軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

52 迎えに来たよ

フォーレ侯爵家にバンタース王国から見舞金が届いた。

公的には「不幸な事故により我が国の民が貴国の侯爵に怪我を負わせたことを謝罪する」という形になった。そうでもしないとこれを利用して戦争に結び付けようとする者が現れかねない。それをイブライム国王もエリオット国王も恐れた。

「この形にせざるを得ない。すまないね、シモン」

「何も不満はございません。大きな騒ぎになればシャーロットが困りますから」

シモンはシャーロットに悩みの種を植え付けたくなかった。

シャーロットがモデルを務めた三枚の絵の代金、バンタース王国からの見舞金。

それらを足してもなおフォーレ侯爵家の負債は消えず、シモンは当主として働き続けた。

ある日、シャーロットと二人で出掛けている時のこと。

「口うるさい親戚たちは皆、負債まみれの上に母がウベル島に送られた我が家と距離を置いた。だがシャーロットは助けてくれた。シャーロット、本当にあの時は……」

「はい、そこまで。私は美しいドレスを着させてもらって、祖父母にも喜んでもらって、シモンさんのお役に立てて、あんなに嬉しかったことはないのですから。その話は忘れてくださいな」

「俺は一生忘れないよ」

「もう、またそれをおっしゃる」

シモンはシャーロットの献身を一日たりとも忘れたことがない。

二人はその後もシャーロットの休みの日を選んで花の季節には花を眺めに出掛け、森のシャーロットの父に会いに行って三人で狩りや釣りをしたりピチットと遊んだりしていた。シモンはいつも

「この家は居心地が良すぎて帰りたくなくなる」

と言って眉を下げた。

三年後、やっとシモンの管理する帳簿から負債が消えた。それを何度も確認したシモンは立ち上がった。

「出かけてくる」

使用人たちにそれだけを告げて馬車に飛び乗った。

頭を下げて見送る使用人の数は、侯爵家にしては少ない。切り詰めた財政が見て取れる人数だった。

シモンは二十八歳、シャーロットは二十歳になっていた。

その日、お城ではシャーロットがオリヴィエ王女とアデル王女に弓の指導をしていた。

オリヴィエ王女は九歳、アデル王女は七歳になっていた。

「お上手でございますよ、お二人とも。では今日からは的を小さくいたしましょう」

「嬉しい!やっと大きな的を卒業ね、シャーロット」

「はい。お二人とも大きな的は全部命中できるようになりましたから」

三人が楽しそうにはしゃいでいるのを羨ましそうに見ているオレリアン王子は十一歳だ。

「いいよねえ、オリヴィエもアデルもシャーロットに教わることができてさ」

「仕方ありません、お兄さま。お兄さまには弓兵長のゼムがいるんですもの」

「そうです!お兄さまにはゼムがいます!」

「ゼムの教え方はさあ、つまらないんだよ。堅苦しいんだ」

オレリアンが愚痴るのももっともで、弓兵長のゼムは自分が教わった通りのやり方で、ただひたすら弓で的を射る練習をさせている。だが、シャーロットは木の枝から紐でつるした的を狙わせたり、その的を大きく揺らしたりして王女たちに動く的を狙わせた。「実際に弓矢を使う時は動かぬ的などないのです」と言って。

