軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小話集13

小話其の一 『実力者の国ならば』(レックバリ侯爵視点)

エルシュオン達がバラクシンへと旅立ったその日――イルフェナの某騎士寮の食堂にはそこで生活する騎士達と一部の近衛、そして医者が集っていた。

全員に共通しているのは厳しい顔をしている事。バラクシンのフェリクスの行動は忠誠心厚い彼等を激怒させたらしかった。

普通に考えれば当然だ。

後見人を無視した挙句に異世界人を利用しようとするなどありえない。

悪意があろうと無かろうと現状はそれなのだ。王が直々に謝罪したからこそ宣戦布告を免れたようなものである。それほどの侮辱だ。

国際問題にならなかったのは王が即座に謝罪した事と報復を黙認したからこそ。

役立たずの末席王族に国ごと馬鹿にされて怒らぬ者など、この国にはいないのだ。

『こちらの要望どおり異世界人を仕立ててくださいね。反論は認めませんから』

フェリクスのやり方を言葉にするならこうなる。

イルフェナの顔を立てるならば、王族であるフェリクスにミヅキが逆らえる筈は無い。その上で支度も必要な教育も全てイルフェナ任せにしたくせに、国には伺いすら立てぬとは。

はっきり言えばわざとやっているとしか思えないのだ。……一般的な常識があるのなら、だが。

「そうカリカリするでないよ、お前達。あの方は悪意があったわけでは無さそうじゃからな」

やや呆れながら――フェリクスを知っているので、彼等よりは理解があるだけだ――も諌めれば視線は一気に自分へと集まった。

「しかし……普通ならば考えられません! 仮にも王族なのです、最低限の他国への気遣いは出来て当然ではないのですか?」

「うむ、この国ではそうじゃろうなぁ。そうでなければ他国に向けて王族を名乗ることなど許されんじゃろうからの」

憤りを抑えきれぬ騎士に頷きながらも内心苦笑する。

そう――『この国の王族ならば』。彼等にとって基準となるべきものは己が国。それはどんな国の騎士とて同じであろう。だが、バラクシンとてフェリクスが当然とは言うまい。あれは特殊だ。

「お前達が憤る気持ちも判る。じゃがな? 基準となるものが変われば随分と対応に差が出るもの。ミヅキがいい例じゃろうが。あの娘はエルシュオン殿下やルドルフ王が王族の基準……ゆえにルーカス殿には随分と厳しい評価をしておったじゃろう?」

こう言っては何だが、ミヅキの教育は随分と凄まじいものだった。必要な事とはいえ、エルシュオンに報告書を送ったゴードンが顔色を変えるような『体験学習』なのだから。

確かに身には付くだろう。……己が命が懸かっているのだ、必死にもなる。

だからと言って貴族でさえドン引きするような事をするのはどうかと思うのだ。身になったのは本人の性格が凄まじく前向きであり、尚且つ不屈の精神を持っていたからである。

軟弱な精神をしていたら心が折れているだろう。それはもう、ばっきりと。

その果てに自害でもしかねないのだ、さすがに殿下には小言を述べさせてもらったが。

ミヅキをそんな状況に放り込んだ殿下とて悪意があったわけではない。

魔導師である以上は厳しくせざるを得なかっただけ、それが理解できているからこそミヅキは殿下にあれほど懐いている。

「殿下がミヅキに厳しい教育を施したのはミヅキを案じるゆえ。その御心を察したからこそ、ミヅキは今の状態じゃろう? フェリクス殿下はな……他者の意図によって甘やかされ、本人も厳しい教育を拒絶した典型なのじゃよ」

