軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幸せな人生とは 其の二

『とある王子の思い出と独白』(エルシュオン視点)

――『お労しい』

――『お可哀想に』

そういった言葉に慣れたのは何時だったろうか。

私が生まれながらに持っている高い魔力。その影響により、無意識ながらに周囲に与えてしまう威圧。

意味も判らず脅えられる日々の理由を知った時――私が抱いた感情は……『諦め』だった。

『人は誰しも、多少なりとも魔力を持っています。そのせいか、殿下の高過ぎる魔力を無自覚に脅威と認識し、恐れてしまうのですよ』

告げられた理由は、私自身にはどうしようもないものであって。

私に対して脅える人達にとっても、どうしようもないものであったから。

だから……誰かを恨むことはなかった。『誰にとってもどうしようもないこと』であり、『努力でどうにかなるものではない』のだから。

……だけど。

だけど、私が『諦めた』のは、『威圧、もしくはその影響をどうにかすること』だった。

私がそう思うことができたのは、幼馴染であるアルジェントとクラウスのお蔭だろう。彼らにも威圧は感じ取れただろうに、二人は私の傍を離れることをしなかったのだから。

幼いながらに平静を装っていたのか、私に悟らせることだけはしなかったのかは判らない。だが、それでも『傍に居ることは不可能ではない』と、幼い二人は証明してみせたのだ。

『私達が【仕えたい】と思ったのはエルです』

『知り合う機会がないだけで、そう思うのは俺達だけじゃない』

二人はただ傍に居たわけではなかった。将来的に忠誠を誓うと……その未来さえも捧げてみせると言い切ってくれた。その言葉に、どれほど救われたか判らない。

そうは言っても、二人とも高位貴族の子息であり、所謂、有望株と言われる存在であって。

将来的に婿入りが可能――彼らは揃って三男なので、政略結婚の駒に成り得る――なこともあり、私を恐れる者達から『色々』と言われていたようだ。

勿論、それは『貴方達の将来を案じて』という建前によって固められたものばかりではないだろう。本当に、彼らを案じての言葉もあったはずだ。

……家柄も良く、将来有望な二人が私を主に選べば、苦労することなど判りきっている。彼らがその人生を潰さないため――こういった言い方もどうかと思うが、事実だと思う――の『忠告』。王族は私一人ではないのだから。

二人は私の前でそういったことを一切口にしなかったが、自然と私の耳にも入って来る。正論と思い、私も彼らにそう勧めると、返って来たのは……『怒り』だった。

『一体、どなたがエルにそのようなことを吹き込んだのでしょう?』

『自分達が有望株と称する【公爵子息】に、嫌われる覚悟があったようだな』

『クラウス、それ以前の問題ですよ。王族であるエルに対し、そのようなことを言うのですから』

『それもそうだな。そいつらこそ、何様のつもりだ』

……一つ言い訳をさせてもらうなら、私は決して告げ口をしたわけではない。

なのに、何〜故〜か二人揃って、そのような言葉を口にする者達へと怒りを燃やしたのだ。ま、まあ、平然とそういったことを口にするあたり、それが事実であったとしても、王族に対する不敬ではあるのだけど。

その後、彼らは『将来有望な才覚を持つだけでなく、プライドも高い公爵子息だった(意訳)』と証明してみせた。私に対する周囲の認識が変わったわけではないが、平然と口にする者は居なくなったので、まあそういうことなのだろう。

結果として、彼らは私の同類――『怒らせたらヤバい』的なもの――のような認識をされるに至り。『幼くとも、彼らは【実力者の国】と言われるイルフェナの高位貴族なのだ』と、周囲に知らしめる結果となった。

ここはイルフェナ、通称『実力者の国』。

幼かろうとも、実家込みの実力があれば『それなりのこと』はできてしまう。

一体、裏で何をしたのか非常に気になるところだが、二人がそれを語ることはない。成長した彼らの性格を見る限り、それはそれは容赦なくえげつないことをしたのだろうが、当時の私は二人を案じるだけだった。

自分のことだけで手一杯だった当時の私に、被害者達――多分、この言い方で合っている――を思い遣る余裕などなかったことも被害を拡大させた一因だろう。

……。

すまない。当時の私は本当に、善意で二人に告げただけだったんだ。

よく考えれば、私に付き合っていけるような幼馴染達が『普通』であるはずがない。威圧のこともあるが、二人は私を『己が主』と口にしていたじゃないか。

そんな言葉を口にする以上、二人はすでに覚悟が決まっていたということ。寧ろ、彼らの覚悟を軽く捉えていた私の方に非があるだろう。

子供だろうとも、彼らは将来の主たる私への悪意を蹴散らしてみせたのだ。『それが当然』と言わんばかりに!

