軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

被害者との対話 其の三

「聖女と呼ばれた子の名前はエヴァ……エヴァイユ。私の腹違いの妹よ」

「……。腹違いってことは……」

先ほどのリヤンの言葉を思い出すも、口にするのはちょっと気の毒になる。いや、それってさぁ……。

だが、リヤンは雰囲気で察してくれたらしい。小さく笑うと、少し寂しげに頷いた。

「ミヅキの考えている通りよ。高い魔力を持った人間を生み出す必要がある以上、複数の愛人を持つことが認められているの。これは男女共通。特に、当主の子ともなれば、期待されるもの。私は正妻、エヴァは愛人の子だったわ」

悲壮感がそこまでないのは、リヤンの世界においてはそれが義務の様なものだからだろう。魔物に対する対抗手段を持つ者が限定される以上、産まれてくれなければ困るのだから。

ただ……その分、正妻の子だろうとも、魔力が低いと悲惨そうではある。救済措置の様なものがあるのかもしれないが、何らかの技能を身に着けない限り、針の筵は確実だ。

「エヴァはね、とても臆病な子だった。魔力こそ高いけれど、争うことが嫌い……ううん、怖かったのよ。そんな子に魔物との戦闘なんて、務まると思う? 無理でしょう?」

「義務として割り切れれば、可能性はあるかもしれないけど……争うこと自体がアウトなんだよね? 妹さん」

「ええ」

「じゃあ、無理だ。私だって、魔法を使い始めてから、狩りに連れ出されたくらいだもの。もしも私が生き物に対する攻撃を忌避するようなら、絶対に連れて行かなかったと思う」

大司教様は不思議そうな顔をしているが、リヤンには意味が判ったらしい。なるほど、と頷いている。

「つまり、『生きること』に関連付けて、慣れさせたのね」

「当たり。私から見れば食糧調達でも、獲物だって生きている。『死ぬか生きるかの場面において、自分を選べるか』。そして、獲物の解体作業で血や肉に慣れさせて、生き物を相手にしていることを実感させる」

「生きるための糧、という形で殺すことに慣れさせたってわけ」

「そう。いくら魔法を使えても、人に使うことに対して躊躇ったりすれば、自分が危うくなるからね。異世界人は狙われるけど、狙ってくるのは同じ人間なんだもの。そりゃ、人間相手に攻撃できるように教育するよね」

村に居た頃の狩りはそれなりに危険だったが、それでもゴードン先生すら止めなかった。あれは異世界人として周囲に扱われる前に、私自身に対抗手段――勿論、人間相手――を持たせるためだろう。

おそらくだが、そこで脅えるようなら箱庭で飼い殺しコースになったと思われる。アリサあたりだと、こちらの方が絶対に安全に暮らせるはず。

……人を傷つけることが嫌いなんだよね、あの子。虐められたくせに、虐めっこ達への報復は考えなかったしさ。まあ、その分、エドワードさんがやらかしたようだが。

「魔法ってね、武器みたいに肉を断つ感触とかないから、攻撃魔法の効果を見て初めて、その現実を突きつけられるんだって。そこで恐怖を感じると、攻撃魔法を撃てなくなる可能性が高い。無意識に恐怖を思い出しちゃって、明確にイメージできなくなるんだってさ」

当たり前だが、攻撃魔法は敵に対して撃つ。それまで的に撃っていた以上、実戦でいきなり『攻撃魔法を人間に向けて撃った場合の被害』(意訳)を知るわけだ。

武器と違って、攻撃魔法の威力は術者の魔力に比例する。慣れてくれば自分で術式を組むなりして威力の調整が可能かもしれないが、初心者ができるはずはない。そして、魔法はたやすく人の命を奪うことが可能な代物だ。

ぶっちゃけ、トラウマになる人続出です。

初陣の場合、メンタルケアが必要なのは魔術師の方が多いらしいし。

魔術師はインドア派が圧倒的に多いため、死体に慣れていない人が大多数。そんな状況で、自分が見た目もグロイ死体を作ったとなれば……吐くどころじゃ済まないだろう。切り傷、刺し傷で済む分、まだ剣で殺した方がマシだ。

ラフィークさんもこの洗礼を受け、攻撃魔法が苦手になったんじゃないかな〜と思っている。その分、治癒魔法に傾倒したような気がしてならない。

「それを知っていると、魔力が高いことと戦闘に優れることは別物だって判るよ。妹さん、どう考えても向かないわ。争うことを怖がるような子に戦わせるなんて、死ねと言っているようなものだよ。最悪の場合、パニックを起こすだけじゃん」

「そうなのよね……だけど、周囲がそれを許さない」

「どうして? 魔力が高いことさえ黙っていれば、大丈夫じゃない? 性格的に不向きだって、誰だって判るでしょ。妹さん自身が魔力なしを装えばいいじゃん」

だが、リヤンは首を横に振った。そして、自分の髪を軽く摘まむ。

「無理なのよ、この髪色がある限り」

「その髪の色? 綺麗な青だと思うけど」

「そう、ありがと。だけど……これは魔力が高い証の様なものなの。だから、あの子は絶対に逃げられなかった」

「お、おう……不幸のブルーでしたか……!」

そりゃ、無理だ。髪色なんて、生まれた直後くらいに親が隠さなければ、絶対にバレる。しかも、リヤンの話を聞く限り、周囲の人にとっては待望の高い魔力を持った子!

