作品タイトル不明
気付いてしまったこと
――アロガンシア公爵家・リーリエの自室にて(リーリエ視点)
夜会から屋敷に戻った後、私は自分の部屋に引き籠もった。
誰にも会いたくない……いいえ、『恐ろしくて会えない』。遠巻きに見る貴族達の視線も恐ろしかったけれど、今は……『使用人が本当に私達の味方なのかさえ、判らなくなってしまったから』。
あの魔導師に言われただけならば、まだ大して気にしなかったのかもしれない。
だけど……
『さあ、な』
陛下の表情とその言葉が……『その可能性もある』と匂わせていた。
恐怖で顔が強張ったのは、『子が産めないかもしれない』と匂わされたことだけが原因ではない。『ずっと、陛下の掌で踊っていたかもしれない』と気付いたから。
私でさえ、陛下のお言葉が真実かもしれないと思うのだ。部外者、そしてあの会話を聞いていた貴族達はどう思ったというのか……!
何より、奇妙なのは『害悪だが、此度のことでは処罰されない』ということ。
「どういうこと、なの……?」
確かに、アルベルダ王は私達の婚約をお許しになった。不快に思っていようとも、それは陛下も認めておられたこと。
私とて、何の考えもなしに好き勝手したわけじゃない。一度でも『王』の許しを得てしまえば、それがまかり通ると判っていたからこそ、わざわざアルベルダ王に許しを得たのだから。
『処罰されない』のではなく、『処罰できない』。それが正しいのでしょう。
私を排除しようにも、外聞や勢力図を考える限り、できないに違いない。第二王子の後ろ盾の醜聞はただでさえ、好ましくないのだから。
特に、第二王子はキヴェラの王太子になることがほぼ確定しているはず。新たな後ろ盾を見つけるにしても、即決まることはないでしょう。
そして、おかしなことはまだあった。
キヴェラとイルフェナの共同事業として伝えられた、絵本の普及。それを素直に信じる者はいなかったでしょうね。あまりにも突然過ぎるもの。
何より、偶然とは思えないことがもう一つ。それが『絵本の内容』だった。
絵本の内容はまさに、私とリュゼ様……いいえ、私がアルベルダで仕出かしたことが発端となって起こった『実話』。
多少の脚色はされていようとも、リュゼ様の元婚約者を主役としたものだったのだから!
これが私達を悪者にした話ならば、抗議の一つや二つできたでしょう。何せ、私達は『アルベルダ王に許されている』のだから。
私達を悪者にするならば、それを許したアルベルダ王も同罪ということになってしまうもの。
だけど、そうはならなかった。
あくまでも、物語は『婚姻直前、婚約者に裏切られた薔薇姫の優しさ』を謳ったものであり、元凶である私達は添え物程度。
抗議しようにも、物語にはよくある展開の一つとされ、下手に突けば『実話とでも言いたいのか』と噂されてしまう。
そうなってしまえば、最悪だわ。物語として脚色された内容さえ、事実のように思われてしまうじゃない!
それを見越して、『薔薇姫の物語』は作られているのでしょう。
私達が抗議しても、しなくても、疑惑に満ちた目が向けられるように、と……!
それが誰の策なのかは、言うまでもない。陛下も勿論関わっているでしょうけど、発端は陛下ではないはず。
そもそも、陛下に一連のことの提案を行なった人物がいなければ、陛下は今もアルベルダでの騒動をご存知なかったかもしれない。
そう、私達が貶められるように画策した者――
「あの、魔導師……」
思い出すのは、魔導師と名乗った女性。夜会での遣り取りといい、彼女の策に違いないでしょう。
ああ……何て忌々しい! あんな……あんな異世界人如きに、してやられるなんて……!
悔しさと怒りゆえか、涙が滲む。だけど……そんな感情が長くもたないことも、私には理解できていた。
認めたくはないけれど、私は……あの魔導師が恐ろしい。
ルーカスお兄様に厳しい言葉を向けられた時も、サロヴァーラの騎士に抗議された時も、あの魔導師が関わった途端、私に不利な方へと話が向いてしまった。
あれこそが、『言葉遊びが得意』と言わしめる要素なのでしょう。次々に紡がれる言葉に大した意味がなくとも、最終的にはあの魔導師の望んだ結果へと誘導されてしまうのだから。
それに抗う術が……私には、ない。
あの魔導師にとって、身分などというものは不要なのでしょう。いえ、『身分は自分の協力者が持っていればいい』だけ。
今回はそれがあの守護役達であり、陛下だった。私は『身分のない異世界人』という餌に釣られ、数々の言質を取られるに至ったのだ。
「反論しても、言い訳をしても、罪を認めて謝罪しても、通じない……かわされてしまう! どうしたらいいの……私は、どうすれば良かったの……」
怒りと悔しさ、そして……それ以上の恐怖。だが、あの魔導師はこの国の人間ではない。今回のような場合はともかく、『今後』は何もできないはず。
ならば。
ならば、私がこれから恐れる者は……本当の意味での主犯、そして私の今後を握っている方は。
「……ま、まさ、か」
ふと浮かんだ、一つの可能性。だけど、それは決して救いなどではなく、今以上に状況が悪化する可能性を示唆するものであって。
気のせいと思い込むこともできず、体が震えてくる。怒りではなく、それは恐怖からのもの。
「私が一番怒らせたのは……『誰』なの?」
魔導師だけが相手ならば、彼女がこの国を去れば安心できた。私のことを疎む者はこの国に沢山いるけれど、陛下がお許しになられているのならば、私に手は出せない。
だけど、陛下がそれを許してしまったら?
