軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

珍獣VS噂の生き物

「……騎士達の訓練場が見たいと言い出すとはな」

「ふふ、いいじゃない」

現在、バラクシン王に借りた近衛騎士さん先導で騎士達の訓練場に向かっていたり。

アリサのことからバラクシンの騎士達には綺麗さっぱり期待してないが、強さはどんなものかと思ったのだ。

いや、私はアル達の鍛錬に付き合うことがあるからさ。

ちなみに今のところ一対一ならば辛うじて全勝だ。複数になると全敗だけど。

アルは力押し、クラウスは魔術との組合せなので長期戦にならなければ一応勝てる。ただし『現時点では』。

何せ『何をやらかすか行動が読めない』というのが私が彼等に勝てる要素なのだ……この世界の魔術とはパターンが違うので勝てているだけ。経験の差はでかい。

なお、一番怖いのがセイルだったりする。結界があるうちはいいのだが、結界が壊れるや素早さを活かして急所狙い。一歩間違えば死ぬ。しかもいつもの微笑み付き。

私と守護役達の手合わせを見る度に騎士達は言う……『正しく守護役だな』と。

守護役って国の命令で異世界人を押さえ込む役だもの。魔導師だろうと押さえ込めることが絶対条件だし、それを見越して任命されている。

彼等が私に勝てる限り、役目は十分果たされているという事なのです。だから定期的な手合わせは必須。

余談だが、私が未だ勝てないのが騎士s。この二人、本能で攻撃を避けるのだ。

私に攻撃することもできないが私の攻撃も当たらないという、大変不毛な戦いとなるのだったり。

魔術師どころか私の天敵だな、あれは。戦いだと判っていれば危機察知能力が発動、何故見えない衝撃波まで綺麗に避けるのさ!?

「ところで……それは一体どうした」

ちら、とクラウスが私の腰にひっそり着いている鞭を目敏く見つけた。いつもの軍服モドキのベルトに引っ掛ける形で吊るしている鞭はクラレンスさんからの借り物。

「借りた。『護衛として同行するなら武器も持たなければなりませんよ。魔法では対処できない場合もありますからね』って、クラレンスさんが」

「ほお?」

僅かに片眉を上げるクラウス。顔には出ないが、思いっきり疑っている。

「確かに護衛として同行するならばあった方がいいだろうが……お前、武器は扱えないんじゃなかったか?」

「うん、無理。だから振り回すだけって感じだね。クラレンスさんも武器を扱えないことは判っているみたい」

「なるほど。形ばかりのもの、ということか」

恐らくは『引っ叩くよりマシ・手が痛くないように』的な意味だと思われる。まともにナイフ投げすらできない人間に威力は期待すまい。

クラウスも武器として使う事に違和感があっただけらしく、私の説明に納得したように頷いている。

「そろそろ着きます。……ですが」

案内してくれていた騎士さんがちらり、と視線を訓練場に向け僅かに顔を顰める。

「少々……不愉快な思いをさせてしまうかもしれません」

「ふうん? 『噂の人達』でも居ます?」

面白そうに尋ねれば騎士さんは僅かに驚愕を滲ませ、やがて深々と溜息を吐いた。

「御存知でしたか。お恥ずかしい話ですが、騎士の中にも教会派貴族出身の者がいるのです。彼等は自分達より身分の低い者には傲慢に振舞う時があります」

「で、護衛として同行した他国の者にも煽るような言葉を吐く、と。本人達が簡単な謝罪を済ませても他国からの抗議に謝罪するのは王だもの、そういった嫌がらせも含まれてるんでしたっけ」

クラレンスさん情報を暴露すれば、騎士さんは悲痛な顔をして項垂れた。自国の恥、しかも他国にまで知られていると聞けば仕方ないのかもしれない。

まあ、元気出せよ。多分、貴方が危惧しているようなことにはならないからさ。

どちらかと言えば親猫様に胃薬が必要な展開の方を心配しとけ?

