軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

巻き込まれる人々 其の二

――アルベルダにて

絵師の青年を捕獲し、私は意気揚々とアルベルダへ帰還した。

当たり前だが、グレンは私が何をやらかそうとも今更なので、青年絵師についてはノーコメントというか、綺麗にスルー。

なお、グレンの使用人さん達までグレンに倣ったため、青年絵師は凄まじく不安そうにしていたことを付け加えておく。

まあね、普通は誰かが自分のことを聞こうとするものね?

何事もなかったかのように受け入れられれば、そりゃ、不安になるだろう。

この青年絵師、『貴族向けの絵本のイラストを描かないか? 売れ行きによっては、民間にも発売されるんだが』という、商人さんの言葉に釣られて、仕事を引き受けたそうだ。

不安そうに確認してきたので、「とりあえずそれで合っている」と言っておいた。あからさまに安堵する青年絵師の姿に、『もう少し疑り深くなった方がいいんじゃ……?』などと思ったのは、秘密である。

……。

青年絵師よ。私も、商人さんも、嘘『は』言っていない。ただ、明らかに情報が足りていないだけだ。

その物語が、限りなく実話に近い、とか。

物語の悪役が、キヴェラ王の姪姫とその婚約者、とか。

その絵本が切っ掛けとなって、キヴェラの某公爵夫妻とその愛娘夫婦の未来が、悲惨になる予定、とか。

ちょっとばかり、秘密のお話が多いだけなのだ。勿論、そうしなければならない理由がちゃんとある。

絵師の青年は、民間人。お貴族様どころか、王族様の不祥事や断罪なんて、普通は関わるはずがない。いや、『関わらせると危険』なのだ。

元凶達が報復を目論むならば、本の発行元が一番狙われる。ただし、今回はキヴェラとイルフェナの共同事業となっているため、迂闊に手出しができないだろう。

少し頭が回る貴族ならば、『元凶達のその動きこそ、本の発行に至った目的の一つ』と気づくに違いない。

事実無根ならば、正当な抗議をすればいいだけなので、『秘密裏に報復を行なう』なんて真似をすれば、一発で『あ〜、痛い腹を探られちゃったのね!?』と思う人続出。自分で自分の首を絞める事態に発展です。

ただでさえ、大注目の案件なのですよ。彼らが無能……いやいや、『そういうことを隠すのが苦手な、素直な人(善意的表現)』であるため、嬉々として見守っている購入者達(意訳)には、絶対にその動きを気づかれてしまう。

寧ろ、『足掻け! 無様に踊れ!』と期待する輩が大半。奴らの不幸は蜜の味!

元凶達が惨めであればあるほど、過去、キヴェラに煮え湯を飲まされた人達は大・興・奮!

そういった意味でも、周囲は盛り上がると予想されていた。何せ、キヴェラ王公認の事業なので、『絵本の登場人物をコケにするならば』問題なしなのだ。

あれは物語ですからね! 元ネタやモデルになった人物がいても、本人を馬鹿にするわけじゃないから、セーフです!

というか、キヴェラ王もこういった方向でのガス抜きを期待している節がある。キヴェラへの感情は各国、複雑なのだ。いくらキヴェラ王が歩み寄ろうとしても、過去の行ないが邪魔をする。

該当する人達にとって、この絵本は心のオアシスである。……『キヴェラ』と書かれた、サンドバッグでもいいかもしれないが。

まあ、とにかく。

そんな状況が予想されてしまうので、表に出る人達は最初から最低限だ。キヴェラ王や私はぶっちぎりで主犯格だが、公表されている面子も、たやすく手を出せない大物ばかりに限定されている。

要は、本の製作・出版に携わる人達『は』、比較的大丈夫なのですよ。確実に安全とは言い切れないけど、自衛なり、言葉で巧みにかわすことができる人達なのだ。

関わっている商人とて、例外ではない。後ろ盾や人脈――少なくとも、イルフェナは魔王様が出て来る。キヴェラはキヴェラ王かルーカスあたりと予想――が恐ろしいからね!

……が。

約一名、危険な状況になってしまう人がいた。

それがイラスト担当こと、青年絵師であ〜る!