私に向けられる悪意を、陛下が見て見ぬ振りをしたならば――
これまで私が見下してきた者達だって、陛下がそれをお望みならば、嬉々として報復に興じるでしょう。
私は今後、これまでのように身分や血筋を盾にすることができなくなる。その時、私はどうやって向けられる悪意から自分を守ったらいいの?
この国の全てが、敵に回るかもしれない恐怖に身が竦む。
あの騎士のように、忠誠心のままに排除に動く者が出るのかもしれない。
「あ……ああああああっ……!」
あまりの恐怖ゆえに流れる涙、そして口を吐く嘆きの声。これからを想い慟哭すれども、全ては遅い……気付くのが遅過ぎた。
今更ながらに、私は自分のしてきたことの拙さを理解した。唐突に、理解できてしまった!
王家は私に手出しできないと思っていたけれど、それはあくまでも『陛下が見逃しているに過ぎなかった』だけ。勿論、許されていたわけではない。
淡々とした対応をして見せることで増長させ、私に非が積み上がるのを待っていたのだ。見限ることを決めた暁には、取り返しのつかないことになっているように、と。
私はそれに気付いてしまった。ゆえに、私はあの魔導師よりも陛下が恐ろしくて仕方がない。
元王女であるお母様は、私への追及を黙って見ているだけだった。
公爵であるお父様の言葉に、陛下は価値を感じていらっしゃらない。
ずっと諫める言葉を口にしてきた兄弟達には今更、頼れず。
リュゼ様は見切りをつけたのか、私を庇うことさえなくて。
私に味方などいない。嫌でも、判ってしまう。そう判断するだけの要素が多過ぎ、私自身にも心当たりがあり過ぎた。
これから陛下の言葉に従い、絵本の営業とやらに従事したとしても……今後が保証されるかは判らない。陛下からはその後どうなるかなんて、語られなかったのだから。
……。
思い上がった娘、愚か者……私を示す言葉はとても多いのでしょう。陛下が夜会でそう広めてしまった以上、それらを噂されようとも、私には反論する術はない。
それが判っていて、陛下は事を起こしたのだから。何と重い罰であることか……!
もっと愚かであったならば、これらのことに気付かずにいられた。
気付かなければ更に憤り、今度こそ陛下に排除される末路を辿ったはず。
短い生涯の果てに、醜聞塗れの令嬢と言われようとも、死んでしまえば、その声は私には届かない。全てを失う代わりに、私は安息を得たに違いない。
己に降りかかった『不幸』を誰かのせいにして、ただひたすらに自分だけを信じたまま、生涯を終えられたでしょう。
それはとても恐ろしくて身近な、『死』に続く未来。今でも一歩間違えれば辿りかねない、可能性の一つ。
――だけど、その方がまだマシと思えるのはどうしてかしら?
たやすく予想できる未来に恐怖した今となっては、意図してそんな道を選ぶ勇気もないけれど。
これから先……断罪される恐怖を抱えたまま、長い時間をこの国で生きていくことはとても恐ろしく、苦しいものになるに違いない。
助け手も味方もなく、いつまで続くか判らない贖罪の時間。当然、自殺や他国に逃げることなんて認められるはずがない。
何より、それを望んだのは紛れもなく、『処罰はしない』と口にされた陛下。
これこそが私への罰であり、陛下の深いお怒りを示すもの。私は……決して、許されはしないのでしょう。
あんまりな罰に、ただ呆然と涙を流す。王家を……王家の『血』を守り、王族を束ねるこの国の頂点たる存在の苛烈さを思い知って。
『戦狂い』と言われた先代を、力業で退けたのは伊達ではない。王に相応しい才覚だけでなく、父親を追い落とすだけの野心と残酷さを持った人物……それが大国と呼ばれるキヴェラの王。
陛下、私は貴方を見誤っていたのですね。貴方は私の想像よりも遥かに恐ろしく、残酷な方でした。