軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4 下級侍女管理責任者リディ

両親は時間が許す限りいつでもシャーロットのそばにいてくれた。

そして様々なことを教えてくれた。

母が教えてくれたのは手芸全般、お茶の淹れ方、簡単な料理、どこで使えばいいのかわからない貴族っぽいマナー。マナーは、挨拶の仕方や美しい姿勢で座ること歩くこと。会話の続け方と終わらせ方、皮肉のかわし方など果てしなかった。母は厳しい先生だった。

猟師をしていた父は狩りの方法と剣を教えてくれた。

弓矢を使った動物の仕留め方、血抜きの方法、捌き方。間合いの取り方、剣の振り方。気配の消し方。父は根気強い先生だった。

それらを繰り返し教えてくれる時の両親は必死だった。

なぜこれほど必死なのだろうと何度も思った。

(自分たちが先立った後のことを考えているのだろうか)と思ったりもした。そしてそんな日が来ることを考えただけで涙が出たものだった。

・・・・・

両親を三週間待ち、母の注意書きに従って家を出た。さすがに注意書き通りに五日で見切りをつけることは無理だったが、泣くのを終わりにする覚悟はついた。

「捨て子の私を十六年間も大切に育ててくれたんだもの。そのお礼はお父さんとお母さんに見られても恥ずかしくない生き方をすることよ」

捨て子だったことは六歳の時に話してもらった。

「血が繋がっていなくても、あなたは私たちの宝物、大切な娘よ」

その言葉を信じている。一度だって両親の愛を疑ったことはない。

両親はどこかできっと見ていてくれる。そう思うことが孤独なシャーロットを支えてくれた。

エドル商会は大手の商家や貴族などに使用人を紹介する業者だった。

商会長のエドルは、背中に木剣を背負って肩掛けカバンひとつで店を訪れた娘が「母のマーサにこちらに行くよう言われておりました。シャーロットと申します」と名乗るのを聞いて(本当にこの日が来たのか)と思った。

『もしうちの娘が一人でここにきた時は、娘が一人ぼっちになった時なんです。よく働くように躾けてありますので、安全な仕事を世話してやってください。よろしくお願いします。紹介料は前払いでお支払いしておきます』

何年前のことだったか。

妙な頼み方をする人だな、と思ったのでよく覚えている。前払いで料金を払っておく客も初めてだった。

エドルは人員募集の束をめくり、一番条件が良い王城の下働きの仕事を選ぶことにした。シャーロットの母親のマーサは、貴族ではなく評判が良い大きな商人の家がいいと言っていたが、一番賃金がいいのは王城だ。両親がいなくなってしまったのなら、せめてもの思いやりで王城の仕事を紹介してやろう、とエドルは判断した。

「あんたの母親は『礼儀も仕事も教えこんである』と言っていたよ。仲介手数料も前払いでもらっている。頑張ってお城で働きなさい。真面目に働けばきっといいことがある」

エドルは優しい顔でシャーロットを送り出してくれた。

エドル会長に教えられた場所から乗り合い馬車に乗り、シャーロットは王城に向かった。近づけば近づくほどお城は大きく、敷地を囲む塀は高くて威圧感があった。

使用人用の門を入り、「案内」の看板の隣に座っていた男性に紹介状を見せると、女性の下級使用人を束ねているリディの部屋に連れて行かれた。

リディはシャーロットを見て(男が多い部署には配置できないわね)と思った。

その娘に「なぜ背中に木剣を差しているのか」と尋ねようとしたが、おそらく心配性の親が護身用に持たせたのだろうと推測して尋ねるのをやめた。

シャーロットはスラリと背が高く引き締まった身体、茶色の目、ダークブロンドの髪。話を聞く時に相手の顔をじっと見つめる時の知的な表情。立ち姿に品の良さがあった。

「あなたには厨房以外の雑用全般、庭掃除、細かい買い物、荷物の運搬をやってもらいます」

「はい」

「部屋は四人部屋。あなたが一番の新入りだから、先輩に可愛がられるように。揉め事は起こさないで」

「はい」

「夜九時以降は建物の外に出ないこと。十時にはランプを消して寝ること。朝食は六時、夕食も六時、昼食は手が空いた時」

「はい」

(美人にありがちな生意気な雰囲気がないのは良いけど、さて、どこまで仕事ができるかしら)

エドル商会は堅実な商会だから信用しているが、この美人がはたして汚れ仕事や雑用をどこまでできるかは、今後要観察だ、と思う。結婚相手を探しに来て男に愛想を振りまくことばかり熱心で、男を捕まえたとたんに退職する若い女性を見続けてきたリディは、あまりシャーロットに期待をしていなかった。

