作品タイトル不明
小話集21
小話其の一 『騎士さんと私』
「それにしても、魔導師殿はお優しいのですね」
「え?」
「ご自身の婚約者……ああ、守護役ということは存じております。ですが、あれほどに仲睦まじいのですから、それだけではないのでしょう?」
「ああ……まあ、監視要員ということは知ってるけど。確かに仲はいいかも」
騎士の言葉に頷きつつも、これまでを反芻する。
うん、確かに守護役達とは仲良しだ。
互いに使える駒扱いしてるけど。
個人的な好みの該当者がいないだけだけど。
友好的、という意味では間違ってはいない。好意的と言い換えても正しいだろう。
この騎士がそう思うのは、特にサロヴァーラに来てからの態度が関係しているのだと思う。煽るためとはいえ、アルと盛大にいちゃついてたからね。
私の言葉に納得しつつ、騎士は会話を続けた。
「お二人を見れば、それが監視要員と監視対象という関係とは思えません。婚約者、もしくは親しいご友人といった感じでしょうか。そんな姿を知っていると……」
そこで騎士は言いよどみ、表情を曇らせる。
「リリアン様やあの侍女の態度はなんと身勝手なものに見えることか。私とてそう感じるのですから、謂れのない一方的な敵意をぶつけられる魔導師殿に対し、申し訳なさが募るのですよ」
「……」
情けない、と小さく呟く騎士の表情は僅かに歪んでいる。それは護衛という任を与えられた自分に対する言葉でもあったのだろう。
確かに。
あの侍女の言い分は非常に勝手なものである。そもそも、この国に呼んだのは最高権力者であるサロヴァーラ王。
お前のとこの王様が呼んだっつーの!
文句があるなら、そっちに行けや!
と怒鳴るのは簡単なのだが、こちらも思惑満載で訪れている。
この騎士だって疑問に思ったじゃないか……『あの、その方法が可能かという以前にですね、どうしてそこまで準備されているのか聞いて……』と。
聞くな。めっちゃ怪しいのは判るが、聞くんじゃない。
撒いているクズ魔石とか、落下した時も咄嗟に浮遊したりとか、普通に考えて私の行動は色々おかしい。
そこに突っ込みたいのは山々だが、こうなった非がサロヴァーラ側にあるので聞けないのだろう。
それを含めてこう言おう……『侍女、グッジョブ!』と。
感謝するのはおかしいのかもしれないが、侍女が罠に嵌めていなければ事態は進展しなかった。そう考えると、感謝でいいと思うんだ。
それにですねー……実は、リリアンのことも別に怒っちゃいないのです。
これは少々……訂正、か〜な〜りイルフェナにも原因があると私自身が疑っているからだ。
アルは『理想の騎士』とか言われている素敵な騎士様である。その理由は容姿や家柄、そして何より本人の態度が大きく影響しているだろう。
それ、絶対に意図的にやってます。奴は腹黒です。
しかも情報収集のため『わざと』好意を抱かせるような言動あり。
きっぱり、はっきり、クズである。女の敵だ、アルジェント。
これを知っていれば、イルフェナがサロヴァーラ王の頼みを断れなかった理由の予想がつく。『原因、イルフェナにないか?』と思ったんじゃなかろうか。
国のため、それ以上に魔王様の配下としての行動だろうが、それは利がある人側の理由に他ならないだろう。
何より本人がそれを悪いこと・酷いことだと思っていない!
これは先祖返りの影響もあるらしいが、『自分にとって大切な者以外はどうでもいい』と言い切る素敵な性格をしていると明言したのはアル本人。自己申告しております。
そんな奴が『素敵な騎士』に見えている。……見えてしまった女性がいる。つまり、『アルが情報収集のためにそう見せた』ってことじゃねーの? と思ったり。
よって、恋する乙女なリリアンに非はない。どちらかと言えば被害者だ。
まあ、謁見の間での彼女の言動も問題があることは事実。王族という立場から見ても拙いだろう。
しかし!
