作品タイトル不明
遊びの幕開けは盛大に
ティルシア姫と侍女を伴い、訪れた場所。そこは――
「ティルシア……」
悲痛な王の声が響く。
ここは謁見の間。イルフェナ勢やサロヴァーラ王だけではなく、貴族やら侍女やら騎士といった人間をできる限り集めてもらった。そこに魔道具で先ほどの会話と映像を流したのだ。
勿論、ここにいるのが全てではない。特に侍女や騎士は最低限の業務があるし、貴族達だって遠方にいる者達もいるだろう。
ただ……証人は多いほうが良い。人から伝え聞いたのではなく、自分の目と耳で事実を知るという重要な役目を担ってもらうために、ここに集まってもらったのだ。
ティルシア姫の告白に人々は戸惑いを隠せないようだった。それこそ、ティルシア姫を自分達の都合のいいように捉えていたということなのだが、彼らは気づかないらしい。
サロヴァーラ王とリリアン、そして彼らに忠誠を誓っている人達はティルシア姫の行動理由に胸を痛めているようだが、それ以外の人は今後のサロヴァーラや自分が心配なのだと思う。
だって、南の四カ国を敵に回しているからね?
これでティルシア姫本人が自白しなければ『疑惑』のまま、やりすごせたとは思う。明確な証拠がないので、追及ができないとも言う。
ただ、その場合はサロヴァーラという『国』に疑惑の目が向けられたままになるので、正直なところどっちもどっち。寧ろ、私を味方につけたティルシア姫が英断をしたと認識される可能性がある。
ま、ティルシア姫が元凶なんだけどさ? それでも、その行動理由を聞けば責められないだろう。
「お姉様!」
リリアンが駆け寄ってきて、ティルシア姫に抱きつく。それを仕方がないというように受け止めるティルシア姫の表情は、苦笑していながらも愛情溢れるものだった。
そんな彼女を見て、息を飲む者達もいる。これまで決して見せてこなかった顔なのだろう。
「ごめんなさいね、リリアン。最後の最後で負けちゃったわ」
そう言いながらも、ティルシア姫に悔しさとか後悔は見られない。……彼女は結果的に望みを叶えているのだ。『負けた』というのは本当に最後の幕引きのみのことと思われた。
「い……いいえ! 私こそ責められるべきなのです! お姉様と争う未来を消していただいたにも拘わらず、それに甘んじて愚かだったのは私自身の怠慢が原因ですもの。私がお姉様を支えられる存在であったならば、このようなことには……!」
必死に言い募るリリアンは最後の方は涙声だ。どうやら、先ほどのティルシア姫との会話を聞き、自分がいかに守られていたか、そして姉姫一人に背負わせてしまったかを理解したらしい。
そんな姉妹の姿に、私は一つの確信を抱く。
うーん……ティルシア姫の見る目は確かだったってことだろうねぇ、これ。
リリアンのことを素直だとは思ったが、ここまで理解力があるとは。自己反省もできてるし、その内容も間違ってはいない。何より、『自分が姉姫に頼ってもらえるような存在ではなかった』と自覚できている。
少なくとも、何も言わない連中より、よっぽどまともだ。個人的な感情からの発言じゃないぞ、これ。
個人的な感情のみで言葉を発するなら、『何故、教えてくれなかった』『ごめんなさい』程度のことしか言えまい。責めるか、ひたすら自己嫌悪になるかの、どちらか。要はお子様発言になるはずだ。
だが、リリアンの言葉は正しく状況を理解しているゆえのもの。『何故そうなったか』という原因に思い至り、己が力不足を認めているじゃないか。
はは……乱入者君を利用しようとした馬鹿どもより立派じゃないか。これなら、今後の教育とティルシア姫のサポートで何とかなる可能性は高い。
『何も教えられていない状態』でこれだぞ? 十分伸びるだろ、この子。
「さて、ティルシア。私はお前の口から真実を聞きたい。魔導師殿との会話は事実なのかね?」
「はい、事実にございます」
サロヴァーラ王が悲痛な表情のまま問えば、リリアンを離してティルシア姫がはっきりと答える。
下手な言い訳も、後悔も必要ない。そんな感情が透けて見えるようなティルシア姫の態度に、サロヴァーラ王は一瞬怯んだようだった。息を飲んだ者達も同様なのだろう。
