軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

頭脳労働VS頭脳労働

あれから。

そのまま団長さんの屋敷にお邪魔したら、そこにはクラレンスさんが待っていた。

「お疲れ様でした。首尾はどうでした?」

開口一番そう聞いて来るクラレンスさん。やはり今回のことは単なる誘拐事件というより、イルフェナを貶める方面での見方が強いみたい。

私とディルクさんは顔を見合わせ。

「あのままならば邪魔者認定されたと思いますよ。食いつきがあからさまでしたから」

「メイベル嬢が『正確に』ミヅキの言葉を拾っていれば、向こうも『イルフェナの騎士団長を苦悩させる人質』として認識するでしょうね。正直言って警戒するか、行動するかの二択になっているかと」

其々個人的な見解を言った。私とディルクさんはメイベル嬢に接していた時間、そして立場が違うので報告内容が違って当然。

こんな報告をするあたり、ディルクさんは気のない振りをしながらもメイベル嬢を観察していたということだろう。メイベル嬢は気づいてなかったっぽいけどさ。

そして、ディルクさんの報告は非常に判りやすい。

要は『手応えはあったけど、相手が警戒するかも』ということ。やはり近衛騎士達も『向こうには黒幕、もしくは知恵を与える奴がついている』と判断した模様。

普通はそう考えるよね、これ。貴族特有の、裏がある人間関係を知らなければ思いつかないもの。

複数の国から被害者が出たのも誘拐される条件を誤魔化す意味があったと推測。一つの国で同じことを繰り返せば、いつかはバレるもの。

私達の報告にクラレンスさんは一つ頷き、考えるように目を眇めた。

ここで『大丈夫ですよ』とでも言ってもらえれば安心できるのだが、近衛騎士団のブレイン・クラレンスさんから見ても確実とは言えないのだろう。

つーか、情報がなさ過ぎて無理だ。希望的観測は捨てる方向で考えた方が落ち込まずにすむ。

「判りました。とりあえずはクリスティーナ嬢の結果待ち……ということですね」

「はい……クリスティーナは今頃、試練の時になっていると思いますけどね」

メイベル嬢のあの様子では、クリスティーナは質問責めにされていることだろう。勿論、それを狙って協力を仰いだんだけど。

ただし、相手はメイベル嬢。食いつきがいいのは嬉しいが、あの調子で『さっさと教えなさい!』な態度をとってそうな気がする。

一応、さっきの執事さんが緩和材要員としてクリスティーナに付いてくれることにはなっているが……終わった後には内心般若になってそうだ。

元々『お嬢様は回復されたばかりなのですから』という理由で同席するということになっていたのだ、それなのにメイベル嬢のあの態度。

尋問……いや、お茶会が終わった後は一体どうなっているやら。

クリスティーナ、ごめん。マジ謝る。

メイベル嬢は病み上がりにとってキツイだろう。

「ディーボルト子爵家には後で我々からも何か贈っておきましょう。貴方達の報告を聞く限り、中々の苦行のようですから」

「……異世界スイーツは置いて来たので、メイベル嬢が帰った後の慰めになっているとは思います」

あのお茶会では出さないよ、メイベル嬢の興味が他に移ることはしたくなかったし。

今となっては『貴様に食わせる物はない!』という心境だけどな。たかられても困る。

そう言うと、クラレンスさんは何故かじっと私を見つめた。

……? 何か気になることでも言いましたか、私は。

不思議に思うも、とりあえず見つめ返す。そんな私にクラレンスさんは微笑みかけると、肩に手を置いた。

「……ミヅキ。申し訳ありませんが、我々……今現在この館に待機している近衛騎士達の分の食事をお願いできませんか?」

「はぁ?」

話がいきなり跳びました。な、何か関係がありました、か……?

首を傾げる私に、何故かディルクさんは納得の表情だ。うんうんと頷き、「俺からも頼む」と言ってくる。

何故だ。理由を説明せよ。

「実は……うちの団長が少々落ち込んでいまして。これほど手を尽くしても状況が進展しないばかりか、結局は貴女を囮にする羽目になりましたから。そのせいか、食欲もあまりないようですし」

