作品タイトル不明
番外編・保護者達は静かに憤っていた
――イルフェナ・エルシュオンの執務室にて(エルシュオン視点)
※時間軸的には、現在の章よりも以前になります。
「……は? もう一度言ってくれるかな、シャルリーヌ」
「ふふ、殿下ったら。威圧を少し抑えてくださいませ」
「おや、それほどかい? 貴女は平気そうにしているけれど」
「あらあら。私の愚弟と殿下は幼馴染ではありませんか。……私とて、幼い頃から貴方を存じておりますのよ? 偏に、慣れですわ」
威圧を抑えろと言いながらも平然としているのは、金髪の美女。もとい、バシュレ公爵令嬢シャルリーヌ。
夫であり、近衛騎士でもあるクラレンス共々、『最凶夫婦』などと言われる猛毒……いや、心を抉る言動が印象的な夫婦の片割れだ。
……。
別に、二人を貶めたくて、このような評価をしているわけではない。本当に、『混ぜるな危険』と陰で恐れられている二人なのだ。同類が夫婦になった場合、苦労するのは本人達ではなく、周囲の人々である。
地位と才覚を兼ね備えた美女、シャルリーヌ。別名、『毒夫婦の片割れ』。
彼女の言葉は、棘とミヅキ曰くのSに満ちているのが常。
そして、先ほどの彼女の言い分は非常に正しかった。無自覚の威圧がある私にとって、幼馴染達は貴重な友人であり、彼らの家族達もまた、私という存在に理解を示してくれていたのだから。
アルの姉である、シャルリーヌもその一人。幼い頃から、私への悪意を見せる者達の心を抉ってきたシャルリーヌにとって、私は手のかかる弟のような存在なのだろう。
「それを言われるとね……貴女には頭が上がらない」
「まあ、殿下! 貴方からそのような言葉をいただくなんて……随分と素直な性格にお成りあそばしたのね?」
驚きましたわ、と笑いながら口にする彼女の姿に、ついつい溜息を吐いてしまう。
彼女は身内と認識する者に対し、とても愛情深い。それは私自身も知っていることであり、それ自体は否定する気がない。
……が。
シャルリーヌの愛情には、『愛の鞭』やら『遊び心』といったものが、多分に含まれているのである。……慣れていないと、虐められているように感じてしまう者も少なくはない。
そこで心折れず、尚且つ、話に乗ってこれるような者を、シャルリーヌは好む傾向にあった。いや、これこそ彼女なりの『篩い落とし』なのだろう。
シャルリーヌを価値ある存在として認識し、彼女自身、もしくは彼女の地位や人脈を利用しようとする者は多かった。そういった者達から身を守ることもまた、公爵令嬢としての嗜みであろう。
必要以上に心を抉っていようと、再起不能に近い状態にしようとも、仕掛けてきたのは相手。シャルリーヌは悪くない。……た、多分。
「私自身も変わろうと……その努力をしてみようと思ってね」
素直に口にすれば、シャルリーヌは軽く目を見開いた。そんな彼女に小さく笑うと、更に言葉を続ける。
「諦めて口を噤むのではなく、言葉にしなければ意味がない。口にしなければ、余計な誤解さえ招いてしまう場合がある。言葉と行動は大事なのだと、今更ながらに悟ったんだ」
「まあ、それはようございま……」
「ミヅキのお蔭……いや、ミヅキのせいで。あの馬鹿猫、私が黙っているのをいいことに、どこまでも自分に都合よく解釈して、暴れまくるから」
「え」
「あの子、意図して『無知』を利用するからね。『魔王様に止められなかった』、『異世界人だから、知りません』で通され、何度後悔したことか……!」
「……。子猫は腕白なものですわ」
そう言いつつも、顔が微妙に引き攣っているのは何故かな、シャルリーヌ。君だって、心当たりがありまくるだろうに。
だが、そういった要素を持つミヅキを利用している存在こそが我々であるという、自覚はある。ミヅキは自身の言動の影響と、その後に引き起こされる事態を予想できるため、非常に使い勝手が良い駒なのだ。
