軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

仮面の下にある思惑

――ある部屋にて(エルシュオン視点)

「わざわざご足労いただき、申し訳ない」

そういって同じテーブルについている人物達に視線を向ける。

「いえ、必要なことでしょう。こちらこそ誘拐された令嬢が無事救出されたことに感謝しなければ」

穏やかに微笑むのはカルロッサの宰相殿。彼をイルフェナに送るということは、やはりカルロッサとしても今後の対策が必要と感じているのだろう。

「そのとおり。今回は運が良かったと思える部分もありますからな」

同じく頷く男性はアルベルダのグレン殿。彼もアルベルダ王の腹心という立場であり、その才覚はミヅキ同様に頭脳労働に特化されている。

何より……彼は正真正銘、ミヅキと同郷である。

今回の解決にミヅキが関わっていると察し、最も彼女に慣れた人物が選択されたのだろう。

――そして。

「まさか、貴方が直々に来られるとは思いませんでしたよ」

「なぁに、誠意を見せるにはこれぐらいせねばな」

どこか不敵に笑う顔に傷のある人物――キヴェラ王その人。

未だ国が不安定であり、今回のこともあってどの国も王に準ずる人物が選択される中……彼は唯一、自らイルフェナへとやって来ていた。

あくまで今回の招待は私である。これまでならば、大国の王が格下――身分的にも国の立場的にもこう言った方が正しい――の誘いに自ら乗るなど考えられぬことであった。

「誠意、とは?」

「王太子妃の件があっただろう? 『国が変わる』というならば、今回の誘いはまさにそれを証明する場ではないかね?」

真意を探るように尋ねれば、面白そうな表情でそう返された。

確かに、と密かに納得する。確かにこういった場で王自らが赴くというのは『これまでとは違う』と示す絶好の機会であり、良い証明になるだろう。

呼びつけるのではなく、王自らが赴く。大国の王にあるまじき姿なのだが、そこに魔導師に敗北した故の怯えは感じられなかった。

いや、キヴェラは未だ『大国』なのだ。

キヴェラを脅威と感じさせたものはそれだけではないのだから。

農地を削られようとも、その存在は無視できるものではない。

何より、ミヅキはそれ以外に何もやっていないので弱体化したとは言えないのだ。

ただ、それを理解できている者ばかりではないことも事実。『魔導師に敗北した』という思い込みのまま、キヴェラが致命的な被害を受けたのではと疑う者もいる。

「なるほど。キヴェラにかつてのような傲慢さがないという証明、今回の誘拐事件を王自ら動くほどに重く捉えているという自国内へのアピール。そして……たとえ王が国を一時離れようとも問題はないと我々に伝えるためか」

考えられる可能性を告げると、キヴェラ王は満足そうに笑った。正解らしい。

そんなキヴェラ王の姿に内心溜息を吐く。やはり彼は偉大な王なのだと、痛感して。

もしも先日の敗北やこれまでの傲慢さをそのままに、今この場に居るようならば……我々はキヴェラを同じ被害国として受け入れたかは怪しい。

己が誇りを重視するあまり、この誘いに乗らぬ可能性とてあっただろう。

だが、キヴェラ王はやはり大国を治めるに相応しい人物だった。

己が悔しさよりも国の先を選び、自ら一歩下がることでそれを証明してみせたのだから。

ここまでされると私達もキヴェラを『同じ立場』と認めざるを得ない。誠意には誠意を以て返さねば、それは国の恥となり評価となるのだ。

私は一度目を伏せ、それから視線をキヴェラ王に合わせた。唐突に変わった空気に、他の二人も表情を引き締める。

「貴方がそういった考えならば丁度いい。この集いにはもう一つ目的がありましてね……我が国と不可侵の条約を結んでいただきたいのですよ。勿論、他の国の参加も歓迎します」

