軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

48 待つ楽しみ

最近のオレリアン王子は絵に夢中だ。

シャーロットが贈ったムクドリの卵の殻がきっかけらしい。

油彩絵の具や水彩絵の具をたくさん揃えて、せっせと卵の殻や遠眼鏡で見た野鳥を描いたり蜜蜂などの昆虫を描いていたりする。

(王族ってみんなこんなに才能豊かなの?)とシャーロットが驚いたのは、どれも精密画で今にも動きそうな絵ばかりだからだ。

「シャーロット、 蜜蜂(みつばち) の刺繍が欲しいんだ」

「大きさはいかがいたしましょう。実物大だと刺繍なのか糸くずの塊なのかわかりにくいかと」

「そうだなあ、では五倍くらいの大きさで」

「かしこまりました」

二人の王女たちは蜜蜂の刺繍は欲しがらなかった。

「虫はいらない」

「アデルもいらなーい」

なのでせっせと蜜蜂やカマキリ、蟻、アゲハチョウ、モンシロチョウ、テントウムシ、などをオレリアン王子のためにだけ刺繍した。シャーロットは森の虫たちを見るのも好きだったから、再現するのもお手の物だ。どれも生きてるかのように刺繍し、中に少しの羊毛を入れてふっくらさせ、体の表と裏をそれぞれ別に刺繍して縫い合わせた。

アゲハチョウだけは王女たちも仕上がった物を見て欲しがり、髪に飾ったりブローチにしたりしている。オリヴィエ王女は小さな宝石を目玉に使うことを思いつき、極小のサファイヤの目やルビーの目を持ったアゲハチョウを刺繍してもらって喜んでいる。

平和な日々が続く中、シャーロットが再び王妃に呼び出された。

「シャーロット、吉報よ。バンタースのジョスラン国王が退位して、イブライム王子が国王になったと連絡がきたわ。これであなたも安心ね」

「はい!安心いたしました。教えてくださってありがとうございます」

「もう逃げ隠れしなくていいわね。それで、シャーロット、本当ならあなたの希望を聞いて、衣装部に戻りたければ戻してあげたいところなんだけど、子どもたちに相談したら絶対に嫌だというの。このまま子どもたちの護衛兼刺繍係でいてくれるかしら?」

「はい。喜んで務めさせていただきます」

最近のシャーロットは生活が充実している。

昆虫の刺繍をし、王女様たちのドレスに小花の刺繍をし、弓矢の練習を一緒にし、部屋に帰ると手紙が届くのを楽しみに待つ。今まで待つことはつらいことだと思っていたが、手紙を待つのは楽しかった。

シモンからの手紙が再び届いた。

二通目の手紙の最後には『会いに行く日が楽しみだ』と書いてあった。

いよいよ明日は休みの日だ。久しぶりにシモンに会えるし自分を迎えにここまで来てくれるのかと思うと、心が浮き立つ。が、そこで大変なことを思い出した。

「ああっ!忘れてた!」

「なによシャーロット!驚くじゃないの!」

「どうしようイリヤ。明日お休みなのに着て行く服がないの!この前破ってしまったこと、忘れてたわ!あとは普段着の着古したヨレヨレしかない!」

「あの一枚しかないお出かけ用を破ったの?」

「そう!どうしよう!」

同室のイリヤが慌てず騒がずひと言「買いに行きなさい」と言う。

「そうね、それしかないものね。行ってくる!」

飛び出していくシャーロットを見送って、同室の三人が微笑む。

「やっとおしゃれする気になったか」

「あんな美人なのに洋服を持ってなさすぎなのよ。よそ行きが一枚って!ありえないわよ」

「よかった。お相手が誰かは知らないけど、やっとシャーロットの心を動かす人が現れたのね」

三人は姉のような気持ちで微笑む。帰ってこない親を一年も待ち続けていたあの子が、あんなに嬉しそうなのだ。同室の仲間たちは自分まで嬉しくなった。

シャーロットは城を出ると、ほぼ駆け足のような速さで洋品店に向かい、根っからの節約精神と戦いながらクリーム色のワンピースを買った。白い襟が付いているワンピースはウエスト部分にたっぷりとヒダが寄せられていて、背の高いシャーロットが着るとそこだけ店の中がパッと明るくなるようだった。

