作品タイトル不明
黒猫はお家に帰りたい 其の三
さて、王弟夫人はこれで沈んだ。後は本命こと、王弟殿下のみ。
当初は王弟殿下を支持する貴族達の存在が邪魔だったけれど、現時点ではその悩みが解消されていると見ていいだろう。
何せ、私がガニアに来てから巻き込まれたあれこれは全て、『王弟殿下の派閥の貴族達がやらかしたこと』。ただでさえ心証が最悪なのに、この場には各国の王達の目もあるのだ。
王弟殿下を庇うような忠誠心のある貴族以外、絶対に自分をアピールしたくはないだろう。巻き込まれたら、家が沈む。
何より、ファクル公爵を筆頭とする愛国者達は次代の支持に回り、今代がどうなろうとも放置だろう。国に影響が出るような事態にならない限り、手を出すまい。
消去法で、現在は王弟殿下のみが私の敵となっている。ガニア王も覚悟を決めた以上、もう救いの手は差し伸べられまい。
待ちに待った一時だ。ここにくるまで、本当に長かった……!
私の帰還条件である以上、沈んでもらうぞ? 王弟殿下。
「ところで、王様。魔王様がさっき言ったことを覚えています?」
振り向いて、ガニア王へと微笑みかける。ガニア王は軽く首を傾げたが、即座に何のことかを察したようだ。
「ああ、そなたが我が国の事情に巻き込まれているということへの抗議だろう? シュアンゼを守ってくれていることの延長のように捉え、随分と迷惑をかけた。正式な謝罪だけではなく、望むものを報酬として与えよう」
すまなそうな表情で謝罪するガニア王だが、テゼルト殿下とシュアンゼ殿下は揃って顔を引き攣らせた。
……うん、君達、私がニヤッと笑ったのを見たんだね? ほんの一瞬だけど、バッチリ目撃しちゃったんだよね?
でも、時すでに遅し! 王の言質を取った以上、さくっと言うことを聞いてもらいましょうか!
「父上、それは私の責任で……っ」
「テゼルト殿下、煩い。黙って。……失礼しました、邪魔が入ったもので」
「いや、今のは私とそなたの会話に割り込んだテゼルトが悪い。控えよ、テゼルト」
「っ……は、い」
王の叱責に、テゼルト殿下は仕方なく引き下がる。ガニア王は私の性格を二人ほど知らないため、テゼルト殿下の行動を『一般的な認識に基づいて』却下してくれたのだろう。
はは、王様は私の行動とその結果しか知らないものね? 待ったをかけようとしても、理解してはくれまい。
逆に、各国の王族の皆さんは非常に楽しそうに私を眺めている。私の望む決着には『シュアンゼ殿下が王族のままでいること』という無茶苦茶なものが含まれているため、こちらの一手に興味津々なのだろう。
さて、そろそろ始めようかな。……私は『連座での処罰をなしにする』とは、一言も言っていないんだけどね?