……名誉なこととは思っても、隠す要素じゃないんだろうなぁ、やっぱり。

「迷惑な話だけど、生まれ持った魔力が全てではあるのよね。魔力が低いだけで、役立たず呼ばわりされることだってある。だからこそ、戦うことを忌避するエヴァに対する批難は強かった。これは似たような立場の人達も同様。望んでも叶わない子からすれば、『できるのにやらない臆病者』っていう認識だったんでしょう」

溜息を吐きつつ語るリヤン。彼女もそれがある意味では事実と判っているため、諫めきることはできなかったのだろう。

リヤンの妹……エヴァイユが戦闘を忌避していたのは、完全に彼女の我儘だ。だが、戦場を知るリヤンからすれば、致命的なまでに妹が戦闘に向かないことを理解できていた。

彼女を取り巻く状況とか義務という問題ではない、どう考えてもエヴァイユは無駄死にする。

義務感から何とか折り合いを付けられる人ならともかく、どう頑張っても無理な子はいるのだ。リヤンがここまで言うってことは、本当に戦闘に向かない子だったんだろう。

「一応ね、あの子に自分の身を守る術だけは身に付けさせたの。私が常に守ってあげられるわけじゃないから。あの子は魔力を『誰かを傷つけるもの』として認識していたから怖がったけど……『リヤン姉様の教えならば、頑張れそうな気がします』って、必死になったのよ」

「あれ、仲良し姉妹だったの?」

二人の立場的に、仲が悪くても仕方がないような気がする。だが、リヤンは軽く首を傾げて思い出すような素振りを見せると、予想外なことを言った。

「私が構っている内に慕ってくれるようになったというか、気がついたら『リヤン姉様』って付いて回るようになったわ」

「それ、親鳥と雛……」

「否定はしないわ。私があの子を可愛がっていたのは事実だもの」

逞しいお姉様にとって、ひ弱な妹は庇護の対象だったらしい。リヤンの世界の常識的にそれはどうなんだと思うも、当のリヤンは全くそれを恥じていない。

シスコンか。お前もシスコンなのか、リヤン姉様よ。

どこぞの女狐様を思い出して温〜い眼差しを向ける私をよそに、リヤンは話を続けた。

「周囲はあの子を出来損ないと言ったけれど、私はそうは思えなかったわ。私達がなくしたものを沢山持っているように思えてならなかった。女の子が戦闘を怖がって何が悪いの? 何を言われても、あの子は誰かを悪し様に言わなかったじゃない。打算なく人を慕える人間がどれほどいるのよ? ……歪んでいるのは世界の方だと、私は思うわ。血縁者同士でさえ競わせ、より自分の評価を上げることが最重要なんてね」

「妹を抜きにして、それを言える?」

失礼と思いつつも聞けば、リヤンははっきりと頷いた。

「言えるわ。この世界に来たからこそ、あの世界の殺伐とした状況が判る。だから、あの子がこの世界に呼ばれたことは良いことだと思えるの。きっと、あの世界ではエヴァはいつか壊れていた」

「……。じゃあ、何で不満そうなのよ?」

そこが気になった。『妹がこの世界に来たことは良いことだ』と思うならば、リヤンの表情は少々おかしい。憂い顔、寂しそうな笑み、決意の表情ときて、どうして怒りの表情を浮かべているのか説明せよ。

だが、そこはシスコンならではの姉妹愛が原因だったらしい。

「あの子は! 争うことが嫌いで、打算とか、人を誘導するとか、絶対に無縁な子なのよ! 間違っても、自分から人を率いたりする様な性格をしていなかった! それなのに『聖女』って何よ、『聖女様』って! 明らかに利用されてるじゃない!」

ダン! と勢いよくテーブルに拳を叩きつけるリヤンは、はっきり言って怖かった。先ほどまでの憂い顔はどこにいったんだろうなぁと、ついつい思えてしまう豹変ぶりである。

リヤンの話に目頭を押さえていた大司教様も吃驚なほど、盛大にキレている。

「聖女の功績を聞くだけでは、誰のことか判らなかったわ。あの子のイメージから、あまりにもかけ離れているんだもの! だけど、残っている肖像画を見た時の衝撃といったら……! そりゃ、二十代らしきあの子の成長した姿を見られたのは嬉しかったわよ? だけど、『異世界に来てまで利用されました』なんて、許せるはずがないでしょう!?」

