軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小話集25

小話其の一 『ある子供の独白』

僕の家は代々商人らしい。だけど、それが良いことなのかは判らない。

付き合いの長さがそのまま活かされる職業ではあるから、いきなり辞めてしまうことに抵抗があるのだと思う。辞めてしまえば、それまでの生活も大分変わってしまうから。

それでも。

それでも、無理をして向いていない職業を続けることはないんじゃないかと、僕は思う。

お祖父さん曰く、お父さんは商才がないらしい。特に、人の言葉の裏を探ることが苦手なのは致命的だと言っていた。それと……傲慢な態度で自信のなさを隠そうとすることだろうか。

僕やお母さんを徹底して関わらせなかったのも、それが原因らしい。

『素人に負けたら情けないとか、思っているんだろうよ。そういうところが臆病というか、小者なんだよ』

お祖父さんは呆れて、よくそう言っていた。それ以外にも色々と言っていたけど、商人として成功しているらしいお父さんは、鬱陶しそうにしているだけだった。

そんな姿も、お祖父さんの不安を煽ったのだと思う。経験豊富なお祖父さんの言葉さえ、お父さんは聞かなくなっていったのだから。

良いことがあれば、裏がないかを疑い。

損をしたなら、それを次の機会に活かす。

常に目を光らせ、些細な情報も見逃さない。それが成功する商人だと、お祖父さんは言っていた。僕はそれを楽しく思えたので、きっと商人に向いているんだろう。

だけど、向かない人からすれば、これほど気が休まらない職業もない。そういったことも、お父さんがあんな風になってしまった原因じゃないのかな?

お父さんは……本当に商人になりたかったのかな?

そんな僕達の生活も終わりを迎えた。お父さんがラフィーク伯父さんに迷惑をかけた……らしい。

いや、伯父さんだけじゃない。伯父さんが仕えているシュアンゼ殿下にも迷惑をかけたと言っていた。処罰もあると言っていたから、かなり大事だと思う。

簡単な説明しかされなかったけれど、お父さんも、お母さんも、顔を蒼褪めさせていた。命さえ危ういのだと言われて、初めてこれまでの立場の危うさに気づかされたんだ。

お母さんとラフィーク伯父さんは貴族だけど、僕達との違いがそれほどないように思う。お父さんと付き合いのあった貴族の人達も、怖い人はいなかった。

だけど、それは表面的なことだと聞いた。信頼させるため、取り込むために、優しい振りをして近づくのだと。

ラフィーク伯父さんはお父さんを無視できない。それが狙いで、最初から優しくしていただけ、らしい。だから、今度は切り捨てられると言っていた。

ミヅキお姉さんの言葉はとても厳しくて、お父さんは俯いてしまったけど……ミヅキお姉さんは事実を言っただけだと思う。ラフィーク伯父さんも否定しなかったから。

だけど、助けてくれたのはミヅキお姉さんとシュアンゼ殿下だった。

『私と取引をするなら、助けてあげますよ。ただし! その助け方に一切の苦情は言わせません。ついでに言うと、その場合は今持っているものを全て捨てることになります。……どうする?』

ラフィーク伯父さんのことがあるから、シュアンゼ殿下がミヅキお姉さんにお願いしてくれたらしい。

いつも穏やかなラフィーク伯父さんは、王族の方の信頼を得るような凄い人だったと、初めて知った。その献身に報いたいから、僕達を助けるのだと……僕達に価値はないと、ミヅキお姉さんは言い切った。

とても厳しい言葉だと思う。だけど、僕は嬉しかった。

僕はまだ子供で、何の力もなくて。お父さんやお母さん、お祖父さんでさえも『子供だから』という言葉で、僕を様々なことから遠ざけた。

それは優しさとも言えるだろうけど、僕は自分が認められていないような気持になった。僕だって、無関係じゃない。それでも僕の意見を求められることはなかったし、大人だけの話題からは遠ざけられていた。