本人の自己申告通り、ミヅキは外見通りの年齢ではないのだろう。どう考えても、考え方が成人程度のものではない。
というか、その見た目と己の性格、そして異世界人ゆえの無知さ――本人ではなく、周囲の思い込み――を利用する奴がお子様だったら、逆に怖い。成人前後からそれが身に付いているなど、その性格が培われた環境に疑問を覚えてしまう。
ただ……保護者としては、ミヅキにそういった面があることに、安堵していることも事実だった。
魔導師を名乗ることも、奔放であることも、ミヅキにとっては『生きる術』なのだから。
少なくとも、私はそう認識していた。北であれ、南であれ、世界は『異端』に優しくはない。私自身も『異端』に属する者だからこそ、その生き辛さは知っている。
ゆえに、何があろうとも、私はあの子の保護者でいてやりたいと思う。勿論、私自身の立場を尊重すること前提で。私自身が犠牲になることは王族としての矜持が許さないし、ミヅキも決して望むまい。
自分に正直に生きることを選んでいるからこそ、自分が誰かの枷となることは望まない。そういう身勝手な生き物なのだ、あれは。
「その『腕白さ』が作られたものであろうとも、元からの性格であろうとも、私達が利用していることは事実だ」
僅かに目を伏せながら口にすれば、シャルリーヌも同じように目を伏せた。『利用』という言葉は間違っていない。その自覚がないなんて、恥知らずなことは言うまい。
「私とて、理解しておりますわ。ミヅキ様自身が『駒として使われることを許しているゆえの、恩恵』だと。だからこそ、私はミヅキ様の味方ですのよ? 『使える駒だからこそ、失いたくない』。それもまた、守る理由になりますもの」
「貴女の個人的な感情と違って、随分と殺伐としているね?」
「当然ですわ。私はシャルリーヌ・バシュレ……イルフェナにおいて、公爵位を戴きし家に生まれた者。優先すべきは、この国ですわ。ミヅキ様にもそれは隠しておりませんし」
どこか得意げに語るシャルリーヌだが、その言葉や表情とは裏腹に、ミヅキに対する好意も確かに窺える。それは、彼女がミヅキを認めているがゆえ。
シャルリーヌも夫同様、ただ愛でられるだけの存在を気にかけることはしない。愛玩するだけなら、小動物で十分なのだろう。
「私は己が立場、その在り方に誇りを持っておりますの。ですから……あの子が可愛いのです。守られるばかりの弱者ではなく、様々な要素を利用できる賢さを持ち、時には守護役達さえも駒として使う。ふふっ! まさに理想的ではありませんか」
「『我が国としては』、そういった評価になるだろうね」
「ええ。愛でられるだけの愛玩動物も、人に縋るばかりの弱者も、私の様な立場の者には認められませんもの」
シャルリーヌの口元が笑みを刻む。人によっては彼女の言い分に唖然とするだろうが、この国の公爵令嬢としては、当然のことである。
非情に聞こえるのかもしれないが、イルフェナは身分に伴った才覚を求められる国。そうでなければ、ここまで存えてはいない。それが、滅びていった国々との一番の違いなのだろう。
『実力者の国』と言われるだけの過去、その実績を持つ国、それがイルフェナ。
そんな国に保護されている以上、ミヅキとて例外ではいられないのだ。
「多くの方は勘違いをなさっていらっしゃるのでしょうね。『ミヅキ様が異世界人であり、魔導師だからこそ、私どもに可愛がられている』と」
「この国で魔導師を名乗る以上、無能であることは許されないのにね」
それは異世界人であろうとも、例外ではない。『魔導師という【世界の災厄】を名乗る』以上、『そう名乗ることを認められなければならない』のだ。
『魔導師だから懇意にしている』のではなく、『魔導師を名乗るに相応しい才覚の持ち主だから懇意にしている』。