「あ〜……自分の状況と重ね合わせると、妹さんが利用されたようにしか思えないのか」

そりゃ、そうだろう。何せ、リヤンのこれまでの状況が悪過ぎる。明らかに自分達のことしか考えていない召喚に、元凶どもの態度、そして……自分が知る妹の性格。

どう考えても、『聖女に祭り上げられて、色々と苦労しました』なビジョンしか見えん。

お姉様としては、怒り狂う案件なのだろう。しかも、その対象はこの国。

勿論、リヤンのことだから『異世界人である以上、保護は必要だった』という現実は理解できているはず。当時の状況も聖女の功績と共に聞いているだろうし、『ある程度ならば』納得できることではあるのだろう。

そこに、元凶の司教の野心がプラスされると、あら不思議! 一気に『うちの妹に何してくれたんだ、この国はぁっ!』(激怒)な事態へと発展です。

……。

まあ、遠い過去のお話よりも、自分の状況を照らし合わせて考えるよね、普通は。いくら聖女様の美談や微笑ましいエピソードを聞かされようとも、それをそのまま信じることは無理だろう。

つーか、私も信じてないもん。私のやらかしたあれこれが美談に模造されていることを知っているから、余計に信じられん。

――だが、そこで意外な情報がもたらされた。

「落ち着いてください、リヤン殿。……聖女様の書かれた日記が残されております。ご覧になりませんか?」

「え?」

「は?」

唐突な提案に、リヤンと私は間抜けな声を上げる。だが、大司教様の表情は真剣そのもの。

「あの子の日記? これまでそんなことは聞いていなかったけど」

リヤンは訝しげな眼差しを大司教様へと向けるが、大司教様は特に気にしていないようだった。それどころか、その言い分も納得できるとばかりに頷いている。

「言えなかったのですよ、私どもには読めない言葉で書かれたものですから。リヤン殿が聖女様の姉上様と判明し、尚且つ、妹君のためにお怒りになるような方だからこそ、ご覧いただきたいと思ったのです」

「あ〜、元の世界の言葉で書かれてたから、リヤンの立場が判るまで見せられなかったのか」

異世界人には言語の自動翻訳という恩恵があるが、この世界の人にはない。何より、聖女直筆の日記なんて超貴重なものだろう。

そもそも、何が書かれているか判らないのだ……この国に対する恨み辛みを書かれている可能性とてあるわけで。

そう考えると、この国の人間である大司教様がこれまで日記のことを口にしなかったのは当然かもしれない。彼とて、この国に禍が訪れることは望まない。……リヤンが災いと化すことも望んでいないように見える。

対して、リヤンは驚愕の表情のまま固まっていた。唐突な提案に驚いたことも事実だが、妹の辿った人生の一端を知ることも怖いのだろう。

この世界に来たからとて、幸せに生きたとは限らない。

知らないままなら、希望を抱くことはできるじゃないか。

「どうする? リヤン。私としては、見た方がいいと思う。次の機会に恵まれるかは判らないし」

「……え?」

「あんた、状況によってはこの国から出て行く可能性もあるでしょうが! 大司教様が管理してる以上、これ、完全に隠された遺品でしょ」

どこか呆然としたリヤンだったが、私の言葉に我に返る。視線を大司教様に向けると、大司教様も静かに頷いた。

「代々、大司教のみがその存在を知るものとなっております。読めずとも、聖女様が確かに存在したという証ですから。状態維持の魔法が常にかけられている箱にて、厳重に管理されておりますよ」

「……私が見てもいいの?」

リヤンの問い掛けに、大司教様は笑った。

「これまでお二人の話を聞いておりましたが、私はリヤン殿が真実、聖女様の姉上様だと確信いたしました。それに思うのです……『これまで受け継がれてきたのは、いずれ姉上様がこの国にやって来るからではないか?』と。誰にも理解できぬ言葉なのです。それを唯一理解できる方こそ、受け継ぐ権利をお持ちではないのですか?」

なるほど、確かに大司教様の言葉も一理ある。異世界人である私ならば読めるだろうが、この世界の人間には読めなかった。それは『聖女が誰にも自分の世界の言葉を教えず、残さなかったから』。

どう考えても、聖女の本音が語られた日記です。何が書いてあるか判らないなら、聖女も隠す必要性を感じなかったんだろう。それが残っている、と。

……。

ま……まさか、恨みの日記ということはない……よね!?

「読む……私、あの子の日記を読みたい」

微妙に顔を引き攣らせる私に気づかず、リヤンは日記を読む選択をした。

それが吉と出るか、凶と出るか。全ては聖女様の残した日記のみが知る――