軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十四話 陰キャ貴族令息と男子の隊列訓練②

「ユーゴのやつ、あんな言い方しなくてもいいのに。どうせ俺たちの背が低いから列が乱れるって言いたいんだろ」

居残り練習中のジャンは、さっきは驚いて一言も言い返せなかったことに腹を立てていた。

「言い返したところで、ジャンの背が高くなるわけではないですし」

「ジルだって、俺と同じぐらいの身長だからね!?」

ジャンが、まるで人ごとのように行進しているジルに噛みつく。

「僕はジャンよりも指一本……二本は高いです」

その言葉を聞いて、ジャンは行進しながら顔だけをジルに向けた。

「俺の父様と兄様二人とも、入学した時は今の俺と同じぐらいの身長だったんだ。でもな、卒業する時には、クラスで一番大きくなっていたんだぜ!」

にちゃぁと笑うジャンに、ジルはムッとした。

「宰相に身長の高さは必要ありませんから」

「高いところにある資料はどうやって取るんですかぁ?」

「っ!」

二人のやりとりを後ろで聞いていたフランシスが、なぁ、と声を掛ける。

「行進しながらそんなに話せるってすごいな。僕は確かに行進は苦手だけど、なぜ居残りさせられているのか見当もつかない」

ジルとジャンがすごい勢いで後ろを振り返る。

「マジで言ってんの!?」

「本当に気づいていないのですか!?」

目を剥く二人に、フランシスは泣きそうになった。

「俺たちの問題は身長による歩幅の差。どうしても周囲とずれていくし、歩幅を大きくすると動きが大袈裟になる」

ジルは、ジャンが意外と冷静に分析していることに驚いた。

「でも、フランシスは何だろう? お前、ちょっと前歩いてみ」

言われた通り、フランシスは二人の前に出る。三人は歩調を合わせて行進する。しばらく後ろで観察していたジャンとジルは、リズムが気持ち悪いと言って立ち止まった。

「お前、行進の最中に何考えてるの? 俺はミギヒダリ、ミギヒダリ」

「僕はイチニ、イチニですかね」

フランシスはしばらく考えてから、うっとりした表情を浮かべる。ジャンとジルは、そんなフランシスを気味悪そうに見た。

「昔から、つらい時間はワルツを脳内で再生しているんだ。落ち着くよ」

フランシスは目を閉じると、指先でリズム良く三角形を作る。

「それだよ、それ!」

ジャンが興奮してフランシスを揺さぶるが、ジルには何のことだかわからない。

「ワルツは三拍子。イチ、ニ、サン。イチ、ニ、サンだ。お前は一拍多いから、ずれていくんだよ!」

ジルはあっと小さく声を出した。どうりで後ろからみたフランシスは微妙にリズムがずれて、気持ちが悪かったのだ。

「なるほど。心臓の鼓動が三拍子だから落ち着くのですね」

「そんなことはどうでもいい! いいかフランシス。今だけでいい。行進の時だけワルツを忘れろ。よし、今からはスロー、スロー、クイック、クイックだ」

ジャンはスロースローと言いながら行進して見せる。ジルもスロースローと言いながらイチニ、イチニと四歩。クイッククイックと言いながら、またイチニ、イチニと四歩進む。

それを見ていたフランシスは、行進するジャンとジルの間に恐る恐る立った。

スロースロー……イチニ、イチニ。クイッククイック……イチニ、イチニ、サン。

「なんでズレるんだよ! お前の中のワルツが強すぎる! 頭からワルツを捨てろ、拾うな、ワルツを!」

中盤で気持ちの悪いリズムを生み出すフランシスに、ジャンは容赦ない指導をする。

「フランシスは、教養としてのダンスは学んでいたのですよね」

ジルがフランシスに聞くと、フランシスは曖昧に頷いた。

「一応、ダンスの家庭教師はいたんだけど、ワルツだけ教わって終わった。家族も家庭教師の費用が勿体ないから学園で学べって……」

裕福ではない伯爵家のこと。三男のダンスにまで金を出せなかったのだろう。

ワルツの方が難しくね? とブツブツ言いながら、ジャンはもう一度フランシスを歩かせる。その様子にジルは、これは時間がかかりそうだなとため息をついた。

