作品タイトル不明
お茶会=戦場 其の三
淹れ直してもらったお茶を前に、王弟夫人達を観察する。彼女達――王弟夫人以外――はそれぞれの顔色を窺いながらも、困惑を滲ませていた。
おそらくだが、彼女達は王弟殿下の所業を全く知らなかったのだろう。いや、王弟夫人とて、状況を正しく把握していないかもしれない。
もしも知っていたら、この茶会には何らかの理由をつけて欠席していたはずだ。さすがに、それくらいの危機意識はあるだろう。
何せ、私がこの国に来た経緯がヤバ過ぎる。国王夫妻へと罪を擦り付けられることを防ぐため、『誘拐ではない』となっているが……被害者『達』は真実を知っているのだから。
ぶっちゃけ、『後見人であるエルシュオン殿下の下から、魔導師を拉致しました!』ということです。
別に意地悪な言い方をしているわけではなく、それが事実なのだよ。一歩間違えば、外交問題になる案件です。
そこを『テゼルト殿下が元から依頼していた』という苦しい言い訳の下、『かなり強引に、問題なしという方向にした』のが今回の一件。誰がどう見ても、擁護のしようがなかろう。普通に犯罪だ。
それを踏まえると、今回のお茶会は私(=魔導師)を牽制する狙いがあったはずだ。『虐められたくなければ、余計な真似をするなよ?』とばかりに、王弟夫人達の攻撃対象にされていたもの。
身分制度が理解できているなら、『王弟夫人を含めた、彼女の派閥の皆様を敵に回すのは拙い』と察することは確実。王妃様が居てさえ、あの状態だったのだ。『王妃が味方に付いていても、安心はできない』と、暗に伝える意味もあったと思う。
……ただし、それは一般的な場合であって。
私からすれば、敵が顔を見せに来たようにしか見えないわけですよ……!
(王弟夫人と事情を知らない派閥の皆様的認識)
王妃の派閥VS王弟夫人の派閥という構図を見せつけ、どちらに力があるかを見せつける。
(私の認識)
王弟殿下の味方をする連中=イルフェナの敵。自己紹介、ありがとー!
これくらいの温度差があると思うんだ。そもそも、私は『斬新なお迎え』とは言ったが、それに納得したとは言ってない。魔王様と約束していた(ことになっている)テゼルト殿下だからこそ許されるのであって、何の約束もしていない王弟殿下と彼に従う魔術師達がやらかした場合は、ただの犯罪だ。
好意的になる要素が皆無なのです。玩具扱いや、多少の暴言くらいは我慢してもらわなければ。
それ以前に、イルフェナを怒らせたままなのですが。
この茶会でのことも報告予定なのですが。
私が遊び心満載でいられるのは、これらの事情があるからだ。『こんな状況だからこそ、許される』んだよ? 王弟『妃殿下』?
そんなことを私が考えている間にも、王弟夫人は何とか持ち直したようだった。いや、王妃様がいるからこそ、引くに引けない――私の茶会参加は王弟夫人の我儘だ――という事情もあるか。
王妃になるはずだった女としてのプライドが、魔導師への恐怖に勝った模様。お貴族様ってこういう対応をするから、(玩具として)大好きさ!
では、第二ラウンドいきましょうか!
