軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小話集20

『慰労会にて』(ミヅキ視点)

セイルVSサイラスのアホな喧嘩から始まった慰労会。

そこは、現在――

「やだなぁ、私は本気だって」

「アンタの場合、本気だから怖いのよっ!」

私の目的が徐々に達成されつつあった。

苛めっ子セイルに向かって『お前も利用する気満々だからね?』と告げて場を硬直させはしたが、当然その程度が目的ではない。

私の目的はここにいる者達に『魔導師を利用するな。当然、脅迫に使うことも含む』と徹底的に知らしめることなのだ。

と、言うかですね。

一度釘を刺しておかないと、私に直接会ったことがない輩は『対キヴェラ最強兵器・魔導師』と本気で思っている節がある。

これは私がキヴェラを敗北させたことと、『退かせる条件を呑んだ方がマシ』とキヴェラ王に思わせたことが原因だ。

いくら農地を削られたといっても、そこは大国。圧倒的有利な立場でなくなっただけであり、はっきり言って今なおこの大陸で最も力を持っている国であることに変わりはない。その程度は誰でも理解できている。

ただ私の協力者にならず、コルベラに来なかった者からすれば……キヴェラを相手にした外交において魔導師の名は『利用できるもの』と思いがちだ。

ぶっちゃけると、そこまで弱体化していないキヴェラに『あまり大きな口を利くと、魔導師に言いつけますよ』と言って脅す可能性がある。

馬鹿である。

愚かである。

何もしてない癖に、私を利用するとはいい度胸だな……?

外交を有利な方向に進めるべく、情報を利用するということはあるだろう。だが、私に限っては状況が全く違う。

そもそも、キヴェラは『あの時・あの場で私が暴れること』を恐れた……というか、『ちょ、やめてくれ!』という状況になったのであって、『魔導師だから恐れたわけではない』。

状況が違えば、結果も当然違ってくる。

キヴェラが私の動きを予想できなかったのは『前例のない、トンデモ発想と行動』だったから。準備ゼロで私に襲撃されたも同然である。しかも、こちらの手にルーカスがいた。

これで勝てなかったら無能もいいところだ。

だから、魔王様達は私に対して『正義』という言葉を使わない。

……。

ええ、まあ……使えませんよね、私の言動を全部知ってると。

私とて『コルベラ王女セレスティナ姫の逃亡旅行(意訳)』が善意だけだったとは思わない。どちらかといえば、こちらが弄んだ方である。

つーか、セシルは『政略結婚によって嫁いだ』ので、それを掻っ攫った魔導師は悪役だ。

『お気の毒なセレスティナ姫』を主軸に個人的な感情が混ざった結果、民間は魔導師をヒーローに仕立て上げる方向になっただけ。

……単にキヴェラが悪役過ぎたともいう。日頃の態度って大事だな、と思います。マジで。

まあ、ともかく。

それが真相なので、キヴェラに魔導師の存在をちらつかせたところで優位に立てるはずはない。

特にキヴェラ王は状況を正しく理解してるだろうし、逆に『魔導師に確認しようか?』とでも言い返せと指示するだろう。そうなると、一気に形勢逆転です。

そんなわけで、『魔導師はキヴェラと特別険悪じゃないよ!』というアピールも兼ねて、本日の慰労会なのですよ。それに加え、『魔導師は味方にも容赦なし』と覚えてもらいたいのだ。

見返りもないのに、何故ただ働きせにゃならんのだ。

魔王様とルドルフに依頼されて動くのだって、日頃から二人が私のために色々と動いてくれているのを知っているからだぞ?

彼らでさえ、頼り・頼られという関係なのだ。それ以下ならば……魅力的な見返りがなきゃ動かん。

ちらり、と密かに視線を周囲に向ける。セイルに対して言い放った言葉が衝撃的だったのか、心なしか青褪めている人達もいた。

まあ、そうなるわなー……セイルが守護役だって知ってたら当然か。

あれですよ、『守護役達は魔導師溺愛』という噂。あれを事実だと思っていると、主導権は守護役達の方ということになる。

守護役がどういう存在か知っていれば、『魔導師のご機嫌を取って誘導している』とも受け取れるからね。

そう言った意味での『溺愛』だと思っても不思議はない。ここにいる皆さんは己の顔さえ武器に使う人々……要は連中の同類です。同類ゆえの発想なの。

そんな彼らからすれば、あの噂は非常に納得の出来るものだったと思う。キヴェラの一件も『個人的な感情から行動した』とも言われてるし。

ある意味正しいですよ、『個人的な感情が発端』ってのも。ただし、それは『哀れな姫への同情』ではなく『個人的恨みを拗らせた挙句の嫌がらせ』。方向が違います。

セシル達の事も大事だけど、あの時点では私と彼女達の接点はゼロ。私がわざわざキヴェラまで行く必要もないので、同情で動く以前の問題だ。

これを聞いた時に思った……「気づけよ、馬鹿」と。

同情云々が行動理由なら、魔王様が私に悲劇として伝えてなきゃおかしいだろうが。セシルへの同情もゼロとは言わないが、あの人が案じていたのは『寵姫に子供が生まれた場合の縁組み』。

そもそもセシル達って政略結婚なんだよ? 他国の外交の一環なんだよ?