「理由は……」
「お聞きになられたでしょうが、改めて申し上げます。我が国の立て直しが目的ですわ。今のこの国は辛うじて形を保っているハリボテのようなものですもの。このまま悪しき流れを残したまま次代に移れば、悪化することは明白でしょう?」
すらすらと口にするティルシア姫に、サロヴァーラ王は深い後悔を滲ませた。それは決して嘘ではなく、王自身もその流れを作ってしまった一人なのだから。
まさか、王女自ら自浄を願うあまりに行動するなど、思いもしなかったのだろう。ティルシア姫がそういった姿を見せていなかったらしいし、基本的に『良い子』だったせいもある気がする。
ティルシア姫がやらかしたのはかなりの強行策であり、自身の未来など何も考えていないことが前提になっている。王の意向――姉姫を次代の王にするため、リリアンに教育を施さなかった――を彼女が知るからこそ、それは反逆とも言えることなのだ。
そんなことを考えていると、早速声が上がる。
「国に対する裏切りだ!」
「王女を拘束しろ!」
おそらくは主だった貴族の誰かだろう。このままティルシア姫を野放しにしては何を話されるか判らない――都合の悪いことがある人々だ。
その悪意はあっという間に伝染する。次々に声を上げる者が続出したり、ティルシア姫に視線を向けてはひそひそと何事かを話す者が大半となっていったのだから。
サロヴァーラ王も彼らを諌めたいのだろうが、下手に口を出せば即座にティルシア姫に対する処罰を求められる。間違いなく、この場で『王の判断』を求められてしまう。
数の暴力と言えばいいだろうか。不安を煽られた人々が感情のままに王に詰め寄り、『自分達に都合の良い言葉』を求めるだろう。
初めに声を上げた者達はそれを狙っていると思われる。ここまで扇動されると不安を打ち消す決定打でもない限り、『ティルシア姫さえ差し出せば』という流れは変えられない。
そうなってしまえばティルシア姫は罪人確定。何より王の言葉という言質が取られてしまうので、サロヴァーラ王も下手なことは言えないのだ。
一喝して黙らせる威厳がないとこういう時に困る、という教訓です。
魔王様を知るからこそ、その差が目に付くのかもしれないが。迫力とか存在感って大事だね。
まあ、周囲の声が大きいのは……そんな状況でもティルシア姫が平然としていることも原因だろう。だからこそ不安を募らせ、明確な処罰という決着を望む。
要は怖いのだ。『彼女はまだ何かをするつもりなんじゃないか?』という予想。その結果、必要以上に彼女の処罰を望む声が大きくなっていた。
対して、私やイルフェナ勢は内心大爆笑。念話での会話はこの状況とは真逆のものだった。
『馬鹿だ、馬鹿がいる! 自分から【国を腐らせたことに心当たりがあります!】って主張してやがる!』
『自己申告しとるの。ほうほう、声を上げている者が特に怪しいの……どれ、顔を覚えておくか』
『それ以前に、我々もこの場に居るのですが。ティルシア姫がそれに思い至らないとでも思っているのでしょうか? そんな態度こそ、ティルシア姫を侮っていると明言しているようなものなのですけれど』
『必要なのが【自分達の理想のティルシア様】だからじゃない? 本人もそれを一度でも外れたら、失望されるだけって言ってたし』
『なるほど。つまり、ティルシア姫が即位しても自分達に都合が悪いことが起きれば、今とは真逆の評価を下す可能性もあると』
『愚かじゃのう。主に理想を求めるならば、己も主の理想の配下とならねばならん。そうでなければ、筋が通らんよ』
サロヴァーラの者達としては、イルフェナ勢に『我々は悪を許さないよ!』的な印象を持たせたいという思惑もあると思う。だが、実際は真逆の印象を抱く。
だって、ティルシア姫の侍女や護衛騎士、そして王に忠誠を誓っているらしき人々は声を上げてないもん!
証拠がないのだよ?
あくまでもティルシア姫がそう言っているだけという、不確かな状況だよ?
王が速攻で処罰を言い渡せない理由に思い至ろうぜ?