連中が何もしなければ何も起こらないけど。

手を出されなきゃ何もしないけど。

『やられたら殺り返す』『報復は十倍返しが礼儀です』を地でいく私が、苛められて大人しく泣く筈は無い。即座に復讐一直線。

ゼブレストではもはや常識となりつつあるこの認識をバラクシンは未だ知らないだろう。

アリサを苛めた奴等はどうも未だに異世界人を侮っている節がある。だから私の被害に遭わない限りはあまり危険視されないのだ。

そして、そんな状況こそ私が大歓迎する事態だったりする。

つまり、仕掛けた時点で『あ〜そ〜び〜ま〜しょ〜!』と私に言っているも同然!

元気一杯、笑顔で応えちゃうぞ?

そんな事を考えていたら、ぺちり、とクラウスに額を叩かれた。

痛くはないが何をする、職人よ。これは当然の権利だ、義務だ!

視線で訴えるもクラウスは疑惑の目で私を見たまま。

「お前、物騒なことを考えるなよ? 今回はエルの御付きだからな?」

「……」

「そっぽを向くな、拗ねるな、黙るんじゃない」

「仕掛けられなければ何もしないよ?」

「……。まあ、そういうことにしておこう」

やだな、クラウス。私だって今の立場を理解していますとも。

つまり『相手がそれを崩すような事を言えば問題無し』。

異世界人って珍獣だよね〜、アリサは別種族として見られてたよね〜。

そんな認識がある連中が私に『他国の人間』としての扱いをすると思う?

しかも魔法を使う魔術師は接近戦は無理というのが一般的な認識。

闘う術がある彼等が貴族ほど魔導師――魔王様の同行だからこそ、圧倒的な破壊力のある魔法を使うとは思わないだろう――を恐れるとは思えん。

夜会での氷の飛礫程度なら楽勝で避けるか壊すかするだろう。アルベルダの亡霊騒動でも『得体の知れないもの』に拘った理由が『騎士なら闘う術があるから』というものだし。

「あの……できれば穏便にお願いしますね」

いつの間にか復活したらしい騎士さんが、顔を引き攣らせながらお願いしてくる。

大丈夫、普通ならば何も起こらない……起こる筈はない。

……。

そうは思えないから、クラレンスさん達は私に情報くれたんだろうけどね。

視界の端でクラウスが深々と溜息を吐いたのも、ある程度は諦めているからなのだろう。

「じゃあ、行きましょうか!」

「諦めろ。何かあっても被害はそいつらだけだ」

にこおっと笑いながら促せば、クラウスが騎士さんの肩をぽんと叩き哀れみの目で見た。

騎士さんは小さく「申し訳ありません、陛下……!」と呟き歩き始める。

さて、噂の生き物はどんなかね?

※※※※※※※※※

足を踏み入れた訓練場はそれなりに活気があった。丁度、人が集まるような時間帯だったらしい。

……が。

彼等は大きく分けて三つのグループに分かれていた。

明らかに反目し合っている二つのグループが王家派と教会派、それ以外が中立といったところか。

騎士に中立派があるというのもおかしな話だが、貴族出身だった場合はどちらにもあからさまな態度を取れないのだろう。アル達から『貴族は柵がある』と聞いているので不思議はない。

で。

ここに来た途端、彼等は一斉に私達をガン見。正しくは私とクラウスを。

魔王様の威圧に慣れた身としては、なんと温い眼差しか。彼等の視線に威圧感? ないない、そんなもの。

中立と王家派は……警戒はしても敵意は無いっぽい。これはバラクシン王が事前に言い聞かせてくれていたのだろう。

……『触るな、危険』『猛犬注意』的な意味で。

問題は教会派。何やら偉そうなのを中心に二十人ほどの騎士達は明らかに敵意と嘲りを含んだ視線を向けていた。

その中に『獲物』を見つけたような笑みが含まれているのは気のせいか。

『彼等はわざと問題行動をとって王を困らせる事もありますから……』

クラレンスさんはそう言っていた。今回の魔王様の訪問はバラクシンが謝罪する為だと言う事はもう知られているはず。

ならばイルフェナからの更なる抗議をさせるために私を狙うのかもしれない。

これが魔王様やアル達公爵子息ならば問題だろうが私は異世界人……つまり民間人。

魔導師だろうとイルフェナ勢の一員であるから勝手な真似はできず、身分的な問題から処罰も望めない。教会派貴族も民間人を侮辱したところで処罰はおかしいと訴えるに違いない。