「ほう?」

「正直言って、今はキヴェラの立ち位置が曖昧です。それに伴って、周囲の国もどう対応していいか判らなくなっている。これまでのキヴェラは圧倒的優位な存在……それが一気に変わりましたから」

「それが誘拐事件とどういった関係が?」

「我々が自滅する可能性の排除、でしょうか。こう言っては何ですが、今回の黒幕は少々頭が回るようでしてね」

唐突な私の提案に、軽く目を見開いた皆は……続いた言葉に表情を苦いものに変えた。

「正直言ってあまりにも的確な対応を選ばれている。誘拐犯達の話を聞く限り、死んだ男が助言をしていたらしい。そしてその男も誰かの指示を受けているような感じだったと」

「ほお……随分とイルフェナを悩ませたようだな。まあ、その黒幕とやらの予想外があの娘だったわけだが」

くく、とキヴェラ王は愉快そうに笑った。彼はミヅキのトンデモぶりに敗北したと言えるので、非常に理解が早い。

それはカルロッサの宰相殿やグレン殿も同じらしく、呆れたように苦笑していた。

「囮としてミヅキが乗り込んだ時期が早かったからこそ、その男の背後に黒幕がいると知れました。死体がなければ死因の特定などできないし、その出来事に怯えた誘拐犯達が引き上げる可能性もあった」

事実なのだ。今回の功労者は紛れもなくミヅキとディーボルト家の者達である。

その二つの要素が黒幕にとって予想外過ぎ、完璧だった策に綻びを作っていた。

「未だ黒幕が残っている以上、警戒は必須。そして情報の共有も同じく。そうなると……」

「なるほどな。さすがは魔王殿下、我が国が今回のことに組み込まれた理由をそう取るか!」

私の口にしなかった部分まで察したのか、キヴェラ王は納得したように頷いた。他の二人も『その可能性』には思い至っているのだろうが、いくら何でもこの場で口にはできまい。

それを察したキヴェラ王は自ら口を開く。

「我が国の役割は『被害国に不仲をもたらす綻び』か! 確かに、未だ互いに距離を量りかねている状態で協力など上手くいかんだろうよ。疑心暗鬼に陥ればその情報すら疑うものとなる。……よく考えたものだ」

キヴェラはいくら不安定とはいえ、大国である。そんな国にわざわざ被害を出して巻き込んだ理由。

それは『被害国同士の不和を誘発するため』ではないのかと、私は考えた。

情報が共有され、手を組まれればそれだけ黒幕は次の行動を起こせなくなる。ならば、手を組ませなければいい。和を乱すために必要な『悪』に相応しい存在を交えて。

「これまでのキヴェラへの認識がある以上、簡単に仲良くというわけにはいきません。それを踏まえれば情報の共有や今後の協力もどこかで擦れ違ってくるでしょうね。争いの種となるやもしれません」

忌々しい、とばかりに宰相殿が言えば。

「キヴェラと魔導師は敵対し、我々もキヴェラとは穏やかな関係ではない。そしてそこが崩れた今だからこそ付け入る隙がある。……偽りの情報を流せば、たやすく互いに不信感を覚える。いや、そこから次の策が始まるのやもしれませんな」

グレン殿が続けるように『今後、起こり得る出来事』について口にした。私も思わず表情が厳しくなってしまう。

なんと嫌味な黒幕か。その後の自滅さえ策に練り込み、我々を翻弄しようとは。

そんな雰囲気を壊したのは、意外にもキヴェラ王だった。

「まあ、今回はそれを踏まえてこちらも手を打たせてもらったがな」

予想外の言葉に皆の視線が集中する。その視線を受け、キヴェラ王は言葉を続けた。

「今回連れて来た者は魔導師殿と顔見知りでな? 今も部屋に他国の者達と共にいるだろう。そこで魔導師殿とそれなりに親しい様を見せ付ければどうなるか」

「おや、彼は魔導師殿と知り合いでしたか」

意外とばかりに宰相殿が声を上げると、キヴェラ王は少々困ったような表情になる。

「知り合いというか、名前と立場を覚えられているという程度だな。同じ条件で該当するのはルーカス付きであったヴァージルもだが、奴はルーカスに従う形でイルフェナを侮辱する発言をしておる。まして処罰を受けた身……故にサイラスを連れて来た」