「お似合いです!丈詰めも必要ないですし、このまま着て帰れますよ」

「ありがとうございます。明日はこれを着てお出かけするんです」

「でしたらお客様、お靴も色味を揃えた方がよろしいかもしれませんよ」

そう言われて足元を見る。履き倒したクタクタの鹿革の靴は、自作の品。山歩きにはいいけれど、どうにも無骨でクリーム色のワンピースには不釣り合いだ。

「あっ。そうですね。そうでした、靴とバッグと服は三つでひと揃いなんですものね」

「はい。さようでございます」

ワンピースを普段着に着替え、少々しょんぼりとして靴店に向かう。手持ちのお金で足りるだろうか。バッグの分は確実に足りないだろう。シモンが迎えに来るのは明日だと言うのに出直す時間はなさそうだった。

それでも一応靴店に向かい、店内に飾られている靴を眺める。ワンピースに合いそうな靴はお金が足りなかった。

(でも、この靴ではあんまりだ)

そう迷っている時に声をかけられた。

「シャーロット、お買い物なの?」

「あっ!メリッサさん。靴を買いに来たのですけど、手持ちのお金では足りなさそうなので私のお金でも買えるものを選ぼうかと思ってるところです」

「綺麗なお嬢さんがいるなあと外から眺めていたらあなただったから入ってきちゃった。いいわよ、貸してあげる。お城に戻ってから返してくれればいいわ。門限が気になるんでしょう?」

「はい!助かります!戻ったらすぐにお返しします」

メリッサにお金を貸してもらって、無事にクリーム色のワンピースに似合いそうな象牙色の靴を買った。甲の部分に紺と白の縞模様のリボンが付いている靴は、シャーロット史上一番のおしゃれな靴だ。

その夜の夕食は大急ぎで食べて部屋に戻り、同室の皆にドレスと靴を披露して「よし!きれい!」「似合う!」と合格点を貰って、メリッサにお金を返しに行ってすぐに寝た。

イリヤの「美容は睡眠からよ」と言う言葉に素直に従ったのだ。

ベッドに入り目を閉じる。

この日を待つのは楽しかった。両親が帰って来なかった一年間が長く苦しかったのとは全く違っていた。

(いつ終わるのかわからないまま待つだけの時間はつらかった)

沈みそうな気持ちを振り払い、ひたすら仕事をし、剣の素振りをして過ごした。

(私、必死だった。立ち止まったらもうダメになると思ってた)

父には待ち合わせしてる人がいるから帰れない、と早い段階で手紙を送ってある。

初めてのことだった。

父よりもシモンを選んだことが申し訳ないけれど、父からは『では俺はクレールのところに遊びに行くよ。お墓参りもしてくる』と返事が来ている。

母が亡くなっていたことを知った日からしばらくは父に元気がなかったが、クレールがいてくれたことがどれだけ父の心の支えになったかとありがたく思う。

翌朝。

日の出の時刻が早くなっている中、シャーロットはクリーム色のワンピースに象牙色の靴、そして残念ながら鞄はいつもの手作りの肩掛け鞄で門に向かった。

門の前に並び、今か今かと開門の時刻を待った。門番の男たちがおしゃれをしたシャーロットをチラチラ見ていた。

やがて門が開き、外に出ると、すでに門の目の前に一台の馬車が停まっていた。

「シャーロット!」

声をかけられた方を見る。

いつもは騎士服や鍛錬用の服だったシモンが、貴族らしい服装で立っていた。それを見て急に自分のみすぼらしい肩掛け鞄が恥ずかしくなる。今まで一度も自分の身なりを恥ずかしいなんて思ったことがなかったのに。