その原因ともいうべき『恋(仮)』が仕掛けられたものだとしたら……。
相談を持ちかけられた時、イルフェナは速攻でそれを悟ったろう。気づかぬはずはないのだ、あの国の上層部の皆様が。
気まずい思いを皆が抱く中、イルフェナ王が代表して『大変ですね』と誤魔化したんじゃないのかね?
私を含む、特にアルと親しい魔王様と騎士寮面子はこう思っただろう。
ごめん。うちのアルが悪さして、ごめん。
気持ち的には間違ってはいない。誘拐事件が起きていなければ、アルに『せめて相手を選べ!』と説教があったかもしれない。魔王様とて顔を引き攣らせたことだろう。
アルの世界は私同様に狭いのだ。だから、そこに属さない者がどうなろうとも、お構いなし。
リリアンが本当に恋する乙女だと知れた今だからこそ、思うのだ……『ただでさえ軽んじられている王女にトドメを刺すってどうよ!?』と。
誰が聞いてもリリアンは被害者だ。でもアル的には『第二王女とサロヴァーラがどうなろうとも気にしません』で終わるという外道っぷり!
反省すべき点は『イルフェナに迷惑をかけた』という点のみだろう。酷い男である。
シャル姉様あたりには駄犬扱いされそうだ。勿論、『面倒ごとを起こすな!』という意味で。行動そのものを咎めることはしないに違いない。
ちらり、と前を歩く騎士に視線を向ける。彼は随分と気を張っているようだ、これ以上の失態を犯したくはないという決意が見て取れる。
その中に私への申し訳なさが含まれていることを知っている。だが、私とてバラすわけにはいかんのだ。
悩める騎士よ、君が気にすることはない。
つーか、気にしないでくれ。マジで悩む必要ないからっ!
様々な意味で後ろめたいことがある私は、そっと騎士から目を逸らす。
――正直、すまんかった……!
※※※※※※※※※
小話其の二『魔導師殿と私』(護衛の騎士視点)
こっそりと背後に視線を向け、その姿があることに安堵する。
勿論、彼女が普通の女性ではないことは知っているのだが……どうにも小柄な見た目に『守らなければ』と思ってしまう。
魔導師である彼女にそんな思いは不快なものかもしれない。はっきりと目にしたわけではないが、おそらく彼女は強いのだろう。……守護役達と渡り合えるくらいに。
魔法を扱う者が騎士相手にそこまで戦えるなど、異例中の異例である。それでも三名もの強者が付けられている以上、戦えてしまうのだろう。現にキヴェラ相手に一歩も引かぬどころか、勝利しているのだから。
だが、私とて陛下より与えられた役目がある。これ以上、サロヴァーラの恥を晒すわけにはいかなかった。
そう思う度に気分が沈む。それは偏に己の不甲斐なさからきていた。
罠に嵌められた時……私はまずリリアン様を疑った。
あの侍女が口にしていた言葉、そして魔導師殿がいなくなることに利がある人物。
それらの情報から、私は躊躇いもなく王女であるリリアン様が命じたのではと思ったのだ。
だが――
『いや、全然』
『不自然だからだよ。これはリリアン様の指示ではない可能性が高い。貴方は彼女が私を疎んでいるからこそ疑っているみたいだけど、【そんな彼女だからこそ無理がある】と私は考える』
『王族が自分から動くなんて殆どない。手駒を使う、これが普通。だけどさ、言いたくないけど今の第二王女のご機嫌を取って得るものって何? 普通は味方をするどころか離れるよ』
当事者である魔導師殿は否定した。
感情的になるのではなく、どこまでも一歩引いた位置から冷静に判断を下していた。
それどころか私に言い聞かせるように、納得させるように次々と『そう思った根拠』を挙げていったのだ!