そのリディにシャーロットが質問をした。

「リディさん、質問がございます」

「なあに?」

「朝は何時になれば部屋から出てもよいのでしょうか」

「どうして?」

「朝、素振りをしたいので」

「素振り? あなた騎士の家の子?」

「いいえ。父は猟師でした」

「猟師の家の育ちで素振り……そうねえ、一番鶏が鳴いたら部屋から出てもいいわよ」

「わかりました」

リディは王城の中をひと通り案内し、初日の説明を終わりにした。

「一度に全部は覚えられないでしょうけれど、わからないことがあったら何でも先輩に聞きなさい。わからないまま勝手な判断で動かないこと」

「はい」

「ここがあなたの部屋。ベッドは右側の上の段。シーツは一週間ごとに洗濯に出すように」

「はい」

「ベッドでの飲食は禁止。おやつを食べたい時は廊下の飲食所で」

「はい」

シャーロットは話を集中して聴き、歩く姿も上品だ。一見裕福な家の育ちに見えるが(猟師の娘だったとはね)とリディは意外に思う。

「ここはまじめに働く人には良い職場よ。頑張りなさい」

「はい。ありがとうございます」

頭を下げたシャーロットが貴族の令嬢のように見えた。シャーロットは頭を下げただけなのだが、その頭の下げ方上げ方が優雅だった。

「あなた、礼儀作法をどこかで学んだ?」

「母に習いました。でも習った作法を使う場所がありませんでした。今使うべきでしょうか」

「ううん。今は必要ないわ。あなた、姿勢がいいわね」

「ありがとうございます。母にもそれだけは褒められました」

そう言うと、それまでは緊張していたらしいシャーロットが初めて笑った。バラの蕾が開いたような笑顔に、リディは一瞬 気圧(けお) された。

「シャーロット、もし男性にしつこく言い寄られて困ったら私に言いなさい。助けてあげるわ」

「……はい」

シャーロットは少し不思議そうな顔をした後で、素直に返事をした。

いざお城で暮らしてみると、お城の生活はシャーロットにとって楽だった。

朝夕の食事はトレイに載せられた物を受け取って食べるだけ。昼食は布に包まれたパンを受け取って食べるだけ。食器を洗うことも他人がやってくれる。お茶はいつでも食堂にお湯が沸いていたし、洗濯物は名前の書いてある袋に入れて洗濯係に渡せばきれいに洗われて畳まれて戻ってくる。

最初は他人に自分の衣類を洗ってもらうことに抵抗があった。だが自分が洗濯係を経験してみると、他人の衣類を洗いつつ(こんなものか)と思って抵抗がなくなった。洗濯係は重労働だが、意外に外から応募してくる女性は多いそうだ。普段の家事で馴染みがあるからだろうか。

シャーロットに課せられる仕事はたくさんあったが、頼る人がいない今、賃金が貰えるなら仕事に文句はなかった。

・・・・・

今、シャーロットは日当たりがいいベンチに腰掛けて同僚と二人で昼休憩を取っている。

「シャーロットは働き者ね」

「そう? お給金をいただけるんだもの、頑張るわよ」

「みんな手を抜いて楽をしたがるじゃない」

「楽をして、空いた時間で何をすればいいかわからない」

「真面目よねえ、シャーロットは。そんな美人なのに」

同室で同僚のイリヤは、焼いたベーコンを挟んだパンをモグモグ食べながらそんなことを言う。イリヤはシャーロットと同い年で、王都の生まれ育ち。休みの日は実家に帰り、妹弟に食堂で美味しいものをご馳走するのが楽しみ、という優しいお姉さんだ。

「美人だなんて、酔っ払ってる時のお父さんにしか言われたことないわ」

「ええ? そんなことある?」

「本当よ」

イリヤは「美人と言われたことが無いなんて、絶対信じられない!」と言うが本当だった。

ただ、シャーロットの場合は近所に人がいなかったのと、キングストーンの町に買い物に行くときは両親がぴったり付き添っていたから、若い男が声をかけることもできなかったというのが真相だ。だがシャーロットはそれが特殊な育ち方だという自覚がなかった。

「そうだ、今度家に帰ったらウサギか鹿を仕留めるつもりだから、毛皮がいるならあげるけど」

「ひゃー、いらないわよ。生皮でしょう? いらないいらない。欲しい時はお店で買うわ。気持ちだけでいいから。でもありがとうね」

「生皮じゃないって。一応私がミョウバンと塩を使ってなめすのだけど。わかったわ」

シャーロットはウサギの毛皮でマフラーなどを作るのが好きだったし、鹿の革で時間をかけてブーツやコートを作るのも好きだった。だが王都ではそんなことをする若い娘はいない、ということも城で暮らすようになってから知った。

「さあ、仕事をしますか」

そう言って立ち上がり、シャーロットが微笑んだ。イリヤはいつもその笑顔に見とれてしまう。

シャーロットの美貌は目ざとい男たちの間では既に噂になっていた。

「今度入ったダークブロンドの子、すごくきれいだぞ」

「えっ、どこの部署?」

「下働き。洗濯物を干したり庭の落ち葉掃きをしてたり」

「お前、声をかけた?」

「かけたけど、うーん」

「なんだよ。その子、気取ってるのか?」

「いや。うっすら微笑んでくれて、真剣に話を聞いてくれるけど、うーん」

「もったいぶらずに早く教えろよ」

「なんていうか、少し話をしただけで『まだしゃべるのか』って顔をするんだよ」

「じゃあ、俺が挑戦してみる! お前じゃだめだったってことだよ」

『美人で働き者の侍女』の噂は、少しずつ若い男性の間に広がっていた。