「ああ、ミヅキと言葉を交わす程度の仲だと見せ付けるためでしたか。確かに、名も知らぬ者が親しげに接してくればミヅキは警戒しますね。『キヴェラは魔導師と特別険悪な関係ではない』と周囲に伝えるためには最適な人選でしょう」

納得とばかりに頷くと、キヴェラ王は「それにな」と続ける。

「キヴェラは確かに圧倒的優位な立場をなくした。だが、同時に国の在り方を見直し不要な者を排除することが叶った……得るものもあったのだ。長い目で見れば良い切っ掛けとも言えるだろう」

それは内部に燻っていた火種の大きさを実感したゆえか、それとも他国が手を組むという脅威に直面したためか。

どちらにしろ思うことがあったのだろう。まあ、ルーカスの廃嫡を画策していたようだし、『得たもの』も確かにあったとは思う。

詳しいことは判らないが、キヴェラもまた今後の在り方を模索してるのかもしれない。イルフェナに対しての気遣いもその一環なのか。

随分と気を使った人選だ、と思ったことが顔に出たのか。キヴェラ王は真面目な顔で頷いた。

「『誠意を見せる』ならば、そういった点も考慮せねばなるまい。それこそ我が国の在り方が評価される基準となろう」

この言葉に、キヴェラ王が『誠意を見せる』といったことが本心からのものだと知った。魔導師――ミヅキと仲良くする姿を見せるだけならば、そんな気遣いはしない。

魔導師ではなく、小国に対して払われた敬意と気遣い。それを評価しないわけにはいかないだろう。

だが、キヴェラ王はやや言いにくそうに視線を泳がせた。

「ただな……その、魔導師殿はサイラスのことを『玩具』扱いするらしい。ああ、サイラスには目的を話してある。サイラス本人も何か思うところがあったのか、魔導師殿を欠片ほどは案じているようではあるが」

……待て。今、何と言った?

あまりにも物騒な発言が含まれている気がした。ちらりと視線を向けた先の宰相殿とグレン殿はキヴェラ王をガン見している。

「サイラス殿、をミヅキはどう扱っていると……?」

顔が引き攣るのを自覚しつつ、キヴェラ王に尋ねる。すると少々首を傾げながら――おそらくは一気に変わった私達の態度を不審に思ったのだろう――聞きたくない言葉を発してくれた。

「『玩具』と。まあ、今回は周囲に他国の者もいることだし、危険はないだろう」

『何て非道な人選を……!』

私達の心の声は綺麗にハモったことだろう。他に選択肢がなかったとはいえ、随分と酷なことをしたものだ。

ただ、これはミヅキが基本的に隔離されていることが影響している。アルベルダでさえ、グレン殿がいなければ人選に苦労するだろう。

大物ばかりと親しいせいで気づきにくいのだが、ミヅキは知り合い――顔と名前が一致する、もしくは会話をする程度の仲――が少ないのだ。異世界人ということを考えると、それが普通なのだけど。

そういった事情に思い至るも、サイラス殿に同情せずにはいられない。

『玩具』。そうかい、ミヅキに『玩具』扱いされる人物を生贄として与えたのか。だが、私達の反応にキヴェラ王は怪訝そうにしている。

……そういえば性格の破天荒さはそれなりに知っているとしても、キヴェラからすればミヅキの――魔導師の脅威は『氷結』や『死霊の町』やら『城の崩壊(未遂)』といった暴力的な方面の方の認識が強い。