他の商人さん達や周囲の言葉なんて、嫌でも耳に入ってくる。僕だって色々知っているのに、大人達は『子供だから』という言葉を使って濁す。

だけど、ミヅキお姉さんはそれをしなかった。僕を一人の人間として、お父さん達と同じ扱いをしてくれた。

お母さんは心配そうに僕を見ていたけれど、僕だって無関係じゃない。僕がきちんと理解できていることが判ったのか、ミヅキお姉さんは僕の頭を撫でてくれた。

『それでいいの。嫌な情報から目を背ける必要はない』

そんな風に言われた気がした。

周りの大人達は僕にそんな話をしなかった。それは『僕が理解できない』と、無意識に見下していたから。

気遣っていたことも事実だろうけど、僕には何もできないと侮っていた。少なくとも、僕はそう感じていた。だから……悔しかった。

あの時。僕は紛れもなく、『当事者の一人』として、『同じ問題に向き合っていた』のだ。

そう気づいた途端、それまでの不安が消し飛んだ。何も知らされず、ただ守られるだけならば、不安なままだっただろう。だけど、これからは僕も同じ。……僕も行動することができる。

ミヅキお姉さんは助けてくれると言った。それは『僕にも等しく機会が与えられる』ということ。僕は初めて、自分で足掻く機会を得たのだ!

――そこからは急な展開過ぎて、あまり実感がない。

ラフィーク伯父さんとお別れをして、僕とお母さんはイルフェナへとやって来た。それも、ほんの一瞬で。

それだけでも凄いのに、そこには騎士様達が沢山居たから、お母さんは倒れてしまった。あんな話を聞いた直後に騎士様を見たから、処罰という言葉を思い出してしまったんだろう。

……お母さんは僕を気遣うということで、辛うじて自分を奮い立たせていただけだと思う。凄くおっとりとした人だから、あちらで話を聞いた時に倒れていてもおかしくない。

ミヅキお姉さんからの手紙を渡すと、騎士様達にも話が伝わっていたのか、すぐにお母さんを休ませてくれた。詳しい話はお父さんから聞くらしく、とりあえず僕達はこのまま保護されるようだ。

……。

確かに、僕達はお父さんの仕事のことを知らない。僕達は本当に逃がされただけであり、お父さんがイルフェナに着くまで休んでいろということらしい。

ラフィーク伯父さんが頼んでくれたのかもしれないけれど、叶えてくれたミヅキお姉さんも人が良い。無理をしていないよね?

心配になって騎士様に尋ねたら、金髪の優しそうな騎士様が大丈夫だと教えてくれた。

「ミヅキは勝手な行動をとることもありますが、その場合は明確な目的や理由があるのです。君達を保護することも、善意からの行動とは言っていないでしょう? 貴方に対しても、きちんと言ったはずですよ」

騎士様はミヅキお姉さんと親しいらしく、僕が子供扱いされなかったことを知っていた。騎士様も視線こそ僕に合わせるために膝を突いてくれたけど、変に言葉を濁したりはしない。

それから色々と話をして、僕達は金髪の騎士様のお家……の一つにお世話になることを聞いた。貴族と聞いて慌てる僕に、騎士様は少し困った顔をしながら「安全面を考慮してのことです」と教えてくれる。

……貴族に狙われる可能性がある以上、それなりに守りを強固なものにしなければならないのだと。

僕達は本当に大変な状況になっていたらしい。それなのに、ミヅキお姉さんにろくにお礼を言っていないと気づいてしまった。

だから、騎士様達に伝言を頼んだんだ。

「ミヅキお姉さんに『子供だからと遠ざけず、僕を当事者の一人として扱ってくれたこと、凄く嬉しかったです。助けてくれて、ありがとうございます』って伝えてくれませんか? 慌ただしかったのも事実だけど、僕、ろくにお礼も言わずにここに来ちゃって……」

俯く僕に、金髪の騎士様は「判りました。必ず、ミヅキに伝えましょう」と約束してくれた。

何だか騎士様が嬉しそうだったので、理由を聞いたら――

「貴方がこの国に馴染めそうなことが喜ばしいのですよ。イルフェナは実力者の国と呼ばれるほど、能力を重視されます。子供だろうとも、貴方は状況を理解している。ですから、我々も貴方を個人として扱います」