「私に対するあれこれの主犯は王弟殿下。そして、彼の派閥の貴族達がやらかした以上は当然、そちらも含まれます。皆さん揃って『王弟殿下を相応しい地位に就けるため』に、私の排除をしようとしてましたからね」
「私には関係がないだろう!」
「ありますよー。少なくとも、彼らをどん底に叩き落とす意味では必須です。貴方が這い上がれないほどに落ちれば、最後の望みも潰えるわけですから。そもそも、貴方自身は私にとって『敵』ですよ?」
即座に否定する王弟殿下に対し、睨み一発。そして、にこやかに『お前のせいだろ、責任取れや』とお説教。……私の目が笑っていないのはスルーせよ。仕様です、仕様。
それでも諦めないのが王弟殿下の良いところ。視界にシュアンゼ殿下を認めるなり、王弟殿下は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「我が罪か。ならば! 私の息子であるシュアンゼにも処罰があるのだろうな!」
「ありますよ? では、先にシュアンゼ殿下からいきますね」
『な!?』
予想外だったのか、テゼルト殿下達でさえもぎょっとして私をガン見。中継を見ている王族達もこれは予想外だったらしいが、彼らは面白そうに眺めるだけだった。……私を諫める声は上がらない。
「な……に? い、いいのか!? 仲が良かっただろう!?」
「それとこれとは話が違います。仲が良いのは、私個人の感情。今、追及しているのは、ガニアという『国』に求める対応です。規模が違いますよ、優先すべきは個人的な感情ではありません」
それくらいの教育はされていますよ! と明るく告げれば、返す言葉を思いつかなかったのか、王弟殿下は悔しそうに押し黙る。
当たり前です。親猫様の教育が疑われるような真似なんてするかよ、ここは他国の目もある場だっつーに。
「く……所詮は、目的達成のための捨て駒か」
「……何をもって目的と言っているかは判りませんが、私は最初から『味方ではない』と公言しています。その上で、あの扱い。イルフェナや私からの抗議は当然でしょうに」
ちなみにこれ、ガニア王への嫌味も含まれていたりする。シュアンゼ殿下は権力その他が限りなくゼロなため、米の契約が最大限の贖罪なのだよ。寧ろ、それしかないと言ってもいい。
対して、ガニア王達はどうだ? 『その義務があり、実行するだけの権力と人材がありながら、何もしなかった』。彼らの行動を言葉にすると、これ以外になかろうよ。
彼らはシュアンゼ殿下へと心配そうな視線を向けているが、当のシュアンゼ殿下は当然といった感じに、私の言葉を受け止めている。最初から覚悟をしていたため、ずっとそうなる可能性を捨てきれなかったのだろう。
「陛下、私の処罰をミヅキに委ねてはくださいませんか? 彼女は正しく、我ら親子の被害者……エルシュオン殿下のお心を裏切ったことも含め、私は償わねばなりません」
『シュアンゼ殿下、貴方はそれでいいのかい? 君に処罰を望んだ姿を見ても判るように、私はミヅキに個人的な感情に振り回されないための教育を施している。どうなるか判らないよ? 傍に居なかった以上、私も部外者に該当する。私も関与できない』
「勿論です。だからこそ、とも言えますね。当事者であり、最大の被害者である彼女が下す処罰だからこそ、誰もが納得せざるを得ません。……当然の義務を怠ったのは我らなのですから」
魔王様の言葉にもシュアンゼ殿下は揺らがない。そしてシュアンゼ殿下自身が言い切ったことにより、ガニア勢も口出しできなくなってしまった。灰色猫なシュアンゼ殿下は、こういったところは本当に潔い。
諦めたのではなく、『当然の処罰』だと理解できている。
両親と違い、みっともなく言い訳するような真似はしない。
ガニアの者達は今度こそ、シュアンゼ殿下の認識を改めるだろう。……遅過ぎたのかもしれないが。
各国の王族達も、シュアンゼ殿下へと向ける目はどことなく優しい。この場において、何ら動じることなく処罰に応じる潔い姿に、シュアンゼ殿下への評価が上がっているようだ。
「それでは……まず、『自分の足でテゼルト殿下の下へ行き、跪いてください』。ああ、この杖を使ってくださいな。ラフィークさんに支えてもらったとしても、『未だに自力では歩けない』でしょうから」
「……。判った」
杖を取りに来たラフィークさんには批難の目を向けられたが、それも当然のことだろう。誰だって、満足に歩けない状況だと知られたくはない。まして、シュアンゼ殿下は成人男性。見世物にしたようにも思える扱いだ。
「ここからが処罰の本番ですが。シュアンゼ殿下の王位継承権を剥奪してください。そして、シュアンゼ殿下にはテゼルト殿下へと忠誠を誓ってもらいます」
「なんだと?」
「当然でしょう? 後の憂いを消すためですよ。ですから、次代であるテゼルト殿下への忠誠を誓ってもらうのです」
何もしていないシュアンゼ殿下に対し、この扱い。即座に周囲から……『シュアンゼ殿下をよく知らない者達からさえも』批難の目が向けられる。
だが、そんなことで私の笑みは崩れない。寧ろ、私の思い通りの展開になったことに、内心笑いが止まらない。はは、チョロイな!