そもそも、キヴェラの上層部に属する者達が『魔導師の真実(意訳)』を知らないのは、それぞれの国が口を噤んだせいである。

残る二人もその自覚があるのだろう。視線を泳がせ、それでも真実を伝えられずにいた。

「まあ、多少弄られたところで周囲の目が痛いだけだろう。それもまた我が国の思惑には適っているのだから、サイラスも耐えると思うぞ?」

『いやいやいや! それ、絶対に少しどころの精神的苦痛じゃないからっ! 冗談抜きに玩具扱いされて、周囲から哀れみの目を向けられる未来しか見えません!』

そんな心の声はキヴェラ王には届かない。

だめだ、我々とキヴェラ王ではミヅキに対する認識が違い過ぎる。あのトンデモぶりを理解しろ、というのも無理な話だとは思うのだが。

思わず遠い目になる。実はミヅキもまた、今回の集いに『目的』があるのだ。そして私はそれを許可してしまった。

ある意味、ミヅキの片棒を担いだ身としては、そのサイラスという人物が不憫でならない。

王命である以上は逆らえなかった。もしくは、必要だと理解できてしまったからこそ引き受けたのだろうが……気の毒過ぎる。

サイラスとやらは間違いなく、本日のミヅキの獲物である。

哀れな騎士は忠誠心ゆえに、鬼畜魔導師の標的にされるのだ……!

「……。申し訳ない、うちの馬鹿猫が」

思わず頭を下げる。唐突な謝罪にキヴェラ王が怪訝そうな顔をしているが、私は頭を下げずにはいられなかった。

宰相殿とグレン殿が気の毒そうな目で見ているが、それでも止めろという声は聞こえない。

……彼らもまたミヅキを知る者。もしも彼らがミヅキの保護者であったならば、私と同じく頭を下げていただろう。

「う、うむ? よく判らんが、サイラスには伝えておこう」

「お願いします」

そう言って顔を上げる。未だじくじくと胸に残る罪悪感には見ない振りを。

そして当初の目的を達成すべく――話題を変えたわけではない! ……と思いたい――、先ほどの提案を全員に向かって問い掛けた。

「それで不可侵の条約を結んでいただけるのだろうか?」

「うむ。儂の在位中は守ることを約束しよう。誘拐事件のことを別としても、今の曖昧な状態は双方にとっても良くはないだろう。一つの基準となるものが明確にされれば対応もしやすい。その後はまた色々と変わってくるだろうが、その期間に互いの距離を掴めばいい」

即座にキヴェラ王が頷き、承諾した。キヴェラだけではなく、相手にとっても『不可侵である』という基準は必要と判断したのだろう。

侵略といった意味での安全を保障されるのはこちら側だが、キヴェラにとっても損ではない。

たとえば……外交において『魔導師が味方している』『他の国もこちらの味方である』といった脅迫めいた方法が使えなくなるのだから。

外交におけるこういった対応も当然禁止事項に盛り込む。不和を避ける意味で結ぶ条約なのだ、挑発を含めた侵略・脅迫共に禁止すべきだろう。

彼はキヴェラの王……最高権力者であると同時に配下や民から支持を受ける支配者でもあった。その王の言葉ならば、必ずや守られるだろう。

「私も個人的に賛成ですね。さすがにこの場での返事はできませんが、支持いたします」

「同じく。個人的な意見を言うなら、最良の手ではないかと。これまでとはあまりに違い過ぎる外交に戸惑うのはこちらも同じ……愚かなことを言い出す輩を排除するにも最適でしょうな」