善意で二人へと忠告していた者達はそんな姿を見て、彼らへの口出しを止めたに違いない。それは勿論、彼らの誠実さや忠誠を疑う行為を恥じた……というだけではなく。

シャルリーヌ曰く『【色々と】諦めたのでは?』だそうだ。

『私はあの子達を応援致しますわ。殿下ならば、あの子達の良き飼い主になってくれると思いますもの』

『いくら優秀でも、己が道を遮るだけで牙を剥く犬など、危険極まりない存在ですわ。愚かな方達は手を噛まれて、初めて気付いたのでしょうね』

『懐く方がいらっしゃるなら、その方に面倒を見てもらえば宜しいのです。主と認めているならば、凶暴な犬だろうとも良く言うことを聞くでしょう?』

『私としては、結構な駄犬だと思うのですが……殿下、どうか宜しくお願い致しますわ』

まだ成人前だったシャルリーヌは、ころころと笑いながらもそう言い切った。……弟達を駄犬扱いすることも凄いが、仮にも王族である私へと丸投げする彼女も相当だ。

後に『猛毒令嬢』だの、『毒夫婦の片割れ』などと言われる彼女の『あの』性格は、この頃から大いに発揮されていたのだろう。貶しているのか、認めているのか判らない微妙な表現は、今なお健在である。

今にして思えば、シャルリーヌは私を弟のように可愛がってくれていた一人……アル達に対し、『よくやった!』と褒めてやりたい心境だったのだろう。

ただ、それを表立って口にするのは憚られたため、『扱える方に、世話を丸投げしては?』と言うに留めたのだと思う。……。た、多分。

だが、そこは未来の猛毒令嬢……いや、『実力者の国の公爵令嬢』シャルリーヌであって。当然、それだけで終わるはずもなく。

うっそりと笑うと、探るような……けれど、どこか真剣な目をして続けた。

『あの子達を狂犬にするも、忠犬にするも、主たる殿下次第でございます』

『弱ければ、淘汰されるのみ。それは我が国だけではなく、自然の摂理ですのよ』

『あの子達が捧げる剣が恥となるか、誉となるかは主次第。ただ守られるばかりでは、他者に認められることなどあり得ませんわ』

厳しい言葉は、弟であるアル達のことを気にかけてのもの。そして、それ以上に私への忠告だった。『いつまで周囲に目を向けないつもりだ』と!

私が立ち止まっている間も、周りは常に変化していた。それはアル達が『ただの幼馴染』から、『私の配下』へと己が立ち位置を定めたことも含まれる。突き付けられて、私は初めてそれを自覚した。

恥ずかしながら……本当に情けないことながら、私はシャルリーヌの言葉に目が覚める気持ちだった。

それまでは『私が何を言われても仕方がない』と思い込んでおり、アル達を気遣ったのも『私に巻き込まれることはない』という想いから。

主と言ってもらった私自身が、彼らの忠誠と覚悟を否定したのだ。これでは二人に怒られ、シャルリーヌに呆れられても仕方がない。善意で二人の将来を案じる者とて、出るだろう。

要は、私自身の覚悟が決まっていなかっただけのこと。

自覚してからは、私自身がよりいっそうの努力をすることが全てとなった。言い換えれば、『それしか道がない』。

彼らの主となる未来、そしてこの国の王族としての未来。その双方を叶えるためには、他の道を歩むことを考えるべきではない。いや、それ以外の道など潰すべきなのだ。

成人前だからこそ見逃されている状況に甘んじたままでは、いつか私自身が周囲の声に潰される。魔力による威圧が原因で外交がろくにできない以上、それ以外の面で認められねば『王族として在る意味がない』。

