軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

災難? それとも好機? 其の二

――キヴェラ、とある一室にて(キヴェラ王視点)

『黒猫より、手紙が届きました』

そう伝えたのは近衛騎士のサイラス。そして、今後の騒動を思ってか、手紙を差し出した奴の目は死んでいた。

滞りなく話し合いを終えたこの時に言い出すあたり、サイラスは儂だけではなく、儂の側近達にも聞かせるべき内容と判断したのであろう。

少なくとも、暗澹たる己が気持ちを共有させたいという思惑はないはず。

『黒猫』と言う言葉を聞いた側近達に、一気に動揺が広がったとしても。

「ほお……随分とお転婆ではないか。暫くは、過保護な親猫が監視すると思ったが」

「はい、ミヅキもそのつもりだったと思います」

その言葉に、儂は片眉を上げた。ふむ、どういうことだ? まるで……『親猫が命じた』と言わんばかりではないか。

思い浮かべるのはガニアの一件、その決着方法。身分差と己への扱いを踏まえた魔導師の策は、その途中経過も含めて、エルシュオン殿下に一切、報告されていなかったらしい。

それをいきなり現場で突き付けられた親猫の心境を考えれば、此度のことはどう考えても首を傾げる事態だ。子猫は親猫の腹の下に匿われ、暫くは離してもらえないと思っていたのだが。

そんな様子を猫の姿で想像し、つい苦笑が漏れる。人の姿であっても、あの二人ならば違和感がない。

甘いことだとは思う。だが、保護者を自負するならば納得だ。

ガニア王弟夫妻の処遇は今後、『魔導師の望み』という認識をされるのだ……そんな役割をさせたガニア王に対し、エルシュオン殿下が向ける眼差しは冷たい。

今後、ガニア王は事ある毎に厳しい目を向けられるに違いない。『あの子にそこまでさせたのならば、結果を出せ』と言わんばかりに、無能であることなど認めまい。

子猫ばかりがその凶暴性を取り沙汰されているが、親猫の方も大概なのだ。身内を非常に大事にする事も含め、実に似た者同士だと思う。

「陛下……ま、まさか、再び魔導師殿と事を構えるようなことには……」

「慌てるでない。まずは書かれている内容を見てからであろう?」

「そ、そうですね」

不安そうな側近達を制し、手紙を開く。そして――

「あ゛?」

儂は目を据わらせた。

思わず漏れた声に、側近達が肩を跳ねさせるが……そんなことを気にしている余裕はない。

忙しなく目で文字を追いながらも、機嫌が急降下していくのが判る。それに伴い、儂の表情は益々険しいものとなっているのだろう。

一足先に読んでいたサイラスに至っては、魔導師殿に比較的理解があるせいか、達観した表情で溜息を吐いていた。……そうだな、いくら何でも、こんな馬鹿な案件で魔導師からの警告沙汰になるとは思うまい。

「はは……我が国には縁談一つ纏められない愚か者がいたようだ」

『は?』

青筋を浮かべたまま、手紙を机に放りつつもそう口にすれば、周囲の者達は揃って間抜けな顔になる。

まあ、それも当然だろう。こう言っては何だが、この国の貴族達と魔導師殿は親しくない。それを踏まえれば、魔導師殿がわざわざ他国の縁談……それも貴族の縁談に口を挟むことなど、ありえないだろうから。

ぶっちゃけた話、単に興味がないだけである。

何らかの裏でもない限り、興味を引かれることはない。

そもそも、そんなことで『あの』魔王殿下と魔導師殿が動くはずはない。色々と物騒な噂と実績に満ちた二人ではあったが、基本的に平和主義なのだ。

……まあ、魔導師殿の方は『商人達が困る(=食材の流通が滞る)』、『問題解決を押し付けられる』といった具合に、自分本位な理由からなのだが。

「ソフィアの実家がやらかした! 溺愛する娘のおねだりのまま、ろくに情報収集もせずに、一月後に婚姻が決まっていた者を奪い取ったようだ」

『な……』

「被害にあった国はアルベルダだそうだ。クリスタ姫が我が姪を諫めてはいたそうだが、全く聞き入れなかったらしい。しかも、一方的な婚約破棄を突き付けただけでなく、被害者とも言うべき令嬢とその家に、全ての後始末を押し付けたそうだ」

皆が絶句する。当たり前だ。そんな非常識なことなど、まかり通るはずはない。

それを可能にした要素。それこそ、我が国が今現在、疑いの目で見られているものだった。

「しかし、かの公爵家は陛下の妹君が降嫁されております。公爵家からアルベルダ王家への打診があったならば、双方で話し合いの場を持ち、落としどころを見つけることは可能だったのでは?」

「そうだな、我が妹がかつての身分を盾に、話し合いの場を持つことは可能だろう。その際、それなりのものを被害者達に支払うことにはなるだろうが、ここまで問題にされることはない」

そう、『落としどころを見つけることは可能だった』。というか、それが一般的な発想だろう。

それなのに、どう考えても『権力を盾に、無理を通した』としか思えない。しかも、魔導師殿からの手紙を見る限り……まるでキヴェラという『国』こそが、奴らの後ろ盾のように思われている。

「男の方も乗り気だったのだろうが、そのような無茶をするからには、こちらとて筋を通さねばなるまい。……だが、かの公爵家は動かなかったらしいな。儂はそのようなことなど、一言も聞いてはおらん。知らなければ、動きようもない」