宰相殿は控えめに、けれど個人としては支持すると明言し。

グレン殿はそれによってもたらされる結果すら、愚か者の排除に使う気満々だ。こういった点はミヅキの知り合いだなと思う。

ミヅキもそうだが、不意に徹底された惨酷さが覗くのだ。優先順位がはっきりしていることもあるだろうが、割り切り方が凄まじい。

「ところでな、魔導師殿はそれに納得するのだろうか? 今はキヴェラに敵意を抱いていないようだが、友好的でもないだろう。思うことが色々とあるのではないか?」

そういえば、とキヴェラ王が疑問を口にする。ミヅキがあくまでも『個人』として行動することから、不可侵の条約など意味があるのかと疑問に思ったのだろう。

確かにこれは国同士の取り決めでしかない。柵のない異世界人が個人的に行動するものまでは効力があるか怪しい。

――だが。

「大丈夫ですよ。ミヅキはそういった割り切り方が凄まじい。ですから先日のセレスティナ姫の件も『終わったこと』だと理解できているのです」

「ほう? 随分と個人的な感情で動いていたようだったが?」

懐疑的な――ミヅキの態度が原因だ、絶対に――キヴェラ王の言葉にも自信をもって頷く。これはミヅキがイルフェナに所属しているとか、私に懐いているということとは別問題なのだ。

「『イルフェナと農地の譲渡の交渉を行なうこと』、そして『ゼブレストにキヴェラ王自身が詫びること』。この二つの条件でミヅキは振り上げた手を収めました。……この時点で『魔導師個人の問題』ではなく、『国同士の外交』なのですよ。それを貴方が叶えた以上、ミヅキにとって『終わったこと』となる」

「その判断があの娘にできると?」

「できます。というか、最初からそうするつもりだったというのが正しいですね。キヴェラは関係した国の中心にある大国ですから、内乱が起きても他国と揉めてもミヅキとしては迷惑なんですよ」

「「「……」」」

全員が何とも言えない表情で黙った。そう、非常に……非常に個人的理由からミヅキはこういった決着を望んだだけなのだ。

『はっきり言って、キヴェラ関連のあれこれが後からバレる方が拙いです。だから私にとっても、国にとっても【終わったことだよね!】という認識が必要だと思います』

『互いに納得した以上は【終わったこと】ですよね? 今後は国同士の関係に変化が出るでしょうが、以前の認識は邪魔です。そもそも、今回の件ってほぼ私がキヴェラと遣り合っただけじゃないですか。その結果を他国が利用するのも腹立たしいので使用不可にします』

『つーか、キヴェラと不仲になると商人達が困るんですよ! キヴェラって商人の交流の場となっている面もありますし、情報収集とかにも支障が出ます。様々な方面で物凄く使えるのに!』

……こんな馬鹿な言い分を聞かされたのだ、私にどう説明しろと?

国同士の繋がりという重要性も理解しているだろうが、それ以上に重要なのは個人の悪行がバレないことと個人的な思惑。

どうしようもない馬鹿猫である。

少なくとも、これが私の教育のせいだということだけは否定したい。

「それほどに割り切れるものなのでしょうか」

複雑そうにしながらも、宰相殿が疑問を呈す。彼としてはミヅキが異世界人であることを考慮した上で、『そこまで割り切れるものなのか? 民間人が?』と思ったのだろう。

しかし、彼は極々最近ミヅキと関わる機会を得ただけである。グレン殿に至っては達観した表情で宰相殿を眺めていた。

その表情は明らかに『善良だな、あいつをそう思うなんて』と言っていた。さすが元の世界からの付き合いだ、ミヅキをよく理解しているらしい。

「……割り切るというか、悩みません。結果を重視し、妨げとなるような感情などは綺麗さっぱり! 切り捨てます」

「え゛」

「この世界に来て落ち込む……というか、悩んだのは三日もたなかったらしいですよ? ちなみに僅かに悩む素振りを見せた分も含めての三日です」

唐突に始まった異世界生活はミヅキを困惑させ、落ち込ませた。それが普通だ、あっさり受け入れる人の方がどうかしている。

そもそもミヅキの世界には魔法がないらしい。そういった点からも、異世界転移なんて信じがたい事態ではあったのだろう。

ただし、そこは恐ろしいまでに自己中を地で行く娘。

魔法が使えると知るや、速攻で習得したのだ……『自分の生活を快適にするため』に!