ただ、イルフェナを宥める意味で王は謝罪するだろう。それが狙いか。

ぶっちゃけて言うと子供じみた嫌がらせ。

思わず生温かい視線になりながら彼等を見ると、視線に気付いたのか怪訝そうにしている。

いや、その発想が悪いとは思わんよ? 君達が騎士でさえなければね。

だって、私がキヴェラ王に対してやらかした嫌がらせと同類だもの! あの人も国を第一にしなければならない立場だったからこそ、謝罪とかしたわけだし。

「……お前、自分を見ているようだろ」

「うん、物凄く」

こっそり呟くクラウスに思わず同意。

騎士、もとい貴族なのに頭のレベルが私と同じとは残念な奴等だな!

「おい、そこの女。何故そんな目で私達を見ている」

「色々と思うことがありまして」

「ふん……どうせろくな事ではあるまい」

そのとおり! 判ってるじゃん、大正解ですよ!

いや、ここは気付いた事を褒めるべきかな? 『えらいね〜』と。

ついでに『人の嫌がることは任務以外でしちゃいけませんよ?』と諭せば理解するのだろうか。

私の頭の中で幼稚園児相手の会話になっているなどとは夢にも思わず、リーダー格らしい男がこちらに近寄って来た。

「名の知れた魔導師だというが小娘ではないか。なんだ、守護役達だけでは足りずに男漁りにでも来たのか?」

「な!? お二人は陛下の許可を取っての見学です! 失礼な事を言わないでもらいたい!」

憤るのは私達……ではなく、案内してくれた騎士さん。周囲の騎士達もこの言葉にはさすがに嫌悪を露にしている。

ニヤニヤとしているのは教会派の騎士達だけ。仕掛ける割には下種な事しか言えないのかい、お姉さんはがっかりだ。

そんな事を思っていたら案内の騎士さんを押し退けて男が正面に立った。なので、思わず――

「少なくとも立場を踏まえた発言が出来ない貴方達みたいな馬鹿は要りませんよ? あと、鏡を見てから言え」

馬鹿正直に言ってみた。その直後、訓練場がシン……となる。

「な、な……」

「あれ、もしかして自信あったんですか? やだっ、恥ずかしい人達! 他国にさえ『クズが居る』って情報が流れているのに!」

「クズだと!?」

クズ発言に憤り、反応を返す男。プライドは高いらしい。

そんな彼に向かって私はきょとん、とした顔を向ける。あれ? 『特に隠されていない情報』って聞いたんだけどな?

「他国から見て騎士の癖に王に恥をかかせようとする奴はクズ扱いされても仕方ないと思う」

「誰が言ったのだ、そのようなことを! イルフェナは我等を侮辱するのか!」

「え、カルロッサの宰相補佐様。それに『割と有名な話』だって言ってたから知られていると思いますよ? それを証拠に教会派貴族には縁談を持ち込まないって言ってましたし」

確かに王に牙を剥くアホなんて一族に迎え入れたら不敬罪で一族郎党破滅一直線よねー、と続けたら心当たりがあるのか黙った。

なお、この情報は『奴らが否定したら突きつけてやりなさい。事実だから顔色変わるわよ』という御言葉と共に貰ったものだ。黙ると言う事はそれなりに威力のあるものだった模様。

「王族ってどこでも特別じゃないですか。自国の王でさえ貶める輩が他国の王に対してどう思うか……なんて容易く想像つきますよね。それに貴方達ってバラクシンを訪れた他国の人間にそれに近い発言をして煽ってるでしょ」