「ということは、魔導師殿の手紙には……」

「我が国の在り方……もっと言うならば、儂の手腕が疑われている。当然よな、イルフェナで各国の代表達と言葉を交わした際の言葉があるのだから」

尋ねてきた宰相は深々と溜息を吐き、額に手を置いた。頭痛を覚える事態であることは事実なのだろうが、休んでいる暇はない。

ちらりと、魔導師からの手紙に視線を向ける。そして、先ほど『随分とお転婆だ』などと安易な感想を持った己を恥じた。

これではエルシュオン殿下であろうとも、魔導師殿を送り出すしかないだろう。他国の王族がキヴェラを断じるなどという真似をすれば、これまでの苦労が無駄になるのだから。

新しい関係を築くことを望む者として、また、各国の代表者達へとその提案をした者として、それに相応しい行動を取らなければならなかっただけのこと。

個人的な感情を押し込め、王族の一人として判断したわけだ。親猫などと、からかっていいものではない。

「魔導師殿には感謝せねばなるまいな。サイラスを通じることで、あちら側の情報提供を『個人的な手紙』という形にしてくれたのだから」

「……陛下。魔導師殿からは批難の声が上がっていないのですか?」

「非難の声というより、状況説明だな。問われれば、友人への愚痴とでも言って、押し通すつもりであろうよ」

そう、これは『サイラスへの愚痴』だ。我がキヴェラに『配下に勝手な真似をされ、国の方針と王の手腕を疑われている』といった『事実』を作り出さないための布石。

「アルベルダも、イルフェナも、キヴェラには未だ、抗議を行なってはおらん。つまり、『この案件をなかったことにはできないが、動きがなかったわけではない』ということにはできるのだ」

誰もがはっとして、儂の手にある魔導師からの手紙に視線を向けた。

「しかも、『魔導師と話がしたくば、アルベルダ王家を経由しろ』とある。くく、上手い遣り方をするではないか。魔導師殿と話すためには、アルベルダ王家へと繋がりを取らねばならん……謝罪をする機会も、弁明をする機会も、情報交換する機会さえも、あるだろうな。勿論、全てが終わった後には正式な謝罪が必要だろうが、我が国に向けられた疑惑を晴らすことはできるだろう」

「なるほど、そのために魔導師殿はアルベルダに滞在しているのですな」

「おそらくは。身軽なあの娘ならば、単独でキヴェラに来ることも可能だろうに、わざわざ、我らとアルベルダが話し合う機会を設けたようだ。あちらの対応次第だが、共闘も可能だろう」

『共闘』という言葉に、多くの者が反応する。そこに儂を案じる感情が多々あることを読み取るも、労わる言葉は不要とばかりに、頭を振った。これもまた、我が策の弊害ではあるのだから。

「血を残すため、父上の目に留まらないような者と愚妹を婚姻させた。生まれた子供は三人……長男はルーカスを支えると決めた時に家を継ぐことを弟へと譲った。次男は第二王子の側近候補として学んでいる。問題は……二番目に生まれた長女」

目を半ば伏せて、問題となっている公爵家を思い浮かべる。血を残す事が最優先の婚姻だったとはいえ、かの家は我が側室であるソフィアの実家であり、新たに王太子となる第二王子の後ろ盾とも言える家。

次代に移れば、第二王子の側近となる次男が爵位を継ぐことに決まってはいるが、年齢的な問題もあり、まだ数年は現在の公爵に居座ってもらわねばならなかった。

「良くも、悪くも、かの家は我らの愚かさを突き付ける。だが、乗り切らねばなるまいな」

時代が移り変わる中、男児であった長男と次男は其々、王家の王子達の側近候補となった。その繋がりは深く、家を継ぐはずだった長男は何の未練もなく、家を捨て去ったのだ。

『私が忠誠を誓うのはルーカス様ただ一人。次代の王を支える弟こそ、次期公爵に相応しいでしょう』

ルーカスを支えたいと言い出す者の多さに、儂らはルーカスの評価を誤っていたことを痛感せざるを得ない。兄を慕う弟王子達もそれを当然と捉えており、目を曇らせていたのは我らの方だったと思い知らされた。

「魔導師殿に尋ねてみたいものだ……『そなたはルーカスをどう評価している?』と。おそらく、我らの想像もつかない答えを言われるであろうがな。……サイラスよ、お前もそう思わんか?」

「俺、ですか?」

「うむ。魔導師殿と懇意にしているお前ならば、子猫の反応が予想できそうだ」

小さく笑うと、サイラスは暫し考えるように沈黙し。

「それなりに評価するのではないか、と思います。ルーカス様がエルシュオン殿下達を侮辱したからこそ、怒ったのであって……それがなくなれば、単純に能力だけしか見ないような気がするのです。ただ……」

「ただ?」

「悪い点は遠慮なく突くので、ルーカス様を含めた全員が痛い言葉を向けられるかと」

微妙なことを言った。いや、ある意味では的確な予想なのだろう。落ち込んでいるところを更に抉るあたり、実に魔導師殿らしいというか。

だが、それならば。

「愚かなる二番目の子供……いや、我が愚妹とその夫、そして彼らが溺愛する娘は、どのような目に遭うのだろうな」

思わず呟くと、その場に沈黙が落ちた。ある程度は慣れているはずのサイラスでさえ、何を想像したのか、顔を引き攣らせている。

その場に居る側近達は当然、顔面蒼白だ。公爵家が潰せない事情を明らかにしたところで、あの魔導師が手加減するなど、『誰一人として』思ってはいないのだろう。

……儂もそう思うのだから。

「さて、アルベルダ王に手紙を書くか。ま、まあ、魔導師殿を味方につけられるならば、悪い決着にはなるまい」

「あの、悪い決着にはならずとも、それなりの犠牲が出る可能性があるのでは……」

「サイラス。……思っても、口にせぬ方が良いこともあるぞ?」

「は、はい……」

魔導師殿に理解があるからこそ、お前の予想は少し怖い。……側近どもにトドメを刺したのは、お前だぞ? サイラスよ。