軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

イルフェナにて、人々は

――イルフェナ・騎士寮にて(エルシュオン視点)

「あの馬鹿猫、一体、何をしているんだ……」

深々と溜息を吐き、手にしていた紙を机の上に放り投げる。そのまま椅子の背にもたれ掛かり、片手で目元を覆った。

ここは私の執務室ではなく、騎士寮の食堂だ。少々、だらけた姿を晒しても問題はないだろう。そもそも、頭痛を覚えさせた原因は、我が国の馬鹿猫だ。

「なんだ、そんなに面白いことが書いてあるのか?」

クラウスが面白そうに尋ねてくるので、視線で先ほど放った手紙を促す。即座に、手紙に視線を走らせたクラウスは……口角を吊り上げた。

「ほお……随分と規模の大きな報復になったな」

「いや、さすがにそこまでは望んでなかったよね!?」

「ミヅキを関わらせる以上、結果が出ることを望んだんだろう? 正攻法で潰せないならば、それに匹敵する状況に追い込むくらいはやるだろうさ」

「あ〜……まあ、ね。ミヅキだし」

何を今更、と続けたクラウスに、ついつい同意してしまう。いや、否定する言葉を持たないと言った方が正しいか。

なにせ、うちの馬鹿猫……もとい、魔導師ミヅキは自称『超できる子』なのだ。これが自画自賛しているだけで済むならば、微笑ましく見守れるのだろうが……困ったことに、それは紛れもない事実なのである。

そう、ミヅキは確かに『できる子』なのだ。結果『は』必ず出す。

それは『ミヅキだから』で済ませる私達自身が、誰よりも知っている。

結果を出すのは良いことだろう。ここは『実力者の国』と呼ばれるイルフェナであり、異世界人であるミヅキが足場固めをするならば、誰にも文句を言わせないだけの実績を作り上げるしかないのだから。

言い方は悪いが、異世界人には『箱庭で飼い殺される』という生き方も存在する。だが、それを拒絶……というか、最初からぶち壊した『お馬鹿』がミヅキなのだ。

何故、辺境の村であっさり魔導師になっているのだろうか?

本人の性格にも多大なる原因があるだろうが、辺境の村で飼い殺せなくなった一番の理由は『ミヅキが魔導師となったこと』。

魔導師が『世界の災厄』と言われる存在である以上、手元に置くしかないじゃないか。ミヅキは自分の手で、平穏な生活――箱庭での飼い殺し――という選択肢を叩き壊したのだ。

ただ、これは賛否両論だったりする。ミヅキのもたらす異世界料理のレシピにも価値があるため、魔導師にならずとも、狙われる可能性が高いからだ。

そういった意味では、自衛できる強さを身に付けたことは良いことだと言える。ついでに言うなら、クラウスを筆頭に、黒騎士達は大絶賛だ。彼らは魔術師なので、大変自分に素直(意訳)なのである。

「しかし、キヴェラも大変だな。戦狂いの傷跡が、ここまで根深いとは……」

「だけど、王家の血筋を絶やすわけにはいかないからね。これまでそういった情報が漏れてこなかった以上、キヴェラ王はそれなりに気を付けていたんじゃないかな? ……王が代替わりするまでは、問題の公爵夫妻も『無事に』過ごせたとは思うよ」

含みを持たせた言い方に、クラウスの目が眇められる。だが、これは起こりえる未来だったと、私は思っていた。

「キヴェラ王は甘い方ではない。いつまでも『相応しくない振る舞い』を許してくださる方ではないよ。そういった事実を積み上げていけば、王の交代と共に、公爵家の代替わりも可能だったろう」

「……」

『見逃していること』は『許していること』とイコールにはならない。

次代になってまで公爵夫妻とその愛娘にゴネられるならば、一時の我慢を経て罪を積み上げ、一気に追い込んでしまった方がいい。

『長年続いた、誰の目にも明らかな愚行』であり、『言い訳できないほどの罪咎』なのだ。長い時間をかけ、誰にも文句を言わせない状況を作り上げていたようにしか思えない。

そんな計画を壊されたのだ。しかも、他国に迷惑まで掛けて!

これで怒るなという方が無理である。キヴェラ王がミヅキに協力的なのは、元凶達に対する苛立ちと意趣返しが多分に含まれているのだろう。

……。

キヴェラ王もミヅキの使い方が判ってきたようだ。

多少の『玩具』で機嫌よく遊ぶならば、嬉々として黒猫に提供するだろう。

今回は結果として、キヴェラが一番得をしそうな気がするが……それもまた、国同士の関係改善のための先行投資と考えれば、イルフェナにとっても、アルベルダにとっても、悪くはない状況と言えた。

そもそも、アルベルダはキヴェラの在り方が明確になること、そして、元凶の片割れとその実家に『ちょっとした不幸(意訳)』が待ち構えているだけでも十分、溜飲が下がるだろう。

