作品タイトル不明
巻き込まれる人々 其の四
私の目の前にはネスト君。彼は裏事情を含めた今回の詳細を知り、気合い十分に私を見つめていた。
「……さて、状況は理解できたわね?」
「はい!」
うむ、良いお返事だ。頼もしい限りである!
ネスト君は根が真面目というか、誠実な性格をしているらしく、元凶のおねだり姫と近衛騎士に対して、嫌悪感が強いのだろう。
その反動なのか、善良な貴族であるローザさんにはとても同情してくれている。民間人である自分を軽んじなかったこともあり、好感度はガンガン上がっている模様。
「まず、本のことだけど。これは大きく分けて『貴族用』と『民間用』を用意するつもり」
「二種類、ですか? あの、使う素材の違いは判りますけど……」
ネスト君は首を傾げている。彼からすれば『紙の質に差があるのは判るけど……?』という感じなのだろう。
勿論、ネスト君の考えた通り、紙やインクの質に差が出るのは当然のこと。お貴族様用である以上、彼らが持つに相応しい物でなければなるまいよ。
……が。今回はそれに加え、目的自体に差があるのだ。
「さっき説明した通り、薔薇姫の話はほぼ実話なの」
「はい」
こくりと頷くネスト君。それを確認し、私は更に話を続けた。
「貴族達は純粋に、『物語』に興味があるわけじゃない。情報収集や、派閥のトップ達に倣う形で、購入する人が大半と思った方がいい。女性はともかく、男性は間違いなく、こちらの理由になる」
「ええと……魔導師様の手に成る、二属性の魔道具付きの物を購入される方達がいらっしゃるんですよね。その方達に倣う、もしくは、その方達の話題に乗り遅れないための購入……でしたっけ」
「そう! 魔道具付きの絵本は数量限定だけど、購入予定者達は貴族が無視できない人達ばかりだからね。魔道具と彼女達、二重の宣伝効果を狙っているよ」
実際には、購入する人ばかりではない。協力の報酬代わりに、私がプレゼントする人達も多い。
ただし、正規ルートからの購入者である貴族達に、そんなことが判るはずもなく。意図して作られた流行に乗る――本の購入がキヴェラの公爵家への敵対行為と見られる可能性があるため、この建前の方が安全である――形になるのだよ。
「今回ばかりは『絵本如き』って、馬鹿にできないからね。しかも、数カ国で絵本が流行る予定だから、まず無視はできないでしょう」
「あの、それって……」
私の……いや、私と商人さんの『作れ! 商売成功の流れ!』と言わんばかりの遣り方に、ネスト君が顔を引き攣らせる。だが、私はそれをにこやかにスルー。
「ネスト君、それが商売っていうものだ。商人が関わる以上、利を得ることは重要なんだよ」
「それは判りますけど!」
「大丈夫。私達は『脅迫も、押し売りもしていない』! 興味が湧いたのか、必要に迫られてのことなのかは判断できないけれど、『購入を決めるのは消費者の方』だからね?」
「は、はあ……」
ネスト君はいまいち納得していないようだが、それが事実となる。というか、それ以外にないだろう。
ネスト君よ、これが商売というものだ。商戦を逞しく戦い抜き、利を上げ、勝利の美酒ならぬ富を夢見て、商人達は切磋琢磨するのだよ。
それが商人。金と商品を操り、時には貴族でさえも屈服させる民間人。
これらのことを口にした際、商人さんは私の手を固く握り締め、『同志よ……!』とのたまった。この時より、私は魔導師という珍獣ではなく、『商人にとって、頼もしい協力者』という地位を手に入れたのである!
と、いうか。
イルフェナ・キヴェラ双方の商人さん達が乗り気になってくれたのは、私がこういった発想の持ち主であることが大きい。
素人主導ならば不安なことこの上ないが、自分の目的だけではなく、利益を出すことにも全力投球。しかも、貴族達を納得させられる人脈と策を持ち、確実に売り上げが見込める理由も持っていた。
成功することが確実な、超ボロい商売なのですよ。
完全にイージーモードです。そりゃ、話に乗るわな!