厳しいようだが、アル達の主としての道を選択した以上、それが最低条件だった。(使い方はともかくとして)才能溢れる彼らを腐らせないためには、私自身が表舞台に立てるようでなければ。

私が欲しいのは『友』であり、『信頼できる配下』であり、『共に堕ちる道連れ』ではない。

どんな道であろうとも二人は付いて来てくれるだろうが、私は彼らに恥じない立場でありたい。

そんな想いがあったからこそ、二人が私の傍を離れても努力し続けられたのだと思う。

アル達が騎士としての道を選んでいる以上、当然、何年かは私の傍を離れなければならない。それは騎士となるために必要なことであり、アル達も素直に受け入れただろう。

――だが、私の覚悟が決まっているのといないのとでは、状況が全く異なってくる。

二人が離れたことを幸いとばかりに、私に再び悪意を向けてくる者達とて居たのだ。アル達がそれを察していないとは思えず、常に彼らに心配をかけてしまっただろう。

そして……それはアル達だけではなかった。

『ねぇ、エル。もしも貴方がこの状況に耐えられないなら、家を興して、どこかの領主になるという未来もあるのよ』

たった一度。本当に一度だけ、王妃である母から言われた言葉。

本来ならば、王妃が口にしてはいけないことだったはずだ。それでも母は私を案じ、自分が全ての責任を負う覚悟でそう提示してくれた。

もしも私がそれで揺らぐような態度を見せれば、その後も選択肢の一つとして残されたのかもしれない。だが、私は即座に首を振って否定した。……否定『できた』。

『いずれ、アルとクラウスが傍に来てくれるので、私は王族としてここに居ます』

笑みさえ浮かべて告げることができたのは、『傍に居る』と言ってくれた者達が居たから。それ以上に、彼らの主として相応しく在ろうとした私自身の努力があったからだろう。

母は安堵の笑みを浮かべると、そのまま話を終わらせた。そして二度と、その話題を口にすることはなかった。母なりに納得した、ということだろう。

それからも色々とあって、アル達は私の傍に居る。彼らだけではなく、私を主に選ぶと言ってくれた者達も共に。

そして現在――私達の仲間には、異世界産の黒猫が加わった。

「で、この魔道具を借りたんですよ。凄く微笑ましい猫の親子の映像なんですって」

「へぇ……近衛達からも勧められた、ねぇ?」

好奇心を隠しもせず、魔道具を操作するのはミヅキ。アルとクラウスも話には聞いていたらしく、私達の背後から興味深そうに見守っている。

なお、ここは私の執務室である。間違っても、遊戯室などではない。

それをぶち壊したのが、唐突にやって来たミヅキだった。『クラレンスさんから【エルシュオン殿下達と見ては?】って、お勧めされました!』という言葉と共に、手にした魔道具を見せたのだ。

『クラレンスのお勧め』という言葉に、危機感を抱いたのは私だけではないだろう。単なる猫の映像如きを、『あの』クラレンスが勧めるなど……正直、想像がつかないのだ。

ぶっちゃけると、怖い。『確かに、拷問シーンとか言われた方が納得できますよね』などと、口を滑らせたミヅキは正直過ぎると思うが。

そして始まった猫の映像は……意外にも、普通に微笑ましく思えるものだった。

「これ、親の方は貴族の飼い猫だと思うけど……子猫の方は何か違うね?」

「えーとですね、元々飼われていたのは成猫の方だけで、子猫の方は雨の日に、その猫に回収されてきたんだそうです」

「回収……」

「雨音もあって、人間は気にしなかったらしいんですが、猫の方は鳴き声に気付いたみたいです。外に出せと暴れ、戻って来た時には子猫を銜えていたそうですよ」

何とも優しい猫である。わざわざ雨が降る中を探し回り、子猫を保護してくるなんて。

映像に目を向けると、茶色の猫が同じような色合いの子猫の毛繕いをしている。パッと見は親子に見えなくもない。

「母猫はどうしたんだい? これくらいの大きさなら、親や兄弟が傍に居るものだと思うけど」

不思議に思って尋ねると、ミヅキは困ったような顔になった。

「庭を探したらしいんですが、この子一匹だけだったんですって。その後、母猫が戻る気配もなし。多分、間引かれて母猫に置いて行かれたんじゃないかと」

「ああ……。野良ならば、そういうことも珍しくはないからね」

非情と思うよりも、納得してしまう。まともに育つか判らない弱い子を捨て、強い子のみを育てるなんて、人間でもあることなのだから。

寧ろ、私も選択を誤ればどこかでひっそりと暮らす『弱い子』になっただろう。目立たなければ危害を加えられることはないが、存在さえも忘れ去られるような……そんな存在に。