文章の方は暴露元がすでに知られている上、アルベルダ王家が出てくる可能性があるので、抗議はしにくい。寧ろ、その抗議を元に、続編を作ろうとする商魂逞しい連中が控えている上、クリスタ様が完全にやる気になっている。

おねだり姫はクリスタ様を馬鹿にした自覚があるだろうし、下手に突こうとは思わないだろう。何せ、頼れるはずのキヴェラ王自身が、この事業に乗り気なのだから。

ところが、絵師の方は危険極まりない。名を売るためにも、誰が描いたかはきちんと明記されてしまうため、仕事と称して誘き出される可能性がゼロじゃないからだ。

専属として、王族か貴族に囲われる……という方法がないわけではないが、それでは青年絵師の名を売る機会がなくなってしまう。何より、彼自身の実績がほぼないので、匿った貴族から仕事を貰うことも少ないだろう。

……なんてことを初っ端から話すと、絶対に引き受けてくれないでしょ!?

それに加え、こちら側の事情もあるのだ。この話は時間が勝負なので、再び絵師を探す事態は極力避けたいのだよ。

勿論、『詳細を知らない』というのは、青年絵師のためでもあった。探りを入れられても、本当に知らなければ、答えようがないからね。裏方に関わる必要がないなら、与える情報は最低限が望ましい。

今後のことは、お仕事が終わってから。とりあえず、青年絵師に接触してきそうな連中が判れば、それなりに対処が可能だそうな。無名だからこそ、不自然な抜擢は怪しいのだとか。

私としても、青年絵師の希望を極力聞きつつ、きちんと対処はしてあげたい。個人的には、おねだり姫シリーズを担当してくれないかな〜と思っているけど、これは本人のやる気の問題だろう。

――そんな感じで連れて来られた青年絵師は今現在、私と共にローザさんに面会中。

「ええ!? これ、そんな話なんですか!? 実話!?」

「は、はい。私は陛下からそう伺いました。キヴェラとイルフェナの共同事業ということも本当ですが、私の婚約破棄騒動が元になっております……」

驚愕のあまり、青年絵師は固まっている。ローザさんはウィル様達から話を聞いていたようだが、もう一つの目的――元凶達の封じ込めを狙う――も聞かされているらしく、ちらちらと私を窺っていた。

そんなローザさんの態度も判るが、まずは青年絵師を落ち着かせる方が先だろう。

青年絵師よ、君の反応は至極当然。普通は驚くよね! 婚約破棄騒動が絵本になるなんて、前代未聞の展開だ。そこは慄いていい。

だけど、君にはこのお仕事を受けてもらわなければならんのだ。選定と捕獲が商人さん担当、運搬と説得が私担当ですからね。

「絵本だから、どろどろとした内容のものにはならないよ。そんな展開があったとしても、本文には採用しないし」

大丈夫! と明るく話を振れば、ローザさんから待ったがかかる。

「あ……いえ、私とあの方の間には、そういったものはございませんでした。本当に、家同士の取り決めでしたので」

「そ、そう」

「ですから余計に、そのような物語が人に喜ばれるか、疑問なのです。多くの人が関わっていらっしゃるようですし、もっと喜ばれるようなお話の方が宜しいのではないかと」

フォローのつもりで『絵本だから! 昼ドラのような、泥沼展開はないよ!』と伝えると、大真面目にそう返される。

ああ、なるほど。ローザさんとしては『そちらの心配』をしていたんだね……?

ローザさんの心配、それは……『山場がないこと』!