「詳しいことは、この後に伺えば宜しいのでは? 昨日のことでしたら、騎士達もよく覚えているでしょうし、報告書も作られていると思いますよ? ……まあ」
そこで一度言葉を切って、王弟夫人……ではなく、派閥の女性達へと意味ありげな視線を向け。
「この場において、皆様はどちらの派閥に属するかを表明してくださいましたし? 今更、逃げようもありませんけどね」
「……っ」
「ふふ……情報収集は貴族ならば、基本中の基本。よもや、それらを怠ったとは思えませんもの。報告を受けたエルシュオン殿下とて、そう判断されるでしょう」
逃げ道を塞いでみた。顔面蒼白になるのが、いとおかし。
「そうねぇ、昨日のことがあったばかりですもの。ですから、私も魔導師様がこの場にいらっしゃることは反対させていただいたのよ。お互い、思うことがおありでしょうし」
「ですよねぇ。普通は、少しでも心証を良くしてから……とか思いますよ」
王妃様のさり気ない援護射撃に頷きつつ、ちらりと『王弟殿下は何かをやらかした。そのせいで、魔導師からの印象は良くない』と暴露を。
なお、これはささやかな優しさである。派閥の人達が、騙された果てに捨て駒として使われる……という可能性もあるのだから。事情説明をせずにこの場に参加させているので、今後もやらかしかねないだろう。
『都合よく解釈するんじゃねぇぞ? こっちは王弟殿下一派に疑惑の目を向けてるからな?』
そう言わんばかりの私に、王弟夫人の派閥に属する皆様の顔色は本格的に悪くなっていく。
対して、王弟夫人は歯ぎしりせんばかりに睨み付けてきた。私の言葉は色々と都合が悪かった模様。
やだなー、先に貶めてきたのは貴女じゃないかー♪
王妃様の前で恥をかきたくなければ、普通にしてれば良かったのにー♪
「……本っ当に、礼儀を知らぬ小娘だこと」
憎々しげに呟く王弟夫人。周囲に緊張が走るが、対する私は茶を飲みつつ頷いた。ええ、全くそのとおり!
「異世界人という名の珍獣ですからねぇ。貴族の常識なんて、最低限しか学ばずとも何の問題もありませんし」
嘘ではない。そもそも、普段から自己申告の下、珍獣扱いされてるもの。猫じゃらしが目の前で振られる日も近いと思っている、今日この頃です。
なのに、王弟夫人は私の反応がお気に召さなかったらしい。眦を吊り上げて、私を睨み付ける。
「王族が国の頂点であることくらいは学んだでしょう!?」
「学びましたよ? その中でも頂点に立つのが国王陛下であり、女性としては王妃様が最上位になるということも。ですが、この国に限り、それは間違いなんですね! 身分制度を振り翳すなら、王妃様に敵意を見せるなんて処罰ものでしょう? それが許されるならば、私の態度も許されますよ? 実績持ちの魔導師ですから、私。個人の価値を認められています」
「え、そ、それは……っ……」
「私の世界には、こんな諺がありましてね? 『人の振り見て、我が振り直せ』。意味を簡単に言うと、『人の良いところは見習って、悪いところが自分と重なるようならば改めろ』ってことです。良くも、悪くも、人の行動は自分を見つめ直す切っ掛けになりますよね」
意訳するなら、『お前が言うな!』ってことですな! さすがにそれには気づいたらしく、王弟夫人は黙り込んだ。はは、自分が散々王妃様に不敬を働いておいて、何言ってやがる。
勿論、私はその場をはっきりと目にしたわけじゃない。だが、沈黙した以上、後ろめたいことがあると認めているようなものじゃないか。
沈黙は肯定とみなす。私は自分に都合のいい解釈の下、どんなことでも利用する魔導師だ。異議は認めない。
殺伐とした雰囲気に、皆は人の顔色を窺っている。ここまで居心地の悪い茶会の席というのも珍しいのか、どうしていいか判らないのかもしれなかった。
嫌味の応酬になることはあっても、自分の言った言葉を逆手に取られることはあまりないのかもね? 少なくとも、私が言い返した類のものは普通なら出てこないから。
しかし、そこはやっぱり『あの』王弟殿下の奥方! 王弟夫人は攻撃の切っ掛けを見つけたらしく、にやりとした笑みを浮かべた。思わず、期待のあまりじっと見つめてしまう。
おお!? 王弟夫人、やっぱり出来る子じゃん! そうだぞ、反撃もせずに泣き寝入りなんて駄目だ。さあさあ、止めないから言ってごらん?