二週目に入ると、行進練習の後はジル、ジャン、フランシスだけ居残り練習をすることが当たり前になっていた。

「スロースロー、クイッククイック!」

模擬戦の練習をする男子生徒たちは、怒りつつも元気な掛け声を出しながら行進するジャンと、その隣で必死に足を動かすフランシスを呆れた様子で見ていた。

「あいつら楽しそうだな。自分たちの立場を理解しているのか」

遊んでいるように見える光景に漏れる愚痴を聞きながら、ユーゴは居心地悪そうにしていた。

練習の時のその空気は、当然日常の教室にも影響を与える。模擬戦実力者のビクターにはコツを聞きにくる男子が絶えない一方で、ジャンとフランシスは孤立していった。

元々、他のクラスメイトとは関わらずに過ごしていたので、本人たちは別に気にする様子はなかったし、女子生徒に関しては男子同士のいざこざには興味がない。やがて、フランシスとジャン、シモーヌの三人だけで過ごす時間が増えていった。

「あまり、よろしくないね」

自分の席から教室の様子を観察していたクリストフがポツリと漏らす。

「団結するはずの隊列行進なのに、その練習で確執が生じたなら本末転倒だな」

ジョルジュが呆れた様子で言った。ジルは自分も当事者であるために黙っている。

「仕方がないな。僕が奥の手を使うよ。クリストフ、ちょっとレニーを借りるよ」

いつも飄々としているベルナールが軽い口調でクリストフに言った。

「仕方がない。頼む」

クリストフが答えると、ジョルジュとジルは不思議そうに顔を見合わせた。

「すごい! ありがとう、ジャン。ジルも」

二週目最後の日。この日に初めて、フランシスは一度もリズムを狂わせることなく、グラウンドを二周行進することに成功した。

フランシスは嬉しそうに言いながらも、いつもは一番幼くてうるさいジャンが、意外にもダンスが得意なことに驚いていた。

「妹のダンスの相手をさせられているからな。俺、兄様だから」

得意顔のジャンは、再びスロースローと言いながら先を行く。スロー、スロー、クイック、クイックと三人は声を合わせて行進する。この頃には、ジルも積極的に声を出していた。

「そろそろ模擬戦も終わるだろ。今日はもう、先に休憩室に行こうぜ」

フランシスの問題が解決したせいか、ジャンが明るい顔をして二人を誘う。ジルもフランシスも疲れていたので、そのまま休憩室に向かうことにした。

「疲れたなー。あー、シモーヌのジャムが食べたーい!」

ジャンが叫ぶ。確かに疲れた時に甘い物は欲しくなるし、以前シモーヌにもらったジャムは甘さと酸味が絶妙だった。

「あんな小さな瓶、すぐになくなってしまったね」

フランシスが残念そうに言うと、いつもはあまり会話に参加しないジルが口を挟んだ。

「あの時、僕だけ二瓶もらいましたからね」

実際は、幼い頃のシモーヌがお茶会でやらかした時のお詫びにと、一瓶多くくれただけだ。

しかし今のジルは、躊躇なくシモーヌを話題に出す二人をなぜか不快に感じた。

いつもなら言わない一言なのに、僕は疲れているのだろうか。ジルはなぜ自分がそんなことを言ったのかわからずに首を傾げた。

「へー。でも、うちの経営するカフェに来れば、あのジャムを使ったお菓子がいつでも食べられるよ。王都でベルジック侯爵家と契約をしているのは、うちだけだからね」

少しだけ優越感を持ちたかったジルだが、思いがけずフランシスからの返り討ちにあってしまった。ジルは唇を噛む。

「殿下のお茶会で、子どもの頃のシモーヌを助けたのってジルなんだろう?」

ジャンは、ジルとフランシスの不穏な空気を読まない。

「え、ええ! そうです! 小さな女の子が泣いていたから、王宮の図書室に案内しました。思いのほか喜んでくれたみたいで。あの時は確か手を……つ、繋いだなぁ。ははは」

フランシスを横目で見つつ、不自然に笑うジルの最後の一言に、今度はフランシスが唇を噛んだ。ジルに対して感謝こそすれ、嫌な感情なんて一切持っていなかった。しかし、今はなぜかとても気にくわない。

黙り込んでしまった二人を気にすることなく、ジャンは鼻歌を歌いながらご機嫌に先頭を歩いた。