軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

197.逃げないという選択を

挨拶がなかったのはもちろん、向こうからは気遣いというものを微塵も感じなかった。口では帝国のことを教えられればと言っていたが、態度からはその様子はまるで感じられなかったのだ。

「帝国のことを教える……? リーンベルク大公家とは何の繋がりもない、たかだか一介の侯爵令嬢が何をでしゃばって」

「本当ですよ……!」

落ち着くように言った効果があったからか、抑え目に反応をする二人。自分のことのように怒ってくれる姿は、大切にされてることを実感できて嬉しかった。

「二人に同意よ。悪意の有無までは判断できなかったのだけど……身分をとっても尊重していることはわかったわ」

取り巻きにしていた二人のご令嬢への態度を見れば、ルウェル嬢という人の価値観は察することができた。

「……ただ、その態度を続けるようなら、私も黙っているわけにはいかないわ」

私への侮辱は大公家への侮辱になるだろう。それ以前にも問題なのは、帝国の侯爵の方が王国の公爵令嬢より上だという態度だった。

さすがに初対面に等しいあの場面では、苦言を呈するまでにはいかなかった。

「そんな失礼な方のお茶会に行く必要など……」

「そうかもしれないわ。けど、私に今足りないのは人脈だから。顔売りもしておかないと」

「「お嬢様……」」

シェイラとエリンの言いたいことはわかる。レイノルト様も、きっと人脈など必要ないから、家に居続けて構わないと、無理に大変なことはしなくて良いと思っているかもしれない。

けど私は、帝国の社交界に足を踏み入れたからには、できることをしなくてはならない。これからは絶対に、レイノルト様の隣に立つ者としての自覚が必要になるから。

(それに……王国では一度既に逃げたんだもの。逃げることが楽でも、見えない場所で誰かが苦労していることを知ったから)

ベアトリスとリリアンヌを思い出しては、ぎゅっと目をつぶる。

(今回、逃げてしまえばレイノルト様に迷惑をかけてしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌。それに)

手紙に視線を落とすと、揺るぎない決意を再確認した。

「私にも矜持があるからね。頑張らないと」

キャサリンとの騒動で芽生えた譲れない矜持は、帝国に来ても忘れずに胸の中に存在していた。

私の眼差しから思いの強さを確認した二人は、こくりと頷いて反対をしなくなった。

「その確固たるご意志があるのなら、私達はお嬢様のために、できることをするまでです」

「必ずお力になります!」

「ありがとう……!!」

キリッとした眼差しのシェイラと、ぎゅっと握りしめたこぶしを胸の前で二つ掲げるエリン。

その二人の姿に笑顔で反応すると、次の瞬間シェイラの空気が変わった。

「そうと決まればドレスですね。お嬢様にふさわしいものをご用意いたします」

「え? あぁ、お願い」

「私は装飾品を担当します!」

「気合いをいれるわよ、エリン」

「もちろんです、シェイラさん!」

向かい合って頷きあった二人には、何故かめらめらと燃える炎が背景に見えた気がした。

もしかしたら何かのスイッチを押してしまったのかもしれない。

そう思いながらも、苦笑いをすることしかできなかった。

◆◆◆

バリン!!

部屋の中にあった花瓶が大きな音を立てて割れる。

「お、お嬢様! 落ち着いてくださいませ!」

「ーーっ!」

花瓶は、ご令嬢がたまった怒りを発散させるために落としたものだった。

近くにいた侍女が駆け寄り宥めるもの、表情が落ち着くことはまるでなかった。

「許せない……レイノルト様と踊るだなんて!」

「お、お嬢様……」

今までどんなご令嬢とも踊って来なかったレイノルトが、婚約者と踊る姿を見て耐えきれなかったようだった。

「で、ですが踊られたのは婚約者様のみとお聞きしましたが」

「……なに? 貴女は私よりもあの王国の女の方がレイノルト様に合うとでも言いたいの?」

ゆらりと発言した侍女の方に視線を向ける。その眼差しは殺意さえもこもっているように見えるほど、危うさをもっていた。

「そ、そんなことは! 大公殿下にふさわしいのはお嬢様のみでございます……!!」

「そうよね?」

慌てて侍女が否定をすると、すぐにご令嬢の笑みは戻った。

ご令嬢の気分が少し戻ったところで、もう一人の侍女が部屋を訪れた。

「お嬢様。ご報告が」

「なに?」

「ルウェル侯爵令嬢がお茶会を開くと」

「……行かないわ。あんな面倒なもの」

蔑むような視線で言葉を返すも、侍女は話を続けた。

「それが……例の婚約者様も参加なさるそうです」

「……ふふっ、それなら話は別ね。挨拶をしに行かなくては。正式な、ね」

「では」

「えぇ。行くと返事をしてちょうだい。……トリーシャもたまには役に立つものね」

すっかり機嫌を戻したご令嬢は、普段通りのようにお茶を飲むのだった。