二人の王女は楽しみながら着々と弓の腕を上げていた。結果として二人の王女は弓兵長に預けられたオレリアンと同じくらいの腕前である。

三人のやり取りを微笑みながら聞いているシャーロットは毎日が充実している。

彼女はますます輝くように美しくなっていた。その美しさは既に城で働く使用人たちの間で広く知られていて、最近では城の外の人たちにも知られるようになっている。

バンタース王国の目を気にしなくても済むようになり、スザンヌやイリヤたちと夜のお出かけをすることも増えた。

今夜もみんなと一緒に出掛けようとしているところだ。最近はお出かけ用の服もちゃんと数着は持っている。

「今日はこの白いワンピースにしようかな」

真っ白ではなく、象牙色の柔らかい白のワンピースを着たシャーロットが、ごく薄い水色の靴と同じ色の手作りのバッグを手にした時。

「シャーロットさん、すぐに来てください」

「ええ?これから出かけるのに」

「早く早く」

「はいはい」

呼びに来た新米の侍女は慌てながらも笑顔だった。

「アデル殿下のお呼び出し?」

「いえ」

「メリッサさん?」

「いえ」

「もう、どなた?」

「うふふ」

意味深な笑いを漏らした侍女が案内したのは来客用の部屋だった。

「ではわたくしは失礼いたします」

「あ、はい。呼び出しをありがとう」

夕方の来客と言うことは父だろうかと思いながらドアを開けると、そこにはシモンがいた。

「シモンさん!どうなさいました?なにか大変なことが?」

「やあ、シャーロット。先週ぶりだね。大変なことと言えば大変なことかな」

「なんでございましょう?どうなさいました?」

シモンの父親になにかあったのかと怯えた顔になったシャーロットに近づいて、シモンが彼女の白い手を両手で包んだ。

「フォーレ家の負債が全て消えたんだ。やっとだ。だから君を迎えに来た」

「……迎え、ですか」

シモンはそこで片膝をついて一度恭しく頭を下げた。それから顔を上げた。

「君が絵のモデルを引き受けてくれたから、こうして思っていたよりずっと早く君を迎えに来ることができた。シャーロット、僕の妻になってくれるかい?」

もちろんです、という言葉をシモンが待っていたが、シャーロットは両手を口に当てたままシモンを見つめている。

「シャーロット?」

「本気だったのですか」

「もちろんだよ。嘘だと思っていたのか?心外だな」

「だって、私は平民で」

「ロウウェル叔父上が養女にしてくれる」

「ロウウェル様が……」

「親戚筋は気にしなくていい。君が負債の解消に役立ってくれたんだ。文句を言える人なんていないさ。だからシャーロット、安心して僕のところに来てほしい」

シャーロットはそっと膝を折り、シモンと視線の高さを揃えた。

そして笑みをたたえてシモンを見る。

「私を選んでくださってありがとうございます」

「いや、それは俺が言うべきだろう。俺を待っていてくれて、俺を選んでくれてありがとう。あ、ちょっと待っていてくれるか」

そう言ってシモンが立ち上がり「ん?」という顔のシャーロットに「しー」と言う身振りでドアに近寄った。そしてガバッとドアを内側に開くとオレリアン王子、オリヴィエ王女、アデル王女が転がり込んできた。その背後では困った顔のお付きの女性が二人。

「なんだかドアの向こうからコショコショと声がすると思ったら」

「私も気にはなっておりました」

「シモン、シャーロット、違うんだ、これは妹たちが話を聞きに行こうって」

「ひどい!お兄さまが一番乗りでここまで来たくせに!」

「皆さま、喧嘩はおやめくださいませ」

シャーロットが兄妹喧嘩を止めていると、アデル王女がくりくりした目で二人を見上げながら可愛い声で話しかけてきた。

「ねえ、シャーロット、『ツマ』になるの?」

「まあ!」

背後に立っていたお付きの女性たちが色めき立つ。それを見てシャーロットが赤くなった。シモンは、と振り返るとシモンは笑っていた。

「アデル殿下、まだ答えをシャーロットからもらっていないんですよ」

シモン、オレリアン、オリヴィエ、お付きの侍女二人の五人に見つめられて、シャーロットが笑い出した。ひょい、とアデル王女を抱き上げてシモンに返事をした。

「はい。喜んでシモン様の妻になります」

「えええ」

「そんなぁ」

不満そうな声を上げたのはオレリアンとオリヴィエだった。

「シャーロット、いなくなっちゃうのかい?」

「そんなの嫌よ」

「いなくなったらやだぁ。ふえぇ」

グダグダになった結婚の申し込みはそこで打ち切りとなり、今、二人は森の家を目指しているところだ。お出かけを断りに行った同室のイリヤたちは目をキラキラさせ

「帰ってきたら話を聞かせてね!」と送り出してくれた。

馬車の中で、シャーロットはさっき殿下方が言った言葉を考えていた。いつの日かシモンが迎えに来てくれるとは思っていても、自分が妻に迎え入れられる未来はぼんやりとしか想像できないままだった。

その一方でリディやルーシーやメリッサのように働き続けている自分を想像するのは易しかった。

「シャーロット、侯爵の妻としての仕事は最低限でいいよ。働きたいなら城仕えを続ければいい。俺は社交界で人脈を築くより効率よく生き残る道を切り拓いたからね」

シモンは王都に近い領地の利点を生かして、王都で消費される果物や乳製品、食肉、卵などの販路を確立させていた。これと言った産業がなかった領地だったが地道に潤うようになってきている。新鮮かつ品質の良い農産物は少し豊かな層に歓迎されて買い手を広げつつある。

やがて森の家に着いた。

暗くなってきた森の中で、小さな家の窓からは温かい色の灯りが漏れていた。馬車の音を聞きつけて父のリックが外に出て待っていた。

「お父さん!」

「シャーロットじゃないか。誰かと思ったよ」

「お久しぶりです」

「侯爵様!」

状況を察したらしいリックは恭しくお辞儀をした。

家の中に入り、ミントのお茶を出され、シャーロットが報告した。

「お父さん、シモンさんが私を妻にとおっしゃってくださったの」

「そう、ですか」

「ご安心ください。叔父がシャーロットを養女に迎えてくれるので、身分の問題はありません」

「そう……ですか。亡くなった妻がきっと喜んでいます。ライアン陛下もソフィア様もきっとお喜びです。ありがとうございます、シモン様」

リックの目に涙が盛り上がる。リックは乾いた手のひらでグイ、と目元をこすった。

だが、やはり堪えきれずにリックは男泣きした。リックはあの日の夜、ソフィア様の赤子を籠に隠して城を出た時のことを思い出していた。

その後の記憶はいまだに思い出せないままだが、リーズと二人でさぞや大変な子育てだったろうと思うと胸がいっぱいになった。

「シモン様、ソフィア様からお預かりしたシャーロットを、私の大切な娘を、どうかよろしくお願いいたします」

「お父さん」

思わずシャーロットが父の胸に飛び込んだ。

その夜は三人で楽しくおしゃべりして過ごした。翌日も仕事のシャーロットを城まで送りながら、シモンは自分の妻となるシャーロットを見ている。

「君は本当に美しい」

「まあ。初めてではありませんか?そんなことを言ってくださったのは」

「そうだったかな」

「そうです。シモンさんにきれいと言われるのは嬉しいものですね」

翌日、お城ではシャーロットと侯爵家当主シモンの結婚話が猛烈な勢いで広まっていた。