ。今回のエルシュオンの行動もこれと似たようなものだと、俺は思っていた。
「まったく、似た者同士な猫親子だよ。ミヅキだって同じ状況ならば、エルシュオンと同じ行動をするだろう。まあ、あいつの場合は反撃込みだろうけどな。だから……セイル達が案じているほど、落ち込んではいない。ミヅキに責められるとも思っていないよ。あいつの場合、落ち込んでいる方が叱られそうだ」
「それはまあ……ミヅキですからね。あの人、即座に報復を考えますから」
「だろう!? 『這い上がるところからが本番だ!』って、日頃から言ってるからな。逞しいと言うか、前向きと言うか……『眠るのは死んでからでもできる』なんて言い切る奴は、あいつくらいだろう」
「確かに」
思い出したのか、セイルの顔にも苦笑が浮かぶ。それでも否定の言葉はないので、俺同様にセイルもミヅキを理解しているのだろう。ある意味、良い婚約者――ミヅキに一般論を押し付けない、という意味――である。
そうしているうちに、セイルは慈しむような笑みを浮かべた。
「過去のことは、我々にとっても消えない傷となっていました。……『守れなかった』という事実の陰で、どれほど貴方が傷ついてきたかを知っています。『仕方がなかった』という一言で済ませられるほど、軽いものではない」
「……」
「俯きそうになる度、我々に顔を上げさせたのはエルシュオン殿下の叱責です。あの方はご自分が苦労されていたからこそ、前を向くことの大切さをご存知だった。……きっと、エルシュオン殿下以外の方からの言葉など、我々に届きはしなかった。部外者が綺麗事を、と思ってしまったでしょうね」
そう言って、セイルは目を伏せる。俺もかける言葉を持たなかった。俺とてセイルの立場ならば、そう思ってしまっただろうから。
「そして、ミヅキは言葉ではなく、行動で示す。前を向かざるを得ないような……その意地を見せなければならないような状況を整えた上で、我々に決断を迫るんですよ。エルシュオン殿下よりも柵がない分、遠慮がないというか、強引というか……本当に容赦がない」
「それは俺達だけじゃないだろうな。あいつが関わった多くの国の者達は、結果として行動せざるを得ない。部外者に好き勝手されたまま……なんて醜態を晒せないからな」
基本的に、ミヅキは引っ掻き回すだけだ。『断罪の魔導師』なんて言われてはいても、実際に処罰を下す権利はない。政に参加することも不可能なので、各国の者達が引き継ぐ形になる。
結果として、彼ら自身の功績と自信に繋がっていくのだろう。ミヅキは名声といったものに興味がなく、エルシュオンもミヅキを利用して恩を売ることを望まないため、そうなってしまう。
その果てに、現在の二人の評価があるのだろう。本人達も狙ってやっているわけではない――少なくとも、エルシュオンは素だ――だろうし、思わぬ評価にエルシュオンが戸惑う気持ちも理解できるのだが。
「……ですから。此度のこと、私にとっても許せるものではないのですよ」
響いた声音はとても静かで、いっそ優しげにすら聞こえるもの。軽く目を見開いた先、セイルは『麗しい』と称される顔に残酷さを匂わせる笑みを浮かべていた。
「私が最優先にすべき者はルドルフ様であり、国です。それを違えるつもりはありません。ですが……『現在』を成すために必須であった存在とて、そこに含まれるのです。他国の騎士である以上、公言することはありませんが、隠すつもりもない」
セイルの目が剣呑な光を帯びた。その視線の先にいるのはきっと、此度の襲撃を企てた存在。
「主を危険に晒した失態をそのままにするような腑抜けではございません。『何らかの形で』動けるならば、喜んで剣を振るい、『敵』を紅に染め上げましょう。血塗られることを厭わぬ黒猫とて、怒り狂っているでしょうからね」
「……。ああ、そうだろうな」
ミヅキも、エルシュオンの騎士達も腑抜けではない。ミヅキのみが目立ってはいるが、エルシュオンの騎士達とて、ミヅキに平然と馴染めるほどに凶暴なのだ。そもそも、裏の仕事を任される立場である。
そんな彼らが大人しくしているなど、絶対にありえない。ミヅキも同じく。
セイルは守護役という立場を利用し、自分も何らかの形で関わることを希望しているのだろう。基本的に俺の傍を離れないセイルにとって、これは珍しい主張だった。
……いや、そうするほどに怒り心頭だと言うべきか。襲撃を企てた者は『紅の英雄』と呼ばれた殺戮者を呼び起こすほど、セイルを激怒させたらしかった。
だが……悪くはない。セイルの願いを受け、俺の口元にも笑みが浮かぶ。
「そうだな、俺達も立派に当事者だ。ミヅキが何もしないはずはないから、一枚噛ませてもらうとしよう」
――だから、存分に働け。
そう命じようとした、俺の言葉を遮ったのは――
「お邪魔しまーす! ルドルフ、一緒にご飯食べよー!」
「失礼致します、ルドルフ様。ミヅキの言動は……その、大目に見てくださると嬉しいのですが……」
勢いよく扉を開き、ノックもなしに入ってきたミヅキと、そのお守り……じゃなかった、護衛兼荷物持ちと化しているアルジェント。苦笑しつつも許しを請うあたり、アルジェントの方はミヅキの態度に思うことがあるのだろう。
それでもミヅキを咎めないのは、落ち込んでいるだろう俺を気遣ってのことなのだろうか? 食事量がかなり落ちていることは事実なので、ミヅキの『ご飯云々』もそこからきていると思うのだが。
「はは……ミヅキは相変わらずですねぇ……」
「本当にな」
「へ?」
それまでの殺伐とした空気は綺麗に消え失せ、揃ってミヅキへと生温かい目を向ける。ミヅキは気配を読むなんてことはできないから、狙ってやったわけではないだろう。それは判る。判ってはいるのだが。
「お前、少しは空気読め。いや、あと少しでいいから遅れて来い!」
「痛!? 何するのさ、ルドルフ!」
「場の雰囲気を壊すんじゃない!」
「いや、意味が判らないよ!?」
ぺちっと額を叩けば、速攻で不満の声が上がる。そのいつもと変わらない反応に安堵しながら、俺は未だに回復していない友を想った。
エルシュオン、早く復活してくれ。やはり、ミヅキには親猫が必要だ。