他国にもきっと、そう認識している者達は多い。いくら『世界の災厄』と称される存在だろうとも、周囲に認められなければ、それはあくまでも『自称・魔導師』でしかない。
そして……そんなことも理解せず、ただ守護役達を羨ましがる声があることも事実だった。ミヅキの守護役達は一般的に、身分や容姿、そして能力さえも併せ持った優良物件に見えるのだから。
これは下位の貴族達に多く見られる傾向である。彼らはミヅキと接する機会がないからこそ、仕方がないのかもしれないが……中には、例外も存在するらしく。
「それでも、それを理解できない方がいらっしゃることも事実。……先ほどお伝えした『困った方』も、その一人なのでしょうね」
「……。キヴェラ王の姪姫か」
「それと、その母君ですわね。政に関わらないからこそ、ご自分を基準にした考え方しかできないのでしょう」
困った方、と苦笑してはいるが、シャルリーヌの声は冷たい。私とて不快感を覚え、顔を顰めてしまう。
先代キヴェラ王は『戦狂い』とまで言われた、好戦的な人物だ。その牙が国外に止まらず、自国内にまで向けられていたと知ったのは、サロヴァーラの一件で他国の王族達と顔を合わせた時。あれにはミヅキも呆れていた。
「一応ね、キヴェラ王から理由は聞いたんだよ。『戦狂いの標的とならない能力の者に降嫁させ、王家の血を繋がせる』って。だから、元王女である公爵夫人は役目を果たしたと言えるんだけど……」
そういった意味では、公爵夫人は有能だった。キヴェラの次代を支えるに相応しい息子二人を産んでいるのだから。
もっとも、息子達がまともなのは、キヴェラ王の采配のおかげだろう。将来的に王子達の側近となるべく、彼らと共に勉学に励む時間の方が、両親と共に過ごす時間よりも多かったらしいので。
その結果、余計に一人娘への溺愛に拍車がかかったのだろう。そう考えると、令嬢は被害者と言えるのかもしれないが……当の令嬢本人がその状況を利用する性格をしているため、全く同情はできなかった。
「高貴な血筋と高い爵位、それらを持ち合わせながらも良縁に恵まれないのは、ご本人に問題があるからですのにねぇ……ミヅキ様を羨む前に、すべきことがあるでしょうに」
「……彼らは婚約者といっても、監視を兼ねた仕事なんだけど。複数いることからも、それが普通の婚約ではないと気づくだろうに」
「その『婚約者が複数いらっしゃる』ということが、彼女は羨ましいようですの。仲の良いお友達も、男性ばかりのようですし」
「へぇ?」
「公爵ご夫妻も良いご縁を探していらっしゃるようですが、目ぼしい方達からはお断りされるようですわね。その理由に『守護役となる可能性がある』というものが含まれているらしく、不満に思ってらっしゃるようですわ」
シャルリーヌの言葉に、室内の温度が一気に下がった気がした。ただし、私達は笑みを浮かべたまま。
「ミヅキがそんな人物と同類だとでも言うのかな? あの子の友人関係に男性が多いのは、隔離されている状況が原因だよ? そもそも、守護役という立場を理解しているから、理由がない限り、婚約者扱いはしないよね」
表面上は穏やかに、けれど声音は冷え冷えとしたものを漂わせている自覚がある。誰だって、己が保護している子を貶されれば、良い気はしないだろう。
シャルリーヌも大きく頷くと、物憂げな顔で溜息を吐いた。
「私も呆れてしまいましたの。……その言い分が通るならば、我が愚弟を含めた守護役達は、ミヅキ様のご機嫌取りのようではございませんか。私はアルやクラウス達の努力を、幼い頃から存じております。あの子達が他の守護役の皆様を認めているのも、自分達と通じるものがあるからでしょう」
「そうだね、彼らは本当に努力してくれた。ルドルフの状況を知っているから、セイルリート殿も似たような状況だったと推測できる。ジーク殿は少々、勝手が違うようだが、彼の傍にいることを望む者達が必死になるくらいだ。温い道ではなかったろう」