そう返された。今後は子供だからという甘えが許されないとも受け取れるけど、僕にとっては誇らしいことだ。ガニアではこういった扱いをされることはなかったから、これが国の差というものなのだろう。

今はまだ、経験や沢山のものが足りない。だけど、この国なら僕はお父さんと言いたいことを言い合えるような気がする。僕だけじゃなくて、お母さんやお父さんだって、変わっていける気がするんだ。

だから、僕は今の状況に感謝したい。

※※※※※※※※※

小話其の二 『その後のイルフェナ』(アルジェント視点)

――近衛騎士達の執務室にて

ガニアからの『客人』を一時的に休ませた後、私は義兄上の所に向かいました。楽しげに迎え入れてくれた義兄上もまた、この状況を歓迎しているのでしょう。

「先行した二人は何の問題もないようですね? アルジェント」

「ええ。……ご本人はどうなっているか、判りませんけど」

暈した言い方をしていますが、私達には問題の商人がどうなっているのか予想がついてしまいます。

商人自身がシュアンゼ殿下を害そうとした者達の協力者であることも事実ですが、それ以上に主犯となった者が処罰されるのは確実。それならば、少しでも証拠隠滅を図ろうとするのは当然ですからね。

商人自身に悪意があったとは思えません。上手くいかない商売のため、顧客である貴族の頼みを断れなかっただけでしょうから。

ですが、悪意がなかろうとも、被害者となっているのは王族なのです。あのままガニアに居れば、何らかの処罰を受けざるを得ません。

「息子さんは随分としっかりとしていますね。状況を十分理解していました。ミヅキも下手に隠さず、そのままを伝えたようです」

「おや、相変わらず容赦のない」

「一番、現状を理解できそうだったんじゃないでしょうか。母親の方は我々を見て、卒倒していましたから」

率直な意見を述べれば、義兄上は僅かに片眉を上げました。母親を気にした……のではなく、息子の方を評価したのでしょう。

『容赦のない』と言っていますが、義兄上とて同じ選択をするはず。この状況において、幼いからと部外者にすることこそ、悪手です。

状況が理解できないような子であったとしても、大人達の不安は察するのです。隠された方が不安は募ろうというもの。

あの子は現状を理解できていることに加え、『子供だから』という言葉で遠ざけられることに反発を覚えていたのでしょう。ゆえに、ミヅキに感謝した。

「理解できる子だからこそ、これまでの子供扱いに思うところがあったのでしょうね。大人達と等しい扱いをしてくれたミヅキに、感謝をしていましたよ。あの様子ならば、この国でも大丈夫でしょう」

「なるほど、中々に聡明な子なのですね。まあ……表面的な部分だけとはいえ、そこまで理解できれば十分です」

義兄上の笑みがほんの少し、本心を覗かせます。そう、『表面的な部分』。あの子は聡明ですが、幼いことは事実なのです。経験も足りず、人の言葉の裏を読むこともできていません。

そもそも、ミヅキに感謝をする必要などないのです。

シュアンゼ殿下が動いたのは、従者であるラフィーク殿の立場を守るため。

ミヅキが動いたのは、その方が我々にとって都合のいい展開になるから。

何より、幼い商人の息子にも誤魔化さずに伝えたのは……単に面倒だったからじゃないでしょうか。一番理解できそうな人に理解させ、他の二人にも説明してくれと言わんばかりに、丸投げしたとしか思えないのですが。

現に、双子の騎士達はあの子の暴露に絶句していました。『子供に親の面倒をみさせる気か!?』と。彼らもミヅキとの付き合いが長いため、ミヅキの意図を正確に理解したのでしょう。

『容赦がない』。これは『子供に過酷な現実を突きつけること』を指しているのではありません。『他の二人に期待できないから、理解できる筆頭として頑張れ! 』と言わんばかりの遣り方についてです。

確かに、あの両親では不安しかありません。私とて、同じ選択をするでしょう。

「新たな外交カードが手に入ると、シャルリーヌが張り切っていますよ。顧客情報にある貴族達ならば、ガニア王も庇わないでしょう。当事者である商人もまず間違いなく襲撃されますから、『イルフェナの商人が襲われた』ということにできます」