立場上、それを私以上に理解しているのが魔王様。あの人がそんなことをするとでも? 実際、レックバリ侯爵の懇願にさえ難色を示したぞ?

レックバリ侯爵が私に対して懇願しなければ、私はセシル達のことなど知らないままだった。キヴェラやコルベラという国を未だ知らないまま……という可能性すらある。

その懇願があってさえ、動いた理由は個人的な復讐。

『よっしゃぁぁっ、ゼブレストの問題解決の機会がきた!』しか考えていなかった。

お花畑思考と言うなかれ。ルドルフ達が国を立て直す時間を得るためには『ゼブレストが戦から遠ざかり、周囲の国がルドルフを認める』という条件が必須だったのだから。

これは私一人の力ではどうにもならない。魔王様の協力があっても無理。

大変物騒なのだが、『どこかの国がゼブレスト以外と争いを起こす』という状況が必要。それに私が参戦&争った国を脅迫! そこにルドルフから救いの手が……という形が最良だった。

ルドルフを『魔導師と親しく、諌めることが可能な英雄的存在に仕立て上げる』。それが私が考え出した方法。

その後はルドルフ達が他国に認められるような実力を外交において見せれば、自動的に一目置かれる存在となる。そうなれば、無闇に争う国もなくなるだろう。仕掛けたら魔導師が出て来ると思うだろうし。

……と、思っていた。キヴェラという国を知らなかった頃に立てた計画である。

そんな私に餌を見せたのがレックバリ侯爵。この時点で私達の利害は一致したのだ。想像以上に上手くいったので、狸様にも感謝しておりますとも。

セシル達も『善意だけではない』と聞いて呆気に取られてたけど、理由を言ったら納得してくれたしね。

現実的に考えたら、外交ぶち壊して見ず知らずの姫を掻っ攫う……なんて真似をするわけなかろう。後のことを考えずやらかした場合、それはただの犯罪であり、最悪な展開へと一直線。

キヴェラVSコルベラの引き金を引いてどうする。間違いなく国同士の関係が拗れるぞ?

狸様だってそれが判っていたからこそ、セシルを死んだことにして有耶無耶にしようとしたくらいだからね。

「そういえば……面白いことを聞いたんですよ」

「面白いこと?」

にこり、と笑いながら宰相補佐様に話題を振る。宰相補佐様は一瞬、怪訝そうな表情をしかけ……思い至ったのか、私の会話に乗ってくれた。うむ、ありがとう!

「今後、キヴェラとの交渉において私、いえ魔導師の存在をちらつかせるって言ってる人達がいるんですって」

「あら、それは随分とお馬鹿さんがいたものね」

視界の端でサイラス君がぴくりと動くが、この会話に加わろうとはしなかった。そこに感情優先で動きがちな彼の成長を見て、内心拍手する。

玩具よ、成長したな。そのとおり、『待て』は大事だ。時には傍観者になることも重要。

ちなみに私は魔王様限定で『お手』ができる! ……勿論、意味はないが。

「ええ! だって、そんなことを口にする時点で無能だって言ってるも同然なのに」

くすくすと笑いながら言えば、宰相補佐様は人差し指で私の額を軽く突く。

「こら、あまり言うんじゃないの。私だってそう思ってるのよ……見極められなくなっちゃうわ」

「あは、ごめんなさい。でも、その時は教えてくださいね? 『魔導師を勝手に利用する』んだもの、『報復されても文句は言えない』でしょう?」

ねぇ、皆さんもそう思いますよね? ――そう暗に言いながら周囲を見渡せば、皆は一様に顔を強張らせた。

一部は『利用しようと思っていたから』、それ以外は『わざわざこの場で宣言した意味を悟ったから』。

「きっと楽しく遊べると思うの! ……ああ、皆さんは知らないんですよね? さっきの遣り取りで判ったと思いますけど、魔導師は……『身内と呼べる人にさえ容赦がない』んです。これが全くの他人だったら、どうなるでしょうね?」

無邪気に笑いながら口角を吊り上げる。にやりとした笑みに、彼らは益々顔を引き攣らせた。

はっは、失礼な奴らだな! お前らだって利用されたらムカつくだろうに、何故その展開が読めないんだ?

