軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

灰色猫の企み

「……」

眼下に広がる光景――妙に統率のとれた一団が、私達のいる館への侵入を試みている模様――に、私は溜息を吐いた。現在地は、とある館の三階。

テゼルト殿下から任されたおつかい……じゃなかった、お仕事先なのです。シュアンゼ殿下が代行する仕事、それに携わっている貴族が持つ別宅の一つを、宿代わりに借りました。今後はこうやって、少しずつ仕事を増やしていくそうな。

そこまではいい、そこまでは。

シュアンゼ殿下曰く、お忍びに近い仕事――シュアンゼ殿下が歩けないため、警備の都合上、今は公にできない。仕事に慣れることが目的だ――なため、ここに私達が居ることは限られた人しか知らないらしい。

私は本来ならば無関係だが、三人組が同行するため、彼らの保護者ポジションで声がかかった。シュアンゼ殿下の仕事に付いてきたというより、教え子達の監督です。

……で。

今現在、前述した状況に陥っております。館に居た使用人達が姿を消しているため、これは計画的犯行と思われた。

青い空、爽やかな風、そして、唐突な襲撃再び……!

妙に落ち着いているシュアンゼ殿下も含めて、大変デジャヴを感じる光景です。うん、お前ら、落ち着き過ぎ。

……。

おい、前にもあったパターンだよな!? これ、絶対に三人組の襲撃の時と同じだろ!?

「おやおや、困ったねぇ」

「……あの、シュアンゼ殿下? 教官が怒りの笑顔を浮かべてますけど」

「はは、こんな状況に巻き込んでしまって、申し訳なく思っているよ」

「い、いや、アンタ絶対、わざと教官を巻き込んだだろ!?」

「落ち着け、カルド。わざとだったとしても、もう遅い」

どこか呆れたようなロイ、突っ込むカルド、カルドを諫めつつも達観した様子のイクス。そんな三人組からの視線と言葉を、シュアンゼ殿下はにこやかに流していた。

はは、そっかー。三人組は無実、何も知らなかったと。ただし、ラフィークさんや護衛の騎士達が視線を逸らしているため、彼らは事前にこういった展開になることを知っていたのだろう。

つまり、こうなることが事前に判っていたと。

判っていて、今回の仕事に私達を同行させたと。

同行していれば強制的に巻き込まれると、それを狙ったわけですね……?

いくらシュアンゼ殿下が狙われる状況といっても、そうそう都合よく襲撃なんて起こるはずがない。おそらくだが、事前に襲撃を企てている輩の情報を入手し、彼らを行動させるために今回のことを計画したのだろう。

というか、シュアンゼ殿下は未だ普通に歩けない。そんな彼からの同行の依頼は、テゼルト殿下同席の下に行なわれた。つまり、テゼルト殿下も共犯だ。

『少しずつでも動けるようになってきたから、王族としての務めを果たすべく、簡単な仕事を行なっていこうと思う』

……などという、殊勝な態度と言葉に騙されたのが私+三人組。師弟揃って、アホである。

各自、様々な感情を浮かべまくる私達。そんな私達に、シュアンゼ殿下はにこやかに言い切った。

「だって、ミヅキがいると楽じゃないか。面白い結果になりそうだし」

「やっぱり、お前の発案かよ!? この、ろくでなし灰色猫がぁぁっっ!」

「嫌だな、君だって似たような評価じゃないか。同類だよ、同類」

灰 色 猫 よ 、 貴 様 、 い い 度 胸 だ な … … !

どうやら、完全にシュアンゼ殿下達に嵌められたようである。ただ……言葉にこそしないが、シュアンゼ殿下は『戦力不足という現実』に思い至っていたのだと思う。

ラフィークさんは攻撃魔法が苦手、三人組は戦力として考えるにはまだまだ厳しい、同行している騎士達は『国王陛下に忠誠を誓っている騎士』。忠誠を誓っている対象はテゼルト殿下かもしれないが、シュアンゼ殿下じゃないだろう。

Q:囮作戦を行ないたいけど、戦力不足です。どうする?

A:魔導師を騙して巻き添えにする。

こんな感じでやらかしたな、今回。三人組をわざわざ同行させたのは、私を同行させるための布石だったか。

ただ、三人組はこの状況に納得しているようだ。外を窺いつつ、ひそひそと話し合っている。……順調に子飼いの自覚が出てきた模様。教官として嬉しいぞ、立派な番犬におなり。

「なあ、教官よ。あいつら、何で火を使わないんだ? この状況なら、確実に殺れるんじゃないか?」

「教官がいるからじゃないでしょうか? 魔導師ですから、多少の火ならば、消されてしまうと思ってそうですけど」

「……って、ロイは言ってるんだけどよ? できるのか?」

訝しそうに尋ねてくるカルド。ロイが予想を立てているが、どうにも納得できないらしい。これはイクスも同じ考えらしく、視線で説明を求めていた。

対して、シュアンゼ殿下達は僅かに顔を顰める。……ほほう、もしや『そういう理由』かな? 『魔導師が同行すれば、確実に行動に出ると判っていた』のかもね?