にこやかに義兄上が告げれば。

「そうですね。あとは……彼らに提供された館が、我がバシュレ公爵家所有ということでしょうか。使用人達には事情を話してありますから、あの親子に接触する前に捕らえられるでしょうけどね」

私も、もう一つのカードを明かします。

あの親子に提供される家は、仕事などで拠点に使われているものの一つ。貴族の館としては手狭ですが、民間人からすれば十分広い。

我が家に呼んでも委縮してしまうだろうという配慮に加え、警備方面でも問題がない場所が選ばれました。

なお、保護元に我が家が選ばれたのは、義兄上の存在が大きいことを付け加えておきます。近衛に直接、情報が伝わりますので。

そのような配慮がなされた結果なのですが、彼らが過ごしやすい環境ともなれば……まあ、狙われる可能性も高くなるもので。結果として、囮のような状況になってしまっているのです。

利用させていただくのですから、それなりに見返りを用意しています。彼らが体一つで放り出されることはありませんから、今後のことを考えれば、良いことではないでしょうか。

「ミヅキのことですから、他国にも情報をばら撒くでしょうね。国内・国外の双方から突きまくって、王弟殿下の派閥を消耗させることを狙っているのではないでしょうか」

笑いを耐えながら予想を口にすれば、義兄上も同感とばかりに頷きました。

「お優しいのはエルシュオン殿下の美点ではありますが、あの誘拐紛いには我々とて憤りを感じていますからね。ミヅキはそれを察して、我々に『お裾分け』をしてくれていると思いますよ? そのままの抗議ができないならば、別の形での抗議にすればいい、と」

「ですよね、ミヅキが考えそうなことです。お蔭で、エルの立場も悪くはならないようですよ?」

イルフェナとて、一枚岩ではありません。エルに対し、反発を覚える者もいるのです。今回のことも、ミヅキがガニアに行っただけならば、嫌味の一つや二つは出ていたでしょう。

ですが、黒猫は我々の予想以上に律儀な性格をしていたようで。

先日の義兄上達の召喚に加え、今回は『別の形で、王弟殿下一派に抗議できる要素』を送って寄越したのです。

ガニアに対してプレッシャーを与え、様々な情報を得られたこと。

誘拐事件の主犯である王弟殿下とその一派に、別の方面から抗議できる手段を得たこと。

この二点がある限り、エルの対応に不満など言えるはずもありません。ガニアに対して、イルフェナが優位に立つ状況が整えられているではありませんか。

「我々、ガニア王、シュアンゼ殿下、あの商人一家、そして多くの国。利があるからこそ、皆は魔導師の提案に乗るのでしょう。まあ、あの子は王弟一派が苦しむことを狙っているだけかもしれませんけど」

「ミヅキはエルの言葉を守っているのですよ、義兄上。飼い主に忠実な、良い猫ではありませんか」

エルの命令は『誘拐に関わった人物に限り、報復を許可する』というもの、そして『シュアンゼ殿下を守ること』。

後者はともかく、前者は条件が大変厳しいのです。何せ、王弟殿下は国を二分する派閥の頂点ですから、どうしても派閥に属する貴族達が邪魔になってしまいます。

ですから、ミヅキは『別の案件で邪魔者を黙らせる』という方法を取っています。

無関係な者に実力行使することが問題なので、これならば問題ありません。そもそも、誰もが納得する状況に仕立て上げています。

そういった手段を取りつつ、本命……王弟殿下を虎視眈々と狙っているのでしょう。今となっては、王弟殿下の派閥もかなりボロボロになっていると思うのですが。

そのために誰かを利用しようとも、利用した者に利をもたらすことも事実。ですから、あの息子さんのように騙され……いえ、ミヅキを善人と勘違いをする方もいらっしゃいます。折角、前向きになっているのですから、そのまま気づかずにいてほしいものですね。

「そういえば、エルシュオン殿下はどうしています? 今回の流れもご存知なのでしょう?」

「エルは頭を抱えていますよ。王弟殿下が予想以上に、ミヅキの玩具になってくれていますので」

「保護者としては複雑なのですね。やはり、親猫殿下……」

せめて『飼い主としての自覚ができている』と言ってあげてください、義兄上。