魔導師は『世界の災厄』と呼ばれる存在なのに、ねぇ?

「はは、ミヅキは本当に容赦ないからな。あの大蜘蛛を倒す術を即座に考え出したことといい、我が国の恥晒しを追い込む策を立てたことといい、きっと盛大に楽しむんだろう?」

無邪気な笑顔で、無意識に彼らを追い込むジーク。ジークの言っていることは事実なので、キースさんも咎められないらしい。複雑そうにしながらも、口を塞ぐことはしなかった。

「それでこそ、『私』でしょ!」

にやり、と笑えば。

「違いない! 国からは一体どれほどのクズが消えるのだろうな」

ジークもまた、無邪気に彼らの心を抉った。……あの、ジークさん? 本当に、本当に、意識して言ってないんだよ、ね!?

ちらりと視線を向けた先ではキースさんが死んだ目になっていた。私の視線に気づくと、首を横に振る。

……ジークは裏なく言っている模様。さすが、脳筋。本能でこの発言とか怖過ぎです。

「ああ、そうだ。ここにある料理だけでなく、お土産も用意していますから。国に帰ってから、じっくり今後を決めてくださいね」

皆を振り返って無邪気に笑う。こういった物も立派に判断材料になるからね。

私と仲良くした方が得か、それとも利用しようとして不興を買う方を選ぶか。よく考えてくださいな?

※※※※※※※※※

『その後のゼブレスト』 (ルドルフ視点)

「ほ〜、それでミヅキに的にされたのか」

苦笑するセイルを前に、俺は珍しい物を見た気になる。アーヴィも似たような心境だろう……まさか、セイルがそんな子供じみた行動を取るなんて!

「申し訳ございません。私もまだまだですね、キヴェラに属するというだけでそのような態度を取るとは」

「まあ、そこらへんは仕方ないだろうさ。ミヅキだっていきなり友好的になるとは思ってないだろう」

セイルの気持ちも判る。この国は、そして俺は。キヴェラという国に対し、あまりにも思うことが多いのだから。

とはいっても、それはすでに『過ぎたこと』である。

俺が『王としてミヅキの提案に乗り、キヴェラ王に手打ちとすることを約束した』。そうなった以上、『過ぎたこと』なのだ。

「俺達が得たものだってある。……少しずつでも、感情を切り替えろ」

だからこそ、セイルに『命令』を。俺は新たな火種を作ることなど望んでいないのだから。

「承知いたしました。まあ、私が愚かな真似をしでかしそうになったら、ミヅキに〆られるのでしょうが」

セイルも理解したのか、苦笑したまま頷いた。……言葉の後半に俺やアーヴィまでもが頷きはしたが。

「ところでな。土産は全部そうだと思うが、『これ』もミヅキが作ったのか?」

「はい。上手いやり方ですよね、興味が湧けば必然的にイルフェナ、もしくはエルシュオン殿下に繋ぎを取らねばなりません。これは彼女が危惧している事態も同様です。キヴェラに対し魔導師を味方につけようとするならば……」

「その時点でチクリとやられるだろうな。勝手に魔導師の名を使うことも許しはしないだろう。『後見』の意味を思い出させたいのか」

俺の憶測にセイルも頷く。キヴェラに対して魔導師を切り札の様に考える輩は、綺麗さっぱりイルフェナの存在を忘れているらしい。

「イルフェナが許さねばミヅキに接触など不可能ですからね。そしてミヅキの行動に責任を持つのもイルフェナです。ですから、そのような手を使われても嘘だとはっきり言い切れるでしょう。イルフェナも抗議くらいするやもしれません」

相変わらず、こういったことの抜け道を探す術に長けているミヅキに何とも言えない気持ちになる。

ミヅキはイルフェナを利用するわけではない――彼女にそんな権限はない――し、保護されている以上はイルフェナを通すのが当然。

他国が『国として』直接ミヅキに交渉し、キヴェラとの外交に助力してもらうなど不可能なのだ。イルフェナには監督責任というものがあるのだから。

最低でもエルシュオンの許可が要る。そしてエルシュオンは理由がない限り、本来この世界とは無関係のミヅキを外交の場に出すことはしない。

個人的に親しい場合だろうとも、それは変わらない。保護者の許可なくそのような真似をすれば、ミヅキは間違いなく国を〆る。『国としてやらかした』ならば、報復対象は国だろう。

