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【短編】私を捨てた貴方を今度は私が捨てます

作者: 砂礫レキ@悪役令嬢覇王伝コミカライズ原作

本文

「許してくれレイチェル」

そう私の婚約者だった人は言った。

豪華な寝室はツンと消毒液や薬の匂いがする。

彼の病気は薬などで治る物では無いのに。

「お久しぶりです、クレイ様」

寝心地の良さそうなベッドに横たわる痩せこけた男性はクレイ・リバー。

リバー伯爵家の令息で半年前まで私の婚約者だった青年だ。

あの逞しい男がたった半年でここまで衰えた事実に内心少しだけ驚いていた。

魔渇病という体内の魔力がどんどん減っていく奇病。

その末路の姿が今の彼なのだろう。この世界の人間にとって魔力と生命力はほぼ同等なのだから。

この不治の病を根治させる方法は現状無い。

せいぜい魔力の多い人間に魔力を分けて貰い延命することぐらいだ。

しかし相性の良い魔力で無いと患者の体が受け付けず逆に弱ってしまう。

輸血のようなものだ。

そしてこの病気の厄介なところは本人が魔渇病だと自覚した途端急激に悪化する事だった。

魔力は精神力や気力に連動するものなので絶望が大敵なのだろう。

クレイ様の両親は息子を救うために必死だった。

結果貧乏子爵家の三女で彼に適応する魔力を持つ私を彼の婚約者にした。

私は比較的魔力量が豊富だが、だからといって無尽蔵では無い。私は寿命を金で買われたような形だった。

使用人ではなく婚約者としての待遇をされたのは欲深な父がごねたからだろう。

結果、伯爵家の面々は私に冷たかった。

けれど婚約当初の私はそれでも良かった。クレイ様のお役に立てるならそれだけで本望だった。

私の初恋は彼だったのだ。

数年前のデビュタント時に姉のお古のサイズの合わない時季外れのドレスを着た私を皆が笑った。

逃げ出そうとして裾を踏んで転んだ私を優しく助けてくれたのはクレイ様だった。

あの日からずっとクレイ様に淡い恋をしていた。

だから彼の為なら魔力を与え続ける苦痛も、長く生きられないことも耐えられると思った。

だけど私が受けた苦痛はそれだけでは無かった。

クレイ様は幼馴染の伯爵令嬢アリス様と好き合っていた。

けれど私が婚約したことでその恋を邪魔されたと思ったのだろう。

婚約し、彼にいつでも魔力を分け与えられるよう伯爵邸に引っ越した私を彼は容赦なく傷つけた。

「お前を愛するつもりは無い」

引っ越した初日に冷たい目で言い放たれた。

でもそれだけならまだ耐えられた。

クレイ様は言葉でも手でも私に暴力を振るった。

彼の両親は私との婚約理由を上手く説明出来ていなかったのだろう。

だからクレイ様は私が諸悪の根源だと思い込んでいるらしかった。

私が死ねばアリス様と結婚出来るとでも思っているかのように傷つけられた

そして彼が命じた使用人に階段から突き落とされ、私は杖無しでは歩けなくなった。

私の体には消えない傷と痣ができ、心労で体重も減り、彼への愛もすり減っていった。

伯爵家が雇った医者が私にこそ療養が必要だと警告する程だった。

けれどその医者を伯爵家で見る事は無くなった。

クレイ様の暴力で私が弱っていったという形は事情を知る者たちにとって都合が良かった。

彼へ魔力を分け与えた結果弱っていく事実にクレイ様が気づかない為に。

夜、すやすやと眠る彼にそっと触れ魔力を繋ぐ。

全身に針を刺され血を抜かれ続けるような苦痛に耐えながら何時間も脂汗を流しながら魔力を分け与え続ける。

そんな時に私はいつもひっそりと泣いていた。限界が来て気を失う時もあったが、そちらの方が楽だった。

彼を愛していた。片思いでも構わないと覚悟していた。

でもいつからか彼の為に死にたくは無いと思うようになっていた。

そんなある日、転機が訪れた。

辺境に旅に出ていたらしいアリス様がクレイ様に適応する魔力になって帰って来たのだ。

その上でクレイ様自身に魔渇病であると教え、これからは自分が魔力を与えると言い出した。

私はあっさりと婚約破棄をされ、伯爵邸を追い出された。

けれどそれからたった半年で又リバー伯爵家に呼ばれたのだ。

「アリスは魔力を分け与える苦痛に耐えられないと……たった一ヶ月で音を上げてしまった」

「そうなのですか」

「だから魔力を貰う回数だってうんと減らしたのに……とうとう一か月前に僕を捨てたんだ」

あんな無責任な女だと思わなかった。

ベッドに横たわりながらクレイ様は悲し気に言う。

アリス嬢は怪しい商人から買った謎の薬でクレイ様に適応する魔力に変え更に魔力量を無理やり増やしたのだと風の噂で聞いた。

