作品タイトル不明
魔王殿下負傷の弊害 其の一
――イルフェナ・王城内
襲撃者へのイビリ……じゃなかった、脅し……も違う、ええと……そうだ、尋問! 尋問じみた面会も無事終了し。
私はアルに付き合ってもらって、ルドルフの滞在する部屋に向かっていた。
そもそも、私は民間人。それに加えて、今回は襲撃直後ということもあり、正式な面会手順が必要なんだとか。
これで魔王様が健在ならばもっと簡単に済むのかもしれないが、今はその魔王様が倒れている真っ最中。いくら公爵家のアルが責任を持つと言っても、そう簡単には許可が下りまい。
襲撃者への面会を優先したのは、これも一因だったりする。許可を貰う時間の有効利用ということもあるけれど、『魔導師が襲撃犯を特定できるような証拠を持ってきました!』という、実績が必要だったのだ。
要は『事件解決に貢献したんだから、ご褒美ちょうだいね』ということ。その『ご褒美』がルドルフへの面会なのだ。もっとも、ルドルフ本人が望んでくれなければ、叶わなかったと思うけど。
「これが当たり前とはいえ、面倒ね」
「仕方ありませんよ。寧ろ、面会が叶うだけでも幸運でしょう」
「そうなんだけどさぁ……落ち込んでいるだろうルドルフのことを考えると、ウザく感じちゃうんだよね」
当事者の一人であるため、ルドルフは現在、イルフェナに滞在中。ただ、そのうち帰国してしまうだろう。そうなる前に一度、会っておきたかった。
賭けてもいいが、ルドルフは絶対に落ち込んでいる。
魔王様の対処が的確だと判っていても、個人的な感情は別。ルドルフからしたら『兄のような友人が、自分を庇って負傷した』という事実が、重く圧し掛かる。
特にルドルフは、これまで自分を守って死んでいった人達のことを忘れていない。……『一度経験したことは忘れない』という特技があるので、こんな時は悪い方にその特技が作用してしまう。
ずっと傍に居たセイルがそれを知らないはずはないので、今回はルドルフの傍を離れずにいるのだろう。いつもならば、騎士寮に顔くらい出すだろうからね。
「まあ、こうやってルドルフを訪ねられるのは良い機会でもあるのよね。魔王様から説明されたみたいだから、これから渡す魔道具の黙秘にも納得してくれるでしょう」
「……。そう、ですね。言い方は悪いですが、このような出来事があったからこそ、ルドルフ様も貴女達の抱いた危惧に納得されるかと。ただ、ミヅキがあの魔道具を所持しないことには難色を示すかもしれません」
アルの心配、ごもっとも。確かに、私があの魔道具を持たないことには納得しないかもしれない。
それに加え、アルから見てもルドルフは魔王様に懐いている――仲の良い、年上の友人という意味で――ので、今回の一件を『仕方のないこと』で済ませられるとは思っていない模様。
ですよねー! 私だってそう思うもの。
しかも、ルドルフは当事者といえども隣国の人間。私や騎士寮面子のように『復讐だ!』という方向に動くことはできまい。あくまでも主体となって動くのは、イルフェナなのだから。
そんな状況で、落ち込むなという方が無理だろう。私のように身軽に動けないことも含め、精神的な負担はどれほどのものか。
今回、ルドルフは最悪な形で王族として在る危険性――命の保障なんてない立場であること――を突き付けられたのだ……私に対して同じような恐怖を抱いても不思議はない。『失うのが怖い』と。
寧ろ、日頃の私の言動を知っているからこそ、今更ながらにそれを思い知らされた可能性もある。いくら私が『玩具で楽しく遊ぶ』と言っていようとも、その実態は『負けた方が(様々な意味で)退場確実な潰し合い』。常に、その危険はあったのだから。
「あ〜……まあね。だけど、これはグレンやウィル様にも納得してもらったから、変える気はないよ。私が持っていたら、隠す意味がないじゃない。宣伝して回るようなものでしょ」
「ですよね」
「魔王様でさえ、納得したことなのよ。『最善のためには、どうしようもない』って、ルドルフも判るでしょ。そこで個人的な感情を優先するほど、ルドルフは愚かじゃない。納得するでしょう……『王』として」
「……」