この線引きは必要なのだ。いくら異世界人が有能だろうと、この世界に属する道を選ばぬ限りは『部外者』なのだから。

ミヅキを見ていれば、異世界人を外交に関わらせない理由が理解できる。

……常識や知識が異なる者一人が功績を成しても後が続かず、『その場限り』という限定された条件でない限り、逆に周囲が混乱するのだ。これまでもミヅキは『求められた役割のみ』を成し遂げているじゃないか。

つまり、『最終的に結果が出れば、それ以降は基本的に関わらない』。利害関係の一致と本人も言っているので、それ以上動く気がないとも言う。

まあ、とにかく。立場的にも、本人的にも、勝手に仲間意識などを持たれては困る……ということだ。

そして、イルフェナとて情報収集に余念がない。ついでに言うなら、余計な争いごとを望まぬ国でもある。

よって、キヴェラと他国が険悪になることを望まない。

正義感とかではなく、『自国に迷惑がかかる』という理由から。

魔導師が暴れることも望まないだろう。下らぬ提案は綺麗さっぱり潰すことは確実だ。特にエルシュオンはミヅキを利用することを許さないだろう。

「ミヅキを利用するって、イルフェナに喧嘩を売ってるも同然なんだがな」

「愚か者達はそれに気づかないのでしょうね。『保護している以上は、その行動に責任がある』など当然でしょうに」

呆れながら呟けば、セイルも深く頷く。これこそ、魔導師の名を利用しようとする者が忘れていることなのだ。

「ミヅキの言動が無茶苦茶だからって理由もあると思う。だが、あいつは基本的に利害関係の一致で動いてるからな……イルフェナに監督責任の追及なんてできないだろ」

「双方が了承済みなんですよね。もしくは、その果てに結果を得られたから殿下が許していると言いますか」

「……。周囲に話せない、という理由もあるでしょう。『結果』だけをイルフェナに報告して、互いにそれで済ませている場合もあるかと」

「「「……」」」

最後のアーヴィの言葉に、俺達全員が沈黙した。大変ろくでもない裏事情の推測だが……否定できん。

何と言うか、あいつが基本的に隔離されている理由が判った気がする。騎士寮に暮らしていることといい、イルフェナからも『目を離したら何をするか判らない』と思われているんじゃなかろうか。

聞こえてきた軽い音に、ちらりとテーブルの上にいる『おたま』を見る。おたまは嬉しそうに、ミヅキからの土産をほおばっていた。

「おたま、美味いか?」

くーえっ!

尋ねれば、食べ終わるなり一声鳴く。気に入ったようだ。いやカエル達はミヅキが作ったものなら何でも喜ぶ気がするが。

「これも……その、何と言うか」

その一つを摘み上げ、アーヴィは複雑そうな顔になる。

ミヅキから贈られた土産は、今回イルフェナに赴いた者全員に渡されたらしい。それは酒やつまみなどといった男達の興味を引くものだけではなく、焼き菓子といった甘い物まであった。

その焼き菓子が何と言うか……大変、ミヅキらしいものだったのだ。

「猫の姿のクッキー……色違い、しかも微妙に黒い方が小さいよな?」

「ミヅキの世界はこういった抜き型の種類が豊富なんだそうですよ。今回は数も必要だからと作ったらしいです」

様々な形の猫の姿のクッキーは確かに美味そうだ。チョコレートを混ぜた物と二種類作ったらしいが、何も入っていない方は金色に思えなくもない。

「で、こちらの焼き菓子は……」

「『マドレーヌ』と言うそうですよ」

「ほお……猫の足型をしているのか」

アーヴィが生温かく、手にした『マドレーヌ』とやらを眺める。その目は『本当に猫の足型なんてしてるのか? わざとじゃないだろうな?』と言っていた。

黒猫と金猫のクッキーに、猫の足型マドレーヌ。……これを食べる時、奴らはミヅキとの慰労会を思い出すのだろう。軽くトラウマになりそうだ。

まあ、それがミヅキの狙いだろう。要は無言の警告なのだ、これも。

「美味しいことは判っていますからね。手を出さずにはいられない、けれど思い出したくもない……という状態になるかと」

セイルもまた同じ事を思ったのだろうが、妙に晴れやかな表情だ。絶対に、絶対に、参加者達が悩むことを望んでいる……!

