軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

元凶達の現在 其の一

――キヴェラ・アロガンシア公爵家にて(リーリエ視点)

「もうっ! 折角、キヴェラに戻ってきたのに、屋敷から出てはいけないなんて!」

頬を膨らませて拗ねると、即座に皆が慰めに来てくれる。

「仕方がありませんよ、リーリエ。貴女の婚約者が他国の方だからこそ、大人しくしていなければ。要らぬ疑いを向けられる切っ掛けになってしまいます」

「そうですよ。このような時だからこそ、誰もが茶会さえ自粛しているのです」

「判っているわ。判っているけれど……退屈なのよ!」

「ほら、お菓子はいかがです? 貴女のために取り寄せたのですよ」

見目の良い『お友達』の言葉に、私の機嫌は少しだけ浮上する。私のことを一番に考えてくれる彼らと共に過ごすのは、いつものことながら気分が良い。

けれど、同時にそれが当たり前とも思っている。

だって、私は大国キヴェラの公爵家の令嬢。

公爵夫人たる母は、現王の実妹。所謂、元王女。

王家の血を引き、偉大な王と謳われる現王の姪なのだ。私自身の容姿も相まって、幼い頃から蝶よ花よと愛されてきた。その価値があるのだから、当然でしょう?

兄弟達は良い顔をしなかったけれど、下心がある人もいるのだから、悪いのは私だけじゃない。お互い様のはず。口煩い人達は、そういった状況が羨ましいだけでしょうに。

そもそも、私とその周囲の状況に文句があるならば、自分も同じことをすればいい。そうしないのは、『できない』からでしょう? ……産まれ持った血も、容姿も、人を虜にする話術も持ち合わせないから、『できない』だけ。

羨まれる存在ゆえの悪意ある噂、批難の視線……色々と言われたこともあるけど、そんな人達はお母様達が黙らせてくれた。それで黙るのだから、その程度のことだったのでしょう。

望んでも得られない幸運を私が持つゆえの、つまらない嫉妬。そんな雑音如きに、私が己を揺らがせることはない。

それでも少しだけ嫌な気分になったから、時には皆の居る所で悲しそうな顔をして見せた。それだけで、皆が動いてくれるのよ。『私は』何もしていないわ。

――それでも、思い通りにならない人達もいたけれど。

従兄弟である王子達が揃って私を嫌悪するから、彼らに同調する人達は私に嫌な目を向けていた。自分達だって王族の取り巻きのくせに、私がお友達と一緒に居ることを批難する。

これはお母様にもどうにもならなかったらしく、『王族に逆らってはいけない』と、逆に窘められてしまった。

その時の悔しさといったら! 従弟達が自分以上の存在だと見せつけられ、私の心は屈辱に震えたわ。

『いくら濃い血を継いでいようとも、王族と貴族の間には越えられない壁がある』。私はそう、突き付けられたのだから。

だから……なのかしらね?

アルベルダの王女が諫める声を無視して、あの人に執着したのは。

『あの方は一月後に、婚約者との婚姻を控えております。どうか、キヴェラの公爵家の名に相応しい振る舞いをなさってください』

彼女は言葉を選びながら、それでも私に批難の視線を向けてきた。私がキヴェラ王の姪であることを知っているというのに、毅然とした態度で歯向かってきたのだ。

美しく聡明な王女は、アルベルダにおいて社交界の華と呼ばれる存在だと聞いている。それ故の自信なのか、自国で勝手な真似はさせないという、王族としての矜持なのかは判らないが、あの王女の目に私を恐れる色はなかった。

そのことに気付いた時、私の心に宿ったのは仄かな怒りと……悔しさだった。

王族だから、私に意見をするの?

散々キヴェラの顔色を窺ってきた国のくせに……!

キヴェラで感じた屈辱を再度、あの王女は呼び覚ましたのだ。許せることではない。

だから、彼女の忠告を聞く振りをして、あの騎士を奪った。彼が私を選んだ時に感じたのは、『王族に勝った』という高揚感。彼は自国の王族の言葉よりも、私の手を選んだのだ!

勿論、彼のことも気に入っている。私の相手としては少々、家柄が低いが、顔も能力も申し分ない。

何より、私に勝利をもたらした人物である。『婚約者がいながら、真実の愛を取った』という噂も、私を大いに満足させた。

私は満ち足りた気持ちで、婚約者となった彼を連れ帰った。両親はとても喜んでくれたし、私達の今後には何の憂いもない。

憂いはないはず、だった……。

『少々、ネズミが入り込んでいるらしくてな。すでに、我が手の者が内部調査を始めている。要らぬ疑いを持たれたくなくば、婚約者共々、屋敷に籠もっておれ』

王より伝えられた言葉によって、私達は屋敷に軟禁状態だ。まあ……このタイミングで他国から婚約者を連れ帰った以上、疑われるのも仕方がないだろう。

やましいことなどない両親は即座にそれに頷き、私達が婚約したことのお披露目を延期すると言い出した。それでも家を訪ねてくるお友達には伝えたので、密かに噂にはなっているだろう。