「……王族である以上は義務では? 不穏分子を生かしておくほど国の上層部は甘くはありません」

不満げに、それでも一応納得したらしい若い騎士はそう尋ねてきた。それに一つ頷く。

「うむ。じゃが、あの国は教会派が黙っていまいよ。ライナス殿下という前例がある以上は手駒となった王族を守るじゃろうしなぁ……その価値が王族の血にしかなくとも」

教会派にとってはフェリクスは救世主のようなものだろう。……もう少し賢ければ。

懐かせる為に愚かであれと育てたのかもしれないが、最低限の事ができなければ害にしかならない。

結果、祖父である伯爵が手駒としているが教会はあまり期待はしていないようだ。下手な事をすれば即座に切り捨てられるだろう。

王族の血は確かに重要だ。

だが、その血を利用できる人物であることも重要なのだ。

今回の事も王族としての在り方を身に付けていれば防げた筈である。それを怠ったのは元凶である伯爵と母親である側室、なによりフェリクス本人。

「エルシュオン殿下が直々に出向く。これほどフェリクス殿下にとっての苦痛はあるまいよ。逃げ続けたもの以上を身に付け魔導師を味方にした王子。まさに自分が望んだ姿じゃろうからな」

罪と共にフェリクスはエルシュオンとの差を実感させられるのだ。その為にエルシュオンはミヅキや幼馴染達を連れて行ったのだから。

自慢するような真似はしないだろう。彼等はエルシュオンが居るからついて行く、ただそれだけなのだ。

忠誠、友情、感謝……そういった感情を向けられる姿を見せ付けられたフェリクスは何を思うのか。

「儂はあの王子に同情はせん。そのような価値はないからの」

そう締め括って口元に笑みを浮かべれば何人かが顔を引き攣らせて下を向く。

表面的な穏やかさに隠された、確かな毒を嗅ぎ取って。

「脅かし過ぎですぞ、レックバリ侯爵」

「なぁに、殿下が向かったというに随分と頭に血が上っているようじゃからなぁ」

呆れたように嗜める騎士団長の言葉に楽しげに返し。儂はバラクシンへと赴いた一行を思い浮かべ笑みを浮かべた。

フェリクス殿下よ、イルフェナ流の報復を御覧あれ。

我等は伊達に実力者の国などと呼ばれてはおりませぬ。

力で押さえ付けるのではなく、言葉で敵の傷を抉るも一興。

……我が国の誇る魔王殿下を侮った罪、御自身でしかと感じるが宜しかろう。

※※※※※※※※※

小話其の二 『傍観者達は密やかに期待する』(ルドルフ視点)

珍しく仕事も片付いた午後。

アーヴィを誘い呑気に茶を飲んでいた俺は今朝から疑問に思っていた事を口にした。

「なあ、セイル。お前、今日はイルフェナに行くんじゃなかったか?」

美貌の将軍様が何故か傍に控えているのだ。不思議に思って当然だろう。

この将軍様、常に穏やかな笑みを浮かべているのだが性格はあまり宜しくない。現在それはイルフェナの魔導師相手に発揮されており、本人もイルフェナを訪れる事を楽しみにしているのだ。

それがゼブレストに居る。

一体何があった。

まさか追い出されるほど怒らせたのか!?

思わずそう思ってしまうのも仕方がないと思う。

セイルにとってミヅキは良くも悪くも特別なのだ、彼女にとっては非常に迷惑な事に。……わざと怒らせて遊んでいるように見えなくもないのだが。

しかも他の守護役達とセイルは何故かとても仲が良かった。ミヅキ曰く『類友』だとか。

「ルドルフ様の心配されるようなことはありませんよ?」

苦笑しつつ、セイルは俺の想像を否定する。

「ミヅキ達はエルシュオン殿下についてバラクシンを訪れているのですよ。さすがに同行するわけにもいきませんし」

「ああ……そういうことか」

確かにイルフェナとしての訪問ならば付いて行くことなどできない。

アーヴィも無表情ながら安堵したのか、カップを手に取った。

……が。

なるほどと納得し、安堵しかけた俺は……いや、俺達は。

続いたセイルの言葉に茶を噴出すことになる。

「なんでもフェリクス殿下がイルフェナに喧嘩を売ったとか」

「「ぶっ!?」」

話を聞いていたアーヴィレンも俺と同じ状態になった。給仕をしていたエリザは目を見開いて硬直。

……落ち着け、俺。セイルは、今、何を、言った……?