高い技術を誇る世界から来たのならば不都合があって当然である。だが、何故それを魔法で叶える……叶ってしまうのだろうか。凄まじい執念である。

初歩的な魔法は治癒や解毒といったものなので、ゴードンとて『他には攻撃魔法がある』程度に教えただけのはずだ。それくらいしか理解できないはず、なのだ。

絶対に、絶対にミヅキ独自の魔法は、あの娘のトンデモ発想が影響している。クラウス達でさえ、完全に理解できないのだから。

「本人がそう言っているだけではなく、それが事実だと思う出来事が多々ありましてね。今回のこともキヴェラが被害国として関わっていると告げるや、その意味に思い至りました。間違っても被害に遭ったことを喜ぶとか、馬鹿にする感情はありませんでしたよ」

「……いや、それもどうかと思うぞ? その程度の感情で我が国は敗北したのだろうか?」

キヴェラ王は別の意味で顔を引き攣らせている。そうだね、確かにそれはそれで屈辱だ。

ただし、ここでグレン殿から救いの手が差し伸べられた。

「ミヅキは過ぎたことを『事実として記憶している』のですが、気が済んでいれば何の後腐れもありません。感情が目を曇らせることを知っている、そして……」

そこでグレン殿は一度言葉を切り、溜息を吐いた。

「前向きどころか、前しか向かない性格なのです。ましてキヴェラと周囲の関係を改善した方がミヅキにとって得なのですから、『結果重視』という方向で今後の対応を決めますぞ」

「「「……」」」

外道である。つまり『自分にとっての最良』が何かを理解した上での判断というわけだ。

『断罪の魔導師』と呼ばれる心優しい娘さんなど何処にもいない。所詮は幻想だ。

「ということは、キヴェラと敵対することが個人的に有益ならば……」

「そのままですな。いえ、盛大に敵対をアピールして利用するでしょう」

顔を引き攣らせた宰相殿の疑問にも、きっぱりと言い切るグレン殿。キヴェラ王もさすがに無言のままである。

……。

これはもう言ってしまった方がいいだろう。

「実は、今あの場にミヅキがいる理由は『キヴェラと特別友好的ではないが、対立はしていない』と証明すること、そして『友好的な関係だろうとも容赦なし』と伝える意味があったのですよ。先日は『断罪の魔導師』という噂を鵜呑みにして、都合よく利用しようとする輩も出ましたから」

溜息を吐きながらも暴露すれば、当事者であったグレン殿以外の二人も妙に納得したような表情で理解を示した。

「それは……警戒して当然でしょうね」

「ふむ、あの娘としては自分にできる自己防衛ではないのか」

ええ、キヴェラ王。貴方の憶測は正しいのです。正しいのです、が!

「その『友好的な関係だろうとも容赦なし』と伝えるための方法が『徹底的に弄り倒す』というものなのですよ。要はミヅキ自身の性格を知らしめるというわけです」

「「「は?」」」

「被害者が続出するでしょうね。きっと参加者達はミヅキの……魔導師のヤバさを痛感できると思います。『これまで直接会ったことがない』ということが誤解に通じていますから、良い機会でしょう」

自分で言っておいてなんだが、被害者達は間違っても『良い機会』などと思わないだろう。

というか、彼らをビビらせ自国に伝えてもらうことが狙いなのだ。『王への報告』に個人的な感情や偽りなどが含まれないからこそ、ミヅキが狙った策なのだから。

「それでミヅキがあちらに居たのですか。おかしいと思っていたのです。もしも異世界料理の営業をしたいならば、本人があの場に居ない方が効率がいいでしょうからな」

グレン殿がしみじみと頷く。彼は日頃からミヅキと付き合いがあるからこそ、少々奇妙に思っていたらしい。

「本人があの場に居れば『個人的な会話』で終わるけれど、居なければ私、もっと言うなら国を通しての『外交』になるからね。そこで我が国上層部の目に止まれば本格的に……という話も出るだろう」