「黙るな、アル。他に選択肢がなかったとはいえ、ルドルフは自ら王になることを『選んだ』。私は親友の選択を支持するし、ルドルフだってそれに伴う言動に納得するよ。難色を示しても、それは少しだけ不安になっているせい。それでいいじゃない」
憂いを見せるアルとて、私の意思を支持している。何より、彼の主たる魔王様がすでに納得している以上、それに反することはない。
そう、納得しているのだろうが……アルは私以上にルドルフの過去を知っている。ルドルフやゼブレストの未来を憂い、見守ってきたのは魔王様だけでなく、アル達も同じ。
そんな過去があるせいか、アル達は少々、ルドルフに甘い一面があった。これは魔王様の意向というだけではなく、アル達自身の意思でもあるのだろう。何だかんだ言って面倒見の良い皆様なのだ、騎士寮面子。
やがてアルは溜息を吐くと、肩を竦めて苦笑した。
「いけませんね。私も此度のエルの負傷を受け、少々、動揺していたようです。ルドルフ様のお気持ちが判るだけに、どうにも甘い考えになってしまったようです」
「仕方ないんじゃない? ルドルフも、アルも、私みたいに『いざとなったら、個人として動く!』ってことができないんだから」
多分、それが一番大きな違いだろう。私と違って柵が多いからこそ、『もしもの事態』に対する不安が強い。
『自由に動ける』ということは、『最も危険な立場であること』とほぼイコールだ。柵がない分、守りとて少ない。
その立場にある私自身が『この魔道具は残さないし、私も持たない』と言っているので、魔王様達の心配も当然なのですよ。
そこに魔王様の襲撃&負傷というアクシデント発生。軽傷で済んだのは、あの魔道具があったから。
私に対し、無駄に不安を煽ることになってしまったわけですね!
そして……『魔王様の負傷』という事態は、私の最大の守りが一時的に消えたこととイコールでもあった。
「……ミヅキ。少々、不快な思いをさせるかもしれません」
こそっと呟くなり、アルは僅かに私を庇うような位置――あからさまに背に庇ったわけではない――に立つ。一瞬だけ浮かべた表情は苛立ちを露にしており、そんな表情をさせた対象への感情が見て取れる。
やがて間を置かず、私達に近づいてくる人の姿があった。アルはそれが誰か判っていたようだが、私はそこまでこの国の貴族に詳しくない。見えてきた姿へと、やや警戒しながらも視線を向ける。
人数は……二人。一人は人の良さそうな壮年の男性、もう一人は……彼の息子、だろうか? ただ、容姿こそ似ているけれど、息子さん? の方はあまり貴族っぽくはない。姿というより、纏う雰囲気が。
「ご無沙汰しております、アルスター侯爵。ご子息もご一緒とは、珍しいですね」
「アルジェント殿も息災なようで何よりだ。まあ、騎士としては忙しいようだがね」
「お気遣い、痛み入ります」
穏やかに言葉を交わす二人を観察しつつも、私は内心、首を傾げた。アルに媚びを売るようなことも、敵意を見せることもない割に、アルの対応が冷ややかなのだ。
勿論、アルはいつもの笑みを浮かべて穏やかに対応している。それでもレックバリ侯爵に対するような気安さというか、親しみが感じられない。まあ、向こうもそれは感じているだろうけど。
やがてアルスター侯爵は私に視線を向けると、意味ありげに笑みを深めた。
「その子が噂の魔導師ですか。異世界人ながら魔導師になるとは、努力家ですな」
「ありがとうございます。ですが、私は『魔導師になるしかなかった』のであって、初めから魔導師を目指したわけではありませんよ?」
「ほう?」
「言語の自動翻訳の弊害で、正しい発音ができないのです。安全性を考えたら、この世界の魔法の方が遥かに優秀でしょうね」
色々と突っ込まれる前に予防線を張れば、アルスター侯爵も私に警戒されたことを察したのか、それ以上は突いてこなかった。……が、不意に隣に視線を向ける。
「これは私の息子の一人なのですが、魔術師でしてね。貴女に非常に興味を持っているのですよ」
「あら、私ではなく魔導師への興味でしょうに」
笑顔でスパッと切り捨てるも、アルスター侯爵は全く悪びれない。対して、息子さんは好奇心も露に私へ視線を向けている。なんて言うか……非常に『魔術師らしい人』みたい。貴族特有の、嫌味っぽい視線とか態度はないんだけどね。