リリアン様を庇っているわけではない。どこまでも事実のみを追及する指摘の数々に、私の頭も自然と冷えていった。
そして気づいたのだ。
私は……私こそが、まずリリアン様を庇うべきであったと。
魔導師殿のおかげで、言い逃れできないほどの不敬を働かずに済んだのだと。
騎士が己が国の王族を証拠もなく疑ってどうする。それこそ国の恥ではないのか!?
守護役の皆様はほぼ全員が騎士であると聞く。ならば当然、その在り方も理解されているだろう。
そして、罠に嵌った時からこれまでを思い出す。私は魔導師殿に救われてばかりであったことを。
あの時、魔導師殿が躊躇いもなく私の腕を掴み、浮遊の術を使ってくれなければ死んでいた。
リリアン様を疑う私を諌め、納得できる理由をくれた。
『王に命じられた護衛』に謝罪をさせることで、サロヴァーラという『国』が疑われることを回避し。
今も『護衛対象を守る』という私の立場を尊重し、私が陛下より賜わった任を継続させてくれている。
謁見の間でのこと、リリアン様が命じたのではないと指摘したこと、そして……魔導師殿のこれまでの功績。
それらを考えれば、イルフェナのみに有利な状況にすることなど彼女にとっては容易いと予想がつく。彼女がそう望むならば確実といえるほど、サロヴァーラにとっては不利な条件が揃い過ぎていたのだから。
だが、魔導師殿はそれを望まなかったのだろう。私が今、こうしていることがその証。
誰よりも疑惑を持ち、感情的に喚き散らしても不思議はない。
彼女にとって、あまりにも理不尽な敵意なのだから。
それなのに、彼女が優先したものは……おそらくはイルフェナとサロヴァーラの関係。
エルシュオン殿下の教育の賜物なのか、元からの性格なのかは判らないが、魔導師殿はそれを『選んだ』。
ふと、父の友人であった魔術師の言葉を思い出す。魔法の使えない自分にとって、彼は尊敬すべき対象だった。魔法も勿論、その深い知識が自分にそう思わせたのだ。
そうだ、あの人はこう言っていた。
『魔導師は【世界の災厄】などと呼ばれているが、俺はそうは思わない。何故なら仕掛けたのは必ず相手の方であったし、その結果が大陸にとって良い方向に活かされたのだからな』
『力は悪か? 圧倒的な強さを持っていたら、目の前を塞ぐ障害を壊すことをしてはいけないのか? もたらされた恩恵を忘れ、都合よく悪に仕立て上げてきた者達こそ、俺は【災厄】だと思うがね』
『おかしな話だろう? 恐れながらも縋る存在に【災厄】なんて呼び名をつけるのは!』
こんな考え方はこの国において少数だろう。だが、俺にはとても納得できてしまった。
『人を守る強さ』とは、言い換えれば『殺すための力』。騎士に尊敬の目を向ける者達は、その騎士が己を殺そうとしても変わらぬ尊敬を向けるのか?
……答えは否、だ。あくまでも『自分を守る側』だからこそ、尊敬という感情を抱いているだけ。
そこに気づけば『世界の災厄』という通称が実に滑稽に思えた。弱者ゆえにそう呼ぶ、そんな風に思えてしまって。
それに。
私の後ろを歩く魔導師殿は、こんな風にも呼ばれていたはず。『慈悲深く、誇り高い断罪の魔導師』、と。
己の利にならずとも、大国を敵に回そうとも、己が意志を貫き成し遂げる魔導師。
抗う意思あらば弱者であろうとも手を貸す優しさ、そして己が敵を許さぬ惨酷さを併せ持つのだと。
今この状態こそ、魔導師殿の配慮あってこそのもの。噂は事実であったのだ。
そのことに気づき、胸の内でひっそり感謝を述べる。口に出そうとも、彼女はそれを受け取らないだろう。『守ってもらっているのは私の方だ』と、あくまでもサロヴァーラに落とし所を授けようとする。
その優しさに応えねばと、思わず剣の柄を握り締めている手に力が籠もった。
ここを出たら陛下に謝罪と事実をお伝えしよう。そう固く誓って。