ね? とクラウスを振り返れば「有名な話だと思うぞ」と頷いた。

「そういった事をする連中を国から出さないのは当然じゃないですか。ただ勝手に他国からの評価が地に落ちるだけで。バラクシンを出なかったから気付かなかったんですね?」

『お馬鹿さんっ』と人差し指で男の額を突付いてみると、そこで漸く硬直が解けたようだった。

言葉もそうだが、楽しげな私の顔に男の顔が怒りと屈辱に歪む。

「貴様には言われたくは無いなぁ? ……化物が!」

ざわり、と周囲にざわめきが走る。

これにはクラウスさえ顔を僅かに顰める……が、私は何処吹く風だ。

「あら、異世界人ですけど?」

「得体の知れない化物だろうが! 人を人と思わずキヴェラさえ翻弄した奴が何を言う!」

「うーん……それでも『人扱い』をしなきゃならないと思いますけどねぇ?」

全くダメージを受けていない私に男の怒りは益々募っていく。

「異世界人から齎された技術を使っているのに?」

「面倒を見てやるのだ、我等に貢献するのが当然だろう!」

「傲慢ですね、貴方達には世話になっていませんけど」

「煩い! 下等生物らしく大人しく従っていればいいのだ!」

勢いのままに怒鳴る男は自分の言っている言葉の意味を判っていないだろう。

それ、『教会派貴族の異世界人に対する常識』として受け取られたらどうするつもりだ?

それにさ、その発想って魔道具を無理矢理作らせた大戦の元凶の国と同じなんだけどな?

……バラクシンが『かの国と同じ思想を持っている』とでも噂を流されたら、かなり拙いと思うのだが。

「貴方は……なんと言う事を! 取り消してください!」

「ふん、事実だろう」

発言の拙さに気付いたのか、その酷さに憤ったのか。案内してくれた騎士さんが抗議するが、男はふてぶてしい態度のまま悪意を隠そうともしない。

ふと気付くと騎士達の人数が減っている。これは……王に知らせに行ったか、魔王様を呼びに行ったかだな。自分達ではどうしようもないと、それだけでは済まない状況だと気付いたっぽいね。

「おい、何とか言ったらどうだ!」

「なんとか」

笑顔で即答。あまりに温度差のある態度と言葉に男は一瞬押し黙り。

「ふざけるな!」

怒鳴った。はっは、中年なんだから血圧上げるなよ。お茶目なお返事じゃないか。

クラウスはもはや只では済まないと思っているのか無言。諦めとも言う。

じゃあ、そろそろ始めましょうか。

時間が無いし。魔王様が来たら遊べないし……!

「騎士さん、彼等が私を化物扱いした事を証言してもらえますか?」

「は? え、ええ、勿論。……処罰、は厳しいかもしれませんが」

突然話を振られ、それは確実とばかりに頷きつつも項垂れる騎士さん。

すいません、報告とかお叱りを期待しているわけじゃないです。単なる証人扱いなので気落ちせんでください、良心が痛みます。

「そう。……クラウスは」

「記録しているぞ」

続けて聞くも、こちらはばっちり意味が通じているらしかった。

さすがだ、守護役。それができなくては私の御守りなんざ無理。

重要なのは『向こうが仕掛けた』『化物扱いした』ということなのだが、ここでの会話を最初から記録しているならば他にも色々と追求できる。

勿論、追求が本命ではない。私の行動に正当性を持たせるためだ。

保険は十分。では、早速!

