作品タイトル不明
猫親子×2 其の一
――イルフェナ・エルシュオンの執務室にて
「……」
「……」
私と魔王様はお互い、何とも言えない表情のまま無言になった。原因は私が持ち込んだ『とある物』と、魔王様の執務机に鎮座している『この部屋には似合わない物』が原因だ。
「ミヅキ……それって……」
「ガニアに居た時、クラレンスさんから貰いました。騎士寮の食堂に来る近衛騎士達からだそうですよ」
私の腕に抱えられている――子供くらいの大きさがあるため、本当に『抱えている』という表現が正しい――ぬいぐるみを見ながら、魔王様は溜息を吐く。
そんな魔王様の姿に、アルとクラウスは笑いを堪えているようだった。こいつら、私達がそれぞれ受け取った物の存在を知ってたな?
私が貰った物、それは超巨大な猫のぬいぐるみ。
金色の長毛に鋭さを感じさせる青い瞳という配色のそれは、どう考えてもモデルは魔王様。
絶対に、『エルシュオン殿下を猫にしたらこんな感じ』というイメージだ。クラレンスさんが持ってきたということもあり、それは確信に近い。さぞ、細かくデザインの注文がされていたのだろう。
つーか、明らかに『親猫様(偽)を持って来てあげたから、これを見て頑張りなさいね』的なニュアンスで渡された。それが意味するところは『ホームシックになるんじゃありません。親猫(偽)が見ているのだから、それに恥じない結果を出しなさい』だろう。
一言で言えば『黒猫、ファイトぉっ! 親猫と我らのために徹底的にやれ! 何をしても我らは許す!』という激励。
近衛騎士という立場上、表立って私を応援することができない彼らからの、無言の後押しだ。
なお、これがあったからこそ『ああ、イルフェナという国もそれを望んでるのね』と確信したとも言える。
穏便な解決を望んでるのは魔王様であり、シュアンゼ殿下を守るというのも『魔王様個人の意志』だったのだから。国が否と言えば、それまでだったんだよね。
正直なところ、後のお叱り――私だけでなく、勝手なことをした魔王様も含む――を考えると、あまり派手なことはできないと思っていた。最悪の場合、『魔導師の勝手』で済ませるしかないかなー? とも考えていたくらい。
そこにきて、騎士団長さんを含む近衛騎士達からのプレゼント。団長さんは国第一の人なので、いくら個人的に思うことがあったとしても、国が『否』と言えば、私を諫めるはず。
どう考えても、国のお許しが出たという合図です。寧ろ、後押しに近い。
イルフェナに戻ってからも呼び出しはないため、この認識で合っていたと思われる。
そんなエピソードを持つぬいぐるみなので、是非ともモデルになった本人にも見せようと思ったのだ。……まさか、魔王様の執務机に黒い子猫のぬいぐるみが『ちまっ』と鎮座しているとは思わなかったけど。
ちなみに、驚いたのは魔王様も同様。魔王様、親猫(偽)の存在を知らなかったらしく、見た瞬間に固まっていた。やはり、自分がモデルだと判る模様。
……ということは。
「魔王様、ちょっと失礼」
一言断ってから、机の上にある子猫のぬいぐるみを取り上げる。そして、代わりに机の上に置いた親猫(偽)の両前足の間に、子猫のぬいぐるみを『すぽっ』と嵌めた。……二匹の大きさに、違和感なし。
「わぁ、ぴったり! どう考えても、これ、セットで作られてるでしょ」
「……。なるほど、『金色の大型猫と黒い子猫のぬいぐるみ』ではなく、最初から『親猫と子猫のぬいぐるみ』として作られていたのか」
それをバラバラにして、私と魔王様其々に贈ったわけだ。私が無事にこちらに戻ってくれば、結果的に『猫親子(偽)』になる、と!
……。
楽しい人達だな、この国の近衛騎士って。ぬいぐるみのプレゼントというサプライズに、更なるサプライズを用意して、この国で待っていたんかい。ああ、魔王様も呆れている。
だが、ぬいぐるみに込められた意味はそれだけではなかったらしい。
「彼らは貴方達と接する機会が多いため、唐突に引き離された貴方達二人を本当に案じていたのですよ」
「いや、まあ……確かに、今回は心配をかけてしまったと思うけど」
アルの言葉に視線を泳がせながら、それでも素直に認める魔王様。……おや、何かあったのか? そこは『野放しにされたアホ猫が何をやらかすか、心配で……』とか言うと思ったけど。
視線でアルに問うも、アルは『秘密です』と言わんばかりに、人差し指を立てて唇に当てた。クラウスも小さく笑って「諦めろ」と口にする。どうやら、二人とも教えてくれる気はない模様。
ちっ、つまらん! 折角、面白そうなのに!