特に、クリスタ王女はミヅキと知り合えたことを喜んでいたので、アルベルダも無理にキヴェラを突く気はあるまい。

そして、我がイルフェナは。

「ミヅキと被害を被った商人達を会わせたんだけど、まさか、そこから報復に繋げるなんて……!」

思わず、頭を抱えてしまう。『詳しい話を聞きたい』ということだったはずなのに、何〜故〜か、ミヅキと商人達は商売という方向で意気投合していたのだ。

いや、百歩譲って、イルフェナの商人達が商魂逞しいのは理解できる。嘗められたら、今後の仕事にも影響が出るのだ。当然、しっかりと対処すべき事態ではあるのだろう。

……が。

そこにミヅキが加わった途端、どうして『イルフェナとキヴェラの共同作業〜目指せ、娯楽の普及〜』(注・ミヅキ命名)などということになるのか。

「いいじゃないか。商人達はキヴェラに最高峰とも言える繋がりができ、仕事をするだけだ。それが結果として、報復になるだけなんだろう?」

「そうは言うけどね、クラウス。……これ、元凶達を見世物というか、晒し者にすることになるんだよ!?」

「そいつらがキヴェラ王族の血筋だからこそ、キヴェラに思うところがあった者達の留飲も下がるんだろうが。しかも、『キヴェラ王がそれを許している』。くくっ、まったくミヅキは面白いことを考えつくな」

クラウスは笑っているが、実際には割ととんでもないことなのである。何せ、相手は正真正銘、キヴェラの王妹と王の姪姫だ。その二人を伴侶ごと笑い者にしようなど、普通の思考回路を持つ者ならば考えまい。

これを可能にしたのは、ミヅキのこれまでの実績と、ミヅキが持つよく判らない人脈。無駄に高位の者達と懇意にしているせいか、今回も結構な規模で巻き込まれていたりする。

「多くの国々は今度こそ、『キヴェラ王は、他国と新たな関係を築くことを望んでいる』と痛感するだろう。そうでなければ、今回のようなことに同意するはずもない。……『他国に迷惑をかけた者達が血縁であろうとも、容赦しないと知られる』からな」

「キヴェラ王も、ミヅキも、それを狙っているんだろうね」

私が反対できない理由を、クラウスが丁寧に解説――わざとだ、絶対に――してくれる。ジト目を向けるも、クラウスは肩を竦めるだけだった。

そんなクラウスの姿に、私もつい、諦めと達観の入り混じった溜息を吐く。

――ああ、本当に。

「うちの馬鹿猫はどうしようもないほど、性格が悪い」

「だからこそ、『姿が見えないと、寂しい』んだろう? 素直に言えばいいだろうに」

「それは君達も同じじゃないかな?」

「……。まあ、な。あの騒々しさに慣れた後では、今のここは静か過ぎる」

クラウスの言葉に、視線を周囲へと向ける。……確かに、ミヅキが居ない騎士寮は、どことなく静かに感じた。

人の気配がないとか、話し声が聞こえないというわけではない。そもそも、ミヅキが来る前までは、これが普通だった。

そもそも、ここが和気藹々とした雰囲気の場所であるはずもない。ここに暮らすのは私の直属の騎士達……所謂、『最悪の剣』と呼ばれる騎士達なのだ。どちらかと言えば、殺伐とした印象を持たれることが常なのである。

だが、それも過去のこと。

今現在、ここは黒猫の住処として知られている。

悪戯盛りの子猫は人々に構われ、ここは笑い声が絶えない場所となった。

「今頃、キヴェラで何をしているやら」

「本当に、ルーカス殿が協力してくれるのか?」

「さあね。だけど、キヴェラ王が私に手紙を寄越すくらいだよ? これ以上のことを画策していると見て、心構えが必要と思われたんじゃないかな」

「……。これは途中経過なんだな」

「そうでなければ、簡易とはいえ、わざわざ私に手紙なんか寄越さないだろう」

視線を再度、キヴェラ王からの手紙に向ける。キヴェラ王は今後の騒動を予想し、即座に私へと情報をくれたのだろう。

あの子は目を離すと、何をするか判らないから……とても心配になる。

だから、早く帰っておいで。

「ミヅキ、さっさと帰って来い。……親猫がお怒りだぞ」

「はは、これだけの悪戯を叱らなければ、保護者として情けないだろう……?」

少々、目を据わらせながら、ここにはいない馬鹿猫に思いを馳せる。いくら、私が依頼したと言っても、ものには限度があるだろう。

当然、叱られる覚悟はしているんだよね? ミヅキ。

「ミヅキの動向をキヴェラ王から知らされて、拗ねているだけだろうが」

「煩いよ、クラウス!」

――一方その頃、とある場所では(某商人の小父さん視点)