けれどその反動で最近急激に魔力量が減り今はほぼ寝たきりで療養していると。

病気ではないので休めば徐々に回復するというのが不幸中の幸いだった。

まさかそれさえも彼は知らされていないのだろうか。

いや、知らされてなくても知ることは出来る筈だ。私だって知れたのだから。

確かにアリス嬢の末路は自業自得だと思うが、クレイ様に彼女が己を捨てたと責める権利はあるのだろうか。

魔力を分け与えることがどんなに辛いかを分け与えられるだけの彼は知りもしないのに。

「レイチェル……君が居なくなって初めて、君が俺をどれだけ愛して尽くしてくれていたかわかった」

「そうなのですか」

「今度こそ俺は心から君を愛せる……もう一度婚約して欲しい」

「お断り致します」

私は無表情で答えた。喜びも怒りも無かった。

ただもう嫌だとだけ思った。

「そうか、君はアリスに騙された俺が許せないのだな……」

「いいえ、違います」

アリス様が婚約者の座を私から奪う前から気持ちは消えていた。

金で買われたから逃げられなかっただけだ。

「私は愛した女性では無いという理由だけで容赦なく暴力をふるいまともに歩けない体にしたから貴方を捨てるのです」

そう言って椅子から立ち上がる。

待ってくれと泣きそうな声が聞こえたが無視をした。

杖を使い廊下を歩きさっさと外に出る。

伯爵家の人間に挨拶をする義理も最早無かった。私を売った実家にもだ。

私は今日この国を出る。

婚約破棄の時の手切れ金は家に入れず懐にしまい込んだ。

でもそれぐらい許されるでしょう?

私を利用した人たち、まだ利用しようとしていた人たちさようなら。

クレイ様と婚約してから初めて私は心から笑った。

今の私は杖をついているけれど自分の体に合った服で躓かず歩いて行ける。

少し歩いた先に一台の馬車が停まっている。

私に気付いた御者が扉を開けてくれた。

「お待たせしました、先生」

「区切りはつけられたのかい?」

「ええ」

馬車から降りた紳士が私を抱き上げる。

そして座席へと慎重に座らせてくれた。

彼はニコル先生。二十代半ばのお医者様だ。

クレイ様の元主治医で魔力を分け与え衰弱する私の診察もしてくれていた。

けれど私が分け与える魔力量が多すぎることと、クレイ様が私に振るう暴力について伯爵家に意見した結果解雇されたのだ。

私に対する暴力についてはクレイ様に直接抗議し彼から殴られたと聞いた。

そして私の健康をずっと気にかけていた彼から伯爵家を離れる際に連絡先を貰い、手紙を通して悩みや体調への相談をしていた。

婚約破棄される際になるべく有利に交渉できるよう知恵を授けてくれたのもニコル先生だった。

文通を続けていると彼から一通の手紙が届いた。

魔渇病の研究チームの一員になる為隣国に渡る。

隣国には長年この病の研究をしている大御所がいて、彼にスカウトされたのだと。

だから今後手紙のやり取りは暫く難しくなると書かれていた。

それを見た私は家族と縁を切りたいから連れて行って欲しいと無理に頼み込んだ。

「足手まといになるかもしれませんが、これからは先生のお手伝いをさせてください」

「人手は足りてるから大丈夫。それに君は足のリハビリに専念して欲しい」

「でも……」

「役に立つという理由で傍に置くわけじゃないよ」

そうニコル先生は優しく微笑む。

婚約破棄後、私が告白した当初は彼は戸惑い年齢差を理由に断ってきた。

二十五歳と十八歳では年が離れすぎていると。

そんなことはないと私は粘り、半年経った今はこうやって傍に置いてくれている。

彼はずっと優しかった。私に対し恋心を抱いていない時から親切にしてくれた。

馬車がゆっくりと動き出す。

「魔渇病の治療法……見つかるといいですね」

「うん、患者も気の毒だが患者に魔力を与える為に人買いをする貴族が出るのも問題だ。それも解決したいと考えている」

彼は真剣な顔で同意してくる。

自分を殴り解雇した相手の病気を治そうとして彼は隣国に研究へ行くのだ。

「それに医療については隣国の方が多くの分野で発展している。君の足を治すための努力もしたい」

「ニコル先生……」

「君も魔渇病の犠牲者だ。ずっと救いたいと思っていた」

「私を連れて行ってくれるのは、医師としての義務感ですか?」

私が意地悪な質問をすると彼は生真面目な顔でそれもあると口にする。

「けれど、君が杖無しで歩けるようになっても離れていって欲しくないと思うよ」

「……ふふ、離れていったりしませんよ」

私はニコル先生の大きな手に自分の手を重ねた。

傷つけられた初恋は捨てて、私は彼とこれからを生きていく。