寧ろ、この状況で明確な処罰を求める奴の方が怪しかろうよ。求めるならば『事実ならば厳しく処罰することを約束した上での、王が信頼できる者達による事実の解明』。
ただ、これをやられてしまうと『ティルシア姫の行動理由となった元凶(意訳)』もばっちり報告書に纏められてしまい、それを被害国である南の国に提出される。ティルシア姫を助けたい王とて、恩情を願うために行動することは確実だ。
そうなってしまえば、元凶どもはまず逃げられない。南が見逃してくれるほど甘いとは思えないのだろう。
でもね、そう考える時点で甘いと思うの。
ここにはティルシア姫と手を組んだ魔導師がいるって、忘れてない?
ふふ……早々に見せ場が来たぜ! 今、この時こそ、私が協力者としての実力を見せつけ、ティルシア姫の好感度を上げる最高の場!
内心、わくわくしながらこの時を待っていましたともー!
この場での私とイルフェナ勢の立場は『部外者』。ええ、部外者なのですよ。非常に残念なことに。
それを踏まえて介入するならば……『そういう状況を狙えばいい』よね? だって、このままじゃ話が進まない上に、元凶に逃げられちゃうじゃないか。黙っている方が問題です。
ちらりとイルフェナ勢に視線を向けると、レックバリ侯爵が頷いた。念には念を入れて、ここは私が追及すべきと判断してくれた模様。
イルフェナ勢だと言い掛かりをつけられちゃう場合があるものね。前述した『部外者』という立場を出されると、さすがにちょっと弱い。正式な抗議をしていないので、内政干渉扱いにされる可能性もある。
それを踏まえて、私に譲ってくれたわけだ。私なら先ほどのティルシア姫との会話もあるし、異世界人という立場もある。ぶっちゃけ、相応しくない言動をしても逃げ道があるのだ。
さて、それでは行動しましょうか!
「煩い」
一言呟いて、パチリと指を鳴らす。狙ったのは床、そこにかなり規模の大きな結界を張り巡らせた。
結界は『弾くもの』。以前、騎士sとの初対面で使った懐かしの手なのだが、こうすると当然――
「えっ」
「きゃ……」
「ぅわ!?」
「な!?」
結界の上に居た者達は全員、もれなく『弾かれた』。即座に結界を消したので、傍目には『いきなり大人数が盛大に転んだ』としか見えない。あの頃と違って、威力も調整可能。成長したな、自分!
「あら……」
さすがに予想外だったのか、ティルシア姫が唖然としている。それでもしっかり妹姫を抱き寄せているあたり、彼女達が転んだとしても妹姫だけは守られると見た。
さすがだ、シスコン。こんな状況でさえブレないその姿勢がとっても素敵。
そんな姉妹の微笑ましい光景にほっこりしつつも、私は次の魔法を展開している。定番となった氷結は転んだ者達をその場に凍りつかせながら徐々に広がりを見せ、やがて謁見の間は氷の間と化した。
と言っても、人を凍りつかせているので、そこまで分厚い氷ではない。死んだら私が困るもの。
なお、まともな人達も巻き添えを食らっているのだが、それは尊い犠牲として割り切っていただきたい。この状況で、人の選別なんざ無理。
大丈夫、大丈夫、大人しくしてれば、お話はすぐに終わるからな?
そもそも、普通は証拠もなしに処罰の決定など無理だ。該当者が王族だからこそ、手抜きはない。よって、この場は謹慎あたりが妥当で一時解散……となるのが普通。即座に処罰を求める奴らがおかしいだけ。
下手に反論して長引いたら命の危機だと思うが、さすがに連中もそれくらいは理解できているだろう。命が惜しけりゃ、黙ってやがれ♪
対して視線を向けた先のイルフェナ勢は、薄っすらと笑みを浮かべていた。彼らは私に譲ってくれたが、あくまでも『この場は譲る』というだけだったらしい。
ポイントは『被害国は未だサロヴァーラに抗議していない』ということ。
普通ならば、サロヴァーラはティルシア姫を庇う発言をするんじゃないのかい?
イルフェナ勢が黙っているのは、これが理由だ。誘拐事件の抗議すらしていないので、口を挟む権利がないだけです。ここに居たのは、私がティルシア姫と一騎打ちなんぞをしたからだ。
要は保護者枠ゆえの監視。私が何かしたら止められるよう、見張っていただけだ。
建前がそういった理由な以上、他のことはできません。ただ、連中も大人しくはないわけで。
『我が国が未だ誘拐事件において抗議すらしていない、しかもティルシア姫の自白のみだというのに、何故か決め付けていたのです。何か隠したいものがある……事件の真相を解明されると問題があるのでしょうか』
こんな感じに報告書という名の悪意が被害国にバラ撒かれると予想。嘘は言っていないし、見たままを報告しただけなので、サロヴァーラ側としても文句など言えまい。
勿論、被害国はそんな悪意など見抜くだろう。ただ、これを足掛かりにして真相解明とやらに乗り出すだけで。手加減はしないね、絶対に。
その可能性に思い至らなかった奴がアホなだけなのだ! っていうか、イルフェナ勢を何だと思ってやがる!