「あ〜……美味しい物でも食べて気分を紛らわそうってことですね。上手くいけばこの後に動いてもらうことになるでしょうし」

「そのとおり。騎士達の筆頭となる者が弱った姿など晒せません」

ああ、納得。確かに最近はストレスが半端じゃなかろう。部下達が必死になっても全く犯人達の尻尾が掴めず、項垂れる部下達に憤りをぶつけるわけにもいかず。

じりじりと焦りながら、イルフェナが貶められる未来を憂いていたとしても不思議はない。近衛騎士にとって国に対する忠誠心は最上位に位置するみたいだし。

「母上もな、自分が騎士であることに加えて父上が心配なのさ。で、夫婦揃って落ち込んでる」

「団長さんの立場に理解ありますからねぇ、ジャネットさん」

『旦那様は大変なのね』という一言で済むはずはない。現状が嫌でも理解できてしまう。

結果、掛ける言葉も見つからず、個人としても落ち込んでいる……という感じだろうな。ジャネットさん、家族を凄く大事にするみたいだし。

「そういうこと。二人共ミヅキを可愛がっているしな、自分達のために食事を作ってくれたと聞いたら少しは浮上する」

息子の俺が保証するよ、と笑うディルクさんも両親を心配しているのだろう。同じ近衛騎士という立場、しかも息子。

特に団長さんは親子としても騎士としても、背中を追うべき存在でしょうな。下手な慰めをするより、弱々しい姿を見ない振りしているのかもしれない。

「判りました。ですが、魔王様に許可をお願いします。あと、騎士寮に置いてあるものを取りに行きたいのですが、いいですか?」

頷き了承する。折角だから酒とか持って来ようかね?

どうせクリスティーナからの連絡待ちなのだ、数日ここに待機という可能性もある。

……そのために団長さん達が待機してるだろうしね。

状況によっては即座に動くと決まっているのだろう。一見動いていない――何も掴めず、疲労から一旦、自分の屋敷に戻ったという建前だ――ように見えるので、犯人達にも罠だとばれにくい。

クラレンスさんは『一時的に団長の代理を努めています』というアピールのため、ここに来たのだろう。

それならばディルクさんの『父上達が会いたいと我侭を』という言葉も疑われまい。『心身ともに疲れている団長夫妻の癒し要員として呼び出し』という風にも受け取れるのだから。

「ありがとうございます。私が一時的に城へ戻りますから、殿下への許可は私から取っておきましょう。その時に同行して必要なものを持ってきてください」

どこかほっとしたような表情のクラレンスさん。ディルクさんも何だか嬉しそうだ。

団長さんって本当に慕われてるよね。それだけでも『団長の娘誘拐』は無理があったなと痛感する。報復になった場合の筆頭ってクラレンスさんだったんじゃねーの? と。

「じゃあ、ちょっと着替えてきますね。このままでは目立ちますから」

そう言って部屋を後にする。

さあ、この後は平和にお料理タイムですよ。夜は皆で愚痴りながら飲み食いしましょーね。

※※※※※※※※※

「……。落ち込んでいるのはもう一つ理由があるんですけどね」

ミヅキがいなくなった後、クラレンスは苦笑する。それを見ていたディルクも同様だ。

「そりゃ、自分の娘という設定で囮の話が来ればねぇ……」

「二人揃って喜んでいましたからね。その分、後悔が大きいのでしょう」

団長夫妻にとってもまさかの弊害であった。仮とはいえ、自分達の立場がそこまで影響してくるとは思いもよらなかったのだ。

この場合は先を読めという方が無理である。大蜘蛛は完全に予想外だし、何より……ミヅキが『魔王殿下の配下』と名乗ったことも影響しているのだ。二人に非はないだろう。

だが、ミヅキを養女にしたい夫婦にとってはそれで済まされるはずもない。本当に養女にしてしまえば、同じことが起こる可能性を否定できないのだから。

「いいんじゃないですか? 娘のように可愛がっている子が『自分達のために』食事を作ってくれるんです。悪いことばかりじゃないですよ」

からからと笑うディルクに両親を気遣う色は見えない。というより、ディルクは両親を実によく理解しているので、この程度で落ち込んでいては騎士団長などやっていられないと熟知しているのだ。イルフェナの騎士団長が柔な奴に務まるはずはない。

なお、『昔は気遣ったんですがね』とはディルクの言葉である。彼にも過去色々と思うことがあったのだろう……その性格形成に影響を及ぼす程度には。

「しっかし、副団長。アンタ随分と姑息な手を使いましたね? ミヅキは父上達が精神的に疲れてるからだと思ってますよ? 余計な気を使わせる必要ないじゃないですか」

ちらり、とディルクはクラレンスに視線を向けた。対してクラレンスは意味ありげに笑みを深める。

その表情を見て、ディルクは片眉を上げた。

――騎士団長夫妻が落ち込む理由は、全てがミヅキの予想通りではないのである。

自分達が原因で囮を強要されそうになったこと、そして実力者の国において守りの要とも言える騎士団の不甲斐なさ。

これがキヴェラさえ敗北させた魔導師からは一体どう見えるのか。

『ちょ、私達の娘にしたことが原因!? やべぇ、めっちゃ喜んでた!』

『事件解決どころか捜査も進まず、結局囮になってもらうのか。……無能? 私達、無能だと思われる? 魔導師だもの、キヴェラを〆た子だもの、物凄〜く失望されそうな気がする』