思わず暗い思考になりかけた私を現実に引き戻したのは、アル達のどこか楽しげな声だった。

「身に覚えのある光景だと思いませんか? ねえ、エル?」

「そうだな、俺達にとっては馴染みのある姿だ」

にやにやとした笑みに、再度、映像へと視線を戻す。映像の中で子猫は親猫に叱られたのか、前足で叩かれていた。まあ、それでも軽く叩いていることが判るので、虐めているのではなく、子猫を躾けているのだろう。

ついつい、隣に座っているうちの馬鹿猫へと視線が向くのも、仕方がないことだと思う。

……ミヅキ。君が抗議する姿、映像の中の子猫にそっくり。きゃんきゃん喚くところとか、実によく似ている。

なるほど、私達を猫親子と称した者達は良く見ている。確かに、子猫の抗議はミヅキが喚く姿に重なって――

「その成猫は『雄猫』だそうですよ」

「え゛」

「名前は奇しくも『エル』なんだと。ちなみに、ある近衛の実家で飼われている。子猫は『ミヅキ』と命名したらしい」

「ほう」

ジトッとした目を向けるも、二人は楽しげにするばかり。対して、ミヅキは何も知らなかったらしく、「わぁ、偶然!」とはしゃいでいる。

ミヅキ? 君、賢いんだから、子猫の名前が自分から取られたって気付こうよ? 『エル』の方は本当に偶然だろうけど、子猫の方は明らかに君を意識した名前だろう!?

「エル、そう怒るな。これだけ見れば、ただの愛猫自慢じゃないか。まあ……この映像を見た後、お前達を知っている奴らは一様にこう思うらしいぞ? 『この遣り取り、どこかで見た』と」

「な!?」

「見慣れた光景ですからねぇ。貴方達との類似点に気付くなり、何故かこの映像が多くの人へと回されたそうで。『猫親子』として認識されるのが早かったのも、これのお蔭らしいですよ?」

つまり、この映像を意図して流出させた『誰か』の思惑通り、私達は微笑ましい生き物として認識されたわけだ。私でさえ『似ている』と思うくらいなので、印象操作はたやすかったことだろう。

「まったく……!」

呆れていいのか、気恥しいのか、よく判らない。ただ、自分が知らない間に行なわれた裏工作――これも裏工作に該当するだろう――に感謝する気持ちも当然、ある。

これは間違いなく、私とミヅキへの好意から行われたものだろうから。私が自覚する以上に、私達は好意を向けてもらえていたらしい。

「失礼な! 誰が愛玩動物だ」

人としてのプライドがあったらしく、ミヅキが憤慨した声を上げる。

「私は獲物を狩って来るし、お手と待てができますよ!」

……人としてのプライドはどうした、馬鹿猫。君は仮にも魔導師であるはずなんだが。

「憤るのはそこなのかい、ミヅキ……」

「重要なのはそこだと思う。役に立つもの、私」

「自分で言わないの!」

ペシッと叩けば、ジトッとした目を向けてくる。そんな私達を見て、アルとクラウスがとうとう笑い声を上げた。

「ははっ! 本当にそっくりですね、貴方達は!」

「この映像の使い方に気付いた奴は、実に有能だな。くく……いいじゃないか、人間版猫親子で」

「君達ねぇ……!」

呆れてみせるも、アル達にはきっとそれが振りだとバレている。共に過ごした時間が長いからこそ、こんな一時にずっと憧れていたことくらい、お見通しのはずだ。

『くだらない話題で笑い合う、仲間達との一時』。それは私にとってはとても難しく、何年もの辛い時間と努力の果てに得ることができたものだった。

だから……『今』があるためにしてきた努力を自覚しているからこそ、こう言えるのだろう。

――その全てをもって、『幸せな人生』であると。