「……っ……セイル、お、お前は、今……げほっ」

「大丈夫ですか? アーヴィ」

「す、すまん。……っ……もう一度……言ってく、れ」

「ルドルフ様も落ち着いてください。……エリザ、何を呆けているのです? さっさとタオルを渡したらどうですか」

セイルの言葉にエリザは即座に反応すると、俺とアーヴィにタオルを手渡す。……その渡し方がいつもより雑なところに彼女の混乱振りが窺えた。

「婚約者共々周囲の風当たりがきついフェリクス殿下がミヅキに夜会の招待状を送ったのですよ。御伽噺に出てくる魔法使いの様に、自分達の味方になってくれることを期待して」

「……そんな真似するわけないだろう、ミヅキだぞ!?」

セイルの説明に頭痛を覚えつつも突っ込む。

そもそもミヅキが動いてくれるような状況ならば国内にも味方が居るだろう。

第一、周囲に認められるような努力をするのはどんな婚姻でも同じ。他家に馴染まねばならないのだから。

その努力をしていようとも他国、しかも王族である以上はミヅキは精々助言止まりだ。親しければ動いてくれるかもしれないが、絶対に『御伽噺に出てくる善人』にはならない。

「……そのフェリクス殿下とやらはミヅキ様と親しいのでしょうか? アリサ様という名ならばお聞きしたことがあるのですが」

「いえ、会った事すらありません」

セイルの言葉を聞いたエリザが目を据わらせた。

つまり『フェリクスはミヅキを自分の都合のいいように利用しようとした』ということだろう。

ミヅキを主の味方として認め慕うエリザにとって許せることではない。

そしてセイルの暴露は更に続く。

「しかも後見であるエルシュオン殿下やイルフェナに伺いは立てなかったそうですよ。尤もミヅキにしても招待状を送りつけただけなのですが」

「どんな馬鹿だよ、そいつは!? ありえないだろう!」

「……その『ありえない事態』が起こっているのですよ、ルドルフ様。それを知ったバラクシン王は即座に謝罪し、エルシュオン殿下に報復を許したみたいですけどね」

フェリクスの独断だったということか。エルシュオンがいくら有能であろうとも第二王子、王直々に頭を下げられ報復を許可されたのでイルフェナが一応は折れたのだろう。

どう考えても国ごと馬鹿にしているとしか思えない。フェリクスとやらは国の滅亡を願ってでもいるのだろうか?

「……ん? アーヴィ、どうした?」

考え込んだままの宰相を不審に思い声をかける。この場合、誰よりも保護者根性を発揮しそうな青年はなぜか今まで無言だった。

「……馬鹿なのですよ、その方。悪意は恐らく無いと思われます」

「「「は?」」」

唐突な宰相の言葉に全員の言葉がハモる。

「バラクシンのフェリクス殿下は側室腹の第四王子です。教会派の駒の成り損ないですよ」

「成り損ない……?」

「教会派というのは判りますが……」

エリザとセイルの疑問は正しい。

……国に不利益を齎すならば存在を消す事すら躊躇わないのが王なのだ。王族だろうと例外ではない。そんな危険人物が放置されているとは考え難かった。

その疑問には溜息を吐きつつアーヴィが答えてくれた。

「祖父にあたる伯爵が自分の手駒となり易いよう愚かに育てたのです。……母親が愚かなこととフェリクス殿下本人の甘ったれた性根を叩き直す事をしなかった、という意味ですが」