ローザさんと近衛騎士の間には、本当に何もなかったのだろう。政略結婚なんてそんなものだろうが、物語としては面白みに欠けてしまう。

単純に『面白さ』という意味では、今回の内容はそれほどでもないのかもしれない。寧ろ、貴族階級ではもっとドロドロとした人間ドラマ(意訳)が行なわれているだろうし、人々の興味もそちら方面に向く、と。

ローザさんはそういった噂話に興じるタイプには見えないけれど、嗜みというか、必然的に、耳に入ってくるのだろう。それらに比べると、確かにインパクトに欠ける印象は拭えない。

……が。

今回の絵本でクローズアップされるのは婚約破棄の不幸話ではなく、『優しく清らかな心を持ったご令嬢と、彼女を応援する優しい乙女達』である。

「大丈夫ですよ。見せ場は婚約破棄の方じゃなく、ローザさんが誠実に対応した姿と、そんな貴女に共感し、応援している女性達の姿ですから」

「え?」

予想外だったのか、パチパチと瞬きをするローザさん。青年絵師は言葉を発することなく、興味深そうに私達の話を聞いている。

「最も傷ついた貴女が商人達に誠実な対応をし、恨み言一つ零さないんです。ろくでもねー元凶どもの登場は最低限で、メインは悲しみながらも人を労われる『薔薇姫』ですよ」

というか、元凶どもは今回ではなく、『おねだり姫シリーズ』で活躍してもらおうと思います。

我儘・性悪なおねだり姫の問題行動をコメディで描けば、相当面白い話になると思うんだ。人は基本的に、勧善懲悪の話を好むので、最後に必ず断罪される展開にすれば、読者も盛り上がるだろう。

断罪のアイデアは、私が出そうじゃないか。物語の中であろうとも、『素敵な結末』にしてくれる……!

「ローザさんが仰ったように、この事業には多くの人達が協力してくれています。その中には貴女に同情し、応援している人達も数多くいるんですよ。特に、女性はね」

「まあ……ありがたいことですわ」

ローザさんは嬉しそうに、そして照れたように微笑んだ。婚約破棄という傷を負った彼女にとって、最も恐ろしいのは人の噂……醜聞だろう。それは彼女が被害者であろうとも、変わりはない。

そんな彼女にとって、応援してくれる女性達の存在は非常に心強いに違いない。クリスタ様も頼もしいが、国を違えてさえ味方がいるというのは、悪戯に彼女を貶めたい連中への、結構な抑止力になるのだ。

……。

実際は抑止力どころか、平伏して謝罪するレベルの女傑揃いだけどね。

「……僕も応援します」

不意に、青年絵師が口を開く。

「正直なところ、この仕事を受けた後が怖かったのですが……僕にもお手伝いさせてください。ローザ様が心を尽くしてくださったというのは、商人さんから聞いていたんです。ご本人にお会いして、僕もお手伝いをしたくなりました」

「誠実そのものだもんね、ローザさん」

「はい。全ての貴族がそうでなくとも、やはり、僕のような民間人には良い印象を持ちません。ですが、こうして同じテーブルを囲むことや、会話をすることに、ローザ様は嫌悪感を示されません。ローザ様のような方には、幸せになって欲しいのです」

青年絵師の言葉に、ローザさんは目を見開いている。私に対する態度もそうだけど、ローザさんは本当に身分に関係なく、誠実な対応をしてくれる。こういったところも、商人さん達に好印象だったのだろう。

「よし、青年。商談成立なら、まずは自己紹介からいこうか。私はミヅキ。異世界人であり、魔導師だよ」

「僕はネストといいます。代表作といったものはありませんが、精一杯頑張らせていただきます」

「改めまして。ローザと申します。ミヅキ様、ネスト様、私のことを思ってくださるお二人のこと、非常に頼もしく思っておりますわ。……私は幸せ者ですわね。このような状況の中、皆様に守っていただけるなんて……」

ローザさんは目に涙を滲ませていた。裏切者を恨むのではなく、差し伸べられた手に感謝できる……だからこそ、多くの味方を得た『薔薇姫』。

大丈夫、安心して? 美しい一輪の薔薇を踏み付けようとしたクズには、相応しい末路を与えてあげる。

だって、私は魔導師。『世界の災厄』と呼ばれる存在だからね!

「宜しく、ネスト。できる限り貴方の要望に沿った上で、安全が確保できるよう努力するわ」

「はい!」

握手を交わして、共犯者の笑みを交わす私とネスト。彼は自分の意志で『こちら側』を選んだのだ……立派に、私達の同志である。

さあ、お仕事の話をしましょうか? 可憐な薔薇姫様を労わるのは、心優しい乙女たちの領分。私達は裏方として、できることをしましょうか。