「火を消すってのも可能だけど、目的によっては使わないでしょうね」

暈した理由を述べれば、三人組は首を傾げた。ちらり、とシュアンゼ殿下に視線を送り、反論がないので、私はその先を口にする。

「『身元が判明する程度の損傷の遺体が必要な場合』だよ。ただ殺したいだけなら、火を使うのは確実。だけど、『シュアンゼ殿下達がここに宿泊していること』が判っている以上、全員を殺さなければならない。その上、この館で働いていた使用人や警備担当者達の死体を用意しなきゃ不自然でしょう? そもそも、焼け落ちでもしない限り、『犠牲者が逃げようとした痕跡』が必要になる」

確実に殺すなら、食事に睡眠薬などを混ぜて逃げ出さないようにしなきゃならないだろう。ただ、解毒の魔道具を持っている場合、こういった薬に効果はない。せいぜい、酒で酔い潰す程度だけど、仕事で来ている以上はそこまで飲まないだろう。

次に、『逃げ出そうとした痕跡』。これ、なければ不自然ですがな。大人しく焼死するのを待つ奴なんて、いまい。

「使用人達の死体を用意する手間もあるけど、焼死した状況を整えることの方が面倒だわ。だったら、最初から『賊に襲われ、全滅』って方が説得力あるでしょ。抵抗するのは当然だから、死に方も不自然じゃない」

「教官は魔導師ですから、館内での魔法が制限されると考えていれば……」

「数で押せばいけると考えるでしょうね。というか……私が生き残っても、死んでも、シュアンゼ殿下を不利な状況に追い込めるわ。重要なのは『ここに魔導師が居る』ということだもの」

ロイの予想を肯定しつつも、もう一つの可能性を。即座に全員が反応するが、これこそシュアンゼ殿下が私を同行させた理由だろう。

「可能性・其の一。『魔導師がシュアンゼ殿下のみを連れて脱出』。転移や浮遊の同行はせいぜいが一人。その場合、逃がされるのはシュアンゼ殿下になる。この時、残りは全滅すると思って間違いはない。というか、それが狙いよ。三人組は始末できるし、同行した騎士達の家がシュアンゼ殿下に憤る可能性だってある。……王弟殿下の実子という事実がある上、シュアンゼ殿下の人柄を知る者が圧倒的に少ない。情報操作で、シュアンゼ殿下を孤立させることが可能」

「……」

シュアンゼ殿下は無言のまま。騎士達からの反論の声は上がらない。いや、『その可能性を否定できない』。

あまり言いたくはないが、国王派と王弟派が対立している以上、どうしてもシュアンゼ殿下を疎む声というものはある。国王派からすれば、『テゼルト殿下の即位を妨げる可能性がある存在』という認識だからだ。

王弟殿下の駒にされる可能性を警戒しているので、そこにシュアンゼ殿下達の意志は関係ない。王弟殿下が即位せずとも、息子を即位させる可能性があるからね。まあ、当然のことだろう。

そして、護衛の騎士達は当然のこと国王派。彼らが死んだ場合、シュアンゼ殿下に対して非難の声を必要以上に上げ、追い落とそうとする動きが出る可能性がある。

ぶっちゃけ、全てが『王弟殿下との血の繋がりのせい』! 疫病神か、あいつは。

「可能性・其の二。『魔導師だけが生き残る場合』。イルフェナに借りがある以上、『魔導師はガニアの王族を見捨てた』と言われる可能性・大。私が民間人である以上、イルフェナもその言い分を無視できないでしょう。そして、私はシュアンゼ殿下が居なくなれば、イルフェナに帰国する。……『邪魔者はいなくなる』ってこと」

これ、別に王弟殿下一派がやらかすわけではない。どちらかと言えば、国王派の方がこういった行動を取る可能性が高い。

ただでさえ魔導師とシュアンゼ殿下が目障りな状況なので、『あの二人を纏めて消す方法――片方は強制退去――があるじゃん?』とばかりに、精力的に動きそう。

ガニアはイルフェナに対して大きく出られない状況になりつつあるため、『邪魔者(=シュアンゼ殿下)が役に立つ』という発想になるだろう。

……後ろめたい気持ちがあるなら、私のことはそこまで責めないだろうしな。イルフェナとて、私が責められないならば、抗議することもあるまい。

「酷いですね……」

「だけど、その状況を逆手に取ることを望んだのがシュアンゼ殿下達だからね? その場合、私の同行が鍵になってくる。私がいない時に襲撃してシュアンゼ殿下が死ねば、国王派の仕業にされるでしょうね。そうなったら、泥沼化必至。これが一番旨みがない」

思わず、といった感じにロイが声を上げる。カルドとイクスも苦い顔だ。それでも否定の言葉が上がらないのだから……シュアンゼ殿下達もそういった可能性に辿り着いているのだろう。