『その程度の親なら要らないって言われそう! 娘に頼られる親はもう無理ですか……?』

ミヅキが考えたように国に対する申し訳なさという面も勿論ある。あるのだが……野望を持つ団長夫妻としては今回のことは凄まじく致命的だった。まだ、ミヅキが魔導師でなければマシだったかもしれない。

「ミヅキに迷惑を掛けたことを謝ろうにも、面と向かって失望されたら立ち直れないとか言ってましたからね。別に少しくらい情けない姿を見せてもいいと思うんですけど」

我が親ながらあれはなあ……とディルクが生温かい目になる。だが、クラレンスは苦笑したまま嗜めた。

「そう言わないでやってください、お二人の理想は『頼ってもらえる素敵な両親』なのですから。情けない姿に失望されたくはないと、少々意地になってしまっても仕方ないですよ」

「で、ミヅキに『二人のために食事を作りました』って言ってもらうわけですか」

そこでディルクは一旦、言葉を切り。生温かい目をそのままクラレンスに向ける。

「副団長としては今後がっつり働いてもらう餌を目の前に吊るしたわけですね。ミヅキは誘拐されることが目的ですから、その後は俺達が動くことになる。『頼りになる存在としてのアピールになる』って言えば、死に物狂いで働きますよね。……一部妙な夢を見ている連中も」

妙な夢を見ている連中=ミヅキに兄様と呼ばれたい近衛騎士の皆様である。

冗談のようだが、彼らは割とマジだった。優秀な奴=変人とミヅキが思っているように、微妙に残念な思考回路をしている人々だ。

「いいじゃないですか。事件が解決して、彼女からの評価も上がる。良いこと尽くめですよ」

否定せず、さらりと言い切るクラレンスに罪悪感は見受けられない。

副騎士団長クラレンス。『混ぜるな危険』とばかりに、妻共々毒の片割れ扱いをされている彼は正しく『実力者の国の騎士』であるのだろう。

結果を出すために人を利用するなど、彼にとっては日常だ。見た目優しげな彼が団長のように慕われないのは、近衛となった後にその本性を知るからである。

少なくとも近衛に在籍する者はクラレンスを『優しい』などとは死んでも言わない。憧れるのは同類か現実を知らない奴だけである。

「まあ、いいか」

……肩を竦めてそれで済ませるディルクもまた大概であるのだが。

――その後。

ミヅキは割と楽しみながら大量の料理を作り上げると、団長夫妻が引き籠もる部屋に行き。

「団長さん、ジャネットさん、お二人のために御飯作ったので一緒に食べましょーよー」

と声をかけたところ、二人はあっさり立ち直った。見捨てられたり、失望されていなかったことが喜ばしかったようである。

ついでに言うなら団長夫妻は『何だか民間の両親共働きの家みたい!』と思ったりもした。彼らは『仕事から帰ると愛娘が手料理で御出迎え』というシチュエーションに憧れていたようだ。

だが、残念ながら彼らは貴族。『娘の手料理』という時点で儚き夢である。

騎士寮で食事をしていようとも、『自分達のために作った』というわけではないのだ。今回は一応その望みが叶ったことも、彼らを浮上させた要因であったりする。

勿論、食事の前にも少々騒ぎがあった。

「すまん! まさか、まさかこのようなことになるとはっ!」

「ごめんなさいね!」

「……いえ、どちらかといえば私が『魔王殿下の配下』って名乗ったことが原因ですし」

「いやいや、『私達の娘』になっていたことが原因だろう!」

「気を使ってくれなくて良いのよ? 『私達の娘』ならばと思われたことが原因ですもの!」

……微妙に自己主張をする夫妻をクラレンスが微笑ましそうに見つめていた。その視線は明らかに『そんな暈した主張してもミヅキには通じませんよ』と言っている。

ある意味、駄目な連中であった。

息子であるディルクの生温かい眼差しが彼の心境を語っていた。

土下座する勢いで謝罪する夫妻を宥め、集っていた騎士達を交えて食事会――情報交換も兼ねているので立食系となった。全ては『世間話』で片付ける予定である――が開始され。

嵐の前の静けさならぬ和やかさに包まれ、平和な時間が過ぎていったのだった。

※※※※※※※※※

――一方その頃、某所にて (??視点)