そう、それでいい。即席でいいから、シュアンゼ殿下の味方と化すがいい。
実際は、自分がそんな状況にないことからくる哀れみが大半だろうが、傍から見ればシュアンゼ殿下を案じているように見えてしまう。……『他国の王族達に、王弟殿下とは違うと印象付けられる』。
これを怠ると、彼らは絶対に処罰内容に賛同してはくれないだろう。シュアンゼ殿下をよく知らない以上、私個人の感情で救済したように見えてしまうからね。
ガニア王は苦い顔をしていたが、それでも気持ちを切り替えたらしい。やがて、静かな声で宣言した。
「シュアンゼの王位継承権を剥奪する。よいな? シュアンゼ」
「はい。当然のことと受け止めましょう。勿論、テゼルトへの忠誠も、この場で誓わせていただきます」
「シュアンゼ……」
「テゼルト、いや、テゼルト殿下。これが現実なのです。寧ろ、遅過ぎたくらいでございましょう。本来ならば、ミヅキに言われるまでもないことです」
微笑んでガニア王に告げると、シュアンゼ殿下は体を屈めてテゼルト殿下の靴先へと口付けた。人々がざわめく。
「私の忠誠をテゼルト殿下へ捧げます。各国の王族の皆様が証人となってくださる中、生涯変わらぬ忠誠をここに誓いましょう」
「……。判った」
苦い顔をしながらも、テゼルト殿下はその忠誠を受け取った。これで、彼らは対等な関係ではなくなる。そうでなければ……再び、今代のようなことが繰り返されるだけ。
シュアンゼ殿下本人にその意志はなくとも、動きかねない貴族達がいる。ゆえに、テゼルト殿下は必要なことだと理解したのだ。
「それでは最後に。王様、シュアンゼ殿下を貴方の養子にしてくださいな」
「は?」
予想外だったのか、誰もが唖然とした表情になった。珍しいことに、シュアンゼ殿下も呆気に取られているようだ。
『ミヅキ、そうする理由を聞いても? これは処罰なのだろう?』
「そうですよ? 忠誠を誓ってもらった以上、今後はテゼルト殿下の手足となって働いてもらわなければなりません。しかし! 残念ながら、ガニアの貴族は『全く』信頼できないのですよ。これは私の経験から学びました。シュアンゼ殿下は王弟子息である現在でさえも軽んじられ方が半端ないので、下手に爵位を与えたり、後見人をつけるよりも、王家で飼い殺した方が確実です」
『……つまり、君は言葉通り、シュアンゼ殿下をテゼルト殿下の配下として働かせる気なんだね?』
「それが罰になりますからね。王弟殿下側だった貴族達の抑止力として使えますし、この国は異世界人召喚をやらかしてるんですよ? 使える人材は手元に確保して、使い倒すに限ります」
絶対に、派閥の再編成が起こると思うんだ。それに加えて、他国から厳しい目を向けられる。だから、テゼルト殿下の髪の心配をしていたんじゃないか……『馬鹿が多いと辛いわね。今後も大変ね』って。
しかし、この処罰に異議を唱える者がいた。言うまでもなく、王弟殿下である。
「ふざけるな! 貴様らにとって都合のいいことばかり並べおって……!」
「え〜? 私は十分、酷いことを願いましたよ? ……貴方を基準にして」
「何だと!?」
にやりと笑って返せば、王弟殿下は怪訝そうな顔になった。あらあら、気づいていないらしい。
そこを悪乗りしてくれるのが、我が親友ことルドルフ君。
『ミヅキ、俺もその理由を聞きたい。勿論、あるんだろう?』
「当然! だぁって、王弟殿下は自分の方が王になると確信していたから、『王位継承権を手放さなかった』んでしょう? ある意味、これが絶対に失えないものなのよ。つまり、『王弟殿下の中で最も価値のあるもの』に該当する」
まず一つ、と指を折る。これは誰でも納得してもらえるだろう。何せ、ガニア王と王弟殿下が揉めているのは有名だ。その理由だって、隠されてはいない。
「次に、シュアンゼ殿下がテゼルト殿下へと忠誠を誓ったことについて。王弟殿下は長年、兄であるガニア王への反発を隠さなかった。それは『自分の方が正当な王であるという認識があったから』。ルドルフだって、この兄弟の仲の悪さ……王弟殿下の王への反発を知っているでしょう?」
『常識だな。隠す気もなかったらしく、王弟殿に至っては、平然と口にしていたと思うぞ』
ルドルフの援護射撃に、人々は頷き納得している。『他国の王が事実と認めた』ので、これは私個人の勝手な見解ではない。ルドルフはそれを狙って、この場で口にしてくれたのだろう。