「怒鳴るしか能が無いの? 底辺騎士が」

はっ、と鼻で笑って顎に軽い衝撃波を一発。突然の攻撃に男は数歩後ろに下がると、顎を押さえつつも睨んできた。背後からは私が殴ったようにしか見えないのだろう。無詠唱に特に声は挙がらなかった。

……あ、クラウスが呆然としてる騎士さんを避難させてる。お願いねー、危ないから。

「貴様……」

「何処に出しても恥ずかしい底辺騎士に下等生物扱いされるとはね。ああ、コネで騎士になったからまともに刃向かう勇気も無いのかな」

弱そうだものね! といい笑顔で煽れば男だけでなく背後のお仲間たちも殺気を帯びた視線を向けてくる。

うん、良いぞ。君達を纏めてボコるには全員が私を攻撃しなければならないからね。

見せしめは多い方がいい! 私もボコるなら数が多い方が楽しい!

「化物には少々躾が必要らしいな?」

「あら、自分達こそ必要でしょ? 躾けてやるから纏めてかかっておいで、駄犬ども」

「く……ならば力で示さねばならんだろうなぁっ」

憤った男達は剣を抜く。周囲の騎士達は顔色を変えるが、私もクラウスも平常運転。

「ク……クラウス殿! いくら魔導師といえどもあの人数、しかも魔法は接近戦に向きません!」

「そうだな、それがどうかしたのか?」

「何を馬鹿な……魔導師殿がどうなっても宜しいのか!」

慌てる騎士の言葉にクラウスはちらりと私に視線を向け、何でもない事の様に頷く。

「自分であの状況を作り出した責任というものがある。それに、あの程度で殺られるようならば俺達の仲間などと認められん」

騎士は呆然とその言葉を聞いているようだった。だが、突き放したようなそれは意味が全く逆だ。

つまり『心配する必要などないと確信している』ということ。それくらいの信頼が互いに無ければ、頼ろうなどとは思わない。

それに私達にはこの状況を恐れないもう一つの理由がある。

だって日頃の鍛錬の方が怖ぇ! あれは一歩間違えばマジで死ぬ。

私の周囲に居る騎士達は国のエリート。忠誠心MAXな連中は鍛錬だろうと簡単に負けることがない。……負けられない。

それが私達の日常だもの、コネ騎士ごときに負けたら説教だろう。

そして周囲をよそに私VS教会派騎士の幕が開く。

「後悔するなよ!」

そんな言葉と共に私に向かって走り出した騎士達は――

パチリ、と小さな音が鳴った直後に『何か』に盛大に弾き飛ばされて壁に叩きつけられた。いかん、ちょっとはしゃぎ過ぎた。ま、死ななきゃいいよね。

あっさり終わった状況に、周囲も何があったか理解できないようで呆然としている。

立っている唯一の例外は罵っていた男だけ。これは意図的に外したのだ。

「な、に……一体、何が」

唯一無事な男は思わず足を止め、半ば呆然と周囲を窺う。恐らくは『何をしたのか判らない』のだろう。

魔術師相手ならば対象が定まらないよう、複数で攻めるという方法が効果的。接近戦に持ち込めば大抵は勝てる。

男達はこれを知っていたに違いない。だから平然と私と対峙した――『魔法が武器ならば勝てる』と思って。

「あらあら、随分と『か弱い』のね?」

つまらなさそうに呟いて肩を竦めると、やや怯えの混じった顔で男は睨みつけてきた。

逃げる、という選択肢は無いのだろう。いや、プライドが邪魔をして逃げられないと言うのが正しいか。

「化物って言ったでしょ、あんた達。どうして化物に『常識』が通じるなんて思うの?」

「貴様の魔法にさえ当たらなければいいことだろう」

いや、実際そうだけどさ。それを成し遂げているのは今のところ騎士sしかおらんのだが。

なお、『か弱い』発言もイルフェナ基準ならば仕方がないと思っていただきたい。

騎士達、食らっても気絶しないもの。恐ろしいのは近衛の団長さんで『何となく察して構えていればダメージは受けても耐えられる』ということを実行してみせた。経験と格が違う。