内心、わくわくしている私に気づかず、王弟夫人は蔑みを含んだ目で私を見た。
「そうね、魔導師様は異世界人でしたわね。守護役の皆様もお気の毒に……美目麗しい方達ばかりと伺っておりますのに、婚約者がコレではね」
王弟夫人は自信があるのか、とても得意げだった。これには派閥の人達も便乗。どうやら、私の守護役達を見たことがある人もいるらしい。悔しさも相まってか、ちらちらとこちらに視線を向けては、ひそひそと言葉を交し合っていた。
しかし、そんなものに傷つく繊細さなんざ、私にはないわけで。
……。
え、これだけ!? いや、もうちょっと頑張ろうよ!?
黙っているのは、次なる言葉を待っているからに他ならない。もう暫く、良い子で待ってみることにする。
すると何を勘違いしたのか、王弟夫人は更に見当違いな発言を。
「あら、ごめんなさいね? 気にしていたのかしら? 言われるまでもなく、日々感じてらっしゃることだと思ったのよ。つい、口にしてしまったわ」
くすくすと笑い声が起きる。そこに含まれる感情は優越感、嫉妬、蔑み……まあ、非常に判りやすいものばかり。彼女達の態度に、王妃様やその他の皆様が眉を顰め、私へと心配そうな視線を向ける人まで出る始末。
え、いや、その、心配されるようなことは何もないんですけど!? 『待て』の姿勢になっているだけです、傷付いてないよ!?
う〜ん……私の態度は余計な心配をさせてしまった模様。そろそろ反撃すべきかね?
「先ほどまでの饒舌さが嘘のようねぇ……よっぽど気にしてらしたのかしら?」
「いえ、別に? と言うか、ここまで情報不足が深刻なのかと呆れていただけです」
「何ですって!?」
馬鹿正直に言えば、私へと皆の視線が集中した。ヒステリックな声を上げたのは勿論、王弟夫人。
「いや〜……皆様が仰っていることって、私が守護役を得た当初くらいに言われていたやつですよ。いえ、『守護役は国から命じられたお仕事』と判っているだけ、南の方が理解力はあったかな?」
『な!?』
今度は王弟夫人の派閥の皆様が声を上げる。まあ、馬鹿にされたと思ったんだろう。
大・正・解! 超馬鹿にしてますから!
「守護役の条件は『相応しい能力』と『国への忠誠心』。誇らしいお仕事なのですよ? そもそも、私の場合は本人達の立候補。しかも、実家込みで『婚姻、大歓迎!』という雰囲気です。だから、彼らの実家とも仲良しですよ?」
嘘ではないけど、全てでもない。都合の悪いことを隠すと、これしか言いようがないだけだ。
だが、彼女達には衝撃の事実だったらしい。即座に信じる人はあまりいない模様。
「何を言っているのかしら? 確か、守護役となられているのは公爵家の皆様でしょう? 選ぶ側なのよ? 貴女如きを望むなんて……」
「あはは! それ、貴女が仰いますか? 貴女とて、王弟殿下に望まれたでしょうに」
「……? どういう意味かしら?」
意味が分からず、聞き返してくる王弟夫人。そんな彼女に、私はやや憐れんだ目を向け。
「貴女は大変細い腰をしてらっしゃいますが、同時にお気の毒になるほど胸がありません。男性の視線がまず、どこに向くかをご存知ですか? 顔か胸ですよ? ああ、意図してそうなるというわけではありません。男性の方が背が高いので、自然とそのように見えてしまうのですよ」
「なっ」
上から見下ろす形になるからね。必然的に、視線が胸元にもいっちゃうのだ。ドレスのデザインによっては、胸の谷間と美貌が同時に拝めます。
「判りやすい喩えをするなら、骨付き肉でしょうか。骨と皮ばかりのものよりも、程よく肉が付いていた方が美味そうに見えるのと同じです。こちらは食欲をそそるという意味ですが、似たようなものですね」
貴女達だって体を綺麗に見せるために、コルセットを着用するでしょう?
そう夫人の派閥の人達に問いかければ、気まずげに視線を逸らす。ん? 彼女達は私というより、王弟夫人を気にしているような……?