「忠誠を誓う相手はテゼルト殿下……この国の王太子なのよ? 配下として働いてもらうこと自体が罰なのに、身分がなければ役立たずのままじゃない! だから、王族でいてもらうの。『王族でありながら継承権を失くし、本来ならば次代の正統な後継者だったはずなのに、従弟の配下として働く』。……ね? 王族だからこそ、この罰は屈辱的なものになるのよ」
『確かに。幽閉の方が人目に晒されないだけ、大分マシだな。わざわざ歩かせたのも、足が悪いと知らしめる意味があったか』
「勿論! ……ねぇ、王弟殿下? 私が考えた処罰を、貴方だけは反対できないのよ。だって、全ては貴方が手放さなかったり、拒んだものばかりなんだから。違うのなら、こんな事態にはなっていないわよね? 素直に、現実を受け入れているはずだもの」
「く……!」
「それにね? 私は魔王様の言葉があるから、大人しくしているだけ。魔王様が『守れ』と命じたシュアンゼ殿下が国が傾くことを望まないからこそ、報復をしなかっただけなの。他国の王様達の言葉もあるし、シュアンゼ殿下から貰った報酬もあるから、『シュアンゼ殿下がいる限り』この国への報復を止めてあげる。……魔導師の報復を止めている存在である以上、この国はシュアンゼ殿下を失えないのよ。それが現実」
ここまで言えば反論の余地がないと悟ったのか、王弟殿下は悔しげに歯ぎしりをしていた。下手に反論すれば、『じゃあ、お前はどうなんだよ』と突っ込まれることが確実なので、何も言えないとも言う。
それ以上に『この国は魔王様とシュアンゼ殿下のお蔭で、辛うじて報復を免れています』と暴露したことが決定打だったのだろう。魔術師達との手合わせや、これまで私が見せた魔法がある以上、無視はできまい。
はっは! ざまぁねぇな、王弟殿下!
私は超できる子だと……魔王様の配下だと、言っていただろうが!
『シュアンゼ殿下を守れ』という魔王様の命令は、『最良の結果に導け』という意味とイコールだ。つーか、魔王様自身がそういう方向で考える人なので、必然的にそうなってくる。
私は親猫様に厳しくも愛情深く教育されたのです。失望されたり、憂いを残すような展開には絶対にしない。
何より、私にはお米様ゲットという野心がある! この好条件を逃がしてなるものか……!
「それにね、この展開は貴方にとって、とても屈辱的でしょう? 私は貴方が大嫌い! 嫌がらせのためなら、あらゆる知恵を絞って徹底的に落としてみせるわ。そうそう、貴方にも言いたいことがあるの♪」
にこぉっと笑って、いつの間にか立ち上がっていた王弟殿下の胸ぐらを掴む。ぎょっとして諫めようとする人達を無視し、笑みを消して、その腹に拳を叩き込んだ。
「ぐ……」
「魔王様を狙うのはまだいい。誰にとっても要らない子のあんたには判らないだろうが、狙われるのは一種のステータス! 良くも、悪くも、警戒されてこそ、他国にさえ一目置かれる王族だ。話もついている以上、そこは突かん。しかし!」
ドスッと再び拳を一発。睨み付けてきたので、更にもう一発を見舞う。
「くっだらねぇ王位争いの道具にしようとしたことは……その程度の物扱いしたことだけは、絶っ対に許さん! 何が『私の方が王に相応しい』だ、自力で王位を勝ち取れない無能が戯言ほざいてんじゃねぇっ!」
「な、何を言うか! 正しい血筋の私こそっ」
「どんな国でも、馬鹿な王なんざ要らん! 一滴でも王家の血が流れてるなら、後は才覚だけだ! 最重要項目が抜けてる上に、貴族の傀儡にしかならないアホなんぞ、他国からすればカモ以外の何物でもないわっ!」
言い終わると同時に、今度は膝をお見舞いした。……リヤンよ、「もっと抉るようにやるのよ!」ってのは、応援かい? 貴女の傍に居るテゼルト殿下達が蒼褪めているんだけど。
視線を王弟殿下に戻すと、息切れこそしているようだが、未だに納得していない様子が窺える。長年、野心を拗らせてきただけあって、意外としぶとい。
そうか、ならば『反論しにくい相手』からも言ってもらおうじゃないか。
「お兄ちゃ……じゃなかった、バラクシン王、そこにライナス殿下います?」
『魔導師殿、その呼び方は……』
「お気になさらず。私の中では、仲良しバラクシン王族兄弟と認識されてるので」
『そっそうか! うむ、そう思ってくれると嬉しい。ああ、ライナスだったな。いるぞ』
嬉 し そ う で す ね 、 お 兄 ちゃ ん … … !