ただ、直後の動きはどうしても鈍るからそこが問題だとは言っていたけど。

現に強気発言をするも男は攻めあぐねているようで、迂闊に近付いては来ない。

……そろそろ保護者の足音が聞こえてきそうな気がするので、敗北してもらおう。

「じゃあ、私から行くね」

そう言って氷の飛礫を数個男に飛ばす。勿論それは全て砕かれるが、私はそれが狙いではない。

得意げな表情をしかけた男は首筋に感じた冷たさに表情を凍らせる。

「……つ・か・ま・え・た」

「な……」

男の背後に転移し、足元からの氷結を。そして冷えた両手を背後から男の首に纏わりつかせる。

クスクスと耳元で聞こえる声に徐々に凍り付いてゆく体、そして……首に絡んだ両掌。

アルベルダの亡霊騒動でボツになったトラップイベント『魔法でなりきれ、雪女! 〜愛は氷より冷たく〜』なのだが、意外と恐怖は与えられるらしい。元ネタが妖怪だしな。

恐怖重視のこのトラップがボツになった理由は対個人ということと、接近する必要があるから。

なお、背後から抱きついているようにも見えることから愛云々と名付けたのだが、グレンより『両方男だったらどうするんだ、お前。自分の幻影は男だろうが』という冷めた突っ込みを貰った。

……確かに見ている方からすれば愛云々の命名は寒い。張り付いているのが男なら心だって別の意味で凍りつく。体も冷たいが。

「ふふっ化物だもの、何をしても『法に触れない』わよね?」

「なんだと?」

ぴしぴしと音を立てながら凍りついてゆく恐怖の中、男が必死に口を動かす。まるで助かる術を探すようなその姿は先ほどとは別人のようだ。

「だって異世界人を人扱いするのは『人の法に当て嵌める為』でしょ? 法に沿った刑罰があるから異世界人だろうとも妙な事をしない。逆に好き勝手するならば『正当な理由の下に』幽閉や処刑も適用される」

異世界人が人扱いされる理由ってこれなんだよね。動物や魔物に人の法を適用しようなどとは誰だって思わない、だからこそ『人』として扱う必要がある。

守護役が婚約扱いにされているのも人として認識させる為という意味もあるんじゃないのか? 最低限、人扱いできる種族同士でなければ成り立たないだろうし。

「それを貴方達は無視した。……自分達から『壊した』。拘束する鎖を外された挙句、罪に問われないならば暴れるのは当然じゃない」

「今まで、の態度……は」

「私は『イルフェナからの同行者としてこの国に来た』んだよ? イルフェナを不利にさせないために決まってる」

だから確認したでしょう? そう告げると男は完全に戦意を失ったように剣を床に落とす。

失言に気付いても遅い。それに化物として対峙した以上は当然――

「狩られた獲物は狩った側に所有権があるよね?」

にやりと笑いながら言えば、男が青褪めるだけでなく周囲の騎士達がドン引きした。

ええ、獲物扱いしますよ。でなきゃ好き勝手できないじゃないですか。

さあ、楽しい躾の時間だ。これまでの事を含めて盛大に反省してもらおうか!

そんな私達を平然と見守るのはクラウス。

一切手を出さなかったクラウスに対し、引き摺られていった騎士さんが複雑そうに尋ねている。

「クラウス殿……貴方はこれを御存知だったから手を出さなかったのですか」

「当然だ。俺が手を出せば『ブロンデル公爵子息を侮辱したことに対する不敬罪』として扱われる可能性も出てくる。俺と連中ではそれ程重い罪に問えないだろう。何故、手緩い方向にしなければならない」

「……。魔導師殿を化物扱いされてお怒りだったのですね」

クラウスは答えなかった。ただし、口元に薄っすら笑みが浮かんでいる。

それはとても珍しい事であり、何故か得体の知れない恐怖を周囲に抱かせた。傍で彼等の話を聞いていたバラクシンの騎士達も無言で後ずさる。

職人の魔術への愛はブレない。かつて魔道具考案者を罪人に仕立て上げた国、それと同じ発想をする輩に向ける感情が優しいものであるはずはなかろう。