軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十話 シモーヌと母イネス・ベルジック

馬車に揺られて三日。シモーヌは侍女のアンと共に、久しぶりにベルジック領の屋敷へと帰ってきた。

元々アランの乳母だったアンは、シモーヌが産まれてからはシモーヌ専属侍女になった。ベルジックの屋敷にはアンの夫と一人息子が働いている。母の提案で、帰省中はアンに特別休暇を与えて、家族水入らずで過ごしてもらうことにした。

「まぁまぁ、しばらく見ないうちに……あまり変わらないわね」

母であるイネス・ベルジック侯爵夫人が苦笑いで出迎える。シモーヌはクスクスと笑い、イネスにキュッと抱きついた。十五歳にもなる娘が母親に抱きつくのは恥ずかしいこと。

しかし、昔から何かにつけて高熱を出しては寝込んでいたシモーヌが、領地を離れて一人で五ヶ月も過ごしたのだと思うと、抱きつかれたイネスも出迎えに集まった使用人たちもそれを笑顔で受け入れた。

「甘えちゃって可愛いわね、娘は。それに比べてアランったら」

シモーヌの頭を撫でながら、イネスはアランへの愚痴をこぼした。そのままシモーヌを食堂に連れて行き、イネスは自らお茶を淹れた。いつも淹れてくれるミントのお茶だ。

「あなた、王都に行って一度もアランに会えていないんですって? 一体いつの間に、アランはタウンハウスを出たのかしら」

アランは学園に通うため、王都にあるベルジック侯爵家のタウンハウスに移った。卒業後は近衛隊に入隊したため、そのままタウンハウスに残り王宮まで通っていた。シモーヌは入学後、アランと一緒に暮らすものだと思っていたが、ふたを開けてみると多忙なアランは王宮に詰めっぱなし。結局一度もタウンハウスに戻っていない。執事いわく、王宮にある近衛隊の仮眠室を一室与えられているらしい。

「それなら、せめて手紙でも書けばいいものを」

確かにアランからは何の連絡もない。正確には月に一度、近衛隊からお菓子が送られてくる。アランなりに気を遣っているのかしら、とシモーヌはお茶を飲む。スッとする爽やかなお茶だ。

「それより、学園はどう? お友達はできたかしら?」

美味しそうにお茶を飲むシモーヌに、イネスは一番聞きたかったことをぶつけた。

学園入学前までにシモーヌに同年代の知人を作ってやれなかったことを、イネスはとても気にしていた。親としてはお茶会を開いたり、招待してもらえるように働き掛けたりと十分なことはしたつもりだ。

しかし、当の本人がことごとく発熱する。王妃主催のお茶会だけは参加できていたが、お茶会では王太子どころか、他の令嬢とも話さなかったと聞く。

入学後に寂しい生活を送るのではないかと、イネスはとても心配していたのだ。

「三人も友人ができました!」

パッと笑顔になったシモーヌを見て、イネスは思わず大きな声を出しそうになった。

「よ、良かったわ! そう、三人も……え? 三人?」

「ええ。同性の友人を作ろうと思っていたのですが、三人は男子生徒なのです」

ニコニコと報告するシモーヌに、イネスは眉をひそめる。

「男性なの? 婚約してくれとか、そういう感じ?」

得体の知れない男性三人がシモーヌを囲っている姿を想像したイネスは、彼らの名前を聞き出して家を調べようと、控えていた執事に目配せをする。イネスの考えを察したのか、シモーヌを孫のように可愛がっている初老の執事は怖い顔をして頷いた。

「婚約とかそういうのではないような……お話をしていると、まるでアランお兄様といる感じなのです。あの突拍子もない感じの」

「なんだ、男子ね、男子。男性じゃなくて男子」

気が抜けたイネスはドンと椅子にもたれ、まるで吐き捨てるように言った。それを聞いた執事もスンと表情を戻した。

「まぁ、良かったじゃない? あなたは楽しいのでしょう? 次は同性のお友達もきっとできるわよ」

イネスに笑顔で言われると、シモーヌも不思議とそんな気がした。

領地に戻ってからのシモーヌは、午前中はゆっくりと自室でくつろぎ、午後からは散歩をしたり読書をしたりとマイペースに過ごした。たまに近くの領地から、母の友人が遊びに来るので一緒にお茶をする。シモーヌは王都とはまったく違う時間の流れを満喫した。

シモーヌが父の不在に気づいたのは、領地に来て三日目の朝食の時だった。

「まさか、今頃気がついたの?」

イネスは呆れてシモーヌを見る。言い訳をするならシモーヌが領地を出る直前まで、父のブライアン・ベルジック侯爵は、朝はシモーヌが起きるより早く家を出て、シモーヌが寝てから帰ってくるという生活を送っていた。その時のように、すれ違っているだけだとシモーヌは思い込んでいたのだ。

「あれのせいなの。あの果物あったでしょ? オレンジと桃の中間のような」

ベルジック侯爵領だけで採れる名もないその果実は、収穫してから傷むまでの時間が非常に短く、味はいいのに領地外に流通させられないものだった。栽培は簡単で大量に採れるため、消費しきれない分は家畜の飼料にするしかなかった。ある日、領地の外れにある集落を視察したブライアンは、余った果実をジャムにしている光景を見て閃いた。

ブライアンはすぐに、その集落にジャムの瓶詰め工場を作り生産をはじめる。試行錯誤の末、近隣の領地に販売することができた。そのため、ブライアンは忙しいらしい。

「最近は第二工場の建設で忙しいのよ。昨日からあなたがまったく口にしない、そのジャムよ」

シモーヌはイネスが指さしたガラス瓶を見る。確かに昨日からあった気がするが、そもそもシモーヌは甘い物を好まないのでパンにジャムをつけて食べるという習慣がない。

シモーヌが瓶を手に取ると、確かにあの果物の柑橘に似た甘い香りがした。

「これ、甘いですよね」

「当たり前じゃない。ジャムだもの」

シモーヌは瓶をそっと戻す。イネスはため息をついた。

「それを欲しいという人がすごく増えたから、お父様はシモーヌに会いたくてもなかなか帰ってこられないのよ。あなたが王都に戻っちゃう日までに会えればいいのだけども」

部屋に戻ったシモーヌは、珍しく読書が捗らなかった。

父が忙しく外に出ている間、母は屋敷で父の分の仕事をこなしている。すぐ会いに行くと言ってシモーヌを王都に送り出した両親だが、なかなか来てくれないのも仕方がない。

父には父の、母には母の、そして兄には兄の生活と時間がある。今までシモーヌの生活には家族が、家族の生活にはシモーヌが当たり前のように存在すると思っていたが、そうではないのかもしれない。シモーヌはぼんやりと考えた。

学園を卒業したら、どうなるのだろう。領地に帰り今までの生活に戻るのだろうか。クラスメイトは、自分の将来について既に決めているだろうか……。

そんなことを考えるとどうも落ち着かず、読書どころではなくなった。そうか。こんな時に友人がいれば、相談したり意見を聞いたりできるのか。

シモーヌが本を片手に部屋中をウロウロと歩き回っていると、来客に挨拶をするようにとイネスからお呼びが掛かった。