魔王様は温〜い眼差しになっている。以前の、バラクシンでのあれこれを思い出しているのだろう。意味が判らない面子は不思議そうな顔をしているが、それが当然だ。いくらなんでも、外交でもブラコン全開ではないだろうし。
『……魔導師殿? 私に用事が?』
「お久しぶりです、ライナス殿下。……あのですね、もしもバラクシン王が他国のいざこざに利用されたりしたら、貴方はそれを企てた輩に対し、どう思います?」
『陛下が? それはバラクシンは一切、関係ないということでいいのかね?』
「勿論。勝手に手駒として利用された、という状態です」
ライナス殿下は当初こそ困惑していたようだったが、私の質問を聞くなり、その表情を厳しいものに変えた。リアルに想像してしまったらしく、その眉間に深い皺ができている。
『国としては当然、抗議する! 許せることではないし、強い憤りを感じるだろう』
「じゃあ、弟としては?」
『う……! そ、その……』
「……」
『……。やはり、許さないだろう。兄上が望まずとも一配下として、または弟として、憤ると思う』
じっと見つめて答えを迫ったせいか、ライナス殿下は少々顔が赤かった。それでも言い切るのだから、それは決して揺らがない本心なのだろう。
ああ、お兄ちゃんは喜びのあまり涙を流してそうだ……。頼りになる弟で良かったね、バラクシン王。
「ライナス殿下、ありがとうございました。じゃあ、次はティルシアにも聞いていい? これは『妹に対する姉』という意味じゃなくて、『未来の女王へと忠誠を誓う者』という意味でお願い」
『ふふ、判ったわ。だけど、どちらでも同じことよ? 私はあの子の姉であると同時に、この国に尽くす者ですもの。その忠誠も揺らがないわ。だから当然……』
穏やかだったティルシアの表情が一変する。笑みを浮かべているのに、妙にぎらついた目は全く笑っていない。
『殺すわ。ああ、ただ殺すだけじゃ飽き足らないでしょうから、徹底的に、あらゆる手段で心を折ってから、私自身の手で仕留めてあげる』
「わ〜あ……本気ですね、ティルシアさん」
『当然よ。だから、貴女【達】の憤る気持ちも理解できるわ。私は貴女を支持するわよ、ミヅキ』
絶対零度の笑みを消し、ティルシアはにこりと笑う。……どうやら、騎士寮面子が含まれていることも察しているらしい。
つーか、誰も殺意を語れとは言っていない。しかも、私を同類に仕立ててませんか、ティルシアさん!?