「まあ、今回だけは確実に売れるのよ。その分、危険もあるんだけど……」
「それ以上の利益に繋がる、ということですね?」
「そう。様々な目的があって、多くの人が動いている。所謂、利害関係の一致ってやつね。……だからこそ、少しでも不安要素がある奴は除外されているよ」
「え!?」
「当然でしょ! ただでさえ、危険が付き纏うことになるんだから」
ネスト君もまた、『得るものも大きいけれど、危険が伴う』一人。彼がこの仕事を受けてくれたのはローザさんだけが理由ではなく、その重要性を理解したからこそ。
私達の『共犯』なのだ、ネスト君は。だからこそ、裏事情も提示される。商人さんとて、ネスト君が『様々な意味で、今回の仕事を任せられる』と判断したから、声をかけているはず。
報酬や名声に釣られるような人じゃ、困るのよね。元凶達、特に公爵夫妻はキヴェラ王の実妹夫婦。そちらに取り込まれ、こちらの情報を横流しするような輩だった場合、計画全てを練り直さなければなるまい。
「……僕も試されている、ということでしょうか」
「信頼して、こちらに引き込んだ以上、誠実さを求められるのは当然だと思わない?」
問い掛けに対し、問い掛けで返した私を、ネスト君は暫し、じっと見つめた。彼に葛藤している様は見られないが、その分、何かを見極めようとしているようだ。
やがて、ネスト君は雰囲気を和らげ、微笑んで頷いた。
「僕も貴女を信頼しましょう。僕に誠実さを求めるならば、貴女も僕にそれを示さねばならないはず。『できる限り守る』と言ってくださったのですから、僕は自分にできることに全力を尽くします」
「……そう、ありがと。信頼に応えられるよう、頑張るわ」
微笑み合って、握手を交わす。私達は漸く、信頼関係を築けたようだ。めでたい限りである。
個人的なことを言うならば、ネスト君の用心深さは嫌いではない。寧ろ、彼のように『人に使われる職業』である以上、そういった警戒心を持つことも重要だと思う。
今回が危険を伴う初仕事なのかもしれないが、今後、この経験や人脈を活かし、無事に大成してほしいものだ。
「じゃあ、仕事の話に移りましょうか。詳細はそこに書かれている通りだから、基本的には絵本の表紙と挿絵なのよ。だけど、私はそこに一工夫したいと思う」
「一工夫、ですか? 僕に話をするあたり、絵に関することだと思うのですが……」
仕事内容が決まっているせいか、ネスト君は困惑しているらしい。まあ、それも当然か。『絵に一工夫』なんて言われても、意味が判るまい。
「大丈夫! 暗号を隠すとか、意図的に何かを描き込むとかじゃないから、危険はないよ」
「そ、そうですか! その、そういったことを言われても、上手く絵に組み込めるか自信がなかったもので……」
「まあ、普通はそういった方向を予想するわね。巻き添えとか、秘密を知ることは怖くない?」
「今更ですよ」
ひらひらと手を振りながら言えば、ネスト君はあからさまにほっとした表情になる。……どうやら、『望まれた形にする自信がない』という方向で考えていたようだ。中々に肝が据わっている模様。
「そういったことじゃないけど、絵師としての技術は必要になるかな」
呟くと、ネスト君の顔色が変わった。
「どういうことです?」
その問い掛けには答えず、私は口角を吊り上げる。ふふ、ここからは二人だけの『秘密のお話』なのだ。
「薔薇姫様のイラストね……全ての登場人物の表情、目元から上を描くな。特に薔薇姫様は、描かずに美しさを表現してほしい」
「はい!?」
ここから上、と手で示せば、ネスト君はぎょっとして声を上げる。
うん、その反応も当然だと思うんだ。だけど、これには当然、意味がある。
「人の想像力ってね、意外と凄いのよ。しかも、これは実話が元ネタ。……顔が描かれなければ、『尊い血筋の方への侮辱』なんて言えないじゃん? だって、そんな声を上げれば、『これが実話だと判ってしまう』じゃない」
自滅というか、自爆というか。迂闊に声を上げれば、『ああ、やっぱりこの話は暴露だったのね』と思う人が続出する。中には半信半疑の人もいるだろうけど、その一言で一気に、現実味を帯びたものになってしまう。
個人的には、そこで『馬っ鹿じゃねぇの! 自己申告してやがる!』と、盛大にコケにしたいものだが、それだけで済ませてしまうには惜しい。
「御伽噺のヒロインに自己投影する人達も、一定数はいるでしょう。清楚で優しく、美しい薔薇姫様って、お嬢様達の憧れになりそうじゃない? だけど、万人に受ける美人ってのは難しい。そこで『各自のご想像にお任せする』」
「た、確かに」
これは貴族階級だけのものではない。貴族・民間含めての、『憧れのお姫様』という印象付けを狙っている。
こう言っては何だが、『美人』って難しいのよね。一歩間違えばキツイ感じになる場合もあるし、優しさを前面に出せば、印象に残り辛い場合もある。それらをクリアしたところで、現実離れした印象になるだろう。
だが、それでは駄目だ。この本の最大の売りは『現実(実話が元ネタ)』ということなのだから!