「ふふ、取り繕う手間がないのは好印象ですよ。ですが……息子と親交を深めるのは、貴女にとっても悪い話ではないでしょう? お互い、魔法に魅せられた者同士なのです。仲良くしてやってはくださいませんか?」
「あ、あの! 貴女の噂は聞き及んでおります! 異世界人だからと蔑む気はありませんし、身分も気にしません。ここでお会いできたのも何かの縁ですし、友人となってはいただけませんか!?」
落ち着いている父親に比べ、息子さんは少々、興奮気味だ。そんな姿は、出会った当初の黒騎士達を思い起こさせる。
あれです、『【世界の災厄】と言われる魔導師!? 是非とも、新たな知識を得たい! 話したい!』という気持ちが駄々漏れの、好奇心一杯な姿。悪意がないので、傍から見れば非常に微笑ましい一幕だろう。
……が。
私はそれにわざわざ付き合ってあげるほど優しい性格をしていないし、面倒見も良くないわけで。
「お断りします。多分、話どころか性格も合いませんし」
(意訳)『面倒だから、ヤダ』
さくっと断ってみた。まさか断られると思っていなかったのか、息子さんは驚いた顔をしたまま硬直している。魔導師の拒絶を受け、ショックだった模様。
……いや、それだけじゃないな。彼がこの場を去らないのは、一瞬だけ視線を鋭くしたアルスター侯爵が居るからだ。即座に反論がないのも、事前に受けた侯爵からの指示だろう。
年齢的なこともあるだろうが、息子さんは魔術師(=研究職)だ。素直そうな性格みたいだし、駆け引きとか言葉遊びといったものが苦手でも不思議はない。
「ふむ、理由をお聞きしても宜しいかな?」
「息子さんは良くも、悪くも、『魔術師らしい方』だからですよ」
「……。説明していただいても?」
意味が判らないのか、暫しの間があった。だが、アルスター侯爵はそれで逃がしてくれる気はないらしい。私はアルに視線を向けると、軽く溜息を吐いて話し出した。
「息子さんは多くの魔術師達同様、魔法に魅せられているのでしょう? ただ、私はそれだけではない。確かに、魔法は楽しいですよ? ですが、私にとって魔法は時に『手段』であり、『手持ちのカード』なのですよ。ですから、純粋に魔法が好きな息子さんとは方向性が違うのです」
息子さんは十代後半くらいの歳に見える。それもあって、私の目には物凄く純粋というか、好奇心旺盛な少年に映っていた。
これは彼が研究資金に困らない魔術師ということもあるのだろう。甘やかされているとは思わないが、私のように『魔法を使うことは、この世界で生きるために必須だった』という事情があるわけではあるまい。
勿論、私も魔法を使いたい一心で魔導師になったけれど……生活やら、自衛の意味もあったのよね。武器を一切使えない以上、選択肢は物凄〜く限られていたのだから。
現に、魔王様は私へのお迎えにアル『達』を寄越している。複数なのよ、個人に非ず! 私の監視という意味もあっただろうが、それ以上に守りという意味が強かった。騎士寮への隔離とて、守りの一環だろう。
……で? それに馴染んだ私や、裏工作上等な黒騎士達が、純粋に魔法の開発に勤しんだとでも?
答えは『否』だ。黒騎士達とて、仕事優先。あの騎士寮に暮らす黒騎士達は確かに魔術師ではあるけれど、それ以上に『魔王様の配下』。やりたいことだけをやっているお坊ちゃんでは、根本的に方向性が違う気がする。
だからね、アルスター侯爵様?
「貴方が野心家なのかは判りませんが……私やクラウス達への接点に息子さんを使うのは間違っていると思いますよ?」
「!?」
「え? 父上?」
困った人ね! とばかりに暴露すれば、アルスター侯爵は表情を消す。息子さんは私の言葉に驚いたのか、驚愕の表情で父親をガン見。そんな息子さんの姿に、ちょっとばかり心が痛む。
ちらりと視線をアルに向けると、苦笑しながらも『よくできました』とでも言うように頷いていた。……私の予想は正解だったらしい。
すまんな、少年。君の父上は私や騎士寮面子との接点作りが目当てだったんだ。
ここは素直に、私の言葉に従ってはくれんかね?