視線を戻した謁見の間は、ティルシアの決意(意訳)に感動したのか、シン、と静まり返っている。王弟殿下でさえ、ティルシア相手に反論してはいなかった。
殺ると言ったら、必ず殺る女。それがサロヴァーラ王女ティルシア。サロヴァーラでの一件を知る者達は、それが過大表現ではないと知っている。
お姉様、マジで怖い。さすがだな、女狐様……サロヴァーラは今後、安泰だろう。
「判った? 誰に聞いても『許さない』っていう一択なの。……王様、王弟殿下の処罰を提案したいのですが」
「あ、ああ、申してみよ。余程のことでなければ、そのまま採用しよう」
「ありがとうございます。これほどの騒動を起こした上、未だに反省する気配すら見られない以上、夫婦揃って処刑を望みます。これは貴方が覚悟を決めたかを見極める、という意味もあります」
「それはっ」
ざわめく人々の中、各国の王族達は黙ってガニア王を見つめていた。彼らは私が王弟殿下の処刑を、ガニア王の踏み絵にしたことに気づいているのだ。
『各国の王族の前』で、『他国の人間』に、暗に『信頼がないと言い切られる』。王としては酷く屈辱的なことだろうが、そう思わせたのはガニア王自身。
そんな中、魔王様の声が響いた。
『ガニア王。貴方は本来無関係のミヅキにここまで背負わせてなお、己が使命から逃げるのか?』
その言葉に、はっとして私をガン見するガニア王。そんなガニア王に対し、私は問うような視線を向けた。
ええ、そうですとも。ここが公の場である以上、『魔導師が王弟夫妻の処刑を望んだ』ということが事実として残る。
『殺さない魔導師』ではなくなるのだ。これまでの悪評も相まって、今以上に警戒される存在となるだろう。
それでも、そうするだけの価値はある。リヤンがいる以上、この国における私は恐怖の代名詞である方がいい。
「……。他には、ないか?」
謝罪することも、嘆くこともせずに、ガニア王は問い掛けてきた。王弟殿下は信じられないとばかりに目を見開くが、今ここで道は別たれた。……この兄弟が共に歩む道は閉ざされたのだ。
「処刑は一年後。それまでに、王弟殿下とその派閥が行なった悪事を徹底的に洗ってください。ティルシアの証言もありますし、次代にまで残さない方がいいでしょう。ああ、最後の時まで身分や地位はそのままで。それが唯一の慈悲です」
「ふむ、その期間は何かね?」
「即座に処刑された場合、後から出てきた罪の責任を取る者として、その息子であるシュアンゼ殿下へと矛先が向くでしょう。シュアンゼ殿下が何もしていなくとも、息子というだけで巻き込まれる可能性があります。後は……」
納得の表情になっているガニア王へと、笑みを深める。そして、こう続けた。
「処刑は待ち時間があるほど、その時を恐れるそうですよ? これまでシュアンゼ殿下が味わってきた恐怖、その屈辱の時間……ほんの一部でも経験してもらいたいじゃないですか。まあ、その前に私が心を折らせてもらいますけど」
息を飲む者が続出する。与えられた時間は慈悲ではなく、より苦しませるためのものでしかないと知らされて。
「はぁ……そなたは正しく魔導師だったのだな。この提案も、先ほどのそなたの言葉……『エルシュオン殿下とシュアンゼがいるからこそ、ガニアは報復を免れている』というのも、事実であったか」
「あら、当然でしょう? 先に牙を剥いてきたのは、ガニアですよ。ああ、十年は退位しないでくださいね? 貴方達の兄弟喧嘩の余波を、次代に背負わせることになってしまいますから」
言いながら、王弟殿下の顔を覗き込む。王弟殿下は未だに呆然としていたが、それでも私を視界に認めると、恐怖を滲ませた。
「貴方が何より大事にしていた王族の血、継承権、筆頭魔術師という立場……何一つ失うことなく、恐怖の中で死ねばいい」
「う……あ……」
ガタガタと震える体では、私の手を外せない。そんな姿に、私は益々笑みを深めた。王弟殿下の顔が恐怖に染まる。
「化け物だって言ったでしょう? 人の敵が人ならば、より残酷になれるのが化け物なのかしら?」
「ひっ」
私の場合、『化け物』という言葉は警告を意味する。だけど、あの騎士寮にはその化け物を歓迎し、受け入れる猟犬達が唯一の主を守っているのだ。
魔王様の誘拐を企てた時から、貴方は化け物『達』の獲物なんだよ、王弟殿下。救いなんて、与えてあげない。