ぶっちゃけ、乙女ゲームの主人公に、明確なビジュアルがないのと同じようなものだと思っていただきたい。絵本を読んだ人の数だけ、理想の薔薇姫様が存在したっていいじゃない!
今回の絵本が流行れば、貴族階級のお嬢様達が挙って、『薔薇姫のように、素敵な女性』を目指す可能性がある。これ、単なる個人的な憧れという意味だけではない。
魔道具付き絵本を所持するのは、各国の王族や高位貴族の女性達なのだ……『薔薇姫は、各国の王族が味方をしたくなるような女性』という解釈をされる可能性・大。貴族にとって、無視できない流れだろう。
特に、感情移入するような幼い子には効果覿面だ。リアル薔薇姫様に続けとばかりに、素晴らしい淑女を目指していただきたい。
何より、今後、おねだり姫が『ろくでもない令嬢代表』のように思われるならば、その対抗馬というか、比較対象は必須。彼女を黙らせるためにも、多くの人達を『薔薇姫』の味方につけておきたかった。
……多くの女性に憧れられる『薔薇姫』と、笑い者にされる『おねだり姫』。ローザさんのことを知らずとも、人々は勝手に、おねだり姫一派の心を抉ってくれるだろうからね!
魔導師は自己中なのです。敵には容赦しないのです。
隔離や隠居生活で済ますなんて、甘いことを言うわけねーだろ?
「勿論、大変なのはネスト君だよ。目元を描かずに、『美しさ』や『清楚さ』、『優しさ』といったものを表現しなきゃならないんだから。だけど、それが元凶達への攻撃に繋がる上、ローザさんの未来にも影響を与えることができる!」
「そ、それは!? 本当ですか!?」
「おう、マジだ。……良い噂しかなく、多くの人達に支持される『薔薇姫』。その元ネタであるローザさんの顔を見たいと思う奴がいないと思う? ……婚約破棄されたご令嬢であろうとも、『娶る価値があるご令嬢』じゃないの?」
『顔を描かない』のは、こういった狙いもある。噂に釣られて、興味を抱いて……といった感じに、多くの人達がローザさんのことを知ろうとするだろう。
そして、知られても困らないのがローザさんである。性格はリアルに薔薇姫様だし、容姿も儚げな印象の美人さん。『絵本の通りの薔薇姫』なのよね、彼女。
「ですが、逆に失望される方もいらっしゃるのでは? その、明確な容姿の描写がない限り、勝手に絶世の美女や自分の好みの容姿を当て嵌める方がいるでしょうし」
ネスト君の心配ももっともだ。だが、それもまた、想定内のこと。
「何もせずとも、『婚約破棄された、哀れなご令嬢』なのよ、ローザさん。婚約破棄が事実である以上、貴族の娯楽でもある噂を、完全に払拭することなんて無理! だから、『味方を増やす』という方向にしたい」
「……ローザ様が傷つくことになっても、ですか?」
「うん。このままだと、新しい婚約者ができるか、怪しいからね。クリスタ様の友人ということも付属価値にして、彼女の味方を増やした方がいい。親しく付き合えば、ローザさんの人柄に惹かれる人も出ると思う」
……ネスト君は迷っているようだが、ローザさんが善良なだけでは『一時、見世物になって終わり』である。この騒動をチャンスにして、人脈を広げたり、新たな友人を獲得するような『強かさ』は必須だ。
成り上がれとは言わないが、乗り切るだけの強さは身に付けていただきたい。それをローザさんが持っていれば、近衛騎士の実家にやられっぱなしという事態にはなっていないはず。
やがて、ネスト君は納得したように頷いた。
「そうですね、確かに今後のことを考えたら……ローザ様ご自身に強くなっていただくことも必要かもしれません」
「あら、随分と物分かりが良いね?」
意外、と呟くと、ネスト君は苦笑した。
「イルフェナの気質、でしょうね。僕でさえそう思うのですから、魔導師様は僕以上にその必要性を感じているのでしょう。いえ、貴族ならば、それが当然なんだと思います。今回のこととて、ローザ様はご自分が見世物になるというのに、了承しているじゃないですか」
「あ〜……まあね」
「ですから、魔導師様の提案を悪いこととは思えないんですよ。結果的に、ローザ様のためのものじゃないですか」
ネスト君は予想以上に、こういったことに理解があるようだ。彼の性格を考えると、反発が予想されていたのだが……嬉しい誤算である。
「それじゃあ、頼めるかな?」
「はい。少し時間がかかるかもしれませんが、容姿を不明確にする分、その心根の美しさを表現したいと思います!」
力強く言い切るネスト君は非常に頼もしい。釣られて、私にも笑みが浮かぶ。
さあ、元凶様方? 貴方達が見下す民間人如きの策ですが……どの程度の威力になりますかねぇ?