何も……何も問題はない。ほんの少し、婚約者のお披露目が遅れているだけ。

なのに。

「どうして、不安に思うのかしら」

ざわざわと胸を過る感情を、上手く言葉にすることはできない。だが――

「そのように憂い顔をなさらないでください。物語のような恋をした婚約者殿を、自慢なさりたいお気持ちは理解できますが……」

「え? え、ええ、そうなの。折角、キヴェラに帰ってきたのに」

すとん、と胸に言葉が落ちる。『物語のような恋』。そう、そうよ、物語の最後は、皆の祝福と共に幸せになるじゃない。

それがないから、私は不安なのでしょう。思い至れば、とても簡単なこと。『私の物語は未だ、終わっていない』だけ。

「ここで無理を通しても、陛下の機嫌を損ねるだけでしょう。婚約者殿がキヴェラに馴染む時間と考えれば、そう悪いことではありませんよ」

「ええ、そうね。そのとおりだわ。私ったら、焦ってしまったのね」

「ふふ、お可愛らしいことです。すっかり、恋する乙女ですね」

「少々、残念に思ってしまいます。我々も、これまでのように過ごせなくなってしまうのでしょうか……」

「いいえ! 皆は大切なお友達だもの! これまでと同じように、仲良くしてほしいわ」

離れていくことを予感させるような言葉に、慌てて首を振る。ほっとした彼らの表情に、私も胸を撫で下ろした。

私は何も失う気はない。婚約者がいようとも、これまでと変わらぬ日々を過ごすつもりなのだから。この素敵な日々を失うことなど、論外である。

笑みを浮かべれば、同じく微笑み返される。不安がれば、何くれと世話を焼こうとする。彼らの感情も、下心も理解した上で、私は彼らを傍に置いているのだ。……どこまでも私を甘やかす存在として。

「早くキヴェラが落ち着くといいわね」

キヴェラが落ち着けば、私は彼と共に婚約のお披露目を行なうだろう。そこで皆に祝福され、物語の最後を『幸せな恋の成就』で飾るのだ。

その時を想い、私は笑みを浮かべる。『物語の幸せな結末』はもうすぐなのだから。

※※※※※※※※※

その頃、キヴェラのとある場所では――

「籠に押し込められたネズミどもは、自分達こそが隔離されているとは思わんだろうな」

「ですが、訪ねて来る『友人達』を使い、婚約したことを広めているようですが」

「構わん。奴らにこちらの動きがバレねば問題ない」

低く笑うキヴェラ王にとって、この一件の元凶達はその程度の存在だった。王家の血や、第二王子の従姉妹であることこそ厄介であったが、それだけなのだ。今更、余計な気を使う必要もない。

リーリエは『物語の結末に辿り着いていないから、不安になった』。

それはある意味正しく、ある意味では間違いなのである。

不安を感じたのは、『祝福の声があまりにも少なかったから』だろう。だが、王からの通達があったことにより、彼女はその違和感を自分に都合よく解釈してしまった。

これは『現実』。物語のように、上手く事が運ぶはずもない。そもそも、彼女は何の努力もしていないのだ。それゆえに、浅はかさが目立つ。

「物語ではないのだぞ、リーリエ。いや、物語であったとしても、最後まで書かれていなければ、結末を書き換えることが可能なのだ。その『書き換えられた結末』が、お前達が望んでいたものになるとは限らない」

すでに多くの者達が、『彼ら自身が望む結末』に向けて動いている。王家の血や身分だけで推し進めた物語など、いくらでも付け入る隙があるのだ。

そして……動いている者達は誰一人、事の元凶達が幸せになることを望まない。

ここは『現実』。『めでたし、めでたしで終わる物語』が、元凶達にとって幸せな未来とは限らないじゃないか。何より、彼らは一つの勘違いをしているのだ。

元凶達にとっては、『自分達こそが主役』。

だが、物語ではない以上、生ける者達の数だけ物語が存在し、同じ数だけ主役がいる。

元凶達の物語が未だ、幸せな結末とやらを迎えないのは、世間的にはすでに主役が入れ替わっているからである。動いている者達だけではなく、この一件を知る者達の多くはこう言うだろう……『物語の主役は薔薇姫だ』と。

魔導師が主役でもいいのかもしれないが、基本的に魔導師ミヅキは裏方専門。今回とて、表向きに名が出るのは彼女以外であり、ミヅキはお手伝い程度の扱いであった。

これは功績持ちであるミヅキが関わることで、この一件が元凶達を排除するための茶番と思わせないためである。『魔導師』という称号は、人々にとって脅威と映ってしまうのだ。

なお、ミヅキが自己中・外道娘であることは事実なので、災厄呼ばわりも間違ってはいない。

異世界人凶暴種は今回も絶・好・調! お手伝いどころか、主犯であった。

そんな魔導師の暗躍(?)により、全ては薔薇姫こと、元凶達の被害者であるローザを中心に動いているのだ。あちらが主役ならば、リーリエ達の立場は所謂『悪役』であろう。

そして、薔薇姫の物語は現在進行中であった。勿論、『薔薇姫にとって、幸せな結末』に向けて。

「もうじき、舞台が整うぞ。奴らが始めた物語の最後を、盛り上げてもらおうではないか」

その流れを止めることが可能な唯一の人物……キヴェラ王は。楽しげに笑い、手元の報告書に再び視線を落とした。

キヴェラ王に止める気がない以上、魔導師は確実に望む決着にもっていく。それを知るからこそ、王の顔には隠しきれない笑みが浮かんでいた。