「あ、兄貴……?」

つい先日まで落ち込んでいた兄を元気づけるべく、酒を手土産に兄の家を訪ねた俺は言葉を失った。

「ああ、できるだけ腕のいい職人を探してくれ。魔石も魔導師様が言ったように、取り外しができる状態にしてほしい」

自分勝手な貴族の煽りを受け、けれど、支払いに応じてくれた被害者を罵ることもできず。

やるせない気持ちを抱えて、悔しそうにしていたはずの兄は。

「でかい金が動くぞ、気を引き締めろ!」

何〜故〜か、やる気に満ち、仕事を喜々としてこなしていた。

いや、元から商売が好きな人だから、こういった光景は珍しくはないだろう。寧ろ、今は仕事に並々ならぬ熱意を向けられるようになったことを、素直に喜ぶべきだとは思う。

……が、その理由が判らなければ、唖然としてしまうのも当然であって。

「おーい、兄貴ぃ。……一体、何があったんだ?」

「おお! よく来たな、弟よ!」

声をかければ、輝かんばかりの笑みで迎えられる。

「お前にも礼を言わなければと思っていたのだよ。これから忙しくなるんだ、その前に秘蔵の酒でも飲み交わそうじゃないか」

兄貴は上機嫌である。どうやら、本当にでかい仕事が入ったらしい。

「まあ、元気が出たんならいいけどよ」

椅子に座りながら呟けば、兄貴は上機嫌のまま、俺の背中をバシバシと叩いた。

「ちょ、おいっ! 痛ぇって!」

「はは! お前はこのくらいじゃ痛くもなかろう!」

「チッ、まあな。ところで、『礼』って何のことだ?」

疑問を口にすれば、満面の笑みで兄貴は話し出す。

「魔導師様を紹介してくれたことだ! 私達の味方として、魔導師様は頼もしい限りだったぞ」

「へ? あれは今回の一件についての、情報収集ってやつじゃなかったか?」

「勿論。だがな、魔導師様は商人というものを、非常に理解してくださっていたのだよ」

何 を し や が っ た 、 あ の お 嬢 ちゃ ん は 。

「『元凶が処罰されようと、自分の手で成した報復でなければ、蟠りが残る』と言ってくださってなぁ」

「ああ、あのお嬢ちゃんなら、そう言うだろうよ」

何せ、魔法ではなく、拳でぶん殴った前科がある魔導師だ。そりゃ、そういった方向になるだろう。

だが、疑問も残る。兄貴は商人であり、攻撃要素を持っていない。しかも、相手は貴族であり、下手に報復なんてすれば、こちらが潰されてしまう。商人としては、悪評も避けたいはずだ。

……が。俺はお嬢ちゃんを見縊っていたらしい。

「各国に今回の一件を通達し、例の家への商品の差し止めを画策するとはなぁ」

「は!?」

「しかも、それらは徐々に行なうそうだ。少なくとも、サロヴァーラ産の茶葉は入手できなくなるらしい」

「げ……ティルシア姫に連絡取ったな、お嬢ちゃん……!」

おそらくだが、あの家が入手困難な状況に陥るのは、茶葉だけではないだろう。何せ、あのお嬢ちゃんの人脈は半端ない。多少の売り上げと引き換えに、魔導師に恩を売れるのなら、どの国も嬉々として協力するだろう。

酷い。つーか、随分と悪質だ。貴族にとって、致命傷じゃねーか!

「それだけではないぞ。キヴェラと共同で、娯楽方面のものに手を出すことになってな。年齢を問わず楽しめる、絵本の出版を考えている」

「へぇ、そりゃ凄……」

「ちなみに、本の内容は今回の一件だ。私達は商売ができ、更にはそれをもって報復が可能なのだよ!」

「ぶっ!?」

口に含んだ酒を噴き出す。ちょっと待て、今、何か、凄いことを聞いたような……?

だが、兄は豪快に笑って、俺にタオルを差し出してくれた。

「驚くのも無理はない。だが、事実だ」

「いや、そう簡単にできるもんじゃないだろ!? 元凶の片割れは、キヴェラの公爵家だろうがよ!? 血筋的に考えて、キヴェラをコケにするようなものだぞ!?」

「問題はないよ。何せ、キヴェラ王の許可が得られたからな」

ほら、と差し出されたのは、あのお嬢ちゃん――魔導師からの手紙だった。

ただ、これだけでは意味不明だ。『無事、許可出ました! さあ、準備を急げ!』しか書いていない。

「……? 意味が判らねぇぞ、これ」

「情報の流出を防ぐ意味でも、関係者にしか判らないようになってるのさ。おそらくだが、キヴェラ王から許可を得て、すぐに連絡してくれたんだろう」

「マジかよ。何してるんだ、あのお嬢ちゃん……」

楽しそうなミヅキを思い出し、天を仰ぐ。兄貴が元気になったのは喜ばしいが、あの子が楽しそうな時ほど、とんでもない事態になるのだ。今回とて、そうなるに違いない。

そんなこととは知らず、兄貴は予想外のデカイ仕事に夢中だ。まあ、この分では、あのお嬢ちゃんが何をやらかそうとも、気にしないような気がしなくもないが。

「……。良かったな、兄貴」

それしか言葉がなく、俺は乾いた笑いを浮かべる。傍に殿下がいない以上、黒猫はやりたい放題のはずだ。嬉々として、元凶どもを地獄に叩き落すだろう。

「素晴らしい方だな、魔導師様は!」

どうしてこうなった……!