「まあ、俺達も休憩にするか。カエル達の分もあるんだろう?」

「勿論です。かなり大量に持たされましたからね。今頃、騎士達と食べているのではないでしょうか」

幸せそうに、もごもごと口を動かす『おたま』に目を向けながら。俺も黒猫のクッキーを手に取り、口に放り込んだ。

※※※※※※※※※

『その後のサイラス君』 (サイラス視点)

漸く自室に帰り着き、溜息を漏らす。思わぬイルフェナへの同行――自分の役目を聞いた時は思わず顔が引き攣った――にやはり疲れていたのだと思う。

誘拐事件のことを思えば、イルフェナでの『集い』による疲れも仕方ないだろう。俺の場合は個人的に何となく苦手な相手がいたことに起因するが。

魔導師……ミヅキはやはり今回も凶悪だった。それはもう、彼女を迂闊に利用しようとは思わなくなるほどに。

ただ俺のことを玩具呼ばわりするくせに、今回はそれほど弄られていない。それどころか、キヴェラと特別険悪ではないと断言してもいた。

「はぁ……あの人、エルシュオン殿下の『猫』じゃなかったのか?」

思わず、そんな呟きが漏れる。『飼い主と猫』だの、『猫親子』だの、奇妙な噂が流れているが、それを意図的に流しているのはイルフェナ。これに警戒しない方がおかしい。

『猫』とは愛玩動物を示すものばかりではない。『手駒』、『子飼い』という意味にも取れるのだ。

要は暈した所有宣言とも言える。事実、あの魔導師はエルシュオン殿下の味方をするだろう。ゆえに、キヴェラは間違いなく後者の意味だと思っている。

……が。

その認識を少々、改めなければならないような気がしてきた。これは俺だけではなく、今回イルフェナを訪れた者達の大半――正確にはエルシュオン殿下と魔導師が一緒にいる所を目撃した者――が思ったことだろう。

陛下でさえ、『……魔導師殿は本当に愛猫扱いではなかろうか』と口にしていた。何でも魔導師の『悪戯』に対し、エルシュオン殿下が謝罪したから……だそうだ。

しかも、その対応にアルベルダやカルロッサは苦笑するだけだったらしい。どう見ても謝罪する飼い主だった、とは陛下のお言葉だ。

魔導師だけではなくエルシュオン殿下、そしてイルフェナに対する疑問が湧いた瞬間だった。何故だろう、魔王と恐れられた姿が揺らいでいく。

そして、奇妙なことはそれだけではなかった。

「何であの人、こんな物を俺だけに?」

そう言いながら、俺は魔導師殿に手渡された品を眺めた。テーブルの上に置いたそれは『魔導師殿に直接手紙を送る転移法陣』と『本』。

他の土産は皆も貰ったようだが、これは俺だけに渡された。しかも人目がないような、通路の片隅で。

『何も言わずに受け取れ。何かあったら、転移法陣で連絡しなさい』

『はぁ?』

『大丈夫、私に偏見はない』

『いや、だから何を言って……?』

『とにかく! それ読んで自衛しなさい。それはコピーだけど、元はキヴェラで入手したからね』

その表情はどこか真剣だった。……意味が判らない。

まあ、転移法陣を貰ったのはある意味ありがたくはあった。必要があれば俺はこれを使うのだろう。

「とりあえず……この本が理由か?」

著者を見ても特に有名ではなさそうだ。だが、キヴェラで入手したと言っているあたり……何かこの国について気になることでも書かれていたのかもしれない。

そう思い、表紙を開き――

「な……何じゃ、こりゃぁぁぁっっ!」

叫んだ。半分もいかないうちに。

中身は所謂恋愛小説というものだ。それはいい、それだけなら!

問題はそれが騎士同士の物語ということだろうか。

ちなみに、キヴェラでは男性しか騎士になれない。

しかも……しかも!

妙〜にリアルなのだ、この本に出てくる騎士達の姿や生活が。

勿論、物語と言ってしまえばそれまでだ。だが、『何も知らない一般人である作家』が騎士の生活など知っているのだろうか……?

嫌な汗が背中を伝う。

「え、何これ、魔導師殿はこれに事実が混ざってるとか思ったのか? 『偏見はない』って言葉はこのためか!?」

軽くパニックを起こしかけた俺の視界に、貰った転移法陣が映る。

何故かそれがとても頼もしく思えた。少なくとも相談相手はできたのだ……俺の身に『ある意味で災い』が降りかかるなら、何とかしてやるという心遣いだろう。ただ――

「あの人が教えなきゃ、知らないままだったよな? いや、でも、事前に知らなけりゃ、自衛のしようがないし……」

思わず遠い目になる。

あの魔導師は一体何がしたかったのだろうか? 俺の反応を見て楽しむとかではないことを祈りたい。

深々と溜息を吐き、がっくりと頭を垂れる。とりあえず今の悩みは『これを騎士団長に報告すべきか否か』ということだった。