ジーク殿はともかく、キース殿達は『ジーク殿を一人にしないため』に必死だった。そして、どれほど実力差に打ちのめされようとも、望みがあるならばとばかりに、必死に食らいついてくると聞いている。
……少なくとも、彼らがそう決意するだけのことがあったのだろう。ジーク殿が笑っていられるのも、彼らが傍に居てくれたことが大きいのかもしれない。
「守護役とは、国より異世界人の監視を命じられた者。ミヅキ様が魔導師である以上、国への忠誠だけではなく、その能力さえも認められているということですのに。それを、あのご令嬢のお友達と同列程度に見るなど……」
「『その価値がある』と思わないあたり、自分を基準にしか考えられないんだろう。血筋と実家の爵位にしか価値がない不良物件如きと、イルフェナで魔導師を名乗れるミヅキを比べるなんてね」
お互い、言葉を取り繕えなくなってきた自覚はある。だが、それでも優しい言葉で誤魔化す気は起きなかった。
私達はミヅキ達の努力も、そうなった背景も知っている。……その道が平坦ではなかったことも含めて。それを、一人の阿婆擦れやその取り巻き達と同列に扱われれば、怒りを覚えぬはずはない。
彼らがそう在ることで、何らかの功績を成せているならば、話は違っただろう。だが、シャルリーヌから話を聞く限り、そういった要素は皆無……どころか、害悪である。
そんな彼らへの侮辱――どちらかと言えば、守護役達の方が馬鹿にされている――を聞いた私達が、何も思わないとでも? ……男を侍らせるだけの無能とミヅキが同列扱いされ、私が怒らないとでも?
ふ ざ け る な 、 う ち の 子 は 別 物 だ !
「そのうち、ミヅキ様に直接、文句を言ってくるのではないでしょうか」
「ああ、『一人くらい寄越せ』って?」
「言い出しそうではありませんか。これまではキヴェラ王が諫めておられたようですが、そろそろ次代のことも考えておられるご様子ですもの。自国の害悪を始末できるならば、喜んで協力してくださいますわ」
「今ならば、手を組めるかもしれないよね」
微笑みながら語るシャルリーヌの目は、全く笑っていない。弟達を馬鹿にされた美女は、それはそれはお怒りのようだった。
何より、私も彼女と同じことを思っている。相手が事を起こしてきたら、キヴェラ王に相談してみるのもいいかもしれない。
共犯者の笑みを交し合い、近い将来に起こりそうな騒動へと思いを馳せる。あのまま問題の令嬢に婚約者が見つからなければ、公爵夫妻あたりが動きそうだと思い、口元に笑みが浮かぶ。
――穏やかな午後の日差しが差し込む執務室での、保護者達の密かなお喋り。ただし、満ちる空気は猛吹雪。
そんな雰囲気を察したのか、鳥の声もいつしか聞こえなくなり、執務室を訪れる者も皆無であった。私の威圧が駄々漏れしているか、この部屋を訪ねるシャルリーヌに恐れをなしたかの、どちらかが原因だろう。両方かも知れないが。
……その後、アルベルダでの婚約破棄騒動の余波を受ける形で、イルフェナの商人達が被害に遭うこととなる。事情を知った保護者達が、好機とばかりに凶悪な笑みを浮かべたことは、言うまでもない。
ただし。
「は……? 何故、キヴェラとの商売の話に!? ティルシア姫を巻き込むだけじゃ、足りないのかい!?」
「まあ、ミヅキ様は相変わらずお転婆ね」
腕白盛りの子猫が、想像を斜め上に飛び越える報復を計画することまでは、完全に想定外。面白がるシャルリーヌをよそに、私は一人、頭を抱える羽目になる。
しかも、諫められることを想定してか、私には大抵事後報告である。大変、小賢しい。
今回も早々に、お説教の必要が出てきたようだ。ミヅキ……後で覚えておきなさい。