視線を王弟夫人に向けると、王弟夫人の顔色が面白いくらい変わっている。……どうやら、禁句を言ってしまったようだ。気にしていたらしい。
今後を考えると、派閥のトップが馬鹿にされたままというのは拙い。だが、彼女達にも言い返す言葉がないのだろう。
そうか、フォローが必要か。よっしゃ、任せとけ!
「ですが、恥じることはありません! 全ては個人の好みなのです! 豊かな胸を好む人もいれば、細い腰を愛でる方もいる。逆に、性格や家を共に支えてくれる能力重視という方もいらっしゃるのです! 皆違って、皆素敵! 萌える部分は人それぞれです!」
「も……もえる?」
ノリで言っているわけではない、私は本気だ。美の基準が国や時代によって違うこともあるのだから、個人の好みが違ってもおかしくはなかろう。
なお、この世界において、その最もたる例が守護役連中である。
奴らの『理想の女性像』に、顔や体形は含まれん。
そういった実例を知っていると、大変説得力のある言葉ですぞ? 狭き門過ぎて、該当者がいなかったわけだし。
ぐっと拳を握り力説するも、一部は意味が分からなかったようだ。首を傾げる人達をよそに、私は言葉を重ねていく。
「王弟という立場上、紛れもなく『選ぶ側』ではありませんか! 王弟殿下限定で、絶世の美女に見えているかもしれませんよ? そんな方に選ばれたのです、一般的な評価よりもそちらを誇るべきではありませんか?」
「え゛」
「ふふ、女としてのプライドを取るか。それとも、旦那様への愛を取るか、ですね♪」
世間的な評価:素敵な洗濯板。
旦那様的認識:女神。
お洒落な言い方をするなら、『スレンダーな人が好み』でもいいと思う。……家柄で選んだ、とかいう場合はフォローのしようがないけどさ。さすがに、そこまで責任は持てん。
「そ、そうね……」
「そうですよ!」
力強く同意すれば、顔を引き攣らせながらも何とか頷く王弟夫人。少なくとも、私達の間でこの話題が出ることは二度とないだろう。互いに嫌過ぎる。
……が、敵は思わぬところにいらっしゃった。
「あら、それなら魔導師様は、守護役の皆様の理想の女性なのかしら?」
言うまでもなく、王妃様である。勿論、これには肯定の意味で頷いておく。
「『ある意味では』正しいですよ? 彼らは自分の主や国といったものを、己にとっての最上位に定めています。ですから、私が無能であることは許されません。『実績持ちの魔導師であること』は、彼らにとって重要なことなのです。イルフェナ自体、『実力者の国』と呼ばれていますから」
「そういえば、そういった話も聞くわね。確かに、並みの女性では彼らのお眼鏡に適わないでしょう」
「……。そこに『信頼できる』といった要素も加わりますね。ですから、私は仲間として認められているという意味もあるのです」
にこやかに微笑み合う私と王妃様。ええ、嘘ではありません。特殊性癖のことを綺麗に省いていますが、それ以上は突っ込まないでくださいね?
っていうか、言えるかぁぁぁっっ! 『Mな変態』と、『重度の魔術オタク』と、『殺伐志向のヤバイ人』と、『純白思考な脳筋』の難あり物件なんて!
言っても、誰も信じてくれないに違いない。あいつらは深く関わらない限り、非常に真っ当に見えるみたいだし。
知ってしまった人からは、憐みの目でしか見られない。間違っても、『素敵な男性達に囲まれて、貴女は幸せね』なんて言われない。
「我が国からも出そうかしらねぇ……」
ぽつりと呟く王妃様。聞こえなかった振りをしつつも、微妙に視線を感じます。
もしや、今のは探りでしたか? 守護役にシュアンゼ殿下を推して、保護しようとか思ってません!?
……。
まあ、最終手段として考えておこう。最悪の場合、『魔導師との繋がり』という価値を持たせて、飼い殺し――言い方が悪いが、確実にそうなる。全ての権力を取り上げられ、そのためだけに残されるからだ――という形で守ることは可能だ。
その前に、王弟殿下の派閥をどうにかしないとならないだろうしね。