つまり、今回の狙いはそれではない。非常に個人的な事情から、ミヅキは蜘蛛のごとく待ち構えていたわけだ。

不意に宰相殿が苦笑を漏らす。

「それでは私も暴露といきましょうか。ジーク達は魔導師殿と懇意であることを周囲に判らせるためですが、セリアンは他国の者が魔導師殿に探りを入れることを警戒して同行したのですよ。まあ……我が国としても少々『お世話』になりましたから」

それはバラクシンの王妃のことだろう。結果的にミヅキは彼女の長年の憂いも払っているので、暗に感謝を示したというところだろうか。

そして皆の視線は自然とグレン殿へと向いた。ここまで裏が満載の状況、疑うなという方が無理だろう。

「私は『何も』しておりません」

……が、告げられたのは意外な一言。だが、そこはミヅキの弟分だった。

「我が国は陛下と極一部の者以外に魔導師と接したことがない。つまり『魔導師がどういった人物かを知る良い機会』だと思ったのですよ。ですから……」

一度言葉を切って、にやりと笑い。

「利用しようという方向を考える者を同行者にいたしました。奴らも自身の主張を『国のため』と思っておりますし、陛下への忠誠もあるのです。ですが、利用できるものとそうでないものの区別がつかぬのは困りますからな」

「いや、それって……」

思わず顔が引き攣る。それって王公認で『最初から犠牲者にするつもりだった』って言わないのかな?

「しかし、都合が良かったのですね。実は先ほどミヅキに『じゃれて来たら少し遊んでやってくれ』と頼みまして。事情を話したら、快く引き受けてくれたのですよ。あれは思惑が一致していた面もあったのでしょう」

何でもないことのように口にするグレン殿に悪意は感じられない。正真正銘、『ミヅキという魔導師の本性を教えるため』に行なったと思われる。

「そなた、先ほど『何もしていない』と言わなかったか?」

呆れながら――呆れるだけで済むようだ、さすがミヅキと遣り合っただけはある――キヴェラ王が問えば、グレン殿は「おや」とばかりに意外そうな顔になった。

「何も言わずとも、奴らの思惑などミヅキはたやすく看破するでしょう。ですから連中に指示などしておりません。ただ、良い子でいるか不安でしたので『何をしても咎めない』と事前に国を守る術を施しただけですよ」

「「「……」」」

間違ってはいない。策を講じたとか、同行者達を焚きつけたわけでもないだろう。

ただ……ミヅキの性格を知る故に『国を彼らの評価から切り離した』だけ。しかも、グレン殿の言い方ではアルベルダで諌めたりはしていたと思われる。

聞き分けのない子には痛い思いをさせて理解させる。

確かに身につくだろう……トラウマになるのかもしれないが。

「それでは……彼女の守護役であるはずの二人が現在、こちらに居るのは」

宰相殿の言葉に、皆の視線が部屋の隅に控えていたアルジェントとクラウスに向く。

アルジェントはいつもと変わらぬ微笑みを浮かべ、クラウスは相変わらず無表情のまま。

「おや、我々の主はそこにいらっしゃるエルシュオン殿下です。まして皆様がいらっしゃるならば、傍に控えるのが当然というもの」

「妨害工作が来る可能性ありと判断されておりますので、私が魔術方面の護衛を担当させていただいております」

「「「「……」」」」

私達の視線に怯むことなく、しれっと言い切る二人に皆が生温かい目になった。

言い訳……違った、言い分としては非常に納得できるものだ。だが、私を含めて誰もそうは思わないわけで。

「逃げましたな」

ぽつりと聞こえたグレン殿の呟きは皆の総意だったのだろう。思わず皆が頷いたのは言うまでもない。