お馬鹿さんだなー、君達。王を糾弾した時のことをもう忘れたのかい?
奴らは『黙っている=何もしない』ではないと学んだだろう?
「煩いんだよ、馬鹿どもが。普通は証拠があって、初めて処罰が決定される。なのに……まるで『調べられたら拙いことがあるみたい』ね? 抗議も来ていない『事件』の犯人なんて、信じないのが普通でしょ?」
わざわざ口にすると、何人かの顔色が変わった。王女を切り捨てて逃げるための自分達の言動が、逆に自分達へと疑惑の目を向けさせることになったと気づいて。
「以前も王様を糾弾して、退位させようとしてたしね? 貴方達への信頼なんてその時点でないけれど、今は疑惑の目でしか見れないわ」
「そ、そのようなことはっ」
「煩い」
声を上げた男に対し、視線と共に指を鳴らす。その音と共に、男のすぐ側にあった氷塊が砕け散った。これには男だけではなく、多くの人が顔を青褪めさせた。
はは……凍った体ごと『バキッ』とかやられても拙いものね? それくらいの考えはあったようで何よりだ。
「煩い、と言ったのよ? あんた達の自己保身からくる価値のない言葉に興味はない。さて、一応は義理を通しましょうか」
そう言って、王の前まで来て微笑む。僅かに動きを見せている騎士達は、私を警戒しているからだろう。
「お騒がせして申し訳ございません。この場を収めるには必要と判断したのですが……何かお考えがあったならば謝罪いたします」
「い、いや、助かった。その、そなたが魔導師ということを改めて思い出したな」
「ふふ、基本的に敵にしか牙を向けませんもの」
その返事に、顔を引き攣らせる人々が続出。ええ、攻撃を仕掛けたということは、そういうことですから。
さて、王様の許しを得たので、本命へと話題を移らせて貰おう。
私は改めてティルシア姫へと向き直る。視線が合うと彼女は笑みを浮かべて頷き、リリアンを下がらせた。
さあ、遊びましょ?
「ティルシア姫、貴女が誘拐事件において手駒とした者達。彼らの選別には意味があったのですか?」
その問いに、サロヴァーラ王が驚愕の表情を浮かべる。おそらくはサロヴァーラの多くの者達も似たような感じだろう。だが、私には確信めいたものがあった。
ティルシア姫は合理的な手段を好む傾向にある。王を糾弾する貴族の姿をイルフェナ勢に見せるとか、『当然の行動さえ、自分の都合の良いように利用していた』。
だったら、あの死んだ手駒達にも意味があったんじゃないかと思うのですよ。サロヴァーラへの介入を望むための誘拐事件……ただの捨て駒かねぇ?
勿論、調べればその理由も判るだろう。だが、この場は『私達の遊びの場』――
折角の王の御前なのだ。この場でやらかした方が『獲物』のダメージも大きいでしょ?
ここでの発言は『偽りが認められず』、なおかつ『記録に残される』。誘拐事件関連なので、被害国が要求すればこの場での記録など提出は可能だ。
そこに、先ほど馬鹿どもへ向けた疑惑を裏付けるようなティルシア姫の発言があったらどうなる?
被害国だって馬鹿じゃない。ティルシア姫の行動理由が納得できるものであれば……連中を潰す後ろ盾になってくれるかもしれないじゃないか。
主犯はティルシア姫だが、その元凶があるなら当然それも処罰対象だ。ティルシア姫一人に押し付けて逃げるなんざ、許さないわよ〜う?
「ええ、勿論あるわ」
にこりと微笑んで告げられた言葉に、その内容に。
凍りついた謁見の間は興味深げに見守る者と、絶望を滲ませる者とに分かれた。そんな雰囲気を察して、私達は互いに笑みを深める。
互いに利のある楽しい時間になりそうな、そんな確信を覚えて。