「お久しぶりです、シモンさん」

「久しぶり。さあ、馬車に乗って」

シモンはシャーロットの鞄など気にもせず、母が昔教えてくれた通りに手を添えてくれた。

乗り込んだ馬車は、祖父が乗ってきた馬車と同じように豪華なものだった。二人で向かい合わせに座った。

まずはずっと心配していた顔の傷に目をやると、やはり傷は残っている。ごく細く赤い傷が美しい顔を斜めに走っていて、シャーロットは胸が痛んだ。

「顔の傷なら気にしなくていいよ。俺は結構この傷が気に入ってるんだ」

「そんな。傷が気に入ってるだなんて」

「領地に帰った時、屋敷の使用人たちが顔の刃物傷は騎士の勲章だといって皆が褒めてくれたさ。ほんとうはかまいたちなんだけど、それは言わないでおいた」

楽しそうに笑うシモンを見て少し救われるが、それでも自分のためにこんな大きな傷を付けてしまったかと思うとお詫びのしようがない、と思う。

「俺が気に入ってるんだから、シャーロットは絶対に気にする必要がない。正直を言うと、あの日はちょっと君の手前、手早く片付けようとして距離を詰めすぎた。格好悪いな」

「そんなこと。一瞬で相手を倒した時のシモンさんは軍神のようでした」

シャーロットは本気でそう思っていたのでそのまま思ったことを口にしたのだが、それを言われたシモンは真っ赤になった。

「そうか。当分の間、その言葉を肴に酒がたんまり飲める」

「ええ?」

そして同時に二人で笑いだした。ひとしきり二人で笑って、さて、これからどうするのだろうと思ったところでシモンが尋ねてきた。

「シャーロットはどこか行きたいところはある?」

「いえ、特には」

「君と二人で一緒におしゃべりができるならどこでも楽しいと思うけど、実は俺の叔父が美術商を営んでいてね。俺が君と出かけると知って『邪魔はしないからうちに連れておいで』としつこいんだ。既に邪魔してるだろ、と思うけど、どうする?気が重ければはっきりそう言っていいんだよ」

今まで全く縁がなかった美術商という仕事にとても興味があった。

「私は美術商のお店というものを見たことがないので行きたいです。あの、私のことを叔父様にお話ししたのですか?」

「叔父には我が家にある美術品や骨董品、アクセサリー類を全部預けたんだ。売ってもらうためにね。値付けをしたから確認しに店に来いと指定された日が、今日だったんだよ。予定があるときっぱり断ったら、何の用事だとしつこく聞かれてね。仕方なく女性と一緒だと言ったらもう、大騒ぎだよ」

「私がお邪魔してもいいのでしたら」

「よし、なら行こう。でも長居はしないで店を出るよ。俺はシャーロットと二人で話がしたいんだ」

「はい、私もです」

シモンが御者席と室内の境にある小窓を開けて御者に短く指示を出すと、滑るように馬車は走り出した。

「そう言えばシモンさん、この前、私と衣装部のスザンヌさんとレオンさんの三人でお茶をしたんです。その時にね、スザンヌさんがレオンさんを『あんなすてきな人がお城にいたのね』って。スザンヌさんはレオンさんみたいな人がお好みだったみたいですよ。私は二人が仲良くなれたらいいなと願ってます」

「ああ、そうなんだ?スザンヌさんて、仲良しなの?」

「はい。とっても面倒見がいい、片えくぼが魅力的な人です」

「そうか……」

シモンの歯切れが悪かった。

少し会話しているうちにシモンの叔父がやっている美術商の店に到着した。まだ朝早い時間なのに店が開いているのは、おそらくシモンが無理を言ったのだろうとシャーロットは申し訳なく思った。