「……アルジェント殿、ですかな?」
「いいえ、私はミヅキに何も告げていません。ただ、貴方の姿を見た時、ほんの少しだけ警戒してみせただけです」
嘘ではない。ただ、私にとってはそれで十分だっただけなのだ。ぶっちゃけ、これまでの経験の賜です。
アルはずっと黙っていたし、これまで会話に口を挟んでは来なかった。アルスター侯爵もそれが判っているのか、アルを敵に回したくはないのか、それ以上の追及はしてこない。
だが、素直に諦める気もなかったらしい。
「やれやれ、手強く成長したものだ。ですが……この国で味方を作っておくことは、貴女にとっても有益だと思いますよ? それらは貴女だけでなく、エルシュオン殿下の力となるでしょうからな」
「ちょっと、父上! 失礼ですよ!」
「お前は黙っていろ。好きな生き方をさせてやる分、必要な時には役に立てと言ったはずだ」
「……っ」
悔しそうに俯く息子さん。なるほど、ただ好きな生き方を許されているわけではなく、条件付きでの自由だったのかい。
そういった条件があろうとも、アルスター侯爵を酷い親だとは思わない。貴族なんて、政略結婚に子供を使う階級じゃないか。それに比べれば、自由が約束されている方だろう。
そもそも、ここはイルフェナ――『立場に見合った実力が要求される国』。そんな国で侯爵の地位に就いている以上、それなりに残酷な一面だって持っていなければなるまい。
その結果が、魔術師である息子の利用。庶民上がりの魔導師がうっかり絆されてくれれば、息子を接点に繋がりができる、と。
勿論、私にもちゃんと『この国で味方ができる』という利を示している。ただ、アルスター侯爵はそれをより効果的に見せるため、魔王様が襲撃された『今』を利用しているのだ。
こういった事態こそ、魔王様が日頃から防いでくれていたものの一つなのだろう。私に擦り寄る声が全く届かないのは、過保護な親猫が自分の所で止めていてくれたお蔭なのだから。
その親猫が寝込んだ以上、仕掛けようとしてくる奴がいるのも当然だ。騎士寮面子も襲撃に対する失態で、半数以上が謹慎させられているからね。待ちに待った好機、というわけだ。
本来は魔王様の傍を離れないアルが付き合ってくれたのも、こういった事態を予想したからなのだろう。謹慎を免れている上、公爵子息であるアルが傍に居るならば、守りとしては十分だろうしね。
それを見越していながら、仕掛けてきたのがアルスター侯爵。魔術師の息子には悪意や野心が皆無なので、小道具として使えるとでも思ったか。
でもね、侯爵様? 私、貴方の息子さんはともかく、貴方は嫌い。
さっき貴方は、私のプライドを踏み躙ることを言いやがったんですがねぇ……?
(先ほどのアルスター侯爵の発言)
『この国で味方を作っておくことは、貴女にとっても有益だと思いますよ? それらは貴女だけでなく、エルシュオン殿下の力となるでしょうからな』
(私的解釈)
『お前だけでは力不足だろ、この庶民が! お前如きが殿下の役に立てると、本気で思ってるのか?』
……。
ええ、悪意ある方向に捉え過ぎである(かもしれない)ことは自覚していますとも。でもね、私は毎回、こう言っているのですよ……『私は超できる子』『必ず結果を出す』と!
そうか、そうか! これまでの功績じゃ、魔王様の配下を名乗るのも烏滸がましいか!
ごめんなさいね? ここが『実力者の国』だって言われていることを甘く見てたみたい。
いくら功績を積み重ねようとも、所詮は他国のこと。この国にとっては他人事ですよね、ひ・と・ご・と! 日頃から魔王様の庇護下に居る姿が目撃されまくっている以上、そりゃ、頼りなく映ることだろう!
これは確かに、私が悪い。ならば、それを教えてくれたアルスター侯爵にはお礼を兼ね、実力(意訳)を見せなければね?
「ええと、その……ミヅキ? 何か別方向に考えていませんか……?」
目が据わった私に気付いたアルが顔を引き攣らせるけど、そこは綺麗にスルーする。大丈夫! 魔王様を困らせるような展開にはしないから!
伊達に『魔王殿下の黒猫』と呼ばれていないことを証明し、見事『単独で十分、魔王様の配下と認められる』と証明してみせますわっ!
……。
覚悟しやがれ、クソ侯爵が。この状況でふざけた真似をしたこと、後悔させてやらぁ!