「……なんだと? 騎士団長の息子の婚約者!?」

「まだ確定じゃないらしい。だが、あのお嬢様はかなり焦っているみたいだな。ほぼ確実と見ていいだろう」

予定外の誘拐を提案され渋るも、齎された情報は決して無視出来ないものであった。

イルフェナという国は実力が重視されることもあり、近衛騎士ともなればその能力は間違いなく国のトップである。

見た目や身分が重視された花形ではなく、要人警護を任せられるという意味での花形なのだ。

まあ、翼の名を持つ騎士という者達もいるのだが。通称『最悪の剣』と言われる彼らは主の命を受ければ親しい者さえ手に掛ける愛国者……と言われている。

だが、その詳細は不明であった。彼らがどのような手を使うのか、『主』とは誰を指すのか。

確実なのはイルフェナの憂いを払う集団ということだろう。その『憂い』が個人だろうと国だろうと遣り遂げるからこそ、恐れられているのだ。

「それは本当に確実な情報なのか?」

疑いを持って視線を向ければ、交渉役の男は軽く肩を竦めた。

「そこまでは判らん。ただ……ボロを出したのが騎士団長の息子ならありえると思うぞ? 先手を打ってこちらに呼び寄せたとも考えられる」

「……こんな状況だからこそ、隠されていた婚約者を手の内に……ということか」

「未だ誘拐の手口が判っちゃいないんだ。何の手も打たずに攫われるよりはマシなんじゃないか?」

確かに、と思わず納得する。誘拐の手口も攫われる令嬢の条件も不明、そんな状況で婚約者を放置する方が彼らの立場的に拙いだろう。

それにメイベル嬢の話では、幼い頃から交流があることを口にしていたらしい。仕事と立場ゆえの付き合いの中に、個人的な交友関係が隠されていたと見るべきだ。

そして……婚約が確定していなかったからこそ、その娘には今の状況や危険を教えられなかったのだ。下手に怯えさせないため、そして呼び寄せた本当の理由を隠すために。

「騎士団長夫妻と懇意というのは事実なのか?」

当然の疑問をぶつければ、男は即座に頷いた。

「その娘は団長夫妻と親しげに庭で散歩していたそうだ。これはその娘の友人が目撃したらしい。日頃から親しくしているから、騎士団長相手にそう振る舞えるんだろうよ」

「随分と無防備だな?」

「娘の方はな。話を聞く限り団長は周囲を警戒っていうか、部下達が庭の散策を装って警備していたようだが」

普通の令嬢は畏縮するもんなぁ、と呟く男の言葉は本心であるようだった。

確かに……身分の低い娘が騎士団長を相手に臆した様子もない、というならば信頼できる情報かもしれない。恐れる必要などないのだ、昔から馴染んだ『小父様』ならば。

それにさり気なさを装って警備していたという……個人的なことに近衛は動くまい。ましてこんな状況なのだから。

さて、どうする?

手に入れば確実にあの騎士団長に痛みを与え、切り札に使える人質となる。

手を出さなければ、まだ気づかれていない以上は安全だ。

ただし、いつまで今の状態が続くかは判らない。イルフェナだからこそ、いつ状況が覆るか判らないのだ。

しかも、今は魔王殿下に従順な魔導師がいる。異世界人は基本的に部外者扱いゆえ、今はまだ協力を求められてはいないだろう。イルフェナの無能さを曝け出すことになるのだから。

だが、協力者となったら……キヴェラを敗北させた魔導師は正直言って恐ろしい。どんな手を使うのか全く想像がつかないのだ、手の打ちようがない。

「……。賭けてみるか」

そんな状況になる前に一つでも利用できる切り札を。

せめてイルフェナに、あの国に属する者に少しでも傷を与えるために。

「一応、こちらも確認を。情報のとおりならば許可をする」

ただ一言の決断を。それがどうなるかは私にも全く判らないのだから。

そう思い、口元に笑みを浮かべた。

――『優秀』という項目を重視するあまり、男は気づかなかった。

一言に『優秀』と言っても、『全てにおいて模範的』なのか『結果を出す』という意味なのか、状況はあまりにも差があるということを。

そして魔導師……ミヅキの場合は彼女を知る者達によって『天才』という一言で纏められていた。

『天より与えられた能力を激しく無駄遣いし、嫌な方向に特化した才能を持つ』という意味で。

略して『天才』。『天災』であり、『伝(伝わる)災(災い)』とも言う。『一度遊び相手にロックオンされれば関係者一同アウト!』という状況を目の当たりにした人々がひっそり使っているだけだが。

決して嘘ではないあたりが痛い。結果だけ見れば単純に『天才』と言えるのだから。

何より読み方だけは同じなので、ミヅキに直接拘わったことがない者達は魔王殿下を基準に考えていた。

渾名こそ恐ろしい響きだが彼は正真正銘、真っ当な意味での天才である。同一視すること自体が彼を侮辱しているのだが、そんな裏事情など知るはずはないわけで。

誘拐犯達はつまらぬ欲を出した故に、盛大に躓き……異世界人凶暴種を懐に招くことになったのだった。

ミヅキならばこう言うだろう。『二択で負けるなんて運のない奴ら』と。