「ってことは、親猫の方もここに置いておいた方がいいかな?」
「それはどちらでも構わないけど、ガニアではどうしていたんだい?」
「え、ベッドに置いて抱き枕にしてました。相手の有責狙いとはいえ、ストレスの溜まる環境だったもので、睡眠と共に私の貴重な癒しでしたけど」
馬鹿正直に言えば、魔王様達は生温かい視線を向けてくる。
「抱き枕……そんな微笑ましい状況の裏で、報告書にあった騒動各種には手を抜かなかったと」
「いいじゃないですか、魔王様。ふかふかの親猫(偽)の毛並みは最高ですよ!」
『お前の思考の切り替え具合はどうなってるんだ』と言わんばかりの魔王様。
いいじゃん。私はお米様(重要!)とシュアンゼ殿下のために頑張った! 可愛い物を愛でつつ、その存在に癒されつつ、頭ではしっかり今後の計画を立てていましたとも!
「確かに、抱き心地は良さそうですよね。なるほど、まさに『親猫に甘える子猫』と化していたわけですか」
「可愛いものに癒されて、何が悪い! ……シュアンゼ殿下の救済も考えなきゃならなかったから、色々大変だったんだよ。だぁって、王弟殿下とその派閥の一部貴族って、国のことを全く考えずにやらかすんだもん! 責任を取る形で巻き込まれそうだったしさぁ」
微笑ましい、と笑みを深めたのはアル。……そだな、お前はアル犬期間に同じ扱いだったもの。ぬいぐるみ仲間として、『良い毛並みは、抱き付く側の癒しになる』ということに理解があるに違いない。
日頃は凶暴な珍獣がぬいぐるみを抱きかかえたまま、すやすやと眠る平和ボケした姿……さぞ、微笑ましいことだろう。『そんな平和な一コマもあるんだ?』的な印象を受けることは確実だ。
余談だが、アル犬は私より先に目が覚めても、私が起きるまで大人しく抱き枕でいてくれた。気遣いのできる大型犬(偽)、アル犬。その特殊な性癖と噂の凶暴性さえなければ、誰が見ても立派な子守り犬。
「馬鹿の相手に疲れたか。お前も途中で諦める気はないだろうが、クラレンス殿も帰国を許さなかっただろうな」
「あは、クラウス正解! 『最後まで頑張りましょうね』って言われたよ!」
「「ああ……」」
「やはり、言われたか。あの方は顔と言っている内容が一致しないと評判だ。笑顔で過酷な書類仕事や任務を言い渡すらしいぞ?」
妙に、クラウスがクラレンスさんの行動を察していると思ったら、割と有名な話らしい。魔王様とアルも納得の表情で頷いているので、皆に知られた話なのだろう。
ま、まあ、そんな人を選んだのは私なので、それに文句を言うつもりはない。あれは激励だ。遠い地で一人頑張る私への、近衛騎士達からの激励だったのだ……!
……。
……多分。限りなく、クラレンスさんの地のような気がしなくもないけど。
「折角だから、暫くは親子でここに置いてもいいですか? これを見た人達の反応も気になるし」
にやり、と笑いながら告げれば、皆も面白そうな表情になった。近衛騎士達の『可愛らしい悪戯』に対抗し、こちらも何かをしたくなった模様。
ふふ、楽しそうだと思いません? 魔王殿下の執務室 IN 猫親子(偽)!
さあ、どんな反応が見れるかな? しかも、貰ったぬいぐるみを置くだけの簡単仕様なので、怒られることもありません! この部屋で私と魔王様がじゃれていれば、更なる微笑ましさがプラス!
まあ……王子様の執務室――それも『魔王殿下』と呼ばれるエルシュオン殿下――にこんなものが置かれた日には、事情を知らない奴らが大パニックを起こすのかもしれないが。
しかし、ここは執務室。しかも、当の魔王様が在室中。騒いだり、笑うなんて真似、間違ってもできないわけで。
皆の反応、楽しみねっ! さあ、何人が耐えられるかなー?
「……実はな、こんなものがあるんだが」
笑いを堪えながらクラウスが見せた『それ』に、私達は呆気に取られてクラウスをガン見した。
おいおい、『これ』をクラウスや黒騎士達が作ったのか!? マジ? マジで最近、方向性を間違えてない!?