「バラクシン王がそれを許すとは思えんが」

「ええ。王は勿論、他の王子達と変わらぬ教育を施そうとしました。ですが、母親が邪魔をした挙句に本人も『側室腹だから苛められている』と思ったらしく」

……。

同情できんな、それは。本人に学び変わる意思がないのだから自業自得だ。

婚約者とやらも勝手に見繕ってきた娘だからこそ周囲の理解を得られないんじゃないのか? 王家が望んだ令嬢ならば最低限の立ち振る舞いはできるだろうし。

全員が呆れた顔になる中、エリザが「そういえば」と疑問を口にする。

「宰相様は何故そこまで詳しい事情を御存知なのですか?」

「あ? そういや、そうだな?」

確かに妙に詳しい。

エリザの疑問に俺も同意し、アーヴィの方を向くと――

口元を歪め笑っていた。だが、目は全く別の感情が占めている。

……人はその表情を『嘲笑』とか『冷笑』という。

宰相様は何故か大変お怒りらしかった。思わず顔が引き攣る。

「ア……アーヴィ……?」

「実は以前、バラクシンでフェリクス殿下にお会いした事があるのですよ。外交のついでですし、ルドルフ様が今後関わる可能性を視野に入れての様子見でしたがね」

「う、うん。それで?」

あまりの迫力にエリザとセイルも無言。

そんな中、アーヴィはダン! とテーブルに拳を叩きつける。

「あのガキ……っ……『ルドルフ様と友人となりたい』『歳も近いですし、きっと仲良くなれると思います』などと! それまで散々自分が側室腹だから苛められると語って自国の王家を貶めておいて『ルドルフ様と仲良くなれる』? ふざけるなと即答しましたよ」

……それは明らかに王となることが決定している俺との繋がり目当てではあるまいか。

良い度胸だな、フェリクス。他国の王を利用しようとするとは。

そしてアーヴィの怒りの理由も知れた。前回の俺に続き今回のミヅキ狙いにキレたのだろう。

ミヅキはつい先日キヴェラを利用してこの国に貢献してくれたばかりなのだ……保護者が怒らぬ筈は無い。

「勿論きっちり言って聞かせましたよ。ゼブレストがどういう国か、ルドルフ様がどのような状況で生きてこられたかをね。厳しいどころではない状況を過ごす方と甘やかされた無能が対等な関係になどなれるわけがない!」

「……まあ、昔からそういう方でしたの。私の記憶をどれほど掘り起こしても、そのような頭も覚悟も足りない方はルドルフ様の味方にはいらっしゃいませんのに」

「一度自己責任で遊びに来させてやれば良かったじゃないですか、アーヴィ。きっと帰る頃には死体となっているでしょうが、繋がりを望むのならばその程度の覚悟はあるでしょう」

エリザとセイルも初耳だったらしく怒りの笑顔が怖い。

もしや俺がフェリクスを知らないのはアーヴィの脅しが効いたからなのだろうか。

「アーヴィ、それは伯爵とやらの入れ知恵なんじゃないのか? 本人がアホだからこそ直球で言ってお前を怒らせたんだろうけど」

「恐らくはそうでしょうね、私の剣幕と言葉に半泣きになっていましたから。それでバラクシン王から謝罪と説明を受けたのですよ。お叱りも受けたでしょうが……どうやらあのままみたいですね」

そう言って息を吐く。とりあえずは落ち着いたようで何よりだ。

「ま、まあ、今回は怖いどころじゃ済まないだろうさ」

確かにそんな奴なら無自覚にエルシュオンを侮辱するだろう。だが、当時のアーヴィと違ってイルフェナにもエルシュオンにも怒りを収める必要は無い。

アーヴィとてゼブレストがあんな状態でなかったら正式に抗議していたのだろう。昔から俺と共に苦労してきたこの青年の逆鱗に触れたのだ、間違いなく外交での報復に出る。

「エルシュオンが行くってことはミヅキ達も行くだろうしな。報復が推奨されるってことは、バラクシン王もフェリクスを切る決意をしたってことだろう」

「そうだと思います。私の時は成人前でしたが、現在は成人済み……子ども扱いはされないかと」

「ふふ、それ以前にミヅキ様がいますもの! しっかりと止めを刺してくださいますわ」

いい笑顔のエリザの言葉に全員が頷く。

今回に限りミヅキには止める奴が居ない。あいつは自分の事以上にエルシュオンが馬鹿にされた事を怒っているだろう。その守護役達も同じく。

悪意が無いなどという言い訳が魔導師に通用するわけはないのだ、魔導師自体が自己中心・自分勝手を地で行く存在なのだから。

「一応、バラクシンに気をつけておくか。ゼブレストとしても情報収集しておくべきだろう」

「では、私はミヅキ達が帰国次第『世間話』をしに行ってきますね」

「頼んだぞ、セイル」

さて。今回の事がバラクシンという国にとって良い方向に傾くか、それとも破滅するのか。

部外者として興味深く観察させてもらうとしよう。

そう決めると俺達はティータイムを再開した。