その上で、私を同行させた。彼らはこの茶番を仕掛けた者達を処罰する気なのだ。

「王族を狙った以上、一族郎党処刑の可能性だってある。死なずとも、重罰は免れない。行動理由が『どちらの主への忠誠』なのか判らないけど、腹を括ったってことでしょうね」

「……そうだろうね。ここまでするんだ、それなりの覚悟があると思っているよ」

「あら、前向きになりましたね? 以前ならば、あっさり自分の命を手放そうとするでしょうに」

多少、茶化して尋ねれば、シュアンゼ殿下は小さく笑った。

「私は先を望むと決めた。独りよがりなものではなく、テゼルトも、陛下達も望んでくれたんだ。……もしも、これが陛下への忠誠からの行動だったとしても、私は生き残るよ。『両陛下、そして王太子がそれを望んでいない』。この事実がある限り、私が選ぶのは彼らの望みに沿うことだ」

溜息を吐きつつも、シュアンゼ殿下の顔に悲痛そうな色は見られない。寧ろ、清々しいまでに、はっきりと言い切っている。

おやぁ……成長したじゃないか、死にたがりの灰色猫よ。『諦める』が割と標準装備だった当初とは、えらい違いだ。

ラフィークさんもそれが判っているのか、どことなく満足そうな顔をしている。彼は主であるシュアンゼ殿下に従うと決めているため、シュアンゼ殿下のこういった態度が嬉しいのかもしれない。

騎士達もこれから命の危機だというのに、何となく誇らしそうだ。彼らから見ても、シュアンゼ殿下は跪く価値のある王族になりつつあるのかもしれない。

……まあ、少し前まで『諦めが標準装備の、様々な意味で難あり王族』だったからね。今後の頑張り次第では、『国王派の王族』にクラスチェンジできるだろう。シュアンゼ殿下には経験、そして見せ場が足りないだけなのだから。

よっしゃ、最高のエンターテイナーである私こと、魔導師に任せておけ!

少しでも憂いが晴れるよう、『楽しい思い出』に仕立ててあげようじゃないか。

「……真面目にやる必要なんてないのよね」

『は?』

ぽつりと呟けば、皆の視線が一斉に私に集中する。はは、何を驚いているのだ。こういう時こそ、私の出番……いや、晴れ舞台であろうが!

「とりあえず、確認を。全員の生還が絶対条件。ついでに聞いておきますが……今回のことがなければ、犯人は残しておきたい人ですか?」

「え?」

「国にとって必要……いえ、多少の説教とお仕置きは必要ですが。その程度で済ませる方法もあるので」

「……あるのかい?」

「ありますよ?」

シュアンゼ殿下達は信じられないような、疑っているような顔で私をガン見した。あら、それほど難しいことだっけ?

「教官には何か考えがあるんですね?」

「あるよ? ロイ、覚えておけ。どんな状況だろうとも、『際限なく手を思いつく奴が一人いれば、逆転できる』。要は、発想と手持ちのカードの問題なのよ。だから、人脈だろうと、弱味だろうと、常に蓄えておきなさい」

「おい、人脈はともかく、弱味って……」

「お貴族様は誇り高いわよ? ……名誉や誇りや家のために、魔導師に屈するほどにね?」

突っ込みかけたイクスに、にやりと笑って返す。やだなぁ、私の教え子ならば、この程度で顔を引き攣らせるんじゃない!

「げ……外道……! 教官、あんた、人としてどうかと思うぜ?」

「褒め言葉ね。そもそも、『世界の災厄』に善意を期待する方が間違っていると思うわ」

重要なのは勝つことです。今回はお米様との未来がかかっているので、殺る気……じゃなかった、やる気もいつもの五割増し。

自分勝手な忠誠、上等です。私にだって覚えがあるもの、否定なんてしない。

ただし! 私の邪魔をするなら容赦しねぇっ! 遣り合おうぜ? 喜劇にしてやらぁっ!

「それにね、今回のことを最良の決着で乗り切れば、シュアンゼ殿下とガニア王、双方に恩を売ることができるじゃない? これも後々のカードに使えるならば、私にだって利があるのよ。ただ働きじゃないわ」

ね! とシュアンゼ殿下に向かっていい笑顔を向けると、シュアンゼ殿下は生温かい目で私を見た。どうやら、私の言いたいことが判った模様。判らなかった人達は、怪訝そうな顔のまま、私達に視線を走らせている。

「あ〜……ミヅキが言いたいことが判った。うん、あの契約は守ってあげるよ。私が生きている間でいいなら、無料で進呈しよう」

「言いましたね!? 言質を取りましたからね!? 無効にしやがったら、国ごと〆ますよ!?」

「言わない、言わないから、物騒なことを言わないで! ……で、本当にそんな方法があるんだね? その、できれば犯人は残したいと思う。甘いと言われるかもしれないが、私が彼の立場でも同じことをしそうだからね」

「おっけー! 頑張ります!」

それじゃあ、楽しい時間になるようにしましょうか。……惨劇? お米